史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第50話  前夜祭

 DオブDの前夜祭に参加したのが単なる気紛れなら、その会場で梁山泊の面々を見かけたのは偶然だった。

 しかし悪くない機会である。

 梁山泊がこのDオブDでなにかを起こす算段をしていようと、彼等にも彼等なりの作戦があるだろう。いきなりこの前夜祭の会場で暴れだすなんてできないし、そもそもここで達人が戦えば周囲の人間も巻き込んでしまう。

 闇の武人ならば周囲の人間が死のうと大怪我しようとお構いなしであるが、活人拳を掲げる彼等が『悪人』たちとはいえ、命を軽んじる行いをするはずがない。

 またクシャトリアにしても、こんな所で戦いを仕掛ければ、主催者のフォルトナと進行役のディエゴの面目を潰すことになってしまう。

 よってこの前夜祭に限り闇も梁山泊もノーサイド。矛を置くしかないのだ。

 梁山泊の豪傑たちと平和裏に会話できるなんて、そうそうあることではない。

 

「しぐれさんから名前を聞いてもしやとは思っていましたが、やはり貴方でしたのね。クシャトリアさん」

 

「ふっ。そうそう白浜兼一くんはさておき、君とは久し振りだったね、お嬢さん。いいや、無敵超人が孫娘・風林寺美羽」

 

「美羽さん! 知り合いだったんですか!」

 

 闇の武人であるクシャトリアと美羽が面識があったことに兼一が驚きを露にする。

 

「ええ。アパチャイさんが梁山泊に来られる切欠となった世直しで手を貸して下さいましたの」

 

「懐かしいな」

 

 風林寺美羽と共闘し、グスコーの一味に捕らえられていた子供達を救出した過去。

 最初は今後のために無敵超人・風林寺隼人に恩を売るだけのつもりだったのが、ついつい囚われの子供に感情移入してしまい、少しばかり熱くなってしまったのをよく覚えている。

 

「あの時はまだ俺も未熟で妙手の枠を出ていなかったが、今は闇の達人の末席に座らせて貰っている」

 

「おめでとうございますわ……とは言えませんわね。子供達を助けるのに協力して下さった貴方が、闇の武人だったなんて。残念ですわ」

 

「人間必ずしも自分の道を自分で決められるわけじゃないからね」

 

 もしもジュナザードさえいなければ、クシャトリアも闇に入ることなどなかったかもしれない。

 いやそもそもジュナザードと出会うことがなければ、こうして武術の世界に入ることもなく、極普通の日本人として一生を終えたことだろう。

 だがジュナザードの弟子となってからは、ジュナザードのしいたレール―――というには生易しすぎるか。ジュナザードの用意した断崖絶壁を登らされ続けてきたようなものだ。

 クシャトリアが闇に入ったのもその一貫である。

 

「それはさておき風林寺隼人殿、岬越寺秋雨殿、香坂しぐれ殿……それとあっちで飲み食いセクハラしてる三人方。此度は大会を仕切るディエゴ殿の補佐を務めさせて頂く。

 出来れば今回は我々同士の戦いはなしの方向でいきたいものです」

 

「はっはっはっ。何を言っているんだい、シルクァッド・サヤップ・クシャトリア君。私達は単に我等が弟子一号の勇姿を見にきただけだよ。なぁんにもする気はないとも。特におかしいことはねぇ」

 

 白々しく岬越寺秋雨が言った。

 哲学する柔術家は伊達ではなく、高度な閉心術で心を隠蔽しているため、その心を読むことは出来ない。しかし余りにも露骨な棒読みに、なにかしようとしているのが丸分かりだった。

 どうせ自分達がなにかしようとしていることくらい敵もお見通しなのだから、敢えて仄めかすことで探りを入れようという魂胆だろう。

 だがそれが分かってなにか教える必要はない。

 

「それはそれは。ところで今このパーティー会場で数人に虐められるお年寄りがいたらどうします?」

 

「注意するよ。それで聞かないのなら少しばかり痛い目にあって貰うね。悪を見てなんにもしないのは『おかしい』ことだろう? 梁山泊的に」

 

「成る程。確かにそれは〝おかしい〟ですね」

 

「ああ。実に〝おかしい〟」

 

「ふふふふ……」

 

「ははははは」

 

「「はっ、はははははははははははははははははは」」

 

「長老。僕、突然お腹が痛くなってきたんで、大会は棄権してお家に戻りましょう! 是非そうしましょう!」

 

「何を言っとるんじゃ兼ちゃん。秋雨くんもおかしいことは何もしないと言うとるじゃないか」

 

「あれ絶対になにかするって宣言しているようなものですから! おまけに敵にこっちがなにかすることバレバレですから!」

 

 白浜兼一が必死に自分の棄権と、家に帰りたいという願望を叫んでいるが、それが達人に届くはずもなく。あっさりと流されてしまった。

 なんとなく他人事の気がしなかったので、クシャトリアは心の中でエールを送っておく。

 

「ところでクシャトリア。お主の師匠、ジュナザードは相変わらずかのう」

 

 無敵超人の口から自分の『師匠』の名前が出た途端、クシャトリアはピタリと愛想笑いを止める。

 風林寺隼人とシルクァッド・ジュナザード。梁山泊と闇、活人拳と殺人拳。身を置く場所は異なれど、武術の頂点に君臨する超人同士。

 クシャトリアはどういう経緯あってのことは知らないが、自分の師匠と風林寺隼人が知り合いだということは知っている。ジュナザードに言わせれば鬱陶しい相手、風林寺隼人に言わせれば古い知り合いであり友人。

 どちらが正しいのかは分からないが、少なくとも風林寺隼人がジュナザードを九拳で最も警戒していて、同時に気に留めているのは確かだ。

 

「相変わらずですよ。昔とまるで変わりありません」

 

「……そうか」

 

 ティダートの老人の話を聞く限り、ジュナザードも大昔は高潔で平和を守る英雄だったそうだが、クシャトリアにとっては今も昔も戦乱と闘争を愛する邪神だ。

 

「あの、少し気になったんですけど、シルクァッドってもしかしなくても雪山で戦ったジェイハンの師匠、シルクァッド・ジュナザードと同じ苗字ですよね」

 

 兼一がおずおずと尋ねてくる。さっきまで食事に手をつける事すらビクビクしていたというのに、仮にも闇の達人であるクシャトリアに質問してくるとは。案外度胸があるのかもしれない。それともただ無神経なだけか。

 どちらにせよ少しばかり白浜兼一の情報を改める必要がありそうだ。

 

「師匠だよ。シルクァッド・ジュナザードは俺の師匠だ」

 

「She show?」

 

「師匠だよ。し・しょ・う」

 

「…………え、えぇえええええええええええええええええええええええぇぇぇぇえっ!!」

 

「なんだね兼一くん、騒々しい」

 

「他のお客さんに迷惑だから騒がないよう…に。この前そう〝てれび〟で言って…た」

 

「これが騒がずにいられますか!」

 

 秋雨としぐれに注意されながらも、兼一の慌てようは収まることはない。

 

「あの人がジュナザードの弟子なら、あの人も僕の命を狙ってるってことじゃないですか! しぐれさんに一撃入れる達人に命を狙われるなんて、僕はどうすればいいんですかぁ!」

 

「いや、その心配はない」

 

「へ?」

 

 口振りからして一影九拳であるジュナザードの弟子=YOMIの一人=自分の命を狙っていると考えてしまったのだろう。

 だがそれは完全なる兼一の勘違いだ。要らぬ不安を抱かせるのもなんなので、クシャトリアは兼一の誤解を解くことにする。

 

「確かに一影九拳の弟子たち、君も知るところのYOMIは史上最強の弟子――――つまり君の首級を狙っている。しかし俺はジュナザードの弟子ではあるがYOMIではない。

 既に師匠より免許皆伝を与えられて独り立ちした身であるし、そもそも達人クラスの俺が弟子クラスの君を殺めても、世間は史上最強の弟子を闇の弟子が倒したと納得はしないだろう。

 だから俺が君を殺そうとするなんてことはないよ…………直接は」

 

「最後が不安ですけど、そういうことなら良かったですよ……」

 

「ふっ」

 

 クシャトリアは白浜兼一の命を狙わない。だが闇からの指令によってはクシャトリアの弟子。リミが兼一の命を狙うことは十分にある。

 もしそうなれば彼は「女性に手をあげない」という主義をもっているようなので、苦戦することは確実だろう。

 

「おっと」

 

 胸ポケットに入れていたケータイのバイブレーションが震動する。

 

「失礼、電話のようだ。白浜兼一くん、それじゃあ健闘を祈っているよ。参加者にはYOMIも混ざっているからくれぐれも注意することだ。あと黒虎白龍門会あたりも梁山泊に興味津々だから気をつけたほうがいい」

 

「えーと、ありがとうございます」

 

 電話をかけてきた相手からして、内容はパーティー会場で話していいような内容ではないだろう。クシャトリアはパーティー会場を後にする。

 その後ろで、

 

「闇の達人にしては気の良さそうな人でしたね長老」

 

「兼ちゃん、彼には気をつけなさい」

 

「へ? 何でですか? 寧ろこれまで襲ってきた達人の中じゃ一番まともに見えたんですけど」

 

「いいかね。完全に制御された暴力というのは、時に無秩序な暴力より恐ろしいものなのじゃよ」

 

 

 

 

 パーティー会場を出て、半径100m以内に聞き耳をたてている者がいないことを確認してから通話ボタンを押す。

 

「もしもし」

 

『あ、お久し振りです。クシャトリア先生ー!』

 

 陽気に電話をかけてきた相手は誰であろう。一なる継承者の叶翔であった。

 本来彼の先生は一影九拳たちなのだが、以前彼の稽古を見て以来、翔はクシャトリアを先生呼びするようになっている。

 

「翔くん、なにか緊急のことかい。君は本郷さんや緒方と一緒にスポーツ科学のためのデータ提供に行ってるんじゃなかったかな?」

 

『またまたぁ。先生、面白そうなイベントに参加しているらしいじゃないですか。DオブDでしたっけ? 野球の新人王みたいな大会』

 

「あんまり適切じゃない表現だな。新人王より甲子園の方が良いだろう。未成年者限定の大会なんだから」

 

『おお、確かに』

 

 いずれ闇の次世代を担う弟子集団とはいえど、YOMIは闇の下部組織に過ぎない。故にYOMIのメンバーは闇の作戦行動や方針についても知らされない事も多い。

 だからDオブDにディエゴ・カーロ及びシルクァッド・サヤップ・クシャトリアが招かれたことは、YOMIの幹部ですら知らぬこと。だが叶翔は一影九拳全員の弟子であり、YOMIのリーダーでもある。その情報力は侮れないものがある。その情報力でDオブDのことも知ったのだろう。恐らくは梁山泊の参戦についても。

 

『だけどクシャトリア先生も水臭いですね。そんな面白そうなイベントに呼んでくれないなんて。しかも俺がずっと探してた片翼まで参加するだなんて、もう行くしかないじゃないですか。

 というわけで俺、今そっちへ向かってますから』

 

「……はぁ」

 

 この自由奔放さは誰に似たのだろうか。それとも生まれつきのものだろうか。

 或いはずっと闇という鳥篭に閉じ込められてきたからこその反動かもしれない。

 兎も角、この分ではクシャトリアが「止めろ」と言っても聞きはしないだろう。

 

「分かった。だがくれぐれも軽挙な真似はしないでくれ。特にディエゴ・カーロ殿は空気の読めない振る舞いは好きじゃないだろうから」

 

『あ、それ俺が空気読めないってことですか?』

 

「蒼穹の如く澄み渡る空が、己の内にある気を読めないのは道理だろう。人間が自分の中身を見ることができないように」

 

 翔との電話を終えると、クシャトリアはパーティー会場へ戻る。

 一なる継承者〝叶翔〟がこの島にやって来る。そのことがどのような事態を引き起こすかは神ならぬクシャトリアには分からない。

 ただ一つだけ断言できるのは、叶翔にもしもの事があればクシャトリアの責任になるということだ。

 

「誰か代わってくれないかな」

 

 当然、クシャトリアの代理など誰もいない。

 その後、パーティー会場へ戻ったクシャトリアに新白連合の乱入と、それによるトーナメント表の修正などなどの仕事が舞い込むことになるのだが、それはまた別の話である。

 


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