史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第27話  拳聖

 闇は昔ながらの武術である殺法を伝承させていくことを目的とする、現代人からすれば時代錯誤な思想をもつ組織である。

 だが思想が時代錯誤であっても、それは決して時代遅れとイコールではない。

 寧ろ闇は発達したスポーツ科学や医療分野などを積極的に取り入れ、武術をより高き領域へと到達させようとしている。闇の組織には達人だけではなく、人知を超えた達人に研究心を刺激されたその道の権威たちも多く所属しているくらいだ。

 中でもクシャトリアにとって恩人であり第二の師ともいうべき櫛灘美雲は、櫛灘流の永年益寿を完璧なものとするために、自身も最新のスポーツ科学に精通している。

 そして最新技術を導入しているのは武術だけではない。一影九拳の会議にイントラネットを使うこともある。

 だからクシャトリアも一影九拳の一人である拳聖と連絡するのに使ったのはなんら特別なものではなく、一見するとなんの変哲もない極普通の携帯電話だった。

 見た目こそただのケータイだが、闇の研究者が作り上げた受信力諸々が並みのケータイとは段違いの代物である。

 一応クシャトリアも一影九拳に近い位置におり、一影とも直接話せるほどの闇人。一影九拳の連絡先については殆ど知っている。

 若干一名未だどこかに放浪中で連絡がとれない御仁もいるが、それは例外中の例外だ。

 

「拳聖……出るかな」

 

 拳聖、緒方一神斎の連絡先にかけると発信音が鳴る。

 連絡先を知っているからといって決して連絡がとれるわけではない。以前にアーガードに連絡を入れた時は大事な用事だったのに『決闘中はケータイの電源は切るのがマナー』だとかで全然繋がらなかった。

 それに幾ら闇のケータイが優れているといっても、ケータイである以上、電波が届かない場所にいては連絡はとれない。

 

『はい、もしもし』

 

 だがそんな心配は無用だった。ケータイから拳聖のどこか陽気な声が聞こえてくる。

 

「もしもし、連絡が繋がって良かった。九拳の方々に連絡してまともに繋がる確率は半々といったところだったが、これからは六割になったよ」

 

『この声はクシャトリアだな。ははは、久しぶり。元気にしてるかい』

 

「その様子だとそちらも変わりないようで」

 

 一影九拳の中で緒方とクシャトリアは年齢が近いことと、一緒に武術の研究をしたり秘伝を教え合ったりするので比較的親しい間柄だ。

 もっともクシャトリアは緒方の武術的狂気が師匠と通じることがあり少し苦手だが、逆に言えば師匠よりはマシなのでそのことに対しての嫌悪感は薄い。

 

『いつぞやは私の考案した技の実現に協力してくれてありがとうね。静と動の気両方のエキスパートの君の意見は実に参考になったよ。早速弟子の一人に仕込んでおいた』

 

「……おいおい。あの技はまだ未完成。使えば一時的に爆発的な力を得られるが、俺の見立てだと弟子クラスなら一分間も使えば精神と肉体が崩壊していってとんでもないことになるぞ」

 

『クシャトリア、私はね。武術においては才能も凡庸も関係なく、全ての人間が平等だと考えている。才能なんて武術においてはほんの些細な要素の一つ。どんな理由があれ武術を教わりたい者全てが平等に武術を教わるべきだと思う。

 それがどれほど危険な技であろうと、教えを請われれば喜んで私は技の伝授をしよう。君に私の秘伝を教えたのと同じようにね』

 

「行き過ぎた差別主義も狂っているが、行き過ぎた平等主義もそれはそれで同じ穴のムジナだと思うけどね」

 

『相変わらず辛辣だねぇ。だけど君は私を止めはしないのだろう?』

 

「君が自分の弟子にどんな技を教えようと、それは君の師弟の問題だ。人の師弟の問題に他人が口を出すものじゃない。それに」

 

 緒方一神斎が開発し、完成を目指している禁忌の技。

 静と動、二つの相反する気を同時発動させることで爆発的な力を得る秘伝。もしもそれが完成すれば静の気と動の気を同時に修めたクシャトリアにとって大きな力となる。

 静の気だけのジュナザードには出来ない技。きっとそれは師匠を殺す時の戦いで心強い武器となるだろう。だからこそクシャトリアも緒方の研究に協力しているのだ。

 生半可な覚悟では邪神を殺すことはできない。

 人が神を殺そうとするのならば節操なしと後ろ指刺されようと多くの奥義を盗み、外道に手を染めることを厭ってはいられないのだ。

 全ては師匠ジュナザードを殺す為。ジュナザードを殺さずしてクシャトリアに真の自由は訪れない。

 

『それで今日はどんな用だい? まさか私と他愛もないお喋りに興じる為に連絡したんじゃないんだろう、拳魔邪帝』

 

「一影から命じられたミッションに問題が発生してね。君は今どこにいる?」

 

『闇ヶ谷、日本の心臓と呼ばれる樹海さ。少し……修行と供養のためにね』

 

「おかしいな。死合いで殺した相手の死を悼んで供養するような人間だったっけ、おがちゃんは?」

 

『違うよ。だが死合いで殺した相手の中に、まだ自分で自分の行く道を決めることのできぬ赤子の魂がいたのは私にとって不覚であり悔やむべきことだ』

 

「……………そうか」

 

 武術の発展の為なら己の死すら厭わない緒方も、なんの罪もなければ武術家ですらない赤ん坊を殺めたことは堪えたらしい。

 しかし緒方のいる闇ヶ谷といえば都心から半日かけても辿り着けない様な樹海だ。出来れば直接会って話したいことだったが、わざわざ話をするために闇ヶ谷に赴く訳にもいかない。

 クシャトリアは電話越しで妥協することにした。

 

「俺が一影から命じられた任務については?」

 

『すまないがここ最近はずっと闇ヶ谷に籠もっていたんでね。何を命じられたんだい?』

 

「梁山泊がとった弟子の監視と調査」

 

『――――ほぉ。梁山泊のくされ爺め。やっとこさ弟子をとりやがったな』

 

 緒方は本来なら白浜兼一よりも先に梁山泊最初の弟子となるはずだった男。

 自分を差し置いて梁山泊の弟子となった男に興味津々の様子だった。

 

『で、どういう奴だい? その弟子っていうのは』

 

「一言で言えば……才能の欠片もない、どこにでもいる極普通の高校一年生?」

 

 クシャトリアは白浜兼一を観察して収集した情報をそのまま教える。

 普通の相手なら梁山泊の一番弟子がそんなはずがないと、冗談かなにかだと一蹴するようなことだが、緒方もまた普通の男ではなかった。

 

『フッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! あのじじいらしい! 才能がない、そうか才能がないか! 梁山泊め、中々面白そうな弟子を育成しているじゃないか。

 それで梁山泊の弟子の監視で私に連絡しなければいけない事っていうのはなんだい?』

 

「チーム・ラグナレクだったっけ、君の人材育成プログラムの一つ。どうも梁山泊の弟子の白浜兼一というのがね。そのラグナレクと抗争みたいになっているらしくて」

 

『詳しく聞かせてくれ』

 

「これはまだ調査中だが、強さに目を付けられてラグナレクに襲われるうちに、白浜兼一とその悪友が新白連合なる組織を作って本格的な対立関係にまで発展したらしい。

 どうする拳聖? ラグナレクのリーダーをしているオーディン、朝宮龍斗はまだYOMIに名を連ねているわけではないとはいえ君の正式な弟子だ。

 ラグナレクと新白連合の抗争など我々からすれば子供の喧嘩に等しい、が、史上子供の喧嘩が国同士の争いに発展した例は数多い。

 下手すればこの抗争を切欠に闇と梁山泊の全面戦争が勃発しかねないぞ」

 

『それはそれは。私の企画したプログラムが戦争の引き金になるとは名誉なことだ』

 

「おいおい」

 

 冗談は止めろ、とは言わない。緒方は本気だ。本気で自分が戦争の引き金を引くことを名誉に思っている上に、戦争の勃発を心待ちにしている。

 しかし人知を超える強さを手に入れた達人にとって、己の武を満足に振るえない泰平の世は退屈極まるもの。乱世の豪傑は治世においては凡夫。豪傑が豪傑らしくあれる戦争を求めるのは達人の性といえるかもしれない。

 

「戦争のことは一先ず置いておこう。白浜兼一の調査と監視をする上で、君のところの組織と接触や干渉する事があるかもしれない。

 一影九拳の一人のプログラムに、一影九拳の弟子の俺が無断で干渉すると問題になりかねないから、その許可が欲しい」

 

『他ならぬ君の頼みだ、いいとも。だがお願いを聞くついでに私の願いも聞いて欲しい』

 

「分かった。俺にできることなら」

 

 こちらの要望を聞いて貰っておいて、相手の願いを断ることはできない。

 緒方とはジュナザードを殺す為の『研究』の大事な大事な協力者。良好な関係を保っていく必要がある。

 

『私は闇ヶ谷に籠もっている身だからねぇ。都会の様子は良く分からないんだ。そこですまないんだがラグナレク以外の人材育成プログラム、マビノギオンとティターンという名前の組織なんだが、そこの様子を代わりに見て来てくれないかな』

 

 ギリシャ神話におけるティターン神族に、ブリテンの物語のマビノギオン。北欧神話の終末の日であるラグナレクといい、緒方はヨーロッパの神話や伝説が好きなのかもしれない。

 クシャトリアは潜入ミッション中だが別に四六時中、白浜兼一につきっきりで監視をする訳ではない。そもそも梁山泊の豪傑たちの所で一日の殆どを過ごす白浜兼一を、誰にも気づかれず二十四時間監視するなんて他の一影九拳でも不可能だ。

 だから一日くらい別の街へ赴き緒方の主催するプログラムを見に行くのは難しいことではない。

 

「そのくらいなら喜んで」

 

 緒方の人材育成プログラムというのにも興味がある。

 もしかしたら一影九拳のYOMIたちに匹敵するダイヤの原石が眠っているかもしれない。

 話を終えたクシャトリアは電話を切った。

 




アーガード「さぁ。席に着けー。これから倫理の授業を始めるぞ」

兼一「ふぅ。良かった、あの人なら闇でもまともだ」

アーガード「えー、無知の知というのは哲学者ソクラテスの言葉で自分自身が無知であることを知ってる人間は、自分が無知だと知らない人間よりも賢いってことだ」

プルルルルルルル……

宇喜田「おっといけね。ケータイが鳴っちまっ――――」

アーガード「完璧なる白神象の領域(ソンブーン・ヤン・エラワン)!」

宇喜田「へびょひゃぁ!?」

武田「宇喜田ァァアアアアアアアアア!!」

アーガード「授業の前には携帯電話の電源は切っておこうな、マナーだ!」

コーキン「宇喜田孝造、身長180cm。柔道家。……享年、19歳。プロファイル完了」

夏「言ってる場合か!」

美羽「きゅーきゅーしゃ! きゅーきゅーしゃですわ!」

武田「うぉおぉおおおおおおおお! 死ぬなぁぁああああ! 宇喜田ァァアアアアアアアアア! 仏の顔も三度目なんだぞぉおおおおおおおおお!」

宇喜田「」チーン

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