史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第42話  一なる継承者

「彼は叶翔、人越拳神・本郷晶の一番弟子にして闇が誇る一なる継承者だ。諸々の事情があって、師匠の代わりに俺が修行をつけることになった」

 

「へぇ。君が拳魔邪帝殿の弟子? ふーん」

 

 九拳会議から戻って来たクシャトリアを出迎えたリミは、クシャトリアから叶翔を紹介された。

 弟子入りして暫くしてからリミもクシャトリアから闇やYOMIについては一通り教えられている。故に一なる継承者という存在がどういうものなのかについても分かってはいた。

 だがだからこそリミは『叶翔』と名乗った自分と同年代の少年に目を丸くする。

 

(うわー。一なる継承者っていうから如何にも恐そうでビリビリッな人かと思ったけど、本物は全然違うんだー)

 

 空を溶かし込んだような水色の髪を後ろで結った髪形。頬にある鳥を模したタトゥー。そして左右非対称のオッドアイ。なんとなく空を自由に跳び回る鳥を擬人化したような少年だった。

 リミの抱いていた一なる継承者へのイメージ――――筋肉ムキムキで全身傷だらけの厳ついマッスル男とは全くもって似ても似つかない。

 だがイメージとは違っても、その強さは本物だ。

 

(一なる継承者っていうのはガチっぽいわ。だって今のリミじゃ全然勝てる気がしないもん。リミの直感ってかなり当たるし、この人と戦うのは不味そうね)

 

 クシャトリアと緒方からは揃って『頭が残念』という評価を受けているリミだが、野性的な判断力は決して悪くない。その天性の直感は猛獣蠢く無人島に放り込まれたことで、より深く研ぎ澄まされている。

 だからこそリミは叶翔という男の危険性を判断して、戦いを避けなければならないという正しい解答を得ることができた。

 

「成程。その名も高き拳魔邪帝殿が弟子にとるだけある。悪くないじゃないですか。素養と眼力、他のYOMIと比べても劣らない。いや一部は上回っている。確か緒方先生の人材育成プログラム出身でしたっけ?」

 

「そうだよ。まだ正式にYOMIに迎えたわけじゃないから、まだ所属はティターンのリーダーのアタランテーだ」

 

「アタランテー。ギリシャ神話の女狩人ですか」

 

「彼、好きなんだよ。神話や伝説に準えた異名をつけるのが」

 

 クシャトリアと翔は会って話した回数はそんなに多くないというのに、まるで兄弟のような気楽さで会話していた。

 一なる継承者でありジュナザードの弟子でもある叶翔はクシャトリアの弟弟子の一人でもあるが、この仲の良さはそれだけでは説明がつかない。

 なんとなくで上手く説明することはできないのだが、リミには二人にどことなく似たような雰囲気があるように見えた。心の奥底でなにかを溜めこんでいるような所が特に。

 

「……リミ、お前はわりと人を見る目があるな。わりと間違っていない見解だ、それは」

 

「師匠! ま、またリミの心を読んだんですか! 心のプライバシー侵害ですお!」

 

「何を今更。侵害もなにも弟子に人権なんてないだろう」

 

「ガーン!」

 

 実に良い笑顔で非人道的なことを断言したクシャトリアに、リミはガクッと項垂れる。

 憧れの龍斗に相応しい女になるという野望のため、自ら進んで地獄に落ちる道を選んだリミだが、エジプトの奴隷階級よりも酷い扱いに今では少しだけ後悔していた。

 そんなリミを見た翔はポンと肩に手を置いて、

 

「達人と付き合う秘訣その一。奴等は皆ズレているので突飛な行動に一々傷つかないこと。大丈夫、これは俺だから言えるけど、君の師匠の拳魔邪帝は達人の中ではまともな方だよ」

 

「そ、そうなの……?」

 

「一影九拳の先生方は個性的な御方ばかりだからねぇ。ま、でも……」

 

「でも?」

 

「人格がまともなことと、修行がまともなことは全く別問題だけどね」

 

「………………」

 

 リミの脳裏にこれまでクシャトリアから受けた修行という名の拷問が思い浮かぶ。

 ある時は無人島にいきなり放り込まれ、ある時は度胸をつけるためとヤクザの事務所に単身送り込まれ、またある時はビルから突き落とされた。

 こんな苛めの数々が達人の修行では優しい方なんて、精神の健康の為にも思いたくはない。

 

「お互い弟子同士積もる話もあるかもしれないが、修行をつける前に交流も含めて一つ組手でもしておこうか」

 

「えっ?」

 

「俺は構いませんよ。やっぱり武術家同士、拳を交えないと分からないこともありますしね」

 

 リミは了承を示した翔と、いきなり組手をすることを命じてきたクシャトリアを交互に見比べる。

 クシャトリアの修行はビルから突き落とされる、なんて技の修行を除けば基本的には組手が中心だ。というより修行の殆どは組手とすらいっていい。

 そしてリミの組手の相手というのは誰であろうクシャトリア張本人だ。勿論達人のクシャトリアと本気で組手をしたらリミは蒸発するので、クシャトリアは自身の実力を弟子クラスまで抑えた上でのことだが。

 だがこうして自分と同年代の、しかも格上と戦うのはリミにとって余り経験のないことだ。緊張からゴクリと唾を呑み込む。

 師匠の命令は国家元首の命令にも勝る。

 直感が交戦を避けろと警鐘を鳴らすほどの格上相手とはいえ、組手であれば油断しなければ死ぬことはない。リミはみっちり教え込まれたシラットの構えをとり、叶翔と対峙した。

 

「師匠……」

 

「なんだ」

 

「この人ってリミより強いですよね」

 

「うん、強いよ。一なる継承者として彼は一影九拳からは我流武術、空手、柔術、中国拳法、ムエタイ、ルチャリブレ、カラリパヤット、コマンドサンボ、そしてプンチャック・シラットの合計十の武術の教えを受けている。

 多くの武術の教えを受けることが強さに繋がるわけじゃないが、幼い頃からメインで教わっている空手だけでもお前よりも数段高い位置にいる」

 

「う……! も、もしかして龍斗様よりも強いとですか?」

 

「うん、強いよ」

 

「龍斗様より強いって、それじゃリミの勝ち目ゼロじゃないですか!?」

 

「そいつは早合点じゃないかい」

 

 リミの言葉に待ったをかけたのは意外なことに叶翔だった。

 小頃音リミより数段高みにいるとクシャトリアが太鼓判を押した叶翔。彼ならば自分の実力がリミに勝っていることなど分かっているだろうに、何故か彼はリミの勝ち目がないという発言を否定する。

 

「早合点?」

 

「空を自由の飛ぶ鳥だって羽に怪我しちゃ飛べないし、飛べなければ地を這う虫けらに甚振られることも――――腹立たしいことにある。実力で勝っても一瞬の油断や隙で格下に負ける事もあるから、死合いの中で絶対に気を抜くなって先生も言ってたしね」

 

 もっとも俺は絶対に負ける気はないけど、と翔は付け加える。翔の言葉を聞いてクシャトリアも感心するように腕を組んで頷いていた。

 翔に言われたこともあって、もう一度、リミは叶翔の姿を俯瞰する。

 実力が勝る相手が必ず勝つわけではない、というのはクシャトリアも頷いていたし本当のことなのだろう。

 だがやはりリミには自分が叶翔を倒すビジョンが全く浮かばなかった。自分で思い浮かばないのならば、ここは先人の知恵を借りるしかない。

 

「師匠。愛しい弟子のため、アドバイスをお一つプリーズOKですか?」

 

「アドバイス?」

 

「なんでもいいです。なにか戦う上でのコツとか弱点とか、勝利の秘訣とかを」

 

「気合」

 

「精神論じゃない方向でお願いします」

 

「……そうだな。一影九拳全員から武術を教わっているとはいえ、全ての武術を同レベルで修得しているわけではない。彼のメインはあくまで空手で、戦闘スタイルも空手家のそれだ。

 基本的に空手は平らな大事での戦いを想定されて作られているから、ジャングルファイトを真髄とするシラットの上下変則攻撃は苦手な部類だろう。だから地を這って関節を狙うのが有効だろう」

 

「な、成程!」

 

 まさかの懇切丁寧なアドバイスだった。あのクシャトリアがこんなに的確な助言をくれたのは予想外だったが、これは翔と戦う上で強味となる。

 リミはしっかり教わった事を胸に刻んだ。だがオチはあるもので、

 

「しかしこの方法は彼には通用しない」

 

「なっ! なんでですお!?」

 

「だってこのアドバイス、彼もここで聞いてるし」

 

「あ」

 

 それはそうだ。別にヒソヒソ内緒話をしたわけではないので、アドバイスの内容は向かい合っている翔に筒抜けだ。

 幾ら相手に有効な攻撃を教わったところで、それが相手に知られていれば大した意味はない。空手以外に九つの武術を修得している翔ならいくらでも対応策を編み出せるだろう。

 

「というわけだ。翔くん、武術には其々得手不得手がある。君は空手以外にも九つの武術を修得しているんだから、それを上手く使い分けて不得手を潰していくといい」

 

「はい先生、肝に銘じておきます」

 

「あー! どっちの味方なんですか師匠!」

 

「強いて言うなら中立だね。……少なくともこの組手では」

 

「むぅ」

 

 確かに組手の立会人である以上は、中立の立場をとるのは正しいことなのだろう。

 けれどクシャトリアの弟子のリミとしては、やはり師匠に自分の味方をして欲しい気持ちはあった。

 

「じゃ、そろそろ始めようか」

 

 クシャトリアが呟くと、空気が入れ替わった。

 気を抜けば一瞬で呑まれる。リミはクシャトリアへの不満を閉じ込めて、全神経を叶翔へ向けた。

 


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