史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第26話  下校

 不良対策と意中の相手である美羽につられ梁山泊に入門して以来、兼一にとって下校というのは学校という安息地から有料地獄巡りへのカムバックと等しい。

 だが今日に限っては地獄へ戻る道中でありながら兼一の足取りは軽快だった。

 そのうち鼻歌でも歌いだしそうなステップに、並んで歩く美羽が気になって口を開く。

 

「兼一さん。どうなされたんですの?」

 

「え? なにがです?」

 

 梁山泊の内弟子であり住み込みで修行している兼一と、梁山泊の長老の孫娘である美羽は当然ながら帰る場所も同じなら住む場所も同じである。

 兼一の寝泊りする場所は離れなので一つ屋根の下とはいえないが、それでも美羽と並んで歩いての登下校は兼一にとって数少ない癒しの時間の一つだった。

 

「そんなに嬉しそうになされて、なにか良いことがありましたか?」

 

「ふふっ。よくぞ聞いてくれました。実は……」

 

 兼一は我が意を得たとばかりに自分の鞄をガサゴソと漁る。そして、

 

「じゃーん! 大学館のもしもの時の大学館シリーズ〝喧嘩した相手と和解する方法百選〟です! ずっと探してたんですけど絶版になってて手に入らなかったんですよね。

 新島はインターネットで買えばどうこうって言ってたけど、僕はネット関係にはそんな詳しくないし」

 

 パソコンで購入といっても梁山泊にはパソコンなんて財政的にあるはずがないし、新島に借りを作るのも論外だった。後でどんな無理難題をふっかけられるか分かったものではない。

 だから兼一は地味でも本屋や図書館を手当たり次第に探して目当ての本を見つけるしかなかったのだが、今日漸くこの本と巡り合うことができたのだ。

 

「喧嘩した相手と和解する方法……? 兼一さん、誰かお友達と喧嘩をなされたんですか?」

 

「いえ。そういうわけじゃありませんよ」

 

 一年生の兼一からしたら先輩であるが、メルアドを交換した友人である武田や、その武田の親友の宇喜田との仲は良好だ。喧嘩などはしていない。

 中学からの悪友の新島はある意味常に喧嘩状態ともいえるので今更和解する意味などない。そもそも人類と宇宙人の皮を被った悪魔の間に和解の二文字などないのだ。

 

「ほら。僕って最近ずっとラグナレクの連中に狙われてるじゃないですか。だからこの本に書いている内容をやれば平和的に解決できるんじゃないかなーっと。…………まぁ、こんなことでどうにかならないことなんて薄々感づいてるんですけどね」

 

 フッと煤けた笑いを零す。

 大門寺と試合する事になった時、梁山泊から脱走する時、幾度も大学館シリーズを頼ったがその全てで痛恨の失敗を喫してきた。

 和解する方法なんて暗記したところで、きっと気休めにしかならないだろう。

 

「そ、そんなことありません。戦いではなく話し合いで解決しようとなさる兼一さんの考えは立派ですわ!」

 

「え? 立派ですか、僕?」

 

 兼一は美羽の慌てたフォローに少しだけ元気を取り戻す。

 半分お世辞なのだろうとは思うが、好きな人に立派と言われて悪い気がしない男はいない。兼一も例外ではなかった。

 

「ですけどどこで探されていた本を見つけたんですの?」

 

「ああ。それなんですけど聞いて下さいよ。昨日臨時教師として赴任してきた内藤先生も大学館シリーズの愛読者で、この本を貸してくれたんですよ」

 

「内藤先生が……?」

 

「ええそうですけど。どうしたんですか、美羽さん?」

 

 内藤先生の名前を出した途端、美羽の顔色が変わった。

 雑談に興じる平和的な雰囲気から一転、過去を想起するように目線を遠くに向ける。

 

「私の気のせいかもしれませんが、あの内藤先生という方。どこかで会った様な雰囲気を一瞬だけ感じたんですの」

 

「え!?」

 

「うー、思いだせませんわ。記憶力にはそこそこ自信がありましたのに」

 

「そ……それってまさか小さい頃に合った初恋の相手とかそういう」

 

「まぁ。違いますわよ。そんなんじゃありませんわ。ただお爺様との世直しの旅で似た雰囲気の方と話したような覚えがあるだけで。

 それにそんな雰囲気を感じたのもほんの一瞬ですし、やっぱり私の勘違いだと思いますわ」

 

「はぁぁぁぁあ~。そうですかぁ……良かった」

 

 安心した余り肺の中の息を全て吐き出してしまう。

 美羽が演劇部部長で美男子の谷本夏とロミオとジュリエットで共演した時もドギマギしたが、今回は下手すればそれ以上の不安が過ぎりかけた。

 幾ら主人公とヒロインとして共演するといっても演劇は所詮は虚構の舞台でのこと。だが幼い日の初恋相手は現実の脅威である。自分の思い過ごしで本当に良かった。

 

「あいたっ」

 

 考え事をして歩いていたせいで誰かとぶつかってしまう。

 

「すみません。余所見してい……て?」

 

「あぁ゛ どこに目ェつけとンだテメエ!?」

 

 兼一がぶつかった相手は鼻にピアスをつけて髪の毛を逆立てた如何にも不良という風体の男だった。

 ピアス男は兼一とぶつかったことに怒り心頭という様子でしかも男の周りには仲間と思わしき不良が三人ときている。

 ハンドルをきって人との接触をどうにか回避したら、水溜りにスリップして壁に衝突した気分を兼一は味わった。

 

「兼一さん! 今こそ内藤先生から貸して貰ったあの本を実践する時ですわ!」

 

「はっ! そうでした!」

 

 美羽に言われ兼一は本で見た内容を思い起こす。

 人を見かけで判断してはいけない。この鼻にピアスをかけてはだけた胸元に刺青があって、おまけに煙草を吹かしている男だって、実は田舎の御婆ちゃんを気遣うピュアな青少年かもしれないのだ。

 本に書かれていた通り兼一は敵意のない朗らかな笑みを浮かべつつ、ニコニコと手を差し出した。

 

「ごめん、僕が悪かったよ。仲直りし――――」

 

「舐めたことぬかしてんじゃねぇぞゴラァ!」

 

「ひぃ! やっぱ駄目だー!」

 

 和解の為の方法その一、笑顔で握手は一瞬で失敗した。

 そんな時だった。ピアス男の仲間の一人が兼一を指差して耳打ちする。

 

「おい黒井。こいつ、まさかあの白浜兼一じゃねえか?」

 

「白浜って新白の切り込み隊長のか!? へへへへへっ。こいつぁラッキーだぜ。白浜兼一をぶっ潰せば幹部に取り立てられるって話だからな。

 このラグナレクが誇る新星、赤き稲妻こと黒井たかし様の力を八拳豪に示すチャンスだぜ! 死にな、白浜兼一!」

 

「やっぱり結局こうなるのか」

 

 苛められっことしての経験があるせいで、不良オーラ全開の相手に恐怖を捨てることはできなかった。

 だが兼一とて梁山泊で遊んでいるわけではない。一日一日が辛すぎて一週間に思える程に過酷な修行で魂をすり減らしているのだ。

 自称〝赤き稲妻〟が殴りかかってくると、兼一の体は反射的に動き鼻ピアスの腹に突きを入れていた。

 

「う、ごぉぉ……! こいつ如何にも雑魚みてえな顔して、なんてパンチだ……。くそっ! 逃げるぞ、お前等」

 

「お、おう!」

 

 鼻ピアスがやられると他の仲間達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 だが不良の撃退には成功したものの、貸して貰った本の内容を役に立てることはできず気分はブルーである。

 

「お見事ですわ。日頃の修行で腕にもかなり筋肉がついてきましたわね」

 

「でも本の通りに話しあいで解決することは出来ませんでした……」

 

「一度や二度の失敗で落ち込むことはない。自転車を乗るのをマスターするのに何回も転ぶように、失敗は成功の秘訣でもあるのだから」

 

「はい、先生…………って、内藤先生!?」

 

「やぁ。喧嘩かい?」

 

 振り返ると、まるで最初からそこにいたように紙袋を抱えた内藤先生が立っていた。

 手に抱えている袋には蜜柑が大量に入っている。近所のスーパーで蜜柑の特売があったのでそこで買い込んだのだろう。

 

(あれ? これって僕、ピンチなのでは?)

 

 内藤先生は臨時といえど教師。そして兼一は教師に喧嘩を見られた生徒だ。

 停学、退学、美羽と離れ離れという不吉な単語が兼一の脳裏を飛び交う。

 

「そんなに怯えなくても別にこのことを他の先生に報告したりしないよ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「見たところ正当防衛のようだし、そもそも喧嘩くらいで一々どうこうしていたら荒涼高校の生徒が三分の一くらい学校からいなくなっちゃうしねぇ」

 

「た、確かに」

 

 荒涼高校は偏差値が低いこともあって、毎年多くの不良が入学してくる不良の巣窟とすら揶揄される学校だ。

 校内で煙草をふかす生徒だって何度か見たことがあるし、喧嘩もそれこそ連日のようにあちこちで起きている。

 

「にしても良い動きをしていたね。白浜くんは空手とかそういうのをやっているのかい?」

 

「は、はい。空手もやってます」

 

「へぇ、頑張ってるんだねぇ」

 

「ええ。毎日死ぬ思いをしてやってます」

 

 こういう言い方をすると大抵は凄く辛い修行をしているという意味に受け取られるが、兼一の場合は少し違う。本当に死にそうになりながら修行をしているのだ。実際、臨死体験をしたのも一度や二度ではない。

 

「じゃ。私はそろそろ行くよ。これから用事があるんでね。また明日」

 

 蜜柑を一個袋から取り出して齧りながら、内藤先生は去っていった。

 

 

 

 クシャトリアは兼一たちの見えない場所まで来ると、その場から掻き消えるように高速移動をしてビルの上に移った。

 下校していく兼一と美羽の後姿を見据えながら食べかけの蜜柑を呑み込む。

 

「空手〝も〟か。梁山泊には空手、柔術、中国拳法、ムエタイ、武器術の達人がいるが、これで最低でも二つ以上の武術をやっているのは確定か」

 

 事前に渡されたデータで空手、柔術、中国拳法、ムエタイを教え込まれているのは知っていたが、情報というのは自分で直接確かめなければ100%信用できるものではない。

 

「それにしてもラグナレクと小競り合いだって? ラグナレクといえば拳聖が主催している育成プロジェクトの一つじゃないか」

 

 一影九拳の一人で新参でもある拳聖は特に弟子育成と弟子をとることに熱心な男だ。

 拳聖は表向きは武闘派の不良グループとして幾つかの組織を作り上げ、野に埋もれている若い才能を収集しようとしている。

 ラグナレクはそんな人材育成プログラムの一つで、確か拳聖が直々に教えを授けた弟子の朝宮龍斗がトップを務めているはずだ。

 

「一影九拳の一人の人材育成プログラムと敵対する梁山泊の弟子、か。これは一影の仰ったように全面戦争の引き金になるかもしれないな」

 

 これは兼一だけではなく、ラグナレクについても調べた方が良さそうだ。

 だが一影九拳の主催するプログラムに一人の闇人でしかないクシャトリアが迂闊に手を出すわけにはいかない。

 クシャトリアは拳聖と連絡をとるまで用意されているセーフハウスに戻った。

 




本郷「席につけ。化学の授業を始める」

宇喜田「いてて。昨日は酷ぇ目にあったぜ」

兼一「馬師父と岬越寺師匠が保健室にいて良かったですよ」

本郷「アンモニアは液化し易く、また――――」

生徒A「でよぉ。昨日、隣のクラスの山田の姉ちゃんが駆け落ちしてよぉ」

生徒B「マジかよ。凄ぇ」

本郷「人越拳ねじり貫手!!」

宇喜田「ぶっぷべッ!?」

武田「宇喜田ァァァァアアアアアアアア!!」

兼一「ど、どうして雑談していた生徒AとBじゃなくて宇喜田さんを攻撃するんですか!?」

本郷「俺は武人以外は手にかけん」キリッ

夏「だからって変わりに柔道家の宇喜田を攻撃するなよ……」

美羽「きゅーきゅーしゃ! きゅーきゅーしゃですわ!」

武田「うおおおおおおおおお! 死ぬなァァァァ! 宇喜田ァァァアアア! 心臓マッサージしてやるぞぉぉおお!!」グッグッグッ

宇喜田「」チーン


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