史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第19話  交換

「どうかなさいましたの?」

 

 少女、美羽はキョトンと不思議そうな顔でクシャトリアを見上げる。

 見た目こそ可愛らしい外見の少女だが、幼いながらによく刻み込まれている武術の跡といい、彼女が無敵超人の孫娘なのはほぼ確定だろう。

 

「いや、なんでもない。だが風林寺とくればなにかと武術家にとっては有名な名前だからね」

 

 風林寺隼人は自分の師匠たる拳魔邪神シルクァッド・ジュナザードと並び立つ数少ない武術家だ。

 貨物船にいた用心棒のアパチャイもかなりの達人だったが、それ以上に無敵超人は敵対したくない相手である。

 だが彼の無敵超人とあろう者がアパチャイのように海賊(マフィア)の用心棒なんかする訳がない。

 

(上手く立ち回れば無敵超人に貸しを作る良い機会かも)

 

 闇の殺人拳とは対極に位置する活人拳の達人であり、闇とは敵に当たる人物でもあるが、武術の世界における頂点の一人に貸しを作る意義は大きい。

 無敵超人への貸しは少なく見積もっても金の延べ棒以上の価値がある。

 

「あ!」

 

 空腹を主張する腹の音が美羽のお腹から鳴る。

 奇妙な沈黙。クシャトリアは気まずげに頬を掻きながら、

 

「折角だし一緒に食べようか?」

 

「そ、そうですわね! 積もる話もある事ですし」

 

 お互いにあの腹の音は聞かなかった事にする。クシャトリアと美羽は手近にあった食事タイムには絶好の木陰に歩いていく。

 木陰につくと、木を背に座り込んだ。クシャトリアの昼食はリンゴ、そして美羽が取り出した弁当は二個のおむすびだった。

 

「やっぱりどこの国でもお弁当はこれですわね」

 

「やっぱりどこの国でも弁当はこれだな」

 

 美羽とクシャトリアはおむすびとリンゴを口に運ぼうとして、それに水を差す様に盛大な腹の音が響いてきた。

 流石にこの腹の音は聞かなかったことにはできない。腹の音がした所を見ると、そこには完全に木と一体化して気配まで溶け込んでいる褐色肌の大男が体育座りしていた。

 

(というかこいつ、どこからどう見ても昨日のアパチャイじゃないか。なんでこんな場所で体育座りなんかしているんだ)

 

 不幸中の幸いというべきか、アパチャイは自分が昨日の襲撃者であると気付いていない。こういう時はジュナザードから貰った仮面様々だ。

 アパチャイは腹の音を太鼓のように鳴らしながら、空腹に耐えるよう遠くを見つめている。余りの空腹が遂に涙まで流し始めた。

 

「…………」

 

 一瞬、美羽と顔を見合わせる。

 美羽は自分の二個あるおむすびに視線を落とし僅かに迷ってから躊躇いがちにおむすびを一個差し出した。

 

「良かったらお一ついかがですかですわ?」

 

 おむすびを差し出されたアパチャイはニッコリと嬉しそうに微笑むと、大きな手でおむすびを受け取った。

 大きなおむすびもアパチャイという大男の手に収まってしまっては非常に小さく見える。

 

「じゃあおむすびの変わりに、俺のリンゴをあげよう」

 

「大丈夫ですわ。私にはもう一個ありますし、それだとクシャトリアさんの分がなくなってしまいますわ」

 

「子供が遠慮するものじゃない。……といっても別に俺もまだ大人でもないけど。それに俺にはまだ葡萄がある」

 

 クシャトリアは懐から新たに葡萄を取り出す。これは昼食用ではなくおやつ用だったのだが、果物のストックはまだまだあるので問題はない。

 

「なら遠慮なく、ありがとうございますですわ」

 

「どういたしまして」

 

 枝から果実をとらずに、寧ろ枝ごと葡萄を一気に食べる。

 丁寧にお皿に切り分けていたのも遠い昔。ティダードでジュナザードと一緒に生活しているうちに、果物はそのまま食べるのが当たり前になってしまった。

 

「ん?」

 

 アパチャイがおむすびの一部を指に載せると、ピュルルルと口笛を吹く。

 なにをしているのか、と不思議に思ったが直ぐに答えは出た。アパチャイの口笛を聞いて、鳥や兎、リスに狸などの動物が集まっていく。

 

(すごっ)

 

 敵の達人が傍にいるということの警戒心すら忘れ、クシャトリアは目を見開く。

 集まって来た動物たちにおにぎりを分け与えるその姿は、武術の達人というよりも神話に出てくる精霊のようですらあった。

 ふと一羽の小鳥が口に咥えたさくらんぼをアパチャイに渡す。アパチャイはそのサクランボをクシャトリアに差し出した。

 

「アパチャイにおにぎりをくれた子にリンゴをあげたから、アパチャイはサクランボをあげるよ」

 

「ど、どうも」

 

 確かにこれで美羽がおにぎりをアパチャイにあげ、アパチャイはサクランボをクシャトリアにあげ、クシャトリアはリンゴを美羽にあげで丁度一周した。

 闇での任務中とは思えない程の安らいだ一時だったが、それも長くは続かなかった。

 クシャトリアは男が数人近付いてくる気配を察知する。恐らくはグスコーの手下だろう。クシャトリアは気配を消して、こちらに来る男達から見えないよう木の裏側に隠れた。

 

「やい、アパチャイ! なにしてやがる!」

 

「飯を食いたければサボるんじゃねえ」

 

 不躾な乱入者のせいで集まって来た動物たちも逃げてしまった。男達に連れられてアパチャイは貨物船に連れ戻される。

 奇妙なものだ。アパチャイの強さならばグスコーの一味など一人で壊滅できるだろうに、あんな下っ端如きにいいように使われるとは。

 男達がいなくなるとクシャトリアは木陰から姿を出す。

 

「なんであんな連中に使われているんだか」

 

「ええ。あの方、悪党の用心棒をするような悪い人には見えませんもの」

 

 理由は違えど、同じ疑問をクシャトリアと美羽は共有する。

 

「君は彼について何か知ってるのかい?」

 

「私も村の方に聞いただけですが、アパチャイ・ホパチャイ。裏ムエタイ界の死神と呼ばれた武術家だとか」

 

「裏ムエタイ界だって?」

 

 世界の裏側。スポーツマンシップに則った表のスポーツ武術とは異なる、より実践的で危険性の高い裏の格闘技。

 裏ボクシングや裏レスリングなど種類は様々で、裏ムエタイ界もそのうちの一つ。

 一影九拳の一人にして炎のエンブレムをもつムエタイ使い、拳帝肘皇アーガード・ジャム・サイが嘗て所属していたのも裏ムエタイ界だ。

 

(アーガード殿ならアパチャイ・ホパチャイについても知っているかも。だけど美雲さんと違ってアーガード殿の連絡先は知らないし)

 

 どちらにせよアパチャイほどの達人が、金目的なんてつまらない理由であんな三流マフィアにいい様に扱き使われているはずがない。

 達人級の用心棒なんて普通なら金の延べ棒一つで一回分の依頼が妥当なところなのだから。

 

「お嬢ちゃん。俺もこの辺で失礼するよ」

 

 兎も角、まずは情報収集だ。特にここに来ているであろう無敵超人のことを調べる必要がある。

 上手い具合に無敵超人とアパチャイが潰しあってくれれば任務を達成することもできるが、逆に下手をすれば無敵超人とアパチャイの両方を敵に回すことになりかねないのだから。

 


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