カポエイラチームに圧勝すると龍斗はなんでもないようにリングの外へ戻る。
車椅子でありながら四人の武術家を同時に相手どり勝利したことで、観客が沸き立っているが、龍斗は同僚のレイチェルのような目立ちたがり屋ではないので、歓声を無表情で流した。
「師匠ー! 見てましたか、リミしっかりかっちり勝っちゃいましたお! 勝利のV!」
尤もリミの方はたかが一回戦を突破した程度でお祭り騒ぎしているが。
クシャトリアにDオブDに連れて行ってもらうよう頼んだのは、拳聖以外にそれなりに面識がある闇人で一番頼みを聞いてくれそうな人物だったからだが、そのせいで済し崩し的にリミを連れてくることになったのは誤算だった。
別にリミの力が当てにならないというのではない。贔屓目抜きにしても『小頃音リミ』は武術家としてかなりの強さをもっている。嘗てのラグナレクで彼女に勝てるのは自分とバーサーカーくらいだろう。ティターンの元リーダーは伊達ではないのだ。
しかしながらリミの能天気な性格は慎むということを知らない。ただでさえ龍斗がDオブDに来た目的はYOMIの深い所に拘わることなのだ。下手に騒げば取り返しのつかないことになりかねない。
(はぁ。僕が手綱をひいておくしかないのか)
クシャトリアはDオブDの運営などで忙しいだろうし、そもそも龍斗のDオブD参加は完全に独断行動。リミはそれに付き従っただけの形である。もしもの時の責任は龍斗がとることになるだろう。
そうならないためにも動く時はリミを抑えておく必要がある。
「龍斗!」
物憂げな表情を浮かべていると、龍斗に駆け寄ってくる少年が一人。
ムエタイのバンテージ、カンフーパンツ、胴着の下には鎖帷子。あらゆる武術の服装を混ぜ合わせた格好をする弟子など世界に一人だけ。
梁山泊が誇る史上最強の弟子・白浜兼一。そして朝宮龍斗の幼馴染だ。
「やぁ、兼ちゃん。久し振りだね」
「久し振り……じゃなくて、そんなことより無事だったんだね。良かった……」
龍斗の無事を我が事のように喜ぶ兼一を見て、龍斗は「相変わらずだな」と苦笑する。
ラグナレクと新白連合の最終決戦で敗れた龍斗は、火の海になった倉庫から拳聖によって救出された。
しかしこのお人よしを絵に描いたような幼馴染は、そうとは知りながらもこれまで心のどこかで自分の心配をしていたのだろう。
「五体満足とはいかないけどね。どうにか生きているよ」
「そうだ! その足は、まさかあの時の戦いで僕から受けたダメージが――――」
兼一の視線が龍斗の足へ向けられ、次に龍斗の体を支え仮初の〝足〟となっている車椅子に移る。
「半分正解で半分間違いかな。兼ちゃんの攻撃で動かなくなるほど僕も軟な鍛え方はされていないよ。僕の足が動かなくなったのは技の後遺症さ」
「技の……?」
「君も知っているだろう。相反する静の気と動の気を同時に発動する最凶の技。静動轟一だよ」
兼一の顔つきが途端に変わる。
それは果たして人間の体を削り取るような技に対しての怒りか、それとも静動轟一を発動させてしまった自分への義憤か。
どちらにせよ朝宮龍斗の幼馴染は以前とまったく変わっていないようだ。
「兼ちゃんが気に病むことじゃない。静動轟一が危険な技だと薄々感付いていながら使用したのは僕自身。僕がこんな様になっているのも僕の自業自得だ」
「で、でも!」
「あの御方は武術に対しては狂気ともいえるほどの愛情をもっておられるが、決して望まぬものに無理強いはしない」
武術においては全ての人間が等しく平等、武術を学ぼうとする意欲がある者は平等に学ぶ権利がある。それが龍斗の師、拳聖・緒方一神斎の提唱する武術平等論だ。
だからこれまでも拳聖から辛い修行を課せられることはあっても、それを強いられるようなことはなかった。あくまでも最終的判断は教えを請う側にある。
それが正しいことなのか悪いことなのかは、所詮一介の弟子に過ぎない龍斗には分からない。ただ少なくとも拳聖はそれを正しいと思っていることは確かだ。
「お、おい兼一。大丈夫なのか? そいつお前の幼馴染つってもあのオーディーンなんだぞ。俺様のキャッチした情報じゃYOMIに入ったって噂も――――」
「分かってる」
新白の宇宙人が兼一になにやら耳打ちするも、兼一は態度を一切変えずに真っ直ぐに龍斗を見つめている。
「龍斗、君は――――」
「待った。ここではなんだから話はあっちでしよう」
口を開きかけた兼一を手で制する。
二人だけで話そうという誘い。兼一の仲間である新白連合のメンバーが心配そうな視線を送るが、兼一はただひとこと「大丈夫」とだけ言う。
「分かった」
「助かる。ああそれとアタランテー」
「はい、なんですか龍斗様!」
「君は新白連合の――――特にそこの宇宙人面した生命体が忍び込まないよう見張っておいてくれ。私もこんなところで死人を出すのは本位じゃないんだ。頼むよ、アタランテー」
「了解ですお。アタランテーはいつでもどこでも龍斗様の味方ですぅ」
ふざけた言動をするリミだが、その天性の直感力に支えられた気配探知力は相当のもの。見張り役にこれ以上の適任はいない。
といっても兼一の師匠、梁山泊の豪傑たちが盗み聞きに来れば防ぐことは不可能だが、
(新白連合は兎も角、梁山泊の豪傑たちに知られてもどうということはない。どうせ兼ちゃんが話すだろうし)
ことは闇とYOMI、なによりも風林寺美羽に関係すること。こんな重要な情報を兼一が師匠に話さない道理はない。
暫く進み周囲に誰の気配もない所に来ると龍斗と兼一は止まる。
「それで話ってなんなんだい?
「―――――美羽から目を離すな」
「っ!? どういうことだ、龍斗!」
白浜兼一と朝宮龍斗にとって風林寺美羽は特別な女性だ。龍斗にとっては〝強さ〟を追い求め武術の世界に身を投じた切欠であり、そして兼一にとってはいつか自分で守れるようになりたい憧れの人物。
もしかしなくても兼一にとっては自分の命よりも重い大切な人だ。
その人物の危機を告げる龍斗に、兼一の顔つきが焦りをもったものに変わる。
「YOMIのリーダー、叶翔が美羽を狙っている。奴は美羽を〝闇〟に連れて行くつもりだ」
「本当なのか、それは?」
「ああ。君も心当たりがあるんじゃないか?」
「!」
龍斗は知らないことだが、以前兼一と美羽が二人で植物園に行った折、叶翔は父親の情報を餌に美羽を連れ去ろうとしたことがある。
故に兼一にとって『叶翔が美羽を連れ去ろうとしている』というのは現実的な危機感のある情報なのだ。
「分かった。叶翔は絶対に美羽さんに近づけやしない」
「それじゃ足りない」
「え?」
「叶翔は美羽がなによりも欲している『情報』をもっているし、闇には確かに美羽の求めるモノがある。例え君が叶翔を近づけまいとしても、彼女の方から叶翔に近付いてしまうことは大いに有り得る。
そして一度〝闇〟に足を踏み入れてしまえば、もう彼女は闇という牢獄から抜け出すことはできなくなるだろう」
「龍斗、叶翔がどうして美羽さんを狙うのか知っているのか?」
「いや。僕が知っているのは叶翔が美羽を己の片翼として欲していることだけだ。クシャトリア殿は気付いている様子だったが、このことについては教えてくれなかったしね。
ただ叶翔は幼少期から闇により純粋培養されてきた殺人拳の申し子。そしていずれ一影九拳全員の武術を継承する一なる継承者だ。その強さは僕や君を遥かに凌駕する。或いは美羽でさえも……」
「…………」
普段の兼一なら美羽より強いなんて信じられない、とリアクションをしただろう。
けれど実際に叶翔と対峙したことのある兼一はそれを否定することはできない。
「僕が話せるのはこれまでだ。すまないが、これ以上は話すことができない。察してくれ」
「ありがとう」
「さて。それじゃ戻ろうか。兼ちゃん、自分の試合がまだなんだろう?」
「あ、そうだった」
自然と兼一が龍斗の車椅子を押す。
いつもは自分でやる、と断ってきた龍斗だが今回はそうすることはなかった。