龍斗と兼一が会場へ戻ると、丁度次の試合が始まるタイミングだった。
流石にラグナレクの元リーダーであり、現在はYOMIの幹部に名を連ねる自分が、YOMIと敵対関係にある新白連合のメンバーがいるベンチに行くわけにはいかない。
兼一と別れると龍斗はリミと一緒に自分達のチームのベンチへと戻った。
「龍斗様、なにを話してたんですか?」
「探りを入れているのかい? 僕が梁山泊の弟子と密通しているんじゃないかって師匠に報告するために」
はっきりいって梁山泊の史上最強の弟子に、風林寺美羽が攫われる危険性や叶翔の危険性を説く。
もしかしなくてもYOMIにとっては裏切り行為にあたる。拳聖・緒方一神斎はこの程度で自分をどうこうするほど心の狭い人間ではないが、このことがYOMIに伝われば当然龍斗の立場も悪くなるだろう。
相手がリミだからといっておいそれとぺらぺらと話すわけにはいかない。
「いえいえ! そんなこと全然ノーですよ。ちょっと気になっただけです!」
「…………」
あたふたと手をパタパタさせるリミ。
これが演技だとしたら大したものだが、リミにそんな人格的器用さはない。探りを入れるにしても、もっとマシな人選をするだろう。
リミに調査の仕事を任せるなど、ナイフで蕎麦を食べるようなものだ。致命的人選ミスである。そんなミスをあの拳魔邪帝がするはずがない。
「そういえばまだなのか、トーナメント表は」
電光掲示板を見上げるが未だにトーナメント表は発表されていない。
自分やリミ、新白連合。そして我流Xの存在など今大会におけるイレギュラーは出尽くした感があったので、もうトーナメント表を決めているだろうと思っていたのだが予想が外れたらしい。
「…………」
ディエゴ・カーロはエンターテイナーだが、いやエンターテイナーであるからこそ自分のショーの準備は念入りにするはずだ。
イレギュラーの力量を把握し終えたなら、会場を盛り上げるためにも直ぐにトーナメント表を発表するはずである。
それがないということは、つまり。
(まだこの大会に〝なにか〟あるのか?)
懸念であればいい。考え過ごしであればいい。
しかしながら龍斗の悪い予感は見事なまでに的中してしまった。それも最悪な形で。
『続きましてはニューヨーク・ストリートファイターズ対……』
武術大会であるため民族衣装や胴着を着ている参加者が多い中、一際目立つ流行りのファッションに身を包んだ五人の若者達。
成る程彼等がニューヨーク・ストリートファイターズなのだろう。全員がストリートファイターらしい格好をしている。
それなりの美形が揃ってもいたので、観客の女性から黄色い視線を向けられていた――――筈だった。対戦相手が対戦相手でなければ。
会場中の視線はまったくストリートファイターズには向いていなかった。数百数千の視線を集めるのはたった一人の男。
『世紀末救世主! ケンシロウーーッ!!』
「ぶほぉぉおぉおおっ!!」
「!!!?????」
会場中の一定の層に属する者達が目を見張らせた。新白連合チームなど世間知らずの美羽以外全員があんぐりと口を空けてポカンとしている。リミなど飲んでいたコーラを噴き出していた。
「りゅ、りゅりゅりゅりゅりゅりゅ龍斗様! ケンシロウだお! 北斗神拳の伝承者がいるお!?」
「れ、れれれれれ冷静になれアタランテー!」
そう言いつつも龍斗の手は震えていた。静の気の解放を修めている龍斗だったが、この予想外にも程がある事態で平常心を保つのは不可能だった。
「漫画のキャラが現実に現れるなんて有り得るわけがない。あれはきっとただの仮装――――コスプレだ!」
そう、ノンフィクションなら兎も角として、現実に漫画の登場人物が存在するはずがない。だからあれはケンシロウのコスプレをしたただの人間のはずなのだ。
龍斗は頭ではそんなこと百も承知している。しかしあのケンシロウのコスプレをした男の纏う重圧感、明らかに修羅場を一度や二度潜った程度は身に着かないほどのものだ。
リング外から会場を眺める龍斗でさえこれほどのプレッシャーを感じているのである。実際のあの化物と対峙しているストリートファイターズのプレッシャーは如何程のものか。
「ふ、ふざけたコスプレなんかしやがって! そ、その化けの皮、直ぐにでも剥いでやるぜ!」
「…………」
ストリートファイターズのリーダー格が怒鳴るが、どもっているせいでまったく挑発になっていない。
彼等と対峙していたケンシロウ(仮)はそんなストリートファイターズを馬鹿にするでも詰るでもなく、重圧感を纏ったまま棒立ちしている。
『ふっふっふっ。私じゃなく素人が見ても役者が違うのが明白だな。よし、では今度もルールはバトルロワイヤル形式だ』
ディエゴ・カーロの鶴の一言でルールが決定する。
これで数的には五人フルで参加しているストリートファイターズが圧倒的に有利な形となったが、そんなことにどれほどの価値があるというのか。
そこまで考えて気付く。ディエゴ・カーロがバトルロワイヤル形式にしたのは戦力比を均等にするためなどではない。単なる時間短縮のためだ。
「い、行くぞお前ら! かっこんで袋叩きにしてやれ!」
『お、おう!』
ストリートファイターだけあって集団でのルール無用の戦いには慣れているのだろう。
だが今回ばかりは相手が悪かったとしか言えない。
「北斗百烈拳!」
『びゅぅへぇらぁあああああああああああああああーッ!?』
一撃、いや百撃だった。視認すらできない突きでストリートファイターズの五人は吹っ飛ばされる。
まったく相手にもならずに吹っ飛ばされたストリートファイターズだがこれを恥じと思う必要は無い。こんなもの子供の徒競走に競走馬が参加するようなもの。そもそもの土台が違いすぎる。
だからこそ龍斗が驚いたのはここからだった。
「ち、畜生が……っ」
立ち上がったのだ。ストリートファイターズの五人が。
あれだけの連撃を喰らったためボロボロだが、まだ戦うには問題がないように見える。
(……どうなっている?)
ケンシロウ(仮)の拳速は確実に弟子級どころか妙手すら超えた達人級のもの。達人の突きを喰らって弟子クラスの人間が立ち上がれるはずがない。
だがここでハッと気付いた。あのケンシロウ(仮)は北斗百烈拳と言っていた。ということは、もしかすると。
「お前はもう死んでいる」
「…………」
姿と格好がまんまなら声まで似ていた。
ケンシロウ(仮)に指差され自分達の死を告げられたストリートファイターズだったが、彼等が反論することはなかった。
実況のジェノサイダー松本がそそくさとストリートファイターズに近付き、その脈に手をあてる。
『し……死んでいますッ! 五人全員立ったまま死んでいますッ! 漫画のように体が破裂することはありませんでしたが、確かに既に死んでいましたァーーーーッ!』
『お、ぉおおおおおおおおおお!』
まさかの漫画再現に会場中の熱気が天井知らずに上がっていった。
その気持ちも分かる。達人という常識の枠をこえた者を知る龍斗でさえ、驚きを隠すことができないのだから。
「りゅ、龍斗様。あんなの漫画だけと思ってたんですけど、本当に時間差で人を殺すなんて出来るんですか?」
「それは――――」
「できるよ」
「っ! 拳魔邪帝殿!」
何時の間にかディエゴの隣にいたはずのクシャトリアが龍斗とリミのベンチに座っていた。
クシャトリアはリンゴを頬張りながら、五人のストリートファイターズとケンシロウ(仮)を眺める。
「達人級になれば人間の肉体についての理解も深まっていく。ある程度器用な達人ならあれくらいの芸当は楽に出来るさ。といってもあれは時間差で死ぬようただ殴ったんじゃない」
「というと?」
「殴ったのは見せかけ。君達の目には見えなかったと思うが、彼はストリートファイターズ五人全員を戦闘不能にならない程度に力を抑えて殴りながら、肉体にある経穴をついて心臓を止めたんだ。だからほら」
クシャトリアが指差す方では担架にのせられたストリートファイターズの所に梁山泊の秋雨と剣星が駆け寄っていた。
二人は衛生兵から担架をひったくると『死んでいる』五人の解穴をつく。するとストリートファイターズの止められていた心臓が再び活動を始め、五人全員が息を吹き返す。
「ああして蘇生させるのも簡単というわけだ」
「………………」
クシャトリアの話を聞いていて改めて実感できた。
あの男は自分達の勝てる相手ではない。ディエゴ・カーロがトーナメント表を発表しなかったのも間違いなくこの男の存在故に違いない。とすればキックの魔獣の禿げ頭を我流Xで排除したように、あのケンシロウ(仮)も我流Xに排除させる算段だろう。
我流Xの正体は無敵超人・風林寺隼人。相手が達人であろうとなんの問題もありはしない。
「あっ。トーナメント表が発表されたよ」
「本当ですか? どれどれ……なッ!?」
「どうしたんですか龍斗様…………げぇ!?」
龍斗とリミは電光掲示板を見た瞬間に硬直する。
龍斗とリミの次の試合の相手――――そこにはケンシロウの五文字がはっきりと記されていた。