史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第33話  課題

 拳聖の紹介もあって小頃音リミがシルクァッド・サヤップ・クシャトリアに弟子入りした次の日。

 初めての修行ということで緊張していたリミはいきなり自家用ジェットでフライトすることになった。

 持ち物は「着替えを沢山もってきた方が良い」と忠告されていたので、いつものゴシックロリータなファッション各種に運動着が何着か。

 

(いきなり海外で修行なんて、これがインターナショナルってやつね。ちょっと面食らったけど、海外で泊まり込みの修行なんて露骨なパワーアップフラグだしっ! 龍斗様に相応しい女になるために頑張るお!」

 

「覚悟を新たにするのは良いが、途中から心の声が口に出ているぞ」

 

「え、本当ですか!?」

 

「ああ。より高度な武術家同士の戦いになると相手の心をも見透かし技をかけあうようになる。弟子クラスに完全に心を閉ざせなんて言いはしないが、せめて心の声のチャックくらいは閉じておけ」

 

「はーい」

 

 クシャトリアに窘められたリミは素直に返事をした。

 性格は色々と残念なところのあるリミだが、良くも悪くも強くなるという思いに一直線で、特に反発せず師匠の教えを受け入れる素直さに関しては中々のものだ。

 素直さなど武術に関係ないと思えるかもしれないが、なまじ才能に溢れ実力があると返って師の教えに反発してしまうもの。我流で技を磨く者はさておき、師に師事する弟子としては素直さも立派な一つの素養なのである。

 

(待っててくださいね龍斗様。リミは格段にパワーアップして戻りますから)

 

 リミにとって一生忘れないであろう出来事……。

 新リーダーの座をかけてクロノスと勝負し勝利した時、リミに待っていたのは新リーダーを歓迎する喝采ではなく、実力を示した挑戦者に対する裏切りだった。

 リミをリーダーと仰ぐのに不服としたティターンの兵士達は、クロノスが気絶していることとリミが疲弊していることを良い事に、リーダーの座を簒奪すべく袋叩きにしようとしたのである。

 そんなリミを危ないところで救ったのがオーディンこと朝宮龍斗であり、その時に龍斗が「私は強い者が好き」と言ったため、龍斗の心を射止める為にリミはクシャトリアに弟子入りしたのだ。

 もし仮に龍斗が強い人ではなく「綾波レイが好き」と言っていたら、今頃リミは武術など放り捨ててコスプレイヤーとしてブイブイ言わせていただろう。

 

「そういえばリミ、着替えだけ沢山持ってこいって言われたから着替えとかくらいしか持ってきませんでしたけど、海外へ行くのにパスポートとかは要らないんですか?」

 

 二人だけしかいない客席に座りながら、リミは素朴な疑問をクシャトリアにぶつける。

 海外旅行するにはパスポートが必要。そんなことはエジソンは偉い人くらい誰でも知っている常識だ。

 

「闇の武術家には任務の際に、一影九拳には常に殺人許可証(フリーマーダラー)が与えられる。これがあれば法治国家で無差別殺人をやろうと御咎めなしになる悪夢のパスポートだ。

 そんなものを発行するだけの力をもつ〝闇〟の達人とその教え子がパスポートなしに海外旅行なんて些末なことで罰を受けると思うのか?」

 

「ほえ~~。闇って凄いんですね~」

 

「……殺人許可証なんて世界の暗部を聞いた反応がそれだけか。最初にあった時から思っていたが変わっているな。

 だが寧ろこちら側に来るなら好都合。一般人の尺度で物事を考えていたら、達人蠢く闇の世界ではやっていけない。

 達人というのは価値観がズレている人間の総称でもある。達人と付き合っていくためにはある種の諦観が不可欠。覚えておくといい」

 

「じー」

 

「ん?」

 

 達人は価値観がズレた人間の総称だと言い切った〝達人〟にリミはわざとらしい疑いの視線を向ける。

 シルクァッド・サヤップ・クシャトリアは若輩といえど一影九拳に比肩する力をもつ達人。達人が価値観のずれた人間だというなら、それはクシャトリアにもブーメランで返ってくることだ。

 

「じゃあクシャさんもやっぱり価値観おかしいんですか?」

 

「失礼な。俺をあの人達と一緒にしないで欲しい。自画自賛になるが、シルクァッド・サヤップ・クシャトリアほど人間的にも価値観的にもまともで屈指の常識性を持ち合わせた男はいないと自負している」

 

 えっへん、と胸を張るクシャトリア。

 リミは知らない事だが一影九拳に名を連ねる面々は、一度会ったら絶対に忘れられない様な濃ゆい面子ばかりだ。

 クシャトリアも外見的には白髪赤目と目立つ容姿をしているものの、性格においては一影九拳と比べれば余り目立つ方ではない。

 

『当機は間もなく――――』

 

 リミとクシャトリアが話していると飛行機が空港に到着する。

 今も内戦が断片的に続くインドネシアの島国、ティダート王国。そこがリミの連れてこられた場所だった。

 

 

 

 ティダートに着くや否や休む間もなく、ヘリコプターに乗り換えてやって来たのは島だった。

 いやティダートは元々幾つもの島が集まって出来た国であるが、リミとクシャトリアが来た島には人のいる気配のない所謂無人島だ。

 木々が青々と生い茂り、森からは鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 太陽に照らされる海は透き通った水晶のようであり、武者修行に来たのでなければリミはとっくに水着に着替えて泳ぎ始めていた事だろう。

 

「あのぉ。ここは……?」

 

「俺の島」

 

「う、嘘ぉ!?」

 

「嘘じゃない。これこの島の権利書。この国で信仰を集める神でもある我が師匠(グル)から、もう他に面白い場所見つけたから要らないとか言われて譲り受けた正真正銘の私的財産だ」

 

 クシャトリアが懐からインドネシア語で書かれた権利書らしきものを見せる。

 国の神様を師匠にもつことに島の所有者。リミは早速クシャトリアの教えの正しさを身に染みて理解した。

 

「無人島に連れてこられるなんて、嫌な予感がビンビンするんですけど。やっぱり凄い厳しい修行するんですか?」

 

「ふっ。そう身構えなくていいよ」

 

 クシャトリアが安心させるよう微笑むと、リミの肩に手をポンと置いた。

 

「確かに俺の師匠。拳魔邪神シルクァッド・ジュナザードは悪魔だ、鬼だ、外道だ、最悪だ、性根が歪み切ってドリルになっている。それはもう俺も人道と倫理にゲロを吐きかけるような修行で、神経とか倫理観とか諸々を磨り減らされた。

 だが自分が酷い目にあったからって、同じことを自分の弟子にやらせて、その弟子がまた弟子に同じことをしての繰り返しじゃ救いがないじゃないか。

 自分がやられて嫌だったことは自分の弟子にはしない。不幸の連鎖はこうやって終わらせなければ。修行だってそんな酷い事はしないよ」

 

「し、師匠……! なんかリミ、猛烈に感激したお!」

 

 クシャトリアの背後に後光が差す。さっきまで神様の弟子だったり島もっていたり規格外の金使いの人というリミの認識が、一転してクシャトリア=仏へと変わった。

 後光を差したクシャトリアは慈愛に溢れた微笑で、懐から紙とペンを出して、手刀で切断した切株の上に置いた。

 

「じゃあ。修行の前にこれを書いておいてね」

 

「はい! ……………ってなにをですか?」

 

「遺書に決まってるじゃないか」

 

「ぶぶぅぅぅ!!」

 

 後光が差したのも束の間。当然のことのように飛び出した爆弾発言にリミは吹き出してしまう。

 遺書――――それは死にゆく人が、親しい者に送る最後のメッセージ。なるほど高級な紙と高そうなペンは如何にも遺書を書くのに相応しいといえよう。

 だが問題はそんなことではない。遺書を書かせるということはつまり死ぬ可能性が高いこと。酷い事はしないなどと言っておいてこれはどういうことか。

 

「な、なななな! 不幸の連鎖は終わらせるってなんだったんですか!? リミ、これから死ぬようなことさせられるとですか!」

 

「死ぬようなも何も……修行って普通は死ぬようなものだろう」

 

「ノー! 完全にノーだお! リミは達人じゃないけど流石に『違う』って断言できますよ!」

 

 武術の修行には常に死亡事故はつきものだ。闇のみならず表の世界のスポーツ武術でも、練習中の死亡事故は起こり得るものである。

 弟子の育成に熱心な師匠であれば『死ぬかもしれない』修行をさせることもあるだろう。

 だが『死ぬかもしれない修行』と『死ぬような修行』は似ているようで別物だ。

 

「嫌ならいいんだよ、別に書かなくても。拳聖の勧めもあって弟子をとることにしたけど、今はまだ正式な弟子じゃなくてあくまでも弟子候補……。弟子入りを辞めたいなら辞めても構わないとも。

 勿論、弟子入りを断ったからって無人島に置き去りなんて酷いことはしない。しっかりファーストクラスの空の旅で日本へ帰って貰うさ」

 

「……う」

 

 強くなるために達人の弟子になると決めたのだ。

 恋の為で武術をするなんて少し不純かな、と思わなくもないリミだが愛しの龍斗に相応しい女になるためここで逃げ帰るという選択肢はなかった。

 

「分かりました。ハイリスク&ハイリターン、死ぬ気で修行してスーパーに生まれ変わっちゃいますよ!」

 

「ああ。自分から地獄落ちを選んでしまうか。まぁ人生の選択は自分ですべきもの。何も言うまい。う~ん、それにしても弟子にしっかり選択肢を与えるなんて、俺はなんて優しいんだ。拳魔邪帝なんておっかない異名じゃなくて、慈愛の拳とか優しい達人とかいう異名に変わらないかな~」

 

 一つ分かったことがある。

 クシャトリアは嘘をついている訳ではない。ただクシャトリアの〝優しい〟のレベルは限りなく低いところにあるのだ。

 

「書きましたよ。それで死ぬような修行ってなにをするんですか?」

 

 ごくり、と唾を飲みながら尋ねる。

 

「なーに。いきなり同年代の少年少女で殺し合いをしなさいなんて物騒なこと言わないさ。ただ少しこの無人島で一か月ほど過ごしてくれればそれでいい」

 

「い、一か月ってここで!?」

 

 私有地であるといってもこの島は全く手入れなどされていない無人島そのもの。

 一か月を過ごすとなると、当然のことながら食べ物がいる。飲み物がいる。飲み物はまだどうにかなりそうだが、食べ物の方は問題だ。

 無人島にコンビニなんてあるわけがないし、リミはキャンプをした経験もありはしない。無人島での自給自足と言われても何をすればいいのかさっぱりだ。

 頼みの綱の鞄の中にも服はあっても食べ物はなかった。

 

「そうだよ。ただ弟子といえど女……だから気を利かせて着替えを沢山もってこいって忠告したんじゃないか」

 

「忠告が間違ってますよ! どうせなら食べ物を沢山とかにして欲しかったです! そしたら一杯色々持ってきたのにっ!」

 

「やだな~。それじゃあ修行にならないじゃないか。ま、俺も鬼じゃない。大学館の『もしもの時の無人島漂流シリーズ上下巻』とナイフ、あとおやつのバナナを置いていくからこれで頑張ってくれ」

 

 クシャトリアはさくさくと本とナイフとバナナを置くと、ヘリコプターに乗り込んでしまう。

 

「た、タイム――――!」

 

「ああそうそう。その森の中には師匠が放し飼いにした猛獣とかもいるからくれぐれも注意するように。この遺書、もし死んだら朝宮龍斗に渡しておくよ。だから安心して頑張ってくれ」

 

「か、カムバックプリーズ!!」

 

 リミの悲痛な叫びが木霊する。だがヘリコプターは無情にも飛び立ち青空の向こうへ消えていった。

 




ジュナザード「今日の生物の授業はメロンの生態についてやろうかいのう」

兼一(生物の授業が始まってから今日で十五回目……。授業内容が果物ばっかり)

夏(いい加減にフルーツ以外やれよ)

武田(と、誰もが思ってるけど、あんなのに反抗したら殺されるのは確実だから誰も何も言えないじゃな~い)

宇喜田「誰も言わねえなら俺が言うぜ」

武田「やめろ宇喜田! 死にたいのか!?」

宇喜田「……フッ。キサラに伝えてくれ。宇喜田は男だったと」

武田「宇喜田ぁぁああああああああああああああ!!」

宇喜田「先生! フルーツの授業ばっかやってねえで偶には――――」

ジュナザード「転げ回る幽鬼!!」

宇喜田「ぼひゃらぁ!?」

武田「うぉぉおおおおおおおおおお! 宇喜田ァアアアアアアアア!!」

美羽「きゅーきゅーしゃ! きゅーきゅーしゃですわ!」

宇喜田「」チーン

兼一「……」ビシッ

ケンイチが無意識のうちにとっていたのは「敬礼」の姿であった。
涙は流さなかったが、無言の男の詩があった。奇妙な友情があった。

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