史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第39話  地獄に落ちましたわ

 無人島から戻ってきて三日後。静動轟一なる技の後遺症で半身不随になり白髪になった龍斗に仰天するなんてことはありつつも、言葉通りリミの本格的修行が始まった。

 弟子入りを頼んで早々に猛獣蠢く無人島に置き去りにされるという、人権団体が気絶しそうな扱いをされた事を思えば、これから始まる本格的修行がまともでないことは瞭然だ。

 クシャトリアは己の師匠と自分を比べて『自分は優しい』などと素敵過ぎる勘違いをしているが、ジュナザードを知らないリミからしたらクシャトリアは優しいどころか極悪だ。

 地獄の最下層に梯子をたてて登ったところで、そこが地獄の最下層であるということは変わらない。そのことを知るべきだと思うが、やはり達人には常人の理屈は当て嵌まりはしないのだろう。どれだけリミがブーブー文句を言っても、そんな筈はないの一点張りだった。

 ただそんな地獄巡りを控えたリミだったが、元々の能天気さが幸いしてか比較的気分は高揚していた。

 馬鹿を決して侮ってはいけない。天才と馬鹿は紙一重という言葉もあるように、馬鹿の馬鹿げた馬鹿な行動は時に天才の常識をも超えるのである。

 

(龍斗様が半身不随になってたのは驚いたし、リミも思わず焦った余りブラックジャック先生を連れてこようとしちゃったけど……よくよく考えればリミ的にチャンスかも。

 ただでさえ強い龍斗様が地獄の修行をやってちゃリミが追い付くなんていつになるか分からないし、龍斗様が半身不随で文字通り足が『止まって』いる今リミが強くなれば)

 

 もわもわとリミの脳裏に並みいる悪漢やらなんやらに襲われる龍斗と、彼のピンチに颯爽と駆けつけて、敵を薙ぎ倒す自分の姿が思い浮かぶ。

 妄想90%であるが、実際リミの考えは完全に的外れではない。拳聖・緒方一神斎に最も長く教えを受けたオーディンこと朝宮龍斗は、彼の弟子の中では最も芽のある者だ。

 単純な素養でいえばバーサーカーが、内包している気の総量ではルグが上回るだろう。だが龍斗は気の扱いではバーサーカーを上回り、武の素養ではルグを上回っており、また強くなろうとする向上心も人一倍だ。

 静動轟一の気の副作用で半身不随となり車椅子というハンデを背負った今でも、リミやバーサーカーと戦って勝利するだけの実力を持っている。

 されど武術において重要な要素なのが下半身。半身不随というハンデにより、肝心要の足腰が役立たず状態となると、どうしても武術の成長速度は遅れざるを得ない。

 故に龍斗が半身不随から回復できていない間に、追い抜こうとするリミの判断は正しいものだ。本人がそこまで深く考えているのかは分からないが。

 

「……おい、リミ」

 

「えへへ。龍斗様、駄目ですよ~。そこはサクランボ……」

 

「いいからこっちを向け阿呆」

 

「ひょわっ!」

 

 助けた龍斗に「君はなんて強いんだ。僕の嫁になってくれ」と言われた所で、リミの妄想はクシャトリアの容赦ない足蹴りにより吹っ飛ばされた。

 

「修行初日に余所見とは良い御身分じゃないかリミ……。もしかして無人島生活が温すぎて退屈だったかな」

 

 にっこりと微笑むクシャトリアだが、氷のように冷たい目はまったく笑ってはいなかった。

 まだ短い付き合いながらシルクァッド・サヤップ・クシャトリアという人間が「良い人」そうでいて「本当は恐い人」なのは身に染みて分かっている。リミは慌てて弁解のため口を開いた。

 

「ち、違いますよぉ~。初日だからキンチョーしちゃっただけです」

 

「あぁそう。余裕そうだから修行の密度を三割くらいゲインしようとしたんだが……」

 

(なんで残念そうなんだろ、師匠)

 

 弟子入りをあれだけ渋っていたというのに、いざ師匠になってみると実にノリノリである。

 もしかしたらクシャトリアは人を苛めて愉しむ危ない趣味の持ち主なのかもしれない。そんな失礼なことを考えたリミだったが、

 

「自分の弟子に鬼畜扱いされるとは心外だなぁ」

 

「!?」

 

 自分の心中を完全に見透かされた事に、リミの背筋に冷たい手が這ったような悪寒が奔った。

 

「それとも……リミはそうされるのが好みなのかな?」

 

「いえいえ! リミはノーマルに愛を育むのが好みとですよ! あ、でも龍斗様が望むのなら……えへっ」

 

「元気そうでなにより。じゃあその元気を削ぎ落とすとしよう」

 

 さっきのように目の笑っていない脅しを込めた笑みではなく、心の底から朗らかにクシャトリアは微笑んだ。

 なのに何故だろうか。リミにはその笑顔がさっきの笑みよりも数倍恐ろしく感じた。そのリミの直感は正しく的中することになる。

 

 

 

 

 修行といっても最初はそこまで突飛なことをやるわけではない。

 武術のみならず、軍隊の訓練でもスポーツでも等しく重要視されるのが基礎体力、スタミナである。一回走って体力を切らすようなモヤシなら、例え40ヤード走を4秒で走る俊足であっても役には立たない。

 だから最初にリミがやらされたのは小頃音リミの総合力を測る意味も込めての基礎練習だった。ただし質は相変わらず鬼畜だったが。

 

「無人島で死ななかっただけあって基礎体力は中々だな。スピードだけなら本郷さんのところの叶くんにも匹敵するかも」

 

「はぁはぁはぁ……はぁ……」

 

 弟子が地獄の基礎修行で疲労困憊になっているというのに、師匠のクシャトリアは椅子に座ってノートPCを開いていた。時折手が果物に伸びたり、フルーツジュースに伸びたりする。

 そんな師匠を恨めし気に見上げるも、クシャトリアは弟子に気を使って果物の摂取を控えるような殊勝な性格ではない。

 これから何か嫌な事が始まる予感もしたので、それを遠ざけるためにリミは気になることを尋ねることにした。

 

「師匠、一ついいとですか?」

 

「ん?」

 

「……なんでPC三台も同時にやってるんですか?」

 

 動かないのは椅子に腰かけている下半身だけだ。クシャトリアの上半身は残像すら生み出しながら高速で動き、三つのノートPCを同時に操るという離れ業を超えた何かをやっている。

 二つのPCならば、両手を駆使すれば、その道のプロならどうにか出きそうではある。だがクシャトリアがやっているのは三つだ。なのに同時とは一体どういうことか。

 

「いいかいリミ。時は金なりという諺通り人間はどうやったって時間を買う事は出来ない。だから人が時間をどうこうするには、力で奪い取るしかないんだよ。

 三台のPCを同時にやることで単純計算で俺の時間は三倍。更に常人の三倍早く操作することで更に三倍。合計九倍だ。人間、頑張れば24時間を216時間にすることも出来るんだ。リミも将来のために覚えておいた方がいい」

 

「な、なんかもっともらしい事を言ってるけど、絶対におかしいと思います!」

 

 時は金なりという諺にしてもそうだ。普通の人間なら時間ばかりは金で買えないのだから時間は大切にしよう、という意味に受け取るだろう。

 少なくとも時間は金で買えないのだから、常識はずれの身体能力で人の九倍を生きよう――――なんて解答には至らないはずだ。

 

「それに弟子の修行中にPCでなにしてるんですか?」

 

「一台はリミにも関係のあることさ。リミの運動能力とかその他諸々のデータを入力したり、それを加味しての修行をどうするかを計算してたりしていた。俺も流石にPCほど計算早くないしねぇ。PCもやるものだよ……」

 

「人類が計算でPCと張り合おうとしないで下さい」

 

「もう一台は闇関連の報告書とかその他諸々。最近梁山泊と戦いが激化しちゃったから、一影九拳のお歴々にパシリみたく扱われている俺は大変なわけだよ。はぁ~あ、師匠死ねばいいのに」

 

「本音が漏れてるお……」

 

 この常識外れ極まるクシャトリアに、鬼だの悪魔だの外道だのと散々に扱き下ろされるジュナザード。

 リミにとって師匠のそのまた師匠であるジュナザードは、雲の上を突きぬけて宇宙空間の存在とすら言っていい。

 絶対に会いたくないと恐怖する一方で、一度くらいどんな人なのか見てみたいという野次馬根性があるのも事実だった。

 

「そして最後の一台は……」

 

「ご、ごくり」

 

「スーパーマリオブラザーズだ」

 

「ずこー!」

 

 修行のデータ入力、闇への報告書ときて最後にゲーム。落差の激しさにリミは漫画のようにずっこけた。

 

「な、何故にスーパーマリオブラザーズ?」

 

「……潜入ミッションのため、俺も最近の若者の流行についていかなければならないんだ」

 

「いや全然最近の流行じゃありませんとですよ、スーパーマリオブラザーズ」

 

 未だに根強いファンをもつ傑作ゲームであるが、ハードがファミコンであるし、最近というよりは寧ろ昭和の流行といっていいだろう。

 勿論これが出来たところで若者の流行に精通しているということには全くならない。

 

「話を引きのばして休憩時間を伸ばそうとしていたところ悪いが、そろそろ修行を再開しようか」

 

「!」

 

 リミの必死の奮戦空しく、修行再開の四文字が下される。

 PCを操作していた手を止めると、クシャトリアはメロンを頬張りながら立ち上がった。

 

「これからやることは単純だ。50m走ってくれればいい」

 

「50m、ですか」

 

「そ、50m。学校でもやるだろう」

 

「確かにやりますけど……」

 

 リミは自分の立っている場所を見渡す。リミとクシャトリアのいる場所は縦横ともに50mもありはしない。真っ直ぐ50m走れば確実に踏み越えてはならぬ所を超えてしまうだろう。

 そしてリミは下を見下ろす。50mほどの距離にある地表を。そう、リミがいるのは地面ではない。50mの高さがあるビルの屋上だ。

 

「じゃ、普段通り頑張ってくれ」

 

「できるかーー! こんなところ走ったら落ちちゃうじゃないですか!? リミはチャクラとか使えないですお!」

 

「難場走りは教えただろう。あれがしっかり出来れば50mくらいは問題ないはずだ。下から上じゃないだけいいだろう」

 

「お、落ちて死んだらどうするとですか!?」

 

「………………墓は普通のと十字架のどっちがいい?」

 

「どっちも嫌! リミの入るお墓は朝宮家オンリーですお!」

 

「ぶれないねぇ。だがその墓に入りたいなら頑張って生き残るしかないな。まぁ下にはマットも敷いておいたし、アケビも待機してるから下手なことしなければ死ぬことはないよ。頑張れ」

 

 どん、とクシャトリアがリミの尻を蹴り飛ばす。強制的に死地に放り出されたリミはヤケクソ気味にビルの壁を走っていった。

 傍から見ればそれは殺人の決定的瞬間に映った事だろう。というよりも半ば殺人未遂も同然だ。しかし残念なことに今日も日本の治安組織は、闇に対して無力だった。

 

 

 




 次回作は恋姫で主人公は劉禅、ヒロインは黄皓、ラスボスは腹黒シバショー。そんな夢を見ましたはわわ。

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