史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第38話  生還

 千影を美雲のところに連れて帰り任務完了を報告してから、直ぐに部下に指示して飛行機を用意させたクシャトリアは、自分の弟子候補を置き去りにした無人島へと赴いた。

 赤道直下の国であるティダードは御多分に漏れず年がら年中熱い国で、それは生い茂るジャングルからもそれは明らかである。しかし今日に限っては雲が太陽をすっぽりと覆い、ティダードにしては涼しい温度に保たれていた。

 約束の日から一日遅れて無人島に迎えに来たクシャトリアだが、問題となるのは果たして小頃音リミが生きているかどうかだろう。

 サバイバル生活についてのノウハウの書かれた書物やナイフ一本を渡せば、万人が一か月無人島で生き残れると思うほどクシャトリアは人間を妄信してはいない。

 リミの運動神経を考慮すれば五分五分といったところか。……いや、頭脳方面が残念な分、四割程度かもしれない。

 

「ほぉ。やるもんだな」

 

 だが島に踏み込んだクシャトリアはその懸念が無用だったことを悟る。少し驚きつつもクシャトリアは気配を感じた木を蹴り倒すと、その上に潜んでいた人間をキャッチした。

 一か月+一日も無人島で生活していただけあって体重も落ち、服も薄汚れているが、それでも心臓はしっかりと動いていたし呼吸も正常だった。

 しっかりと検査しなければ分からないこともあるが、医学の心得もあるクシャトリアの目から見て小頃音リミは疲労はあるものの至って健康体そのものである。

 

「Zzz……」

 

「起きろ」

 

「ほぎゃ!?」

 

 完全に爆睡しているリミの額にデコピンを喰らわせ、眠りに落ちていた意識を強引に覚醒させる。

 リミはクシャトリアの顔を見て目をパチクリさせていたが、やがて尻尾を踏まれた猫のように飛び退いた。

 

「く、クシャさん! あ…ありのまま今起こった事を話すお! 『リミは迎えに来るクシャさんを驚かそうと、木の上でスタンバってたらクシャさんに服を掴まれてぶら下がっていた』。な、なにを言ってるか――――」

 

「前置きが長い」

 

 幾ら修行は死ぬものといっても、少しばかり扱いが酷過ぎただろうか、と思っていたと言うのに想像以上の元気さに面食らう。

 無人島で一か月生活するというのは、最新技術に慣れ親しんだ日本人にとって想像以上に過酷なものだ。

 自然界の弱肉強食の摂理に放り込まれ、いつ殺されるか分からないというプレッシャー。これまで当たり前のように食べていた食べ物を、自分で生きた命を殺め食べ物にする作業。そのどれもが肉体面のみならず精神をも締め付ける

 武術の修行なんてとんでもない。無人島という極限空間において、人間は生きるだけでも大変なのだ。

 だというのに迎えに来たクシャトリアを驚かそうとしたり、ふざけたりするくらいに心の余裕を残すとは……。

 

(こいつ。実はかなり大物なのかも)

 

 ただ武術の素養があるだけではこうはなるまい。小頃音リミは大抵の事にはへこたれない精神的タフさを、恐らくは無人島入りする前から持っていた。

 真面目にとぼけているリミを見つめながら、クシャトリアは小頃音リミの評価を十段階くらい上げる。

 

「そうだクシャさん! 一か月後に迎えに来るって言ったのに、なんで昨日迎えに来てくれなかったんですか? リミずっと待ってたのに、全然来ないから木の上で寝ちゃったじゃないですか!」

 

「……さて、なんのことだろう。俺はジャスト一か月に迎えに来たつもりだが」

 

「え? だけどだけどリミが無人島に来たのが十三日で……今日がたぶん十四日だから、一日遅れで」

 

「はははははは。なにを言ってるんだ。無人島にきたのは十四日じゃないか」

 

「あり? そうでしたっけ?」

 

「うん」

 

「……うーん。じゃあリミの勘違い?」

 

 リミの頭脳がやや残念で良かった。こうして強気で断言すればコロッと騙されてくれる。

 自分の不手際の隠蔽に成功したことを喜びつつも、一方でリミの将来に不安を感じた。リミの天然さ、良く言えば純粋さは美点でもあるが欠点にもなる。財布をすられても財布をすられたことにすら気づかないリミは、詐欺師からすれば格好のカモだろう。

 

「さて。気を取り直して一か月しっかり生き残った君に言おう。よくぞ生き残った小頃音リミ。合格だ……約束通り君を私の正式な弟子として迎え入れよう」

 

「は、はい!」

 

 弟子をとるなど初めての事で不安は積もるばかり。己を高めることで忙しい自分が、弟子をとっても良いのか。拳聖に良いようにのせられたのではないか。ここにくるまで幾多も考えた事だ。

 だがクシャトリアも武人の端くれ。一度正式に弟子を迎え入れた以上、中途半端は許されない。

 小頃音リミという武術家の卵を達人の領域に連れていくまで、全身全霊で面倒を見て、己の武術の全てを伝授する義務が生まれたのだ。尤もこれには、さもなければ死ぬかという但し書きがつくが。

 

「お試し期間はこれにて終了。これからは俺の事を師匠(グル)と呼べ……」

 

「了解です、師匠(グル)

 

「………………いやぁ」

 

 初めて呼ばれた師匠というフレーズはなんとも甘美なものだった。

 ずっと師匠と呼ぶばかりだったのが、こうして師匠と呼ばれる立場になり始めてそれを知る。まだ弟子をとって一歩を踏み出したばかりだが、一影九拳たち(ジュナザード以外)が自分の弟子に入れ込む理由が少しだけ分かった様な気がした。

 

「師匠? まさか照れてるんですか?」

 

「お、おほん! 早速、修行――――と、いきたいところだが武術家にとって休息もまた修行の一貫。本格的な修行は三日後とする。それまでよく体を休めておくように」

 

「やった! 久しぶりに龍斗様に会いに行けるお! 無人島修行で格段にパワーアップしたリミを見たら、龍斗様のハートキャッチも楽勝ですよね?」

 

「いや、全然パワーアップとかしてないよ?」

 

「へ?」

 

 リミの笑顔が氷漬けになったように固まる。

 弟子の期待を裏切るようで悪いが、クシャトリアも師匠として弟子の間違った考えは改めなければならない。

 

「無人島にこもってるだけで強くなんかなれるわけないだろう? 無人島にこもれば格段に強くなれるなら、俺だって一年でも二年でもこもるさ。

 ま、完全にパワーアップが皆無とまで言うつもりはないけど、精々スタミナがついたくらいだろうね」

 

「が、がびーん! じゃ、じゃあなんのために無人島一か月0円生活なんかしたんですか!?」

 

「それは生きることを覚えるためさ」

 

 無人島で一人放り出されたリミは、最初は戸惑いはあったはずだ。

 文明の皆無の孤島に孤独に置き去りにされた恐怖。自分より小さな小動物を殺し、その肉を喰らうことにも抵抗があったかもしれない。

 そんな中に放り込まれたリミは一か月という月日で、徐々に服の汚れだとか変なプライドなどの余計な物を削ぎ落とし、ただ生きることを自覚したはずだ。

 

「他の闇の達人なら、己の弟子に敵を殺める覚悟と死ぬ覚悟をつけさせるところだが――――俺の意見は少々異なる。死ぬ覚悟などする必要はない。代わりになにを犠牲にしても生きる覚悟をもてばいい。それさえ持てばその他の心構えなんて勝手に付随するものだよ。他ならぬ俺がそうだった」

 

 師匠ジュナザードにより殺されなければ生き残れないという状況に追い込まれることで、闇人なら避けては通れぬ殺しの洗礼を乗り越えた。

 生きるとは他者の命を奪うこと。自分の命だけを絶対に守ろうとするならば、いずれ自分の命のために他人の命を奪う時がくるだろう。

 その時に明確な生きる意志をもたねば迷いを生むが、生きる覚悟を身に刻んでいればいざ殺しの洗礼を受ける段階になっても迷うことはあるまい。

 

「おまけに無人島生活でシラットの神髄でもあるジャングルでの動き方にも慣れ親しむことができる……。生きる覚悟をつけられ、合否判定もできて、ジャングルでの動き方も自然に身につく。一石二鳥ならぬ一石三鳥だ」

 

「なんか分からないけど、それじゃあリミの一か月間は無駄じゃなかったんですか?」

 

「それは保障しよう」

 

 これからは潜入ミッションと自分の修行に加えて、弟子の育成をしなければならない。少しばかり自分の予定表を書き換える必要があるだろう。

 迎えのヘリに乗り込みながらクシャトリアはそんなことを考えた。 

 




リミ「ふふふっ。師匠、リミはちゃんと分かってるんですよぉ」

クシャトリア「なにが?」

リミ「厳しいこと言ってるけど、本当はハガレンとかピッコロさんみたく、死んじゃわないようにこっそり見守ってくれてたんですよね」

クシャトリア「いや、してないよそんなの。時間が勿体ないじゃないか」キッパリ

リミ「えぇ!? じゃ、じゃあリミが本当に死んじゃったらどうしたんですか!?」

クシャトリア「大丈夫だ」

リミ「?」

クシャトリア「俺も鬼じゃない。しっかり知り合いの葬祭ディレクターと相談して、どこに出しても恥ずかしくない葬儀であの世に送ってやるとも」

リミ「気遣いの方向性が激しく間違ってるお!」

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