史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第134話  弟子の想い

 この世界の重力を集めて叩き付けられたかのような衝撃に、小頃音リミは肉体ごと地面へと陥没させられていた。

 我流〝玄武爆〟。

 クシャトリアが自分で編み出したものではない他人の奥義であるが、技の威力は決して本家本物に劣るものではない。

 無手組の頂点に君臨する男が頼りにする技だけあって、その威力は強力無比。直撃ではなく、掠った程度でリミから継戦能力を奪い去るには十分な破壊力をもっていた。

 もしもリミが回避に力を注がずに、ちょっとでも迎撃に浮気していれば、確実に体は木端微塵になっていただろう。

 しかし即死は免れたとしても、動けなくなった武人に未来はない。相手が殺人拳ならば尚更だ。

 

「……………」

 

 クシャトリアがゆっくりと近づいてくる。手応えは感じているだろうに、その顔に油断の色はない。

 リミはクシャトリアから離れようとするが、全身の運動機能が麻痺していたせいで上手くいかなかった。

 ぬっと伸びてくる左手。リミはそれを払いのけることができず、首を鷲掴みにされた。

 十年ぶりに感じる手の温かさが、いつだったか教えられた技を成功した時に撫でてくれた手と同じで涙を流しそうになる。だがこんな『操り人形』に涙を見せるものかとリミは必死にそれを堪えた。

 

「ぐぁ………う、ぐ……っ」

 

「――――」

 

 首を掴む手がどんどん強まっていく。このまま首の骨をへし折るつもりなのだろう。

 リミは自分の首を絞める手を引きはがそうとするが、クシャトリアの手はビクともしない。

 

師匠(グル)……クシャ、師匠……」

 

「――――スルサイ(終わりだ)

 

 頭へいく血が少なくなったせいだろうか。視界がどんどん薄くなっていく。それに比例して抵抗する力も弱くなっていった。

 死を前にすると人には走馬灯が過ぎるというが、リミの視界にそんなものが映り込む気配はまったくない。それが少し残念だった。

 

「リミを殺す……ん、ですか……?」

 

 死が近づいて、思考回路が嘗てのものに回帰したのか。それとも自身を飾る力もなくなって地が出たのか。リミの口調が十年前のまだ全てが幼かった頃のものに戻る。

 

「その通りだ」

 

「…………う、」

 

 首を握る手が更に強まった。リミは自分の命が更に縮まったことを直感するが、そんなことお構いなしに肺から少ない酸素を総動員して声を絞り出す。

 

「師匠は、なにやってるんですか!?」

 

「…………」

 

「リミを助けるために、あのジュナザードを倒して……やっと『自由』を手に入れたんじゃないですか!? 拳聖様とかに聞いたからリミも知ってるんですよ……師匠がどう生きてきたか」

 

「過、去」

 

 特別な切っ掛けがあったわけではない。ただ櫛灘美雲に囚われたクシャトリアを探す過程でふと思ったのだ。自分は師匠のことを何も知らないと。

 小頃音リミにとってシルクァッド・サヤップ・クシャトリアは恐ろしい、けれど大好きな師匠だ。だがクシャトリアがどのように生きてきて、どういう人生を歩んできたかと問われると、途端に口を噤むしかなくなる。

 クシャトリアを探すのに、過去を知ることが必要になるかもしれない――――それらしい言い訳を用意して、リミはクシャトリアの過去を多くの人から聞き出した。

 それはずっと師匠と会えない寂しさを埋めるための代償行為だったかもしれないが、そのお蔭で師のことをより深く知ることができた。

 クシャトリアがずっとあるものを求めて生きてきたことも。

 

「そうですよ……心がバラバラになって、だけどそれと引き換えに『自由』になったのに、こんな風にまた操られちゃってて良いんですか? 櫛灘美雲って人とどういうことがあったかなんてリミは知らないですけど、悔しくないんですか!? リミは悔しいですよ!!」

 

「…………」

 

「クシャ師匠は、誰かの都合のいい道具になるために生まれてきたんですか!?」

 

「―――――――」

 

 その時だった。リミの首を絞めていた『左手』が離される。

 

「げほっげほっ! …………ぐ、師匠(グル)

 

 もしかしたら声が届いて、自分の心を取り戻したのかもしれない。淡い期待を抱いて師匠を見上げるが、そんな都合の良い事は当然のように起きてはいなかった。

 クシャトリアはリミの蹴りを防いだ時に外れていたであろう『左腕』の間接を入れ直す。それで再びクシャトリアの目に殺意が戻った。

 

「――――――これで、問題はなくなった」

 

「!」

 

 なんのことはない。手を放したのは、関節を入れ直して確実にリミを殺すためであって。別にリミの想いが師に届いた訳ではないのだ。

 心のないクシャトリアが意識してやった筈もないが、結果的にその紛らわしい行動はリミの心を抉るには十分だった。リミの目尻にうっすらと押し殺していた涙が滲む。

 

「さぁ。続きだ……」

 

「くっ! 今の師匠じゃなくなった師匠になんて、絶対に殺されてたまるかぁあああ!」

 

 麻痺していた自分の体に活を入れて強引に立ち上がる。そしてクシャトリアの顔面目掛けて我武者羅に殴りかかった。

 だがそんな自暴自棄な攻撃がクシャトリアに通用するはずがなく、あっさりと回避される。

 

「遅い」

 

「――――っ!」

 

 クシャトリアが背後に回り込む。

 リミは慌てて振り返ろうとして、止めた。既に攻撃動作は完了している。今からでは何をしようと手遅れだ。

 だったらこのまま死んだ方が良い。誰かの操り人形になった師匠を見ながら死ぬくらいなら、このまま地面でも眺めながら死んだ方がマシだ。

 

(今度こそ、幸せな走馬灯が見られますように)

 

 そんな儚い想いを胸に、リミはすっと目を閉じた。

 現実はこんな結末になってしまったが、せめて夢の中では幸せが待っているように祈りながら。

 

「止めだ。王波界塵殺(ブラフマラー・アパラージタ)

 

 クシャトリアの〝奥義〟が放たれる。必殺の魔槍はリミの命を奪うべく、その背中へと吸い込まれていった。

 リミの目蓋の裏に広がるのは暗闇ばかり。残念なことに、走馬灯は見えなかった。

 最後の最期まで冷たい神様を怨みながら、小頃音リミは死んでいった。

 

「……………………あれ?」

 

 違和感に気付いたのは、クシャトリアが必殺を放ってから数秒が経ってからだ。

 魔槍に穿たれてとっくに活動を停止しているはずのリミの心臓。それが今も活動を続けている。恐る恐る目を開いて、振り返れば――――そこにリミの命が助かった理由があった。

 

「……お前は」

 

 クシャトリアが声を漏らす。

 リミを守るように、誰かがクシャトリアの腕を両手で握って止めている。余程凄まじい力で腕を握っているらしく、クシャトリアの突きは1㎜も前に進むことなく停止していた。

 一影九拳に名を連ねるクシャトリアの奥義を防ぐことが並みの武人にできるはずがない。故にその男もまた一影九拳の一人だった。

 心を覆い隠すようなコートとサングラス。その顔を忘れるはずがない。

 

「やらせは、せん。お前に、お前の弟子を殺させる訳にはいかんな」

 

「記憶にある。本郷晶、か」

 

「――――借りを返しに来たぞ、クシャトリア」

 

 人越拳神・本郷晶がここに拳魔邪帝の前に立ち塞がった。

 

 




 きた!本郷さんきた! メイン本郷さんきた! これで勝つる!

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