史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第44話  次の機会

 双派双手数え抜き手、まだ開発したばかりなこともあって荒削りな所も多いが悪くない技だ。

 完成すれば通常の数え抜き手と使い分けてることで、かなり安定した運用が可能になるだろう。クシャトリアは暫し翔と新技についてあーでもないこーでもないと話し合った。

 しかしいつまでも翔と話している訳にも行かない。

 

「さて、リミ」

 

「つーん」

 

 敗北のショックやらその他諸々でご機嫌斜めなのか、リミはぷいっとそっぽを向いてしまった。

 なまじ普段が素直だけに、クシャトリアに少しだけ衝撃が奔る。

 

「リミ、なにを拗ねている」

 

「負けちゃったリミのような駄目駄目な弟子の相手なんてしてないで、そっちのポニテ男子の相手をしてたほうがいいんじゃないんですか?」

 

「…………成程。判断力に優れているが、お頭が少し足りず、口は羽のように軽い上に武術家としての経験も浅い。確かに彼と比べればリミは色々と駄目駄目だろう。現に組手でも完全敗北したわけだし」

 

「がーん! 可愛い弟子がこんなこと言ったら普通は『そんなことはない! 明日の夕日に向かって走ろう!』って言うところですよ! KY! クシャ師匠はKYだお!」

 

「阿呆か。夕日は大気圏の外側にあるのに、夕日に向かって走れるわけないだろうに」

 

「そういうこと言ってるんじゃないお……」

 

 淡々と返しつつも、内心でクシャトリアは驚いていた。

 意外なことにリミが拗ねていた一番の原因は叶翔に完膚なきまでに敗北したことではなく、クシャトリアが自分よりも他人の弟子の翔ばかりに構っていたか。

 こういう人間の感情を一般ではこう言う。即ち、嫉妬と。

 

(嫉妬されるほど優しい修行を課したつもりはなかったんだが、そもそも師匠が自分より他の人間を目にかけたら嬉しいだろう。常識的に)

 

 試しにジュナザードが自分ではなく、誰か他の弟子にばかり構っているところを想像する。ジュナザードが他の弟子に構うということは、必然的にクシャトリアには目がいかなくなるということであり、修行の地獄も僅かながらに軽減するだろう。

 もしそうなることがあれば修行時代の自分は狂喜乱舞したに違いない。

 

(まてよ)

 

 今度はジュナザードではなく、師匠を美雲にしてシミュレートしてみると、少しだけ仮想の他の弟子に腹立たしい思いが湧き上がってきた。

 ジュナザードの修行が半ば以上に処刑で常軌を逸したのを更に逸しているが、美雲の修行も大概にして地獄だ。でありながらこの差異。

 ここから導き出される結論としては、師匠に対する好感度によっては、師が他の弟子ばかりに構うということに関して抱くことも百八十度変わるということだ。

 

(だがやはり意外だ)

 

 弟子に好かれよう、良い師であろうなどと余り意識してはいなかったが、どうもリミはクシャトリアという師匠に対して好感を抱いているらしい。

 

(本人の意思ありきとはいえ、自分の地獄に落とすような相手に好感をもつとは……まさかリミはM? 道理でどんな厳しい修行でもへこたれない訳だ)

 

 本人が聞いたら全否定すること確実な結論に至る。

 とはいえこのことをリミに聞けば『龍斗様が望むならリミは女王様でも奴隷にでもなりますぅ~』だとか言いそうなので完全に間違っているとも言い辛いが。

 

「――――と、まぁ。君は翔くんに比べれば未熟なところばかりだというわけだが、それになにか問題が?」

 

「へ?」

 

「最初に言っただろう。武術家にとって真の敗北は死ぬこと。リミ、お前は死んでいるのか?」

 

「し、死んでないですよ! 寧ろここで体破裂して死んだらどこの北斗神拳ですし」

 

「なら、問題はないな。さっきお前は叶翔くんに比べ劣っていると言ったが、達人の目から見ればお前も翔くんも目くそ鼻くそ五十歩百歩。未だ成長途上の未来有望な武術家の卵だ。

 敗北したのなら自分がどうして敗北したのかを考え、その原因を克服し次は勝てばいい。死合いに負けて死んだなら次はないが、生きているリミには次があるんだから」

 

「師匠……。なんかリミ、猛烈に感――――」

 

「それに慰めの言葉? はははははははは、馬鹿を言っちゃあいけないなぁ~。俺が敗北し傷心の弟子にすることなんて一つに決まっているじゃあないか」

 

「ひっ!」

 

 ニコニコと微笑みながら、リミの両肩をがっしりと掴む。

 絶対に逃がさないように掴まれて、リミの顔がみるみるうちに蒼白になっていった。

 

「あ、あのぉ~。それってもしかしなくても」

 

「大丈夫、敗北の悔しさをかみ締める必要なんてない。そんな余裕、残さぬよう今日は徹底的に追い詰めるから♪」

 

「い、やぁああああああああああああああああああああああああああああ!! 助けて龍斗様ぁあああああああああああああああああ!!」

 

 修行場に哀れな子羊の悲鳴が響き渡る。だがその悲鳴は、彼女の意中の相手に届くことはなかった。

 変わりにその悲鳴を聞いた叶翔は珍しく苦笑しながら、

 

「達人と付き合う秘訣その三、死なないこと。どうやら邪帝殿は厳しい御方のようだ。俺も覚悟はしておこうっと」

 

 そう言うと翔は自分から、地獄に飛び降りていった。

 

 

 

 

「潜入ミッションに、内弟子に、一なる継承者に、拳魔邪神殿の代理に。大変だね、クシャトリア」

 

「全て代役がいないというのが悲しいよ」

 

 翔に修行をつけてから一週間後、クシャトリアは緒方の頼みで彼の拠点の一つを訪れていた。

 これで頼みの内容というのが死合いをしようだとかなら丁重に断っていたところだが、今回に限ってはそういう無理難題ではない。

 緒方に頼まれクシャトリアがやっているのは、禁忌の技〝静動轟一〟で半身不随となった朝宮龍斗の治療である。

 自画自賛になるが……静の気と動の気、相反する二つの気を同時に修めた武人であり、また医術の心得もある自分は静動轟一の治療にはうってつけの人材だろう。

 

「ふむふむ……。やはり気の乱れが酷いな。ここには秘伝の薬を塗っておいて、と」

 

 動かなくなった龍斗の足をほぐし、時々強く握るなどして調子を確かめながら、クシャトリアはティダートの薬草を駆使して治療をする。

 

「ありがとうございます、拳魔邪帝様。わざわざ来て頂いて」

 

 半身不随のため車椅子に座ったまま朝宮龍斗が礼を言ってくる。

 以前に見たときは黒かった髪は、静動轟一で体内組織が乱れてしまったことで脱色して白くなっていた。クシャトリアも似たようなことで白髪になった口なので、少しだけ共感する。

 

「いやいや。礼を言われるようなことじゃない。実を言うと俺にも下心があってね。君を治療することは俺にもメリットがあることなんだよ」

 

「メリット……?」

 

「静動轟一の後遺症で半身不随になった君を調べれば、静動轟一について興味深いデータがとれる。勿論、治療の方はしっかりやっているから心配しなくていい。……ま、動けるようになるかは君次第だが」

 

「ふむ。どうなんだね、クシャトリア?」

 

 緒方が話しに入ってくる。その顔は大切な愛弟子の回復を心配しているというより、静動轟一という禁断の技の完成を夢見る研究者のそれだった。

 武術平等論を掲げ己の命すら武術の発展に捧げている緒方にとって、静動轟一の完成は弟子一人を破棄しても成し遂げたいことなのだろう。

 だからというわけではないが、クシャトリアは龍斗が治る方法の前に静動轟一について話すことにした。

 

「静動轟一は静の気と動の気を同時発動する禁断の技だが、それは静の気と動の気の同時運用を意味しない」

 

「というと?」

 

「そうだな……。例えるなら動の気を赤色、静の気を青色だとしよう。赤色の絵具と青色の絵具を混ぜた時に出来るのは赤と青が混在した色じゃなく、紫という赤でも青でもない新たな色だ。

 静動轟一についても全く同じことが言える。静の気と動の気を融合することで発動する気は、静動轟一の気という静の気とも動の気とも異なる新たな気だ。

 俺も一度、自分で静動轟一を使ってみたから分かるが、この静動轟一の気はとんでもなく扱いが難しい。なんといっても体の中で火薬を爆発させ続けているようなものだ。コントロールを誤れば体中の気が著しく乱れ、精神すら崩壊しかねない」

 

「車のエンジンみたいだね。で、それを踏まえて君は静動轟一を正しく運用するにはどうすればいいと思う?」

 

「車のエンジンっていうのは良い例えだよ。原理としては似ているから。……そうだな、静動轟一のコントロールする術と、内側で起こる気の爆発で壊れないほど強靭な器。この二つさえ揃えば、あくまで理論上は静動轟一をノーリスクで使用できるだろう」

 

 本当にそれはただの過程、単なる机上の空論だ。

 静動轟一の気のコントロールくらいならばなんとかなるだろうが、それに耐えうる肉体ばかりはどうしようもない。幾ら肉体強度を達人の領域まで高めようと、人間の体である以上は限度がある。

 もし静動轟一の気を発動し続けて壊れないような者がいるとすれば、それは人間ではないなにか別の生命体だ。

 

「やはり完成までの道のりは遠いかぁ。今はリスク覚悟の一時的ドーピングか、必殺を繰り出す一瞬のみの発動に限定するしか用途はないか」

 

「……それで朝宮龍斗君の半身不随だが、これは静動轟一で体内の気が著しく乱れたことが原因。時間をかけて気の均衡を整え、静動轟一の気のコントロールを身につければまた歩けるようになるはずだ」

 

「本当ですか?」

 

「ああ。ついでに静動轟一の気のコントロールに成功すれば、器が崩壊する一定時間内ならば静動轟一をノーリスクで運用できるようになるはずだ」

 

 クシャトリアは静動轟一の改良案について考え付いていたが、敢えて緒方には言わなかった。

 教えを請われれば誰であろうと迷わず己の秘伝を伝授する緒方である。このことを緒方に言えば、誰かに漏らしてしまう可能性があるし、どうせこれは動の気を極めた緒方には使えぬものだ。

 

「それじゃ朝宮龍斗くん、約束は果たしておいてくれよ」

 

「……私は構いませんが、治療の対価がリミが秋葉原をうろうろするのに付き合え、なんてことで良かったのですか?」

 

「なぁに。最近リミも中々頑張っていたし、師匠からのご褒美というやつだよ。あとくれぐれも俺が君に頼んだことは言わない様に。

 リミは細かいことを気にするような人間じゃ……というより細かいことを考えられる頭の持ち主じゃないが、水面下で取引があったなんて知ったら楽しみも半減だからねぇ~」

 

 ジュナザードさえクシャトリアが武術的に大きな成長を果たした時は休暇や、美雲の所へ行くという飴を与えていたのだ。

 鞭うつばかりでは人は成長しない。地獄に突き落としてばかりではいつか地獄が日常となり慣れてしまうだろう。適度に楽しみや休息を入れてた方が、落ちる地獄はより深いものになり慣れがくることを防げる。

 リミの更なる修行メニューを考えつつ、クシャトリアは緒方の拠点を後にした。

 


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