史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第47話  師弟対決

 シルクァッド・ジュナザードとシルクァッド・サヤップ・クシャトリア。共にシラットという武術の頂きに君臨して勇名を馳せる者同士が、極東のビルの一室で対峙する。

 今にも五体を両断せんとばかりに放たれる抜き身の刀の如きクシャトリアの殺意、それを浴びて平然とするは邪悪な気を体内で渦巻かせる邪神ジュナザード。

 もしもこの場に一般人が、否、妙手未満の武術家がいれば二人の間にある不穏というには生易しすぎる空気に気を失ったかもしれない。

 

「カッ、カカカカカカカカカカカカッ! これは予想外だわいのう。よもや! この我と戦うのを恐れ慄き逃げ惑っていた我が愛弟子が、己から我に勝負を挑むとはのう。

 どういう風の吹き回しか気になるのう。最強の弟子の監視のため学校に潜り込んだと聞いたが、よもやそれに当てられおったか?」

 

「まさか」

 

 クシャトリアは呆れるよう肩をすくめる。

 シルクァッド・サヤップ・クシャトリアは修羅道を歩む闇の武人だ。例え組織という『闇』から抜け出すことはあっても、闇という世界から抜け出すことは叶わない。

 日の当たる世界に戻れれば素晴らしいのだろう。人並みの幸福というものも得られるのだろう。だが所詮は置き去りにした過去。今になって取りに戻る気にはなれなかった。

 

「師匠は俺の性根についてなど言わずとも知っているでしょうが、俺は勇敢というより臆病な人間です。勝ち目の薄い勝負に自分から飛び込むことはありません。

 逆に言うなら俺が自分から勝負を挑むということは勝算らしきものはしっかりあるってことですよ。拳魔邪神シルクァッド・ジュナザード殿」

 

「――――面白い」

 

 ジュナザードの纏っていた空気が変わる。これまで内部に押さえ込んだいた好奇心の入り混じった殺意が、暴風のように溢れ部屋内に渦を巻いた。

 十年以上の付き合いだ。クシャトリアには仮面越しでもジュナザードが高揚を覚えているのが手に取るように分かった。

 

「クシャトリア! 我が仕上げた最高傑作よ。我を殺す目処がたったのであれば、それを我に見せてみよ! 代わりにシラットの至高を賞味させてやるわいのう!」

 

「落ち着いてくださいよ師匠。これまで何年もかけて用意してきたご馳走。未完成のままに食してしまうつもりですか?」

 

「カッ」

 

「白状すれば今の俺では今の貴方を殺せる気がしない。だからハンデありのゲームで決着をつけませんか?」

 

「ゲームじゃと?」

 

「ええ。ルール無用の死合いではなくルールありきのゲームです」

 

 閉心術で完全に心を閉ざしながらも、心の中では冷や汗ものだった。真っ向からジュナザードと戦ったとしても、クシャトリアには勝機など皆無に等しい。

 しかしルールのない殺し合いならば兎も角、ルールありきのゲームであれば話は別。やり方次第ではジュナザード相手に勝ち目がある。

 もっともこの提案を受けるかどうかはジュナザードにかかっている。もしもジュナザードがゲームにのらなければ、その時は腹を括るしかないだろう。

 

「どのようなゲームじゃ?」

 

(――――乗ってきた!)

 

 第一段階は一先ずクリアだ。後は如何にジュナザードの興味をひけるかにかかっている。

 

「……ルールは到って単純。拳を交えて戦い殺すか降参させるかすれば勝利。時間制限はなし。ただし師匠にはハンデとして」

 

 クシャトリアは近くにあったチョークを手にとると、丁度相撲における土俵くらいの広さのラインをひいた。

 

「この線の中から出るのは禁止、出た場合はその場で敗北」

 

「追い詰められればラインから逃れれば助けるという算段かいのう。狡い考えじゃわい」

 

「勿論それだけではありません。師匠に場所のハンデがあるなら、俺には肉体のハンデ。俺は戦う上で両足と左手を封じる。攻撃に使うのはこの『右手』だけ。右手だけで貴方を倒しましょう」

 

 瞬間、ジュナザードの目の色が変わった。

 自分のハンデを聞かされた時の退屈げな雰囲気とは一転した、なんとも愉快そうな声色で笑う。

 

「我が師より我を超える武術家は現れぬと言われ半世紀。よもや右腕一本で我を倒そうなどと大口を叩く阿呆は始めてじゃわいのう! じゃがその大言もまた良し! 我が弟子ながらよく咆えた」

 

「では」

 

「良かろう。お前のゲームにのってやるわい。右手一本なにをするのかは知らぬが、見事! この我を殺してみよ!」

 

「……畏まりました。ならば始めましょう、死合いではなく試合を」

 

 ジュナザードがクシャトリアのひいたラインの中に入る。

 闇の武人同士の戦いにおいて「始め」の合図などは不要。互いが、ではなくどちらか片方がもう片方に殺意を抱いた瞬間。それがスタートとなる。

 しかしこれは死合いではなくゲーム。故に、

 

「さぁ。始めじゃわいのう! 来い、クシャトリア!」

 

 拳魔邪神ジュナザードによって、ゲームの開始が宣言された。

 

「…………」

 

 だがゲームが開始されながらも、クシャトリアは動かなかった。ラインから5mほど離れた場所。文字通りジュナザードには手も足もでない場所で、クシャトリアは師匠を眺めていた。

 なにかの策かとワクワクしていたジュナザードだが、一分が経ち二分が経っても身動き一つしないクシャトリアに、ジュナザードが口を開いた。

 

「どうした? 来ぬのかいのう」

 

「…………」

 

 クシャトリアは暫しジュナザードを見ていたが、その言葉に返答することなく背中を向けると歩き出した。

 拳魔邪神相手に背を向けるなど首を差し出すも同然の暴挙。されど〝ルール〟のためにジュナザードはその背中を襲うことはできない。

 

「これ~っ! どこへ行くのかいのう!」

 

「……分かりませんか? この勝負、既に俺の勝ちだ」

 

「なんじゃと?」

 

「チョークでひいた白いラインは貴方という武術家を閉じ込める監獄だ。ならば俺はなにもする必要はない。貴方が動けない間に、一影に押し付けられた仕事でもこなすとしますよ」

 

「じゃが何もせずに勝てはせぬぞ」

 

「それはどうかな。このゲームに時間制限はない。戦いの決着がつくまで十年でも百年でも永遠に続く。拳魔邪神ジュナザード、貴方は最強の武術家だ。本気の戦いで勝てる者など、梁山泊の無敵超人くらいでしょう。

 だが貴方は人間だ。人は信仰と畏怖によって神になることは出来るが、それは人の体が朽ちて初めて完成する。

 その牢獄に閉じ込められている以上、貴方は食べ物を得ることができない。食べ物を摂取することができなければ、どんな超人であろうといずれ死ぬ。俺は牢獄の外で呑気に果物でも食べながら、一ヶ月でも三ヶ月でも貴方が餓死するのを待てばいい」

 

 古より伝えられ彼のナポレオンも愛読したという孫子の兵法書。それが基本としているのが『戦わずして勝つ』こと。

 そして兵糧とは軍の命に等しい。一体この人類史でどれほどの名将が兵糧不足により膝を屈し、どれほどの名将が敵の兵糧を焼き払うことで勝利を収めたことか。

 最初からクシャトリアにジュナザードと殴りあうつもりなどありはしなかった。

 敢えて右手だけで戦うと己に制限をつけるような真似をしたのも、ジュナザードの興味をひき、そしてジュナザードの意識を右手に集中するため。

 右手だけで戦うと言えば、どうしても意識が右手でどう勝つのかにいってしまい、その裏までは察せなくなる。

 或いはジュナザードであれば本気の本気でクシャトリアと戦おうとすれば、この策に気付けたかもしれない。だがどんな策でくるのかを楽しむため敢えて思考を停止していたことで、ジュナザードはまんまと罠にはまった。

 

「カッ、カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!」

 

 狂笑。ジュナザードがこれは傑作だ、と大笑いしながら白い牢獄を踏み越えた。

 ルールなど知らぬとばかりに襲ってくる――――と、普通の人間なら思うところだが、クシャトリアは構えることはしなかった。

 

「お前の勝ちじゃ、クシャトリア」

 

 あっさりとジュナザードはクシャトリアの勝利と自分の敗北を認める。

 ジュナザードは外道であるが、武術家としての彼なりの矜持をもっている。ゲームに負けたからといって激昂し、襲い掛かる惨めな真似をするはずがない。

 

「約束通りお主の弟子についてこの場は諦めよう」

 

「この場は、ですか」

 

「そうじゃ」

 

 つまりまた気が乗れば来るかもしれないということ。敗北した場合の条件を、永遠にリミを弟子にとらないにするべきだったと後悔するも後悔先に立たずだ。

 今はジュナザードを退かせたことを喜ぶべきだろう。去っていくジュナザードを見送ることなく、クシャトリアは嘆息した。


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