史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第14話  流水

 刀、槍、薙刀。現代人からすれば時代錯誤の、社会の裏側に住む武術家にとっては未だに現役の武器が一斉に襲い掛かってくる。

 クシャトリアは平静さを保ちつつ、自分の周囲に制空圏を構築した。複数からの同時攻撃への対処など、美雲との組手で何度も経験している。今回は襲い掛かってくるものが手から武器に変わっただけだ。

 

「はっ!」

 

 両手を操り迫りくる武器を迎撃する。槍の切っ先、薙刀の刃には触れずに。尖っていない場所を叩き落とし、攻撃の来ない安全地帯へと体を移動していった。

 しかしクシャトリアの両腕は未だにこれまでの苦行によって痺れが残り力が入らない。

 

「……!」

 

 完全には迎撃できずに、刀が僅かに左手を霞める。

 細い左手から血が噴出する。痛みはするがあくまでも霞めただけ。戦闘継続には支障がない。

 それに刀が手を霞めようと霞めまいと大した違いはない。どうせ両腕はまともに動いてくれないのだから。

 

(両手が満足に使えればもっとしっかり制空圏が維持できるのに。これじゃ自由に戦えない)

 

 多対一に両腕の疲労というハンデがクシャトリアを追いこんでいく。

 せめて一対一ならしっかり動く足技を中心に対処もできたのだが、十三人相手に両腕が使えないというのはかなりきつかった。

 手甲も余り役に立ってくれない。

 

「背後ががら空きだぞ、小僧ォ!」

 

「!」

 

 がら空きの背中に向かってくる十文字槍。鋼鉄のように鍛え上げた肉体といえど、本当に鋼鉄で出来ている訳ではないのだ。

 一影九拳クラスの達人になるとどうだか知らないが、あんな槍の直撃を喰らえばクシャトリアの体など一溜まりもない。

 限界まで身を捩り、寸前のところで槍を躱す。

 

「お返しだ!」

 

 槍は兵器の王と称されるほど、あらゆる国・地域で使われた武器。その必殺の技はなんといっても〝突き〟だ。

 しかし槍術のみならず必殺の技はもし外せば自分を窮地に追いやるもの。槍もその例外ではない。

 槍を避けたクシャトリアは、槍使いの男の懐に入る―――――

 

「させんよ」

 

 直前で剣士の刀に妨害された。

 懐に入ることに失敗したせいで今度はクシャトリアに隙が生じてしまった。そこへ繰り出される武器の雨。

 まともに防ぐことは今のクシャトリアの両手では難しい。ならば、

 

(窮地にこそ敢えて自分から飛び込む!)

 

 そして、

 

(インパクトの瞬間。最小限の力で攻撃をいなす!)

 

 槍や薙刀を軽く手甲で殴る。ここにくるまでクシャトリアが散々体感してきた梃子の原理と同じだ。

 尖端に加わった衝撃は何倍にもなって武器を持つ男達の手にかかり、その軌道を逸らす事に成功する。

 とはいえここでの戦闘はきつい。クシャトリアは小さい体を活かして、攻撃を掻い潜りながら神社の壁を背にした。

 

「壁を背にすれば後ろからの攻撃はないってか。良い判断だが、それは自分で逃げ場を塞いだのと同じだ」

 

 男達の一人の言葉は正にその通りだ。クシャトリアは背後からの攻撃へ対処する必要がなくなった恩恵と、背後の逃げ場を失うという弊害の両方を得た。

 しかし逃げ場がないのは最初からだ。もし逃げられて命が助かるならばとっくに逃げ出している。だが一体何処へ逃げればシルクァッド・ジュナザードの魔の手から逃れられるというのか。

 ジュナザードの呪縛から逃れるには、もはや死ぬしかない。そして死にたくないならば結局のところ逃げずに戦う以外の道はないのだ。

 

「明鏡止水、心を水面のように鎮め…………相手を映し出す」

 

「なにをブツブツ言ってやがる! 死ね!」

 

 櫛灘美雲という女性は弟子に対して厳しいが、決して無意味なことも無駄なこともしない人だ。

 ただ嫌いな相手の弟子であるクシャトリアを殺したいのなら、制空圏の修行なんてさせずにさっさと葬っていただろう。だから美雲はクシャトリアを殺すためにここへ送ったのではない。

 クシャトリアの実力ならばこの死合いに勝てると思っているからこそ、ここに一人で送り出したのだ。生存確率をあげるため手甲まで持たせて。

 

(というか師匠があんな人なのに、美雲さんまで外道だったら心がもたない……)

 

 わざわざ三時間半も重りをつけて両腕を碌に力が入らなくしたのも、必ずしっかりとした理由があるはずだ。

 この死合いはあくまで修行の一貫。修行の為に両腕に力が入らないようにしたということは、これまで美雲は両腕に力がなくてもこの場を乗り越える術をクシャトリアに伝授してきたということに他ならない。

 

「――――そうだ!」

 

 クシャトリアの動きが切り替わる。否、動きが変わったのではない。クシャトリアの型が動作がシラットからまったく別のものに切り替わる。

 振り落された刀を手甲で弾くと、手慣れたように向かってきた十文字槍を掴み取る。

 力を入れる必要はない。何故ならば、

 

「櫛灘流は技十、力……ゼロ!」

 

「ぐおっ!」

 

 十文字槍使いの男は足を地面から離し、重力を失うと硬い地面へ叩きつけられる。

 マットや畳ではなく硬い地面に、しかも石に当たるよう投げられて十文字槍使いは完全に意識を失っている。

 

「こいつ! 面妖な技を!」

 

 それに意識を沈め、よく美雲の教えを実行していけばこそ見えてくる。これまで美雲が組手の中で叩きこんできた技の一端が。

 オーバーに躱す必要などない。自分の頭に向かってくる槍を避けるのに、わざわざ体ごと逸らす必要はないのだ。ただ頭を少し曲げればそれですむこと。

 最小限の動きで確実に敵の動きを避けて、ゆっくりと近づいていく姿は男達から見ればまるで透明人間のようにも映っただろう。

 クシャトリアは武器をもつ男達に接近すると、

 

「これで四人」

 

 二人一片に体勢を崩してやると、転げた二人は頭と頭を強打しあって気絶させた。

 なんとなく戦いの流れは掴んだ。あとはこの流れに乗れば、相手が何人いようと対処は簡単。

 

「貴様ァ!」

 

 流れが分かるからこそ、流れに圧されない場所も自然と頭に流れ込む。

 武器を持つ男達はクシャトリアを中心とした渦に吸いこまれながら、渦の中心に刃を届かせることなく、無重力地帯に巻き込まれた浮遊感を味わいながら宙へ飛ばされていった。

 

「こいつは驚いた。こんな田舎くんだりまで来てみるもんだ。まさかお前みたいな坊主に大の大人が壊滅状態たぁな。末恐ろしいもんだ」

 

 最後の一人。サムライ風のおっさんが大太刀と小太刀を構え正眼で見据える。

 もはや彼に最初の侮りは一切ない。彼の目にあるのは対等の好敵手へと向けるもののそれとなっていた。

 

「いざ、参る!」

 

 繰り出される大太刀。クシャトリアはふわりとそれを避けると、大太刀は神社の壁に突き刺さる。

 これで大太刀は一時的に使用不能だ。

 

「不覚……! だがっ!」

 

 大太刀を封じても男には小太刀が残っている。だがこれまで十三の人間から数多の武器で襲われてきたクシャトリアにただの小太刀一振りを対処するのは楽な仕事だ。

 小太刀をもつ手首を捕まえると、膝蹴りを顎に喰らわせた。

 

「今日も、どうにか生き残れたか」

 

 この場に集まったものの完全沈黙を確認すると、台座に置かれていた刀を手に取る。

 初めて持つ刀は意外と重かった。

 

 

 

 死合いの様子の一部始終を見下ろしていた美雲は、満足げに笑みを深める。

 櫛灘の技を見せたことと、ある男への嫌がらせ混じりに仕込んでおいた技についても不完全ながら再現してみせたこと。どれも期待通りの成果だった。

 

「そこで見ておるもの。出て来たらどうじゃ」

 

 クシャトリアの様子を見下ろしながら、美雲は背後の木陰に潜む者に声を掛ける。

 

「気付かれていましたか、女宿殿」

 

 木陰から姿を現したのはティダードの民族衣装に身を包んだ男だった。

 気配の殺し方、足の運び方からいってジュナザード配下のシラットの使い手。それも隠密に優れたマスタークラスだ。

 

「して、なにようじゃ? ジュナザードにわしの首級を獲るように言われたか?」

 

「御冗談を。私はメナングというもの。ジュナザード様の命で、クシャトリアの様子を見に来ただけです」

 

「師には似ずに礼儀は弁えておるようじゃな。して、お前の主の弟子の仕上がりはどうじゃったかな?」

 

「――――これはあくまで私見、ジュナザード様のご意見とは全く関係なきことと予め断っておきますが……想像以上かと。制空圏と静の気のみならず櫛灘流柔術に、あれはまさか――――」

 

「無敵超人の秘技の一つ、か?」

 

「……はい」

 

 無敵超人、風林寺隼人。

 武術界において闇の武器組が長と並び称されるほどの達人にして、間違いなく世界における最強の武術家の一人だ。

 その無敵超人の秘技が一つこそ流水制空圏。

 制空圏を薄皮一枚まで絞り込み、敵の動きを最小限の動きで躱し、相手の流れを読み、遂には自分の流れに相手を乗せてしまう技だ。

 

「御自身の正式な弟子ならいざしれず、どうして仮の教え子でしかないクシャトリアに無敵超人の秘技を」

 

「秘技といっても櫛灘流の秘技ではない。あくまでも無敵超人の秘技じゃ。教えたところでわしの懐は痛まぬ。それに無敵超人は弟子をとらぬことで有名。

 奴には昔、色々とあってのう。奴の秘伝をよりにもよって殺人拳の弟子に仕込んだと知れば、奴の悔しがる顔が目に浮かぶようじゃ」

 

「……………は、はぁ」

 

「もう良いか。わしは死合いを終えた弟子もどきを労いにいかねばならんのでのう」

 

 美雲は呆気に囚われるメナングを置き去りにして、手にした日本刀をしげしげと眺めるクシャトリアのもとへ行く。

 クシャトリアは初めて目にする本物の日本刀をしげしげと眺めていたが、美雲がきたことを知ると刀を納刀した。

 

「あ、美雲さん。仰ったとおりどうにか勝ちましたよ」

 

「当然じゃ。勝てるように仕込んでおったからのう。じゃが、一人まだ息があるのがおるのはどういうことかえ」

 

「あぁ。この人ですか」

 

 クシャトリアはまだ生きている一人、サムライ風の男を見下ろす。

 サムライ風の男はクシャトリアにやられ半殺しにされているが、まだしっかりと心臓は動いているし息もある。然るべき治療をすれば、しっかり健康体に戻るだろう。

 

「死合い場に集まった中でこの男は律儀に一対一になるまで待っていたが、だから手を抜いたのか?」

 

「そんなんじゃないですよ。ただこっちを殺す気がない人が相手だと、なんていうか戸惑うというかイマイチやる気が出ないというか。殺せと仰るなら止めを刺しますけど……」

 

「良い。今日はもう遅い。帰るぞ、クシャトリア。夕飯は赤飯じゃ」

 

「おぉ!」

 

 美雲とクシャトリアは転がった男達の死体と、ただ一人の生存者を背に去っていく。

 黒い雲から金色の月が覗き、クシャトリアを照らした。

 


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