史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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c.m.様が描いて下さったクシャトリアのイラスト

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第29話  秘伝の一つ

 ギリシャ神話に因んだチーム名だからか、ティターンの幹部たちに贈られる異名もギリシャ神話に因んだものが多い。

 リーダーのクロノスという名もギリシャ神話の主神ゼウスの父親である農耕の神からとったものだ。

 アタランテーも同じ。アタランテーとはアルゴー船の冒険などで有名な、ギリシャ神話に登場する女狩人の名前だ。

 不良たちを一分も経たずに撃沈してみせたゴシックロリータなファッションの少女は「ふい~」とのんびりと汗を拭う仕草をする。

 そのまま少女は踵を返し帰ろうとして、一部始終を見ていたクシャトリアと目が合った。

 

「のわー! まだなんかいた!」

 

 気配を消していたせいで直に見るまで気付けなかったのだろう。アタランテーはクシャトリアを見た瞬間、飛び退くと構えをとった。

 クシャトリアのことに気付けなかったのは特に減点には値しない。クシャトリアが気配を消してしまえば、弟子クラスでそれを感知するのは不可能なのだから。

 寧ろ敵と思わしき相手を発見して直ぐに警戒態勢をとれたのが高評価である。

 

「新手の敵!? はっ! そのガングロに赤い目に白髪……まさかイシュバール人!? リミは国家錬金術師じゃないお!」

 

「………………」

 

 だがこの訳の分からない言動は低評価せざるを得ない。

 クシャトリアも自分の容姿が日本人離れしていることは分かっているし、クシャトリアが日本人であることを知る者など師匠や美雲を始めとした一部の人間だけだ。

 断じてイシュバールだとかいう聞いた事のない人種ではない。

 

『どうしたんだいクシャトリア。電話越しでも疲れたムードが伝わってくるが』

 

「拳聖。君が言った目ぼしいメンバーの中にアタランテーなんて名前はどこにもなかったのはどういうことなのか説明して欲しい」

 

『アタランテー? それが君が見つけた目ぼしい素材の渾名かね。……以前オーディン、朝宮龍斗からは八人目の拳豪が生まれたと報告を受けたばかりだったがクロノスからはまだだった。きっと彼女は幹部に取り立てられたばかりだったんじゃないかい』

 

「……なるほど」

 

 となると丁度クシャトリアが拳聖に仕事を頼まれた時あたりにアタランテーが幹部になったということだろう。

 タイミングのせいとはいえ危うくティターンで最高の素養をもつ人材を見逃すところだった。自分の調査ミスをクシャトリアは自省する。

 

「あのぉ」

 

 アタランテーがおずおずと尋ねてくる。

 

「なにか?」

 

「電話で拳聖とか言ってましたけど、それってティターンの象徴だっていう拳聖様のことですか?」

 

『いいよ、正直に答えても』

 

 達人である緒方にはケータイより離れた位置にいるアタランテーの声も簡単に聞こえるようだ。

 人材育成プログラムの主催者の許可もとれたのでクシャトリアは正直に言うことにする。

 

「私はクシャトリア。拳聖の……知り合いみたいなものだ。彼の頼みでね。リーダーのクロノスを始めとしたティターンのメンバーたちの才能や実力諸々を調査しにきた」

 

「えぇー! それじゃリミがアタランテーじゃなくて小頃音リミって名前だってことも、最近ティターンの幹部に取り立てられたことも、実はリーダーのクロノスを倒してリミがリーダーとして爆誕する野望も、そのために秘密の特訓してることも全部ばれちゃったんですかー!」

 

「……………アタランテー、小頃音リミ。一つ先達として忠告するが、君は知らない人に会ったら口にチャックをしておいた方が良い」

 

 こういうタイプが詐欺師に騙されて人生破滅させたりするのだろう。少しばかり彼女の将来が心配になってしまった。

 クシャトリアは溜息をつきながらもあたふたと狼狽している彼女に視線をやる。

 アタランテー、小頃音リミのお頭の残念さはA+の評価をAに落とすのは十分だったが、彼女の失言のお蔭で色々と分かった。

 

「リーダーを倒して自分がリーダーに。下剋上なんて、面白いことを考えるじゃないか」

 

「や、やっぱりこのことリーダーに報告とかしちゃいます? リミ、怒られちゃうんですか?」

 

 リミは心配そうに目を伏せる。

 ティターンのリーダー、クロノスは自分の敵には徹底的に容赦ない性格をしている。リミが女で少女であることなど関係ない。リミが自分に対して反逆の意志をもっていることを知れば、確実にクロノスはリミを完膚無きにまで潰しに掛かるだろう。

 そして潜在的な素養は兎も角、現時点の実力はクロノスの方がリミより上。今戦ってもリミに勝ち目はない。それが分かるからこそリミも今直ぐに対決を挑まず、秘密の特訓で力を蓄えているのだろう。

 

(相手の力量を正確に把握して戦いを避ける判断力を持ち合わせている、か。お頭とか性格は残念極まりないが、決して考えなしの阿呆じゃない。天性の直感力にも秀でている。評価をA+に戻す必要があるかな、これは)

 

 天性の野性的な判断力といい、リミは静のタイプより動のタイプ寄りの武術家に見える。けれど決してそれだけではない。

 彼女もクシャトリアと同じ静のタイプと動のタイプの両方に進める素質をもつ逸材だ。ますますもって拳聖が好みそうな素材である。

 

「いやこのことをクロノスに報告する気はない」

 

「ほ、本当ですかぁ!?」

 

「予備校の優劣が頭の良し悪しで決まるように、我々にとっての優劣は強いか弱いかで決まる。クロノスが君に敗れるのなら彼はそこまでの人材だったということ。寧ろ拳聖はクロノスを倒すほどの人材がいたことに喜ぶだろう。

 クロノスを倒すのは簡単なことじゃないとは思うが励むと良い。頑張っていれば、或いは拳聖が己の弟子として取り立ててくれるかもしれないぞ」

 

「よ、良かったぁー。まだクロノスと戦っても勝てない様な気がしてたし。リミの直感はやたら当たるもん」

 

 果たして拳聖の弟子になることが、武術家として正解なのかは分からない。

 自分の弟子を実験体にするような拳聖のこと。仮にリミが拳聖の弟子になっても途中で壊れてしまう可能性もある。

 しかし拳聖の弟子になるもならないも全て小頃音リミという人間が己の意志で決めること。クシャトリアの口出しすることではない。

 

「ちょっと待った! タンマタンマ!」

 

「まだなにかあるのかい?」

 

 帰ろうとしたところをリミに呼び止められ、クシャトリアは気だるけに振り返る。

 調査を完了して小腹も空いてきたところなので、クシャトリアは帰ってパイナップルを食べたかった。

 けれど腹が空いているから年下の少女の言葉を無視するほどにクシャトリアは自分勝手でもない。

 

「拳聖様の友達っていうことは、ずばりクシャトリアさんも武術の達人なんですよね!」

 

「……」

 

「どうよリミの名推理。ずばり真実はいつも一つ!」

 

「嘘をついても仕方ないから白状するが、確かに巷では達人級(マスタークラス)なんて呼ばれている者の一人だ。拳聖ともまぁ以前の組手では引き分けだったしねぇ」

 

 いつかの組手はコンマ数秒先に最初に攻撃を入れたのはクシャトリアだったが、コンマ数秒後により強い攻撃を入れたのは緒方だった。

 組手としてはクシャトリアの勝ちかもしれないが、闇の武人にとって戦いとは即ち殺人。その観点でいえばより威力の強い緒方の方が殺人拳的には勝者といえる。

 謂わばクシャトリアは試合には勝って勝負に負けて、緒方は試合には負けたが勝負に勝った。故に引き分け。

 

「だったら折角なんだしリミに秘密の必殺奥義とか教えて下さい! 石破天驚拳とか天翔龍閃みたいなのっ!」

 

「なんだいその技は? どこの流派だ」

 

「えぇー! 有名なのに知らないんですか? だったら北斗神拳みたいなので!」

 

「……北斗神拳って」

 

 ずっと以前、クシャトリアが拉致されて国外に連れて行かれる前の記憶を穿り返すところによれば、北斗神拳は秘孔をついて人体を内部から破壊する暗殺拳、だったような気がする。

 幾らなんでも指で人体を突いて爆発させることなど出来はしないが、似たような事ならクシャトリアも経穴を抉ることがやれる。

 とはいえそれはカラリパヤットの秘伝の一つ。クシャトリアも色々苦労して技を盗み出したが、一朝一夕で教えられるようなものではない。

 

『いいじゃないか。何か一つ秘伝を教えてあげれば』

 

「……簡単に言ってくれる」

 

 切るのを忘れたケータイから緒方の愉快気な声が発せられる。

 しかしこのままだと無視して帰っても着いてきそうだ。弟子クラスの追跡を撒くなど容易いことだが、女性というのは時に舌を巻くほどに執念深いもの。下手にこの場で切り捨てても逆に面倒な事になっても困る。

 

「仕方ない。それじゃ一つだけ秘伝を教えよう」

 

「やった! これでリミもサイヤ人みたいにパワーアップして、クロノスを倒してリッミリッミにしてやんよ!」

 

「……リミ。君はさっきの戦いからみるにスピードに自信があるようだが」

 

「は、はい。スピードならクロノスよりも断然上でティターンでリミがナンバーワンですよ?」

 

 アタランテーは結婚相手の条件としてかけっこを出し、夫候補をハンデで自分より先に走らせ、追い抜かれた者はその場で処刑してきたという伝説がある。

 性別が女性で俊足が売りのリミにはアタランテーは中々にピッタリな異名といえる。

 ちなみにギリシャ神話で最も足が速いとされるのは英雄アキレウスの愛馬であるとされ、二番目に足が速いのがアキレウスであるという。

 

「ならこれから走る時に手足を交互じゃなく同時に前後させるといい」

 

「同時に?」

 

「難場走りといってこれをマスターすれば君の速度は格段に上昇するはずだ」

 

 古武術身体操法の一つでナンバ歩きの原理を取り入れた無敵超人の秘技の一つだ。

 これを発展させていけば海渡という海面を走る脅威的な走法を行うことができるようになるだろう。

 

「それじゃこのあたりで失礼する」

 

 秘伝の一つを授けたクシャトリアは踵を返しその場から去る。

 実演もせず口で教えただけで再現できるような技ではないが、取り敢えず秘伝の技を教えた。

 後は彼女が自分でなんとかすることだ。

 




緒方「やぁ、みんな。体育教師の緒方一神斎だ。今日の授業は貫手についてやっていこうか。上手く急所を突くことで人を殺せる素晴らしい技の数々……君達に伝授しよう!」

兼一「いえ、間に合ってます」

夏「この前は歩法、その前は関節技ときて貫手。武術の授業しかしてねえ……」

緒方「先ずは―――――――」

宇喜田「やべぇやべぇ。寝坊して遅刻しちまったぜ!」

緒方「……ドタマにきたぜ」

兼一(あ、死んだな)

緒方「数え抜き手! 四! 三! 二! 一ィィィ!!」

宇喜田「おっべらぁあ!?」

武田「宇喜田ァァァァアアアアア!!」

緒方「……ふぅ。これが貫手だ! みんな、良く見てたかな?」

武田「うぉぉおおおおおおおおお!! 穴が四つくらい空いてるけど死ぬなァァアア! 宇喜田ァアァァア!!」

美羽「きゅーきゅーしゃ! きゅーきゅーしゃですわ!」

宇喜田「」チーン


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