史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第131話  バーサーカー

 猛虎を連想させる荒々しい剛腕が嵐となって吹き荒れる。限界を超えるほどに膨れ上がった動の気は、噎せ返るほどに濃密だった。

 特定の武術を学ぶことなく、古流武術の稽古法と実戦の中で研ぎ澄まされていった我流武術。どの流派にも属さぬバーサーカーだけの武技は、朝宮龍斗ほどの武人をもってしてもまるで流れを掴ませてくれない。

 

「しゅっ、らぁああああああああッ!」

 

 地面を転がりながら、同時に蹴りを放ってくるバーサーカー。

 カポエイラともシラットともまるで違うトリッキーな動きは、並みの武人なら訳も分からぬうちに撃破してしまえるだろう。

 だが龍斗とて十年の修行で一角の武人へと成長を果たした身。この程度で打ち倒されるほど軟弱ではない。

 

「相変わらず出鱈目だな、バーサーカー」

 

 制空圏を維持しつつ、未来予知染みたレベルに達した観の目で正確無比に蹴りを叩き落としていく。

 バーサーカーは動の気の申し子のような男だ。龍斗や兼一のように動と静、どちらのタイプに進むかを決めるまでもなく、動の道へ進むことを決定づけられていた狂戦士。そんなバーサーカーと動の気で張り合うなどは愚の骨頂である。よって龍斗が発動させているのは静の気だ。

 相手によって静のタイプと動のタイプを使い分けることが出来る。それがハイブリットタイプの強味だった。

 しかし恐るべきはバーサーカーの攻撃の鋭さである。

 稲妻めいた蹴りには巨岩ほどの重さがのっており、捌くだけで腕が痺れていく。しかも狙いは正確無比で回避することも困難ときている。

 十年前のような単なる無形ではない。無形のようでいて、そこには確かな業がある。

 昔のバーサーカーを知る龍斗には、こうしてバーサーカーの攻撃を受けていると、彼が歩んできた修行の日々が垣間見えてくるようだった。

 

「――――だが、」

 

 バーサーカーが朝宮龍斗と本気で戦うために、拳聖の下で学んできたように。朝宮龍斗も十年間をずっと戦い抜いてきた。

 命を懸けた戦いも幾度となく経験しているし、実際に死にかけたことも何度もある。その日々は決してバーサーカーの十年に劣りはしないはずだ。

 

「喰らえ、グングニルッ!」

 

 これまでの戦いで読み切ったバーサーカーの動きの流れ。そのデータを腕にのせて、回避不能の必中の突きを放つ。

 防御を掻い潜り、回避することも許さぬ突きは吸い込まれるようにバーサーカーへ向かっていき、

 

「――――、――――ッ!」

 

 そこでバーサーカーは信じ難い行動に出た。自分に殺到してきた突きを無視して、龍斗に拳打を繰り出してきたのである。

 防御も回避もとらなかったバーサーカーには必然的に龍斗の突きが命中する。しかし自分の出血など知ったことかとばかりに、バーサーカーは攻撃を続行した。

 カウンターとは口が裂けても言えない、肉を断たせて同じように肉を断つ逆襲の一撃。それは制空圏を貫いて、龍斗に直撃した。

 バーサーカーが受けた無数の突きに匹敵するだけの破壊力を受け、龍斗の両足が地面から浮く。

 

「これで逃げられねえぜ……」

 

 猛禽類のようなバーサーカーの眼光が龍斗を射貫く。

 両足が地面から浮いたのはほんの十数㎝のこと。ほんのコンマ1秒で地上へ復帰するだろう。けれどそのコンマ一秒でも達人にとっては十分すぎるほどの時間だ。

 宙に浮いたことで回避不能となった龍斗へ、バーサーカーの容赦ない連撃が襲い掛かる。

 

「逃げる? 生憎だが、その必要はない……!」

 

 躱せないのならば、その全てを受けきるまでである。

 北欧神話の主神オーディーンの称号を拳聖から与えられた龍斗が持つのは、主神と同じく未来を見通す眼だ。

 観の目による〝先読み〟と明鏡止水の静の気。この二つが合わさったことで朝宮龍斗の制空圏は完全となっている。

 先程のような攻撃の隙を狙っての一撃ならば兎も角、防御に徹した龍斗を突き崩すのは並大抵のことでは不可能だ。そしてバーサーカーの連撃は凄まじいまでの突進力はあったが、生憎と並大抵を出るものではなかった。

 コンマ一秒の回避不能時間。バーサーカーはそれで攻め切ることが出来ず、龍斗に着地を許してしまう。

 地面に両の足がつけば、そこからは龍斗の番だ。

 

「緒方流――――」

 

 腕にありったけの気血を送り込んで、それを鉄で出来た槍へと変化させていく。

 

「白打撃陣!」

 

「拳聖様の技か。だが悪いが、そいつは見たことのあるものだ」

 

 バーサーカーは緒方流を教わってはいないが、修行の過程で緒方流古武術そのものは何度か目にしている。そして組手の最中にその技を回避したことのあるバーサーカーは、当然のように龍斗の突きも躱しきった。

 

「そんなことは、百も承知さ」

 

「なに?」

 

 白打撃陣は囮に過ぎない。本命は別にある。

 ほんの一瞬。必殺を放つほんの一瞬だけ、発動中の静の気に加えて動の気をも発動させていく。凝縮した静の気に動の気が混ざった瞬間、それは破滅的な気を生み出していった。

 

「――――切り裂け、グラム」

 

 世界を殺すほどの殺意を、無理矢理に封じ込めたような冷たい声。それが鳴り響くと同時に、バーサーカーは本能的に死の恐怖を嗅ぎ取って半歩後ろへ後退した。

 刹那、バーサーカーの体がパックリと裂ける。数秒遅れて斬られたことに気付いた肉体が、慌てたように血を噴出させた。

 

「……外した、か」

 

 完全に必殺のつもりで放ったのだろう。バーサーカーの筋肉をばっさりと切り裂くという戦果にも、龍斗は不満げな声を漏らした。

 グラム。それは北欧神話最大の英雄シグルズが振るったとされる魔剣の銘である。

 たかが技一つに大袈裟な、とは口が裂けても言えはしない。静動轟一の気を腕のみに集中凝縮させた手刀の切れ味は正しく魔剣そのものだ。

 咄嗟に半歩足をひいたから良かったものの、そうでなければバーサーカーの肉体は真っ二つに両断されていたことだろう。なんの刃物も使わず、手刀という子供でも簡単に真似できる技で。

 バーサーカーは傷口から流れる自分の血を指で撫でとるとペロリと舐めた。

 

「屈辱の味がするぜ、オーディーン」

 

「今度は敗北の味をたっぷり味わわせてやろう。……お前には申し訳ないが、私の目的はお前の背中の先にあるのでね。一気に決着をつけさせて貰う」

 

「静動轟一、か」

 

 龍斗は静動轟一を用いて、短期決戦を挑むつもりだろう。

 朝宮龍斗がここへ来た目的は、あくまでも核ミサイルの発射を止めること。久遠の落日、世界大戦の阻止だ。正当な決闘ならいざしれず、落日阻止の戦いで禁じ手を躊躇う龍斗ではない。

 そしてバーサーカーもそれを卑怯などと言うつもりはなかった。そもそも静動轟一は自分の師匠の技でもある。

 

「それと言い忘れていたが、私は闇から距離を置きはしたが、別に新白連合に加わったわけでもないし活人拳に鞍替えしたという訳でもない。覚悟することだ」

 

「必要ねえよ。俺はアンタと戦う為にここに来たんだぜ。そんなものは最初からしてきている。それに覚悟するのはアンタの方もだぜ。

 アンタを倒すことを人生の目的の一つとしていた俺が、なんの考えもなしにアンタの前に立つと思っていたのか?」

 

「――――なに? その気配……まさか、バーサーカーッ!」

 

「……我ながら、かなり無茶をしたぜ………。拳聖様にも呆れられたくらいだ。だがその価値はあった」

 

 バーサーカーから漏れ出したのは、彼が常に纏っていた暴力的な動の気ではなかった。感情を爆発させるのではなく抑え込む。明鏡止水の静の気の気配だった。

 静動轟一を使うには当然ながら静の気と動の気、二つの気を同時に発動する必要がある。そして二つの気を発動できるのは、生まれながらに両方の道へ進める素養を持った者だけである。

 バーサーカーは生まれつきもっていた暴力的才能で、努力する秀才・凡人達をまったく努力しないままに蹂躙してきた。だがそのバーサーカーも『静の気』を扱う素養だけはまったくといっていいほどに皆無だった。

 これは別に武術家として欠陥があるというわけではない。そもそも二つの道を選択できる者自体が稀有なことなのだ。静の気を扱う才能がなくとも、バーサーカーには動の気を扱う才能があるのだからまったく問題になりはしない。

 しかし――――静動轟一。静の気と動の気を両方扱えて初めて行える『禁じ手』に対抗するには、同じ静動轟一が必要。そう考えたバーサーカーは、白浜兼一がしてきたような地獄の修行を行うことで、遂には素養の欠片もなかった『静の気』を強引に目覚めさせることに成功したのだ。

 

「これが、その成果だ」

 

 そして努力によって目覚めた静の気が、才能によって生まれつき宿っていた動の気と融合する。

 

「〝静動轟一〟」

 

 努力と才能。この二つを持ち合わせた狂戦士に、もはや隙はない。

 


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