「――――もしもし。ん? あぁ、バーサーカーかい。え? ああ、そうかそうか。それはめでたい。君は望みを果たせそうか。いやぁ、櫛灘殿の頼みに応えて君を送った甲斐があったというものだよ!
宜しい。私も今更アドバイスなんて無粋な真似はしないよ。君が磨きあげた我流の拳を武器に、存分に龍斗と殺し合うといい」
緒方は満足した表情で電話をきる。
人材育成プログラムで発掘した逸材の中でも最高峰のダイヤの原石、それがバーサーカーだ。
そして誰よりも緒方一神斎の武を吸収し、遂には完全に我が物とした最高傑作こそが朝宮龍斗である。
自分が教え『我流』の達人となったバーサーカーと、自分が教え緒方流を極めた龍斗。
果たしてどちらが勝つのか。それは〝拳聖〟と謳われる男をもってしても分からない。
「嬉しそうですね、拳聖様」
「はははははははは。当たり前じゃないか、ルグ。なにせ私が手塩にかけて育てた弟子たちが、今正に殺し合おうとしているのだよ。これが嬉しくないはずがないじゃないか」
自分の兄弟弟子達が殺し合いを始めたと師から聞かされても、ルグは顔色一つ変えはしなかった。
それどころか不思議と納得のいった表情になってポンと手を叩く。
「もしかして拳聖様が弟子を多くとられたのは、将来こうして弟子同士を殺しあわせる予定があったからですか?」
「私は自分が活人拳の連中から外道と呼ばれるに値する人間だと自覚しているが、そんなことを予定に組む混んだりはしないよ」
「…………」
「私は亡き拳魔邪神殿とは違う。私は武を求める者には、誰であろうと等しく己の武を伝授する。だが武を求めぬ者に武を強要することはないし、弟子の将来や未来を縛るつもりも毛頭ありはしない。
私が教えた武を人助けに使おうと金儲けに使おうと自由だし、なんなら闇に敵対する道を選んでも構わない。この戦いだって私が強要したのではなくバーサーカー自身が望んでのものだ」
亡き拳魔邪神と拳聖。一影九拳にあって外道と呼ばれる二人だが、最大の違いはそこにあるといえるだろう。
ジュナザードは自分の弟子を、己の武を極めさせるための道具としか見做していなかった。だからこそ弟子の信頼を容易く踏み躙り、多くの弟子を自らの手で壊してきた。最終的に弟子であるクシャトリアに殺されたことも因果応報としか言いようがない。
しかし拳聖は自分の弟子を一切束縛しない。来る者は拒まず、去る者は追わず。時には危険の多い技を実験のために教えることはあるが、それも全ては弟子が望んだが故のことだ。
ただし、
「まぁ、そうなるように育ててきたのは私なのだがねぇ」
武の発展のためであれば人倫を顧みない。この点はジュナザードと非常に似通っているところだった。
「バーサーカーと龍斗。さてさて、どちらが勝つのか楽しみだ。そしていずれ――――私の育てた弟子たちが、私を殺しに来ることを待っている」
クシャトリアがジュナザードを殺したように。ジュナザードが己の師を殺したように。
自分の武の全てを伝授した弟子によって殺される。その儀をもって緒方一神斎の武人としての生涯は完結するのだから。
一般市民には隠し通されている『闇』であるが、流石に一国の首脳クラスになると人間の常識を超えた達人について一応の知識をもっている。その達人達の中でも頂点に君臨する断罪刃が襲撃してくるという情報があったため、首脳会議の場には国ごとに雇った達人級が護衛として相当数存在していた。
殆どの首脳達は自分の国への拘りからか、日本なら柔術、モンゴルならモンゴル相撲、インドならカラリパヤットといった具合にその国由来の武術の達人を連れている。
「まったく。これでは首脳会議というより各国達人お披露目会よのう」
そんな達人達を見渡しながら、ラデン・ティダード・ジェイハンは深い溜息をついた。
ニューヨークで行われている各国首脳会議には、国連に加盟している国の首脳が全員参加している。よってティダード王国の国家元首であるラデン・ティダード・ジェイハンがその場にいるのは当然のことだった。
「ジェイハン様」
「バトゥアンか」
護衛として連れてきたバトゥアンが気配なく近づいてきてジェイハンに耳打ちする。
「八煌断罪刃と梁山泊が戦いを開始しました」
「やはりこうなったか。それで戦況は?」
「私見ですが、ほぼ拮抗していると言って良いかと」
「ふむ。拮抗である、か」
八煌断罪刃はその名の通り八人の豪傑で形勢された集団だ。対する梁山泊は白浜兼一と風林寺美羽は留守番なので合計六人。数ならば断罪刃に負けている。
だが殺人拳と違って活人拳は人を活かし命を繋ぐ拳。活人拳の使い手はお互いの気を合わせることで、その力を何倍にも高めることができるのだ。そのため個人戦なら兎も角、集団戦では活人拳は殺人拳に勝り得るポテンシャルがある。それは数的不利を補うだけのものだろう。
「ただし断罪刃の世戯煌臥之助と風林寺隼人殿は我等達人にとっても人智を超えた武人です。どのように転ぶのか、まったく想像もつきません」
「――――武人の最終地点である達人級。それすらも凌駕する超人級か」
目蓋を閉じれば蘇って来る十年前の血戦の記憶。
超人をも踏み越えて神座へと至った拳魔邪神と、その邪気を打ち砕くために闘った風林寺隼人。そして自由を求めて邪神へ挑み、自らの魂と代償に勝利を掴んだ拳魔邪帝。
あの死闘に匹敵する戦いが外で繰り広げているのかと思うと、ジェイハンの中の武人の本能が燻って仕方ない。だがジェイハンはそれを強く抑え込む。
多くの達人が人間である前に武人ならば。ジェイハンは人間である前に武人であり、そして武人である前に王だ。武人としての本能よりも王としての責務を優先しなければならない。
「余が考慮すべきは万が一の事態か」
「……万が一というと」
「うむ。断罪刃の連中がここに到達した場合だ」
首脳が護衛に連れてきただけあって、この会議場にいる武人は全員が達人級だ。妙手以下は一人もいない。けれど残念なことに特A級に届いている武人は誰一人としていなかった。
この中で一番強い武人が首脳として参加しているジェイハン自身であるというのが笑えない。仮にこの場に特A級の断罪刃が現れれば、確実に死人が出ることだろう。
「兄弟子殿が御健在であられればのう。闇の達人ではなくティダード王の兄弟子として頼りにも出来たのじゃが」
「……ジェイハン殿、それは」
「分かっておる。兄弟子殿は我が……………我が…………むぅ。兄弟子の弟子のことはなんと呼べばいいのじゃ? 姪弟子で良いのかのう。
いや、そんなことはどうでもいい。兄弟子殿の件はリミがどうにかするじゃろう。というより、現在進行形でどうにかしようとしているところじゃろう。
故に余は余の役割を果たさねばならぬ。弟弟子ではなく、ティダードを背負う者としての役割をのう……」
ここから出て行って梁山泊の援軍に加わるというのは論外だ。
あそこは今や最高峰の武人たちが激突する神話の如き戦場。特A級に満たぬ達人が割って入っても足手まといにしかならない。
「バトゥアン。今のうちに他の達人とよく打ち合わせておくが良い。最悪の事態になった時、慌てずに連携がとれるようにのう」
「……はっ」
「昨今の情勢を鑑みるに、首脳が一人でも殺されるようなことになれば大変な騒ぎとなる。それがアメリカやロシアのような大国の首脳となれば尚更のう。
残酷なようじゃが護衛の達人が何人死のうとも、首脳を一人も殺す訳にはいかぬ」
「御意」
命を選別するような真似は不本意であるし、ジェイハンの主義にも反する行為であるが、それでも無慈悲で残酷な決断をしなければならぬ時がある。
まだその時ではないが、外の戦況如何によっては十数秒先の未来にはそういう選択を迫られるかもしれない。ならば今のうちに選択しておいた方が建設的だろう。
「さて。あちらはどうなっておるかのう……」
口惜しいがこれ以上にジェイハンに出来ることはない。
椅子の背に背中を預けると、ジェイハンは遠い島国、日本の沖縄で繰り広げられているであろう戦いに想いを馳せる。
拳魔邪帝クシャトリアは魂を代価に師匠を倒す偉業を成し遂げた。
ならば小頃音リミは自分の師匠を倒すのにどのような代価を支払うのだろうか。
「願わくば代価なぞ踏み倒してくれれば有難いのだがのう」