史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第52話  オーディーン

 カポエイラとはブラジルの古い格闘技である。カポエイラ、或いはカポエラと聞けば多くの日本人は、逆立ちしたまま高速回転して敵を蹴り倒す武術を思い浮かべるだろう。だがこれは日本人の勘違いで、逆立ちをして蹴る技も勿論あるが、実際には地面に足をつけて戦う方が多い。

 かつてまだ世界に奴隷制があった頃、カポエイラは権力に対抗するための術として時の権力者たちに禁じられていた。だが圧制者の弾圧の中、奴隷として虐げられた者達はダンスと擬態することでカポエイラの修練を行ってきた。

 もしもカポエイラの戦いを見て「美しい舞いを見ているようだ」と感じたのであればそれは決して錯覚ではない。カポエイラとは権力者に虐げられ、服従しながらも影で反逆の牙を研ぎ続けた「反骨心」を宿した武術なのだ。

 

(カポエイラか。一影九拳でカポエイラの達人はいなかったが……昔とった杵柄で知識はある)

 

 龍斗は〝拳聖〟緒方一神斎に弟子入りする前は、ひたすらに強さを求め様々な武術の道場やジムに通ったことがある。

 才能には溢れていたが、スポーツ格闘家ではなく実戦、それも闇の修羅道に近い精神をもっていた龍斗は、結局どの道場でも一ヶ月と居つくことはなかった。だが嘗て通った道場の中に『カポエイラ』を教えていた所があったため、その触りくらいは分かっている。

 龍斗はカポエイラチームの五人を品定めするように見据えた。

 チーム名がチーム名だけあって全員がカポエイラの使い手だろう。試合前のジョーゴ――――カポエイラにおける組手のようなもの――――からして間違いない。

 そしてチーム全員が嘗て龍斗が通った道場の師範代よりも格上だ。かつての拳聖という本物の武術家と出会う前の自分であれば負けていたかもしれない。

 

「はっ! DオブDはバリアフリーに熱心だな。……そこの白髪頭。なに考えてるのか知らねえが、ここは怪我人の来るところじゃねえぜ。怪我人を甚振るのは趣味じゃねえからよ、死にたくないんならさっさと棄権しな」

 

「…………」

 

 厄介なのは一際精悍な顔つきをしたロンゲの男。佇まいからいって、この男がチームのリーダー的存在だろう。心なしか他の者たちも畏まっているように見受けられる。

 他にはチームの紅一点、アイシャというらしい少女もそこそこの使い手だ。後の三人は自分なら特に問題もなく倒せるレベルだろう。

 

「おい聞いてんのか!」

 

「ん? すまなかった。考え事をしていたものでね。どうせ聞く価値のあることでもないだろうと無視をしていたんだが、もしかして重要な用件だったかな」

 

「て、テメエッ!」

 

 とぼけたような龍斗に、さっきから挑発していたシルビオの眉間に青筋がたった。

 最初の怪我人を甚振るのは嫌だという発言、適当な挑発にこの激昂。紳士的で強いリーダー格のようなイメージを抱かれたいと、必死に背伸びしている直情的な人間。彼を評価するとそんなところだろう。

 

「もういいぜ。ここまで虚仮にされたんだ……怪我人だろうと容赦はなしだ。リーダー! あいつは俺がやる。いいよな?」

 

「落ち着けシルビオ。安い挑発にのるんじゃない」

 

「け、けどよ!」

 

「気当たりで分かる。あの男……車椅子に乗ってこそいるがかなりの使い手だ。甘く見たら足元を掬われるぞ」

 

「さっすがリーダー。敵を良く見てる」

 

「!?」

 

 冷静に物事を把握するリーダーに、顔を赤くする紅一点のアイシャ。シルビオはそんなアイシャを見て苦々しい表情を浮かべていた。

 龍斗は幼馴染の兼一と違って鈍感ではないし、男女の機微にもそれなりに聡い方だ。というより人間関係に疎くては、仮にも総勢1000にも達しようという巨大組織を纏められるはずがない。

 だからカポエイラチームのやり取りを見ていて直ぐにピンときた。

 

(これは三角関係というやつか)

 

 恐らくはシルビオはアイシャが好きで、アイシャはリーダーが好きで、肝心のリーダーは色恋沙汰よりも武術一辺倒といったところだろう。

 そのことが分かるとシルビオが背伸びしていたのも、一重にアイシャの目をひくためだったのかもしれない。……少しだけ、龍斗の中でシルビオの評価があがった。

 しかし手を抜く道理はない。

 

「リミ、頼みがある」

 

「はい、なんですか龍斗様♪ 龍斗様のためなら火の中水の中スカートの中ですよ」

 

「君はあのアイシャを相手しろ。他は僕がやる」

 

 静かな呟きだが、会場のマイクはそれを聞き逃さなかった。

 龍斗は実質的に自分一人でカポエイラチームの四人を潰すという宣言したようなものである。シルビオの挑発を遥かに超える大胆不敵な言葉に会場中がざわめいた。

 

『おおっと! 車椅子に乗る朝宮選手! カポエイラチーム四人を一人で相手にする気だぞォーーーーっ! これは一体どうなるのか!?』

 

『ははははははははははは! 決まりだな。この試合のルールはバトルロワイヤル。朝宮龍斗、エンターテイナーならば有言実行だ! やると言ったのならばやりたまえ』

 

 ディエゴ・カーロの鶴の一言で試合のルールも変更される。

 バトルロワイヤル、参加者全員がリングに上がって相手チームがリングから消える、または戦闘不能になるまで戦うというシンプルなルールだ。

 カポエイラチームの五人に対して、二人だけのコンビであるチーム・ラグナレクには不利なルールだが、この程度の不利は寧ろ良いハンデだ。

 余りに試合が温すぎては逆に修行にもなりはしない。

 

「く、はははははっははははははははははは! 調子にのって墓穴を掘ったな。いいぜ、望み通り相手にしてやる。車椅子だろうが怪我人だろうがもう手加減なしだ。

 リーダーや他の奴等の手なんて借りねえ。テメエは俺一人ぶっ殺してやる!」

 

「だから冷静になれ。相手が自分から不利なルールにのったんだ。わざわざ馬鹿正直に一対一で戦う必要は無い。四人全員であの車椅子の男を倒し、それから五人全員で片割れの女を潰す」

 

 シルビオは反論しようとするが、意中の相手であるアイシャがリーダーに尊敬の目線を向けているのを見ると咳払いをして、

 

「おっほん! そうだな、俺もやっぱりそう思ったところだ。アイシャ、ふざけた格好してるがあっちの女も結構な使い手だ。先走って一人で倒そうとせずに、俺達が車椅子野郎を倒すまで防御に徹するんだぞ」

 

「分かってる」

 

 格好をつけて精一杯に自分の冷静な考えをアピールしたつもりのシルビオだが、残念ながらアイシャから返ってきたのは素っ気ない反応。取り合えず龍斗はシルビオの健闘を祈っておいた。

 さっとカポエイラチームの四人が龍斗を取り囲むようにばらける。これで龍斗は背中以外の四方向からの同時攻撃を対処しなくてはならなくなったわけだ。

 そんな様子を見てリミが口を開く。

 

「えーと、リミは龍斗様の頼みならなんでも聞いちゃいますけど、お一人で大丈夫ですか? あ、いえ龍斗様の実力を疑ってるとかじゃなくて、龍斗様はその……」

 

「大丈夫だ」

 

「龍斗様が断言するなら心配オールナッシングですね! OKだお! サクッとあのアイシャってやつ倒しちゃうんで見ていて下さいね」

 

「いいから君は君の戦いに集中しろ。来るぞ」

 

 既にゴングは鳴らされている。否、例えゴングなどならない不意打ちだったとしても、あのディエゴ・カーロはそれもまた面白いと認めてしまうだろう。

 ともあれ龍斗の予想通り四方向からの同時攻撃が龍斗に襲い掛かった。

 足の力は腕の三倍という言葉通り、常に人間の体重を支えている足は突き技よりも強烈な威力をもっている。そしてカポエイラは足技主体の格闘技。ボクサーがひたすらに突きを極めるように、カポエイラの使い手も足腰を重点的に鍛えている。

 龍斗も緒方一神斎より課せられる厳しい修行で打たれ慣れているが、足で地面に踏ん張ることのできない車椅子の身では、まともに受身をとるのも難しい。この同時攻撃が命中すればかなりのダメージを受けてしまうことだろう。

 

(当たる気は更々ないがね)

 

 緒方より特別な修行をさせられ『静動轟一』をも体得した龍斗は、静の気と動の気の両方を修得している。

 今回龍斗が発動するのは静の気。心を沈め、気を自分の内側へと凝縮し、世界を空間で把握することに努めた。自分の手が届く範囲、敵の蹴りの軌道、自分の出来ること。全てが視える。

 新白とラグナレクとの決戦において白浜兼一に敗北したといえど、純粋な実力において朝宮龍斗は白浜兼一を上回っていた。兼一もYOMIに対抗するため更なる修行を身に課しているだろうし、自分はこんな状態なので今もそれは同じと言うことはできないが、少なくとも『制空圏』の完成度ではまだ上回っている自信がある。

 そして朝宮龍斗の制空圏にこの程度の同時攻撃はまったく『同時』と言うには値しない。

 

(四人は同時に蹴りを放ったつもりだろうが、個々の速度とタイミングに微妙なムラがある。完全同時じゃなくほぼ同時なら捌くのは容易だ)

 

 龍斗は一番早くきたシルビオの足を蛇のような腕の動きで絡めとると、自分の車椅子を軸にして放り投げた。

 後からくる三つの蹴りは投げながら回避する。そして車椅子を素早く滑らせると今度は二人の男の鳩尾に突きを入れた。

 

「う、おおおっ!」

 

「がはっ!」

 

「あ、ぐぁ!」

 

 シルビオは無様な叫び声をあげながらリング外に飛んでいき、二人の男は拳聖直伝の突きを急所に喰らって気絶した。

 これで残るはリーダーが一人だけ。

 

「思ったより打たれ弱いな。こっちは足腰が立たないから、突きに重さがこもらないのに一撃で沈むだなんて」

 

「…………そう余裕に構えていていいのか?」

 

「おや」

 

 龍斗のかけていた眼鏡に皹が入り壊れる。あの攻防の最中、リーダーの足がほんの僅かに眼鏡を掠めていたのだろう。

 眼鏡を失ったことで龍斗の見ていた景色がぼんやりとしたものに変わった。

 

「卑怯と言うな。相手の弱点をつくのも立派な兵法、恨むのなら目が悪く生まれた己の身を恨むんだな」

 

「ふ、ははははははははは。君は私から目を奪ったつもりかもしれないが……良いのかい? 私は伊達や酔狂でオーディーンなんて大層な異名で呼ばれたわけじゃないんだぜ」

 

「……ハッタリか?」

 

「そう思うなら試してみればいい。もっとも――――君が来なくてもこちらから行くが!」

 

 車椅子の車輪が龍斗の手で回され、飛ぶような勢いで走る。

 リーダーの男は蹴りを放ち、龍斗を迎撃するがもはや遅かった。目で見えなくても龍斗にはしっかり感覚で視えている。

 神話において主神オーディーンは己の目を失うことと引き換えにあらゆる知識を得たという。そして研ぎ澄まされた観の目は時に心を読み解き、時に動きを先読みする。

 視力の低下というハンデを得た代償に、朝宮龍斗の観の目はより完全なものとなった。心を読み解くことまではできないが、今の龍斗には相手の動きが全て読めていた。

 必殺の蹴りも、動きが読めているのならば止まっているのと同じ。

 

「グングニル!」

 

 決して外さぬ百発百中の突き。リーダーの攻撃と防御を素通りして、吸い込まれるように龍斗の手が吸い込まれていった。

 

「はっ……がっ! な、なんだこの技は……。俺が防御すらできん、だと……?」

 

「リーダーだけあって打たれ強いね。流石に兼ちゃんほどじゃないが。蹴りの威力といい判断力といい僕の知るバルキリーよりも上だったが如何せん相手が悪かったね。そう易々と敗れるほどYOMIは甘くない」

 

「YOMI、だと……っ? 道理で……一から、鍛えなおし、だな……」

 

 負けたが、どこか吹っ切れたように笑うとカポエイラチームのリーダーはリングに沈んだ。

 四対一の不利な戦いに平然と勝利したことで、会場の盛り上がりが増す。

 

「あ、龍斗様。リミも今終わったところですよ!」

 

 龍斗がリミの方を振り向くと、丁度チームの紅一点だったアイシャがリング外に蹴り飛ばされているところだった。

 リーダー(とシルビオ)の言いつけを守り、防勢に徹していたらしいアイシャだったが、クシャトリアから毎日修行という名の拷問を受け続けているリミのスピードには勝てなかったようだ。

 

『試合終了ォーーーーッ! 圧倒的! 正に圧倒的な強さ! チーム・ラグナレク、カポエイラチームをあっさりと下し二回戦進出です!!』

 

 やることは取り合えずやった。これで師の面目を潰さないで済むだろう。

 未だにトーナメント表が公開されないのが気がかりだが大した問題ではあるまい。一仕事を終えた龍斗はまるで我が事のように自分の勝利を喜んでいた幼馴染を見て苦笑した。

 


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