史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第20話  翼と羽の共闘

 裏ムエタイ界の死神に無敵超人。

 二つの大きなイレギュラーの存在を知ったクシャトリアは任務を一時中断して昼の時間を使って情報収集に徹した。その結果クシャトリアは付近にある村から耳寄りな話を掴むことに成功する。

 曰く無敵超人の目的はグスコーの一味の壊滅。どうも子供達を攫われた村の者達が、自分達の全財産を報酬に無敵超人に子供達を取り返して貰うことを頼んだらしい。これは村人から直接聞きだしたことなので確かなことだ。

 

(敵にマスタークラスがいたことには絶望したが、これは災い転じて福となすチャンスだ)

 

 無敵超人・風林寺隼人の目的が子供たちの奪還及びグスコーの一味壊滅だというのなら、クシャトリアの目的とも利害が一致している。味方になることはあれ敵になることはないだろう。

 それに無敵超人の力をもってすれば、あの褐色肌の巨人――――アパチャイがどれほど強い達人であろうと敵ではない。自分の師匠ジュナザードは特A級の達人をも超えた最高位の達人であり、その師と互角の無敵超人の強さも最高位なのだから。

 情報を集め終え夜まで待ったクシャトリアは、無敵超人が海を走り貨物船に襲撃を掛けたところも確認した。

 後は無敵超人がアパチャイと戦っている騒動の中、目的の品を回収すれば任務完了である。

 とはいえ折角無敵超人がいるというのに、馬鹿正直に任務を達成するだけというのも芸がない。

 

「留守番かい。お嬢ちゃん」

 

 クシャトリアは沖から貨物船を眺めていた美羽に声をかけた。

 

「貴方はクシャトリアさん。こんなところで、どうなさったんですの?」

 

「これから仕事に行く所に君の姿が見えたもんでね。だが無敵超人と畏怖され武術家たちの頂点にあるような御仁が、よもや村の全財産なんてはした金で人助けとは。まったく大した御方だよ。どこぞの邪神様に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。飲んだところで変わる様な性根でもないが」

 

 遠いティダード王国でクシャトリアの師匠がくしゅん、とクシャミをした。

 

「御爺様の事をご存知なのですか?」

 

「俺も武術家の端くれ。武術家にとって頂点に君臨する一人の名前くらい知っているとも。それより君もあそこへ行くのか?」

 

 無敵超人が奇襲をかけたことで、嘗てない大騒ぎになっている貨物船を指差した。

 幾ら最強の武人の孫娘とはいえ美羽はまだ十歳にも満たぬ子供。銃を装備した海賊くずれの拠点に行くなど危険極まりないことである。

 しかし美羽はコクンと頷いた。

 

「アパチャイさんにどうしてももう一度会ってみたいですわ。だって悪い人には見えませんでしたもの。悪党の用心棒なんてしているのもきっと事情があるはず。

 出来ればアパチャイさんを説得して、掴まっている子供達を救出しますわ」

 

「勇敢なものだ」

 

 きっと祖父の世直しに連れられ、かなりの戦いを経験しているのだろう。幼いというのに技だけではなく、武術家としての心構えがしっかりしている。

 無敵超人は武人としてではなく指導者としても化物らしい。

 

「なら俺も同行しよう」

 

「宜しいんですの?」

 

「実は俺の仕事というのもグスコーの一味に関してでね。連中に奪われたさる名家の家宝を取り返しに来たんだ。その仕事のついでだよ。

 それに俺は達人というほどのものじゃないが、まだ弟子クラスの君よりは強い。足手纏いになることはないだろう」

 

「妙手の方だったんですの、クシャトリアさんは。それなら心強いですわ」

 

「決まりだな。それじゃあ早速行こう。あんまりモタモタしていたら全て君のお爺様に片付けられる」

 

 共闘することになったクシャトリアと美羽が向かったのは港にある船着き場。

 幾らなんでも無敵超人のように海を走って襲撃することは技量的に不可能であるし、泳いでの襲撃は時間がかかり過ぎる。

 港に駐留していたグスコーの部下達を手早く倒すと、彼等が乗ろうとしていたボートを奪取した。

 しかしここで些細な問題が発生する。

「いかん。奪い取ったはいいがボートの操縦なんてしたことがなかった……」

 

 これまでの闇から下される任務をこなすうちにパラシュートでのスカイダイビングに、タンクローリーの無免許運転は経験したが船の運転はやったことがなかった。

 だが捨てる神あれば拾う神あるとはいったもの。救いの手は直ぐ近くにあった。

 気絶された男を無理矢理叩き起こして、操縦をさせるかとクシャトリアが悩んでいると、美羽がボートのエンジンのところにしゃがみ込む。

 

「前に見た事があるタイプですわ。操縦はしたことはないですけど、エンジンを起動させるくらいなら」

 

「本当か?」

 

 美羽が手慣れた手つきでエンジンを起動させると、ボートがエンジン音を鳴らしながら海を滑り始めた。

 一度動いてしまえば方向転換は物理的な意味で手動で行えばいい。ボートはみるみるうちに貨物船に近付いて行った。

 

(まったく助けるつもりが助けられてたら洒落にならないな。この年でその強さ、末恐ろしいもんだ)

 

 妙手の殻を破り達人に至るには才能と無限に等しい努力の二つが必要不可欠だ。

 しかし彼女なら恐らくはその殻を破り達人に至ることができるだろう。もっとも武術家などいつどんなことで死ぬか分からぬ存在。

 達人になる前に死んでしまう可能性もゼロではないが。

 ボートが貨物船の下まで着く。ここまで近付くと船内の騒ぎがより大きく聞こえてきた。

 

「この高さじゃ幾らなんでも船上まで飛ぶのは難しそうですわね。クシャトリアさん、なにか梯子のようなものはありませんか?」

 

「必要ない。このくらいの高さならいける」

 

 クシャトリアは美羽を抱えると、一気に船上まで跳躍する。

 海面から船上までの高さは大体4~5m。達人ではなく妙手でもぎりぎりで飛べるくらいの高さだ。

 どうにか船上に着地すると、クシャトリアは美羽を降ろす。

 

「これで貸し借りはゼロだな」

 

「そんなことお気になさらないでいいですのに。それにしてもお爺様がたかが船一つを制圧するのに、ここまで時間をかけるなんて。やっぱりアパチャイさんがいるからでしょうか」

 

「無敵超人が奇襲をかけて十分。特A級なら制圧どころか船をミンチにしても御釣りがくるな。それがまだこうして原型を留めているということは、やはりその可能性が高いだろうね」

 

 それにもう一つハッキリする。

 無敵超人相手にここまで保たせることができるということは、アパチャイ・ホパチャイは特A級か、それに限りなく近い達人だ。

 やはり妙手の自分では勝てる相手ではなかった。最初の襲撃で撤退を選んだ自分の判断の正しさを悟る。

 

「クシャトリアさん。子供達がどこに囚われられているかはご存知ですの?」

 

「残念ながら。俺が知っているのは倉庫の場所だけだ。ああ、こんなことなら最初に潜入した時に粗方聞きだしておけば良かった」

 

 こうなれば虱潰しに探すしかない。

 クシャトリアと美羽は出来るだけ騒動の中心――――無敵超人とアパチャイが激闘を繰り広げているであろう場所を避け、船の廊下を走っていく。

 

「おい、餓鬼が二人逃げているぞ!」

 

「捕まえろ!」

 

 子供の捕えられている場所を探し通路を左に曲がったところで、二人の見張りと出くわす。美羽は「しまった」と言ったが、クシャトリアは逆に口端を釣り上げた。子供の見張りならば子供の囚われている場所を知っているだろう。

 男達が銃口をクシャトリアと美羽へ向ける。男達は銃を向ければ二人が両手をあげて降参するだろうと高を括っていたのだろう。そこに敵意はあっても殺意はなかった。

 それが二人の男の敗因にもなる。男達が銃口を照準するよりも早く、クシャトリアの蹴りが銃を蹴りあげて手から弾き飛ばした。

 

「て、テメエ!」

 

「させませんわ!」

 

 ナイフを取り出そうとした男の股間に、美羽の容赦ないアッパーが炸裂した。

 達人から素人に至るまで金的は男の急所。モロに金的をやられた男は悶絶し倒れた。

 情報を聞き出すのは一人いれば事足りる。もう片方の男には右膝蹴りを喰らわせ気絶させる。

 クシャトリアはニコニコと微笑みながら金的をやられた男に歩み寄った。

 

「さーて」

 

「な、なんだよ。お前なんぞに何も教えねえからな……」

 

「あ、そう。なら愉しい愉しい拷問タイムの始まりだ。両手両足の爪を剥がしてからペンキを塗りたくるネイルアートの刑と、歯を全部抜き取るお年寄りの気持ち体感コース、玉と竿を潰す手動性転換手術……どれが良い?」

 

「ひぃぃぃぃいい! そ、それだけはぁ! なんでも話すからそれだけはやめてくれぇ!」

 

「だったら捕まえた子供はどこにいるかキリキリと吐いて貰おうか」

 

「そこまでだ!」

 

 折角後少しで情報が聞き出せるというところで不躾な邪魔者が入る。

 声のした方向を見れば、そこには捕まえた子供達に銃口をつきつける男たちがいた。

 

「貨物室で暴れていやがる魔神の仲間か? 餓鬼の癖しておっかねえ奴等だぜ」

 

「だがグスコーさんを甘く見たな。子供の見張りは完璧だぜ。大人しくしろよ……テメエ等が変な真似をすりゃこいつらの一人の頭がパーンだ」

 

「不覚を取りましたわ……」

 

 下卑げた笑みを浮かべる男達を睨みながら美羽は歯を食いしばる。

 

「人質に拉致か」

 

 ポツリとクシャトリアは脅える子供を見つめながら呟く。

 抗う事の出来ない力によって住んでいた場所から拉致されて、暴力によって支配される子供。その姿が嘗ての自分とダブってしまうのは偶然ではないだろう。

 あれはジュナザードに連れ去られた当時のクシャトリアそのものだ。しかし彼等とクシャトリアに違いがあるとすれば、

 

「残念だが――――」

 

 動の気の解放。感情のリミッターを外して爆発的な強さを得たクシャトリアは、男達が対応できないようの速さで背後に回り込むと、人質をとっていた男達を一瞬で気絶させた。

 

「俺は人質如きで拳を鈍らせるほど甘くはない」

 

 殺しはしない。クシャトリアはこちらに殺意をもたない相手と、妙手未満の相手は殺さない主義だ。

 男達を気絶させたクシャトリアは動の気を引込めると、今度は静の気を纏う。

 周囲の気配を探ったところ近くにもう敵はいない。きっと他の兵隊は無敵超人の戦っている場所へ行ったのだろう。

 

「助かりましたわ、クシャトリアさん」

 

「ふっ。これで貸し一つだ。というわけで君達がグスコーに捕まった子供達でいいんだね。君達はもう自由だ」

 

 手刀で子供たちの拘束を解き、クシャトリアはいつだったか自分が言って欲しかった言葉を言った。

 


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