史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第17話  死神

 照りつける太陽の下を黒塗りの車が走る。道が舗装されていないせいで、車は時折ガタンッと揺れながらもタイヤを回転させ続けていく。

 空はこれから起こる運命など知らない様に清々しいまでに青かった。

 クシャトリアは窓から流れゆく風景を頬杖をつきながらぼんやりと眺める。日の光の角度によってか一瞬窓にクシャトリアの顔が映った。

 ジュナザードの弟子になってから何年が経っただろうか。

 黒髪黒目の極当たり前の日本人の容姿だったクシャトリアの顔はしかし、今では熱帯地域での長い生活で肌は浅黒くなり、瞳は動の気の解放で投与された秘薬の副作用で真っ赤になり、日々の肉体改造のせいか髪は色素を失い所々が白くなっていく。あと数年も経てば髪から黒い箇所はただの一本たりともなくなるだろう。

 こんな見てくれではもう誰もクシャトリアが実は日本生まれの日本育ちの日本人だったなどと気付けまい。どうせ日本には戸籍も残っていないのだからどうでもいいといえばそれまでだが。

 

「着きました。ボーイ……いえ、翼もつ騎士。サヤップ・クシャトリア」

 

「ここが今回の任務地というわけか」

 

 クシャトリアは髪を掻きながら車外へ出る。

 降り注ぐ日光と高い気温が全身を焼くがティダードほどではない。ティダードでの生活が長いクシャトリアにとっては少し涼しいくらいだ。

 だが注目すべきは照りつける太陽などではなく、麓にある村だろう。

 

(随分と錆びれている)

 

 元々裕福とはいえない国なので、田舎の村が貧しいのは別になんらおかしいことでもないが特にここは極め付きだ。

 お金がないというより、そもそも村全体から活気や生気が抜け落ちている。これほど酷い村は世界中探してもそうはあるまい。

 原因はなにかと探し直ぐに気付いた。

 

「子供がいない?」

 

「あの村の子供はここら一帯を根城にするグスコーっていう男に攫われたんですよ」

 

「身代金でも要求する気か?」

 

「まさか」

 

 ここまで運転した男は肩を竦めた。

 身代金誘拐は裕福な家の子供を狙うものだ。こんな貧しい村の子供達を丸ごと誘拐したところで、手に入れられる身代金などたかが知れている。

 そもそも身代金なんて回りくどい方法をとるより、普通に略奪の限りを尽くした方が効率的だろう。

 この国の治安とグスコーという海賊ならそれだけの暴虐が許されるのだから。

 

「身代金じゃないとなると……どこかに売り払うつもりか。出すところに出せば子供は高く売れるからな」

 

「でしょうね」

 

「俺も捕まったらどうしようか」

 

「悪い冗談は止めて下さい」

 

 クシャトリアはそれなりに背も高くなったがまだまだ少年と呼べる年齢。グスコーの一味に掴まれば、この村の子供と同じように売られる可能性は十分にある。

 もっともこれでもクシャトリアは若くして弟子クラスの殻を破り、達人と弟子の間にある武術家の位階――――妙手へ至ったもの。妙手にもピンからキリまでいるが、その中でもクシャトリアは比較的達人寄りだ。

 単なる海賊に捕まるほど弱くはないし、仮に掴まっても簡単に脱出できる。

 ただ掴まって売り払われても、自分の師匠に拉致された時よりはマシな境遇かもしれないと脳裏を過ぎっただけのことだ。

 

「それで今回の闇からの任務はなんだったっけ?」

 

「あ、はい」

 

 ガサゴソと黒服が助手席に置かれた鞄を漁る。

 クシャトリアが弟子から妙手になってからというものの、ジュナザードの指示で遠征死合い代わりに闇からの任務を数多く受けるようになっていた。

 闇からの依頼は要人の暗殺や護衛、組織壊滅など様々だが今回の仕事はどんなものか。

 

「ありました。えーと、やっぱりあのグスコーって海賊関係です」

 

「一味を皆殺しにしろって? それともグスコーの首だけ獲れって?」

 

「いえ。殺しは任務に含まれていません。グスコーの一味に盗まれた、さる名家の家宝であるペンダントを取り返す事。それが今回の任務です」

 

「それは良い」

 

 グスコーは大型の船と多数の部下を保有するかなりの規模の海賊だ。

 武器密輸にも手を染めている為、部下は機関銃やバズーカだって持っている。幾ら妙手になっても銃火器で武装した百人以上の海賊集団を全滅させるなんて御免蒙る。出来ないとは言わないが、死ぬリスクだって高いのだから。

 

「じゃあ早速、行ってくるか」

 

「ご武運を」

 

 家宝のペンダントとやらを取り返すついでに、一党の財産の一部でもパクッて帰りは豪遊しよう。

 そんなことを考えながらグスコーなる男がボスの座にいる一党の拠点が見える所までやってきた。

 

「デカい船だな」

 

 巨大な船、それがグスコーのアジトだった。

 ビルや建物ではなく船であれば移動するのも自由自在だし、陸から離して停泊することで外敵の侵入も防ぐことができる。

 悪党の親玉だけあって頭もそこそこ周るらしい。

 

「美雲さんなら海面を走って船までいけるだろうけど、海渡はまだ触りしか教わってないからな。となると」

 

 ここは水の上を走るなんて超人技ではなく、人間らしく泳いでいくとしよう。

 クシャトリアはいつだったかジュナザードに貰った仮面を被ると、服も脱がずに海の中に飛び込んだ。海水を吸い込んで服が重くなるが、そんなことものともせず魚の速度で海を進んでいく。

 

「さて」

 

 船のところまで泳いできたクシャトリアは、持ってきた縄を引っかけて船を捩り昇り潜入した。

 甲板に登ったクシャトリアは物陰に潜みながら様子を伺う。

 見張りの男達が機関銃をもってうろついているが、まさか陸地から離して沖に停泊している船に侵入者が来るとなど思ってすらいないのだろう。見張りたちには明らかな油断があった。

 クシャトリアがジュナザードから教わって来たのは武術だけではない。ティダードの薬草を用いた医学に、隠遁術についても仕込まれている。

 妙手の自分では達人級を誤魔化す自信はないが、相手がただの人間なら気付かれる心配はない。

 

(ペンダントがある倉庫の場所は)

 

 クシャトリアの目の端に一人でぶらついている男が目に留まる。倉庫の場所が知りたいなら内部の人間に喋らせるのが一番だ。

 

「もがっ!」

 

 背後から男の口を塞いで声を出せないようにしてから、空き部屋に引きずり込んだ。

 

「喋るな。下手に騒ぐと騒げないようになる」

 

 此処に来るときにくすねておいたナイフを男の喉元に当てて囁きかける。

 武器を使うのは無手組の武術家としての主義に反する上に八煌断罪刃みたいで気に入らないが、こういう時の脅しは目に見える分かり易いものであったほうが効果的だ。

 

「グスコーがさる名家から盗んだペンダントがある倉庫はどこだ?」

 

「ぺ、ペンダント? 知らねぇよ! 一々盗んだものがなにかなんて下っ端の俺が覚えてるわけが――――」

 

「なら宝がある倉庫は?」

 

「ば、馬鹿じゃねえのか! そんなこと言ったのがばれたらグスコーさんに殺されっちまう!」

 

「そうでもない。少なくともここで大人しく喋れば、ここで俺に殺される心配はなくなる。さぁ、どうする?」

 

 脅しつけるよう笑みを浮かべながらナイフを押し当てる。

 

「分かった! 話す! この部屋を出て右に曲がった角を左に行けば倉庫だ」

 

「ごくろうさん」

 

 聞きたい情報を聞き終えたクシャトリアは男の腹を殴り気絶させる。これでこの男は一時間はここでぐっすりだろう。

 後は倉庫に忍び込んで、資料に添付されたものと同じペンダントを回収すれば任務完了だ。

 部屋から出てクシャトリアは再び気配を消して通路を進む。

 全てが順調。このまま何事もなく終われば万々歳だったのだが、そうは問屋が卸してくれなかった。

 

「あいたっ」

 

 倉庫へ続く通路を歩いていると、どしんと壁にぶつかる。

 

「可笑しいな。角を左に行けば倉庫じゃなかったのか。壁があるなんて聞いて……ない……ぞ?」

 

「やぁ。アパチャイだよ」

 

 ニッコリと敵意なく挨拶してくる褐色の肌の大男。壁だと思ったものは壁ではなく壁のようにデカい人間だった。

 褐色の巨人――――アパチャイは敵意なく寧ろにこやかに微笑みかけてくる。

 しかし反対にクシャトリアの内心は軽くパニックに陥っていた。

 

(気配を消していた俺にあっさり気付いたことといい、ここまで自然に回り込んだことといい……間違いない! この男、達人級(マスタークラス)だ!)

 

 よもやこんな小悪党の一味にマスタークラスの武術家がいるなど完全に予想外だ。

 クシャトリアは良く調べもせずに、妙手でも出来る任務として寄越した闇を呪う。

 

「おい、アパチャイ。倉庫の掃除が終わったら次は便所を――――って。そこのテメエ、なにしていやがる!」

 

 更に最悪なことにアパチャイのみならず、他のグスコーの部下達にも潜入が気付かれてしまったらしい。

 これはかなりのピンチだった。

 

 

 




 一気に達人になった後まで飛ぼうと思いましたが、折角なので「妙手」時代の話を挟みました。

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