史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第22話  一影九拳

 武術、それもスポーツ武術が主流の表社会の武術とは違う裏世界の武術界には大きく分けて二つの思想がある。

 一つが活人道。武術とは強者から身を守る為に弱者が生み出した技術であり、己を守り他者を守り人を活かす道こそが真髄とする思想。

 もう一つが殺人道。武術とは如何に相手を効率よく破壊するかであり、非情の拳、人を殺める殺法こそが真の武術とする思想だ。

 活人道と殺人道。表社会では無論その殆どが活人拳であるが、裏社会に君臨する武術家たちはその多くが殺人拳寄りの者達である。

 そして殺人道を掲げる秘密結社こそが闇。真の武人の集う場所という看板に違わず、闇に所属する達人級の数は世界一といっていいだろう。

 とはいえ一口に達人といってもその強さは千差万別だ。無手での武術家と武器を使う武術家で無手組と武器組に分けられもするし、高位の達人であれば下位の達人が束になっても叶わないし、達人という枠において雑魚と呼ばれる者もいる。

 だがどれほど下位の者でも達人は達人。努力の果てに万人が到達しうる妙手とは違い、才能ある者が無限の努力の果てに辿り着ける頂きである。

 そんな達人たちが集う組織だからこそ、その序列は徹底した実力主義。特に無手組はその傾向が強い。

 故に無手組を統括する最高幹部たる一影九拳は全員がその武術において最強と称される使い手ばかりだ。

 そして現在。某国にある古の城塞を改装した拠点に、無手組最高幹部たる一影九拳が集結していた。

 しかし全員が全員直接集結しているわけではない。中にはネット回線を使いモニターでの参加をしている者も多い。

 

「こうして一影九拳が顔を会わせるのは何年ぶりのことだったかのう。しかし変わりないようでなによりじゃ」

 

 一影九拳が一人。水のエンブレムを担う柔術家。妖拳の女宿・櫛灘美雲は上品に口元を抑え笑う。

 美雲から発せられた言葉に、モニターの向こう側にいる褐色肌の男が苦笑した。

 

『変わりないって、そりゃアンタだけは言っちゃいけないだろう。何十年その顔のまんまなんだ?』

 

「お前も拳魔邪神と同じかえ。女の年齢を詮索するなど〝まな~違反〟じゃぞ、裏ムエタイ界の魔帝。それとも拳帝肘皇と呼んだ方がいいか?」

 

『フ。そうだな、失敬失敬。弟子に礼儀作法を注意する俺がこの調子じゃいかんな。先程の質問は忘れてくれ』

 

 あのアパチャイ・ホパチャイの兄弟子にして最強のムエタイ家と謳われる武人。

 拳帝肘皇アーガード・ジャム・サイが謝意を示す。とはいえ陽気な顔をしながらも、その瞳は冷血そのもの。或いはエンブレムの炎と同じく警戒の炎が揺れている。

 完全なる実力主義の弊害といっていいだろう。武器組最高幹部の八煌断罪刃はある程度の仲間意識があるが、一影九拳に関しては九拳同士での争いを禁じる不可侵条約があるくらいで仲間意識は限りなく薄い。

 

「それにしても拳豪鬼神殿は未だ放浪から戻らず、ディエゴ殿も偶々外せない任務中で出席できないとは。一影九拳が全員集結するのはいつになることやら」

 

 座禅を組んだまま髭を生やした仏のような雰囲気をもつ男性が言う。

 この場で九拳たちと対等に話す彼も当然一影九拳の一人。セロ・ラフマン、拳を秘めたブラフマンの異名をもつカラリパヤットの達人だ。

 

「魯慈正。主の友人の馬槍月はまだ行方知らずなのか?」

 

『我が友は渡り鳥のような男。一影九拳の席であろうと、彼を縛り付けることは叶うまい』

 

 月のエンブレムをもつ九拳として、モニターを使い集いに参加している魯慈正は本来の一影九拳ではない。

 真の月のエンブレムをもつ武人は梁山泊の豪傑が一人たる馬剣星の実兄にして弟と共に中華最強の達人と称される男、拳豪鬼神・馬槍月。

 魯慈正は放浪癖のある馬槍月のかわりに、その席を預かっているのだ。

 代理であり、さる戦いで視力を失ったとはいえその実力は未だ真の達人。一影九拳と同等の権威をもっている。

 

「カッカッカッ。そういえば人越拳神、お主のところの弟子は元気にしているかいのう」

 

 恐らく一影九拳でも最強クラスの実力をもつ武術家、拳魔邪神ジュナザードが沈黙を貫くサングラスの男に話しかける。

 

「いや、今頃は俺の言いつけた修行をこなしている頃だ。元気でいられては困る」

 

「面白味のない答えじゃのう。あの小僧は中々に素養が良い。なんなら我の弟子と交換でもするかいのう」

 

「………………」

 

 人越拳神・本郷晶。最強の空手家の一角を担う男のプレッシャーが露骨に増した。

 本郷晶は一影九拳でも比較的に情が深い男だ。特に弟子のことは厳しくも愛情をもって接している。その彼からすれば弟子を道具か物扱いするジュナザードは気に入らない相手の一人だ。

 

『争いはやめたまえ。同じ志をもつ者同士が争ってなんになる』

 

 モニターの奥でキャンパスに絵を描いている金髪の美丈夫が拳魔邪神と人越拳神を嗜めた。

 アレクサンドル・ガイダル、ロシア最強のコマンドサンボ使いにして芸術家。一影九拳では比較的仲間意識の強い部類に入るが、殲滅の拳士と畏怖されるのは伊達ではなく、嘗て癇癪から一個中隊を皆殺しにしたことで軍を追われた経緯をもつ。

 

「――――静まれ」

 

 闇の無手組がトップにして一影九拳の長。一影の言葉が発せられると、これまで好き勝手に話していた九拳たちが口を閉ざす。

 無敵超人・風林寺隼人やその孫娘と同じ金色の髪。闇の武術家らしからぬ背広姿に両手に手甲を装備した出で立ちは、無敵超人を知るものにはその影が垣間見えるだろう。

 彼こそが無敵超人の実の息子にして闇の一影、風林寺砕牙

 自分本位な者が多い九拳たちを黙らされた事実が、一影の権威を現している。

 

「今日こうして我等が集まったのは定例の報告会議の一貫であるが、もう一つ、拳魔邪神より自身の弟子の育成を完遂したという報告がありその披露目のためでもある」

 

 九拳たちの視線がジュナザードへ向けられるが、当人はそんな視線など知らぬとばかりに洋梨を頬張っていた。

 しゃりしゃり、という果物を咀嚼する音が暫し響く。

 

「ジュナザード殿の弟子というとYOMIのジェイハン……は、若すぎますな。となると彼の方ですか?」

 

 比較的ジュナザードと近しいセロ・ラフマンが問うと、ジュナザードは洋梨を呑み込んでから首肯する。

 

「我には及ばぬがのう。お主等、我以外の九拳と互角程度には仕上げておいたわいのう」

 

 自分には届かないが、他の九拳とは互角。自分を九拳で最強と称して憚らない傲慢さに九拳たちが眉を顰める。

 

『だから同志たちで争いの種を持ち込むのはやめたまえ』

 

 最初に声を発したのはアレクサンドル・ガイダル。温和な口調だがある程度付き合いの長い九拳たちには、これが激昂する一歩前だと直ぐに分かった。

 

「武人であれば強さを証明するのは言葉ではなく……戦いによってだ」

 

 直接の参加ではないため癇癪を起してもここの被害は出ないだろうが、ここで彼にキレられると話がややこしくなる。

 それを察した一影が仲裁に入った。

 

「入れ」

 

 一影がそう言うと、右目に眼帯をつけた初老の使用人が扉を開く。そしてその開いたドアからティダードの民族衣装に身を包んだ男が入ってくる。

 身長は大体180cm。だが顔は仮面に隠されていて分からなかった。

 その人物を見た美雲の口端が面白そうに吊り上がる。

 一影の前に来ると仮面の男は、顔を覆う仮面を外す。中から出てきたのは色素の失せた真っ白な髪と血のように赤い目をした褐色肌の男。

 見る者が見れば「若い頃のジュナザードと瓜二つ」。ジュナザードの素顔を知る者が見れば「ジュナザードと瓜二つ」と言っただろう。

 

「拳魔邪神シルクァッド・ジュナザードが弟子、サヤップ・クシャトリア参りました」

 

「ご苦労。足を運んでもらい早速で悪いが、君にはこれから組手をやって貰う」

 

 闇における組手は世間一般における組手とは多少違う。

 普通の組手なら加減を守り寸止めをするものだが、殺人拳を掲げる闇の組手はより実践的な緊張感をもたせるためそういうようなものは行われない。

 なので必然、組手中の事故での死亡者は活人拳の組手よりも多くなる。

 

「拳聖」

 

「はい」

 

 拳聖と、一影に呼ばれた男はどこか嬉しそうな顔で前へ出た。

 白いフードを羽織るその出で立ちは現代人というよりも戦国時代の豪傑を思わせる。

 彼こそ最も新参者の一影九拳にして流のエンブレムを担う緒方流古武術の達人、名を緒方一神斎。

 恐らく一影九拳で最年少であろう緒方だが、その実力は決して他の九拳に劣るものではなく、闇の最高幹部の席に座るに相応しいだけの実力を有している。

 ジュナザードの弟子であり、いずれはジュナザードから『王』のエンブレムを継承する可能性の高い九拳候補と最年少の一影九拳。

 他の九拳も認める味な対戦カードだった。

 

「〝拳聖〟緒方一神斎殿。若輩ながら一手お相手仕ります」

 

「はははははは。そう畏まらないでくれ。〝闇〟にいた時間ならそちらの方が上だし、武術的にも私と君にはそう差はないだろう。

 周りが私より年季も実績もある御方等ばかりで私も少しばかり息が詰まっていたところだ。年も近いんだからもっとフランクにいこう。まぁ短い付き合いになるか長い付き合いになるかは天のみぞ知ることだがね」

 

「…………ならば、一手相手願う」

 

 達人の拳はそれそのものが拳銃やナイフより遥かに恐ろしい凶器。

 同格の達人同士による組手であれば、組手が終わった時、どちらか一方の心臓の鼓動が止まっている可能性もゼロではないのだ。

 

「カハァアアアア……」

 

「コォォォ―――――」

 

 緒方は周囲にあるものを震わせるほどの動の気、クシャトリアは周囲の気を吸い込む静の気。

 動と静、相反する二つの気が練られまだ始まってもいないのに互いを牽制しあう。

 

「始め」

 

 一影の合図が響くと緒方とクシャトリアが同時に動いた。

 先制するは動の気を爆発させた緒方。岩を容易く砕く剛拳は隕石そのもの。されどその隕石はクシャトリアの制空圏に侵入した瞬間に撃墜された。

 手を叩き落としたクシャトリアは、逆襲とばかりに流星の如き突きを放つ。

 

「セェ、ヤァアアアアアアアッッ!」

 

 されど動の気を極めた豪傑に生半可な攻撃は通じない。全身を回転させその円運動で突きを回避すると、緒方は猛獣のように飛びかかり首の関節を破壊しにいった。

 組手とは思えぬ殺意がありありとこもった組み技(サブミッション)

 だがクシャトリアもジュナザードの弟子となって寝ていたわけではない。組み技など幾らでもかけられ、その度に生き抜いてきた。今度も同じ。

 

「ゴッ、ァアアアアアッ」

 

 クシャトリアの纏うオーラが百八十度変わる。内側に凝縮されていた気が、今度は逆に外側に爆発していった。

 

『ほう、驚いた。あれは私やディエゴ殿と同じ動の気だ』

 

「静の気と動の気、その両方を極めさせるとはジュナザード殿も無茶をなさる。よくもこれまで生きていたものだ」

 

 アレクサンドルとセロ・ラフマンが関心と呆れが半々に呟く。

 

「はぁぁぁッ!」

 

 動の気を発動させたクシャトリアは、その剛力をもって緒方の組み技を振り解く。

 予想外の行動で必殺を抜け出された緒方は怒るどころか興奮したように笑い、より必殺の構えをとった。緒方の気の脈動をクシャトリアも感じ取り、自身も必殺の構えをとる。

 

「緒方流……」

 

「無敵のジュルス……」

 

「「数え抜き手!!」」

 

 踏込は同時。一方は伝授され、もう一方は盗み。

 源流は同じでありながら自身の流派で独自発展させた同一の必殺がぶつかり合う。

 

「「四、三、二!」」

 

 数え抜き手、通常の抜き手を四と見立て、一つ一つの抜き手に異なる気の練りを加えることで、最後の一発で確実に相手の防御を突き崩すことにある。

 三手までは互いに相殺。そして最後の四発目の抜き手が放たれる。

 

「「一ィィィィッ!」」

 

 絶対に防御を貫く最強の矛同士の激突は、どちらの防御も貫くという結果に終わった。

 クシャトリアと緒方は互いに吹き飛んで壁に激突する。これが殺し合いであれば、ここから更に凄惨な戦いが繰り広げられるだろうがこれはあくまでも組手だ。

 

「そこまで!」

 

 故に一影により終わりが告げられた。

 組手が終わったことで緒方もクシャトリアも闘気を雲散させていく。戦いが終わればノーサイド。恨みっこなし。これは組手においても同様だ。

 殺人拳の武術家であれ武術家は武術家。その程度のことは弁えている。

 

「どう見る?」

 

「先に当たったのはクシャトリアの抜き手じゃったな。だが」

 

「威力は緒方殿が上だったかと」

 

 一影の問いかけに美雲とセロ・ラフマンが其々答える。

 

「ならば引き分けということにしておこう。拳聖、ご苦労だった」

 

「いえ。私も得るものがありましたよ。クシャトリア、後で静の気と動の気の運用について是非とも君の意見を聞かせて欲しいものだ」

 

「時間があれば」

 

「ふっ。期待しているよ」

 

 緒方はさっきまで悪鬼の如く戦った男と同一人物とは思えぬ柔和な笑みを浮かべると、自分の椅子へと戻っていく。

 

「君もご苦労だった、サヤップ・クシャトリア。そして拳魔邪神、九拳と同格の弟子を育て上げた功績は大きい。よって以前、闇の達人たちと私闘を行い十人を殺めたことについては、此度の功とで相殺としよう」

 

「いっそ弟子に九拳の席を譲ってお主は隠居でもしたらどうじゃ?」

 

 美雲が冗談半分、半分は本気でジュナザードをからかう。

 

「カッカッカッ。そやつが我を殺しこの首級を獲ってみせたら、九拳の座なぞくれてやるわいのう。じゃがまだその時ではないわい。のう、クシャトリア」

 

「――――はっ」

 

 他の者がどうであれ、クシャトリアにとっては漸くスタートラインに立ったに過ぎない。

 クシャトリアの目的は師匠シルクァッド・ジュナザードを殺すこと。ジュナザードという特A級すら超えた最高位の達人。九拳と肩を並びうる強さを得て初めてクシャトリアは師の足に手をかける所まで来たのだ。

 

「じゃが我が足元まで這い上がってきたことは認めてやらねばならんわいのう。クシャトリア、これから貴様は拳魔邪帝シルクァッド・サヤップ・クシャトリアを名乗れい」

 

「……!」

 

 ジュナザードの姓を与え、邪神に次ぐ邪帝の称号をも与える。それはつまりジュナザードがクシャトリアのことを自身の一番弟子にして継承者と認めた証でもあった。

 だが丹精込めて作り上げた継承者を自身の手であっさり殺すが故の邪神なのだが。

 サヤップ・クシャトリア、否、シルクァッド・サヤップ・クシャトリアは自分の立つ頂きの更に高い位置に君臨する師匠を見据えていた。

 


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