史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

55 / 142
第55話  主神再臨

 新白連合勝利、我流Xの登場、北斗神拳伝承者ケンシロウの襲来。羅列するだけでとんでもないことが起きた、波乱に満ちたDオブD初日だがどうにか無事に終わることができた。

 梁山泊チームも、因縁ある黒虎白竜門会を下して二回戦に駒を進めた。

 もっとも黒虎白竜門会は強敵で、美羽はともかく兼一は常人なら一週間は包帯がとれないダメージを受けたのだが。

 

「まぁ大丈夫だろう。兼ちゃんなら」

 

 白浜兼一の打たれ強さが尋常でないのは実際に戦った龍斗が一番良く分かっている。

 まともな弟子クラスなら十回は気絶してもおかしくないだけの突きを喰らわせても立ち上がる様はさながらゾンビのようだった。

 元ラグナレク第五拳豪に不死身の作曲家と呼ばれたジークフリートがいたが、不死身の称号は彼にこそ相応しいかもしれない。

 

「確かに彼なら問題ないだろう」

 

「拳魔邪帝殿」

 

 龍斗がベランダで夜風に当たっていると、背後からクシャトリアに声をかけた。

 あっさり背後をとられたことに驚くことはしない。弟子クラスならいざしれず、達人級――――それも一影九拳クラスの怪物にとって、気配を悟られずに後ろをとることなど造作もない。

 これでも龍斗は以前から達人の師をもち教えを受けてきた者。最近達人を知ったばかりのリミよりは遥かに達人を理解している。

 

「白浜兼一くんは単に丈夫なんじゃない。中国拳法における内気功に筋肉は瞬発力と持久力を兼ね備えたものに改造されている。

 外側だけじゃなく五臓六腑、内側も鍛えられ回復力も促進された彼の体は着実に『普通の体』を逸脱し始めているといえるだろう。

 あれくらいの負傷なら一日ぐっすり休めば治るはずだ」

 

「……彼ののタフさは知っていましたが、それほどですか?」

 

「それほどなんだよ。いやはやあんな風に弟子を弄くるなんて……実に興味深い。うちもやってみようかな」

 

「いやいやいやいや。やんなくていいとですよ! よそはよそ、リミはリミですお!」

 

 クシャトリアの弟子改造計画にリミがスライディングで「待った」をかける。

 達人の中にあってまともな人格の持ち主であるクシャトリアだが、その修行の方はまともとは程遠い。今でさえ弟子を殺す気満々の修行をしているのに、更に兼一の修行プログラムまで取り込んだらただの処刑になるだろう。

 いや一瞬で終わりな分、処刑のほうがまだマシかもしれない。

 

「冗談だよ。白浜兼一くんとお前じゃ伸ばすべきところも違う。人間、得意分野を活かし不得手な分野を消すよう心がけなければ」

 

「不得手な分野……?」

 

「……そう思って頑張ったんだが駄目だった。あれだよ、馬鹿は死ななきゃ治らないっていうのは嘘だな」

 

「ちょ、思わせぶりなことを! まさかリミ、一度死んだんですか!?」

 

「一度? いいや一度死んでなんかいないよ。一度は」

 

「ぎょえええええええええええ!」

 

「…………」

 

 騒がしく漫才みたいなやり取りをするクシャトリアとリミ。二人のせいで夜のしんみりとした雰囲気が台無しだった。

 龍斗は眼鏡を拭いて曇りを落としつつ肩を落とす。……やはりリミを連れてくるのは断固として阻止するべきだった。龍斗は何度目かにならぬ溜息をついた。

 

「とまぁ白浜兼一くんを心配しているなら明日の試合には回復しているだろうから心配ない。今夜なにもなければ、だが」

 

「それはどういう?」

 

 クシャトリアは黙って指を刺した。龍斗は指の先を目で追い、そしてそこにある光景を見た瞬間ぎょっとする。

 

「美羽、それに叶翔……!?」

 

 月明かりをスポットライトに屋根の上で対峙する二人は、顔立ちが美しく整っているだけあってさながら歌劇のようですらある。

 乙女心をもつ女性ならその神秘的な光景に溜息すらつくかもしれないが、龍斗には叶翔の瞳の奥にある妖しい光に気付いていた。

 スパルナ、美しき翼をもつ男と渾名された叶翔が欲するのは己の片翼となる女性。即ち風を切る羽のように美しく戦う武人、風林寺美羽。彼女こそ叶翔が求める片翼。

 

「拳魔邪帝殿。止めなくて宜しいのですか? 叶翔は美羽を……無敵超人の孫娘を連れ去るつもりです。本気で。これは闇の意向に反するのでは?」

 

 YOMIのリーダー、叶翔は奔放な男だ。同じYOMIである龍斗がなにを言おうと叶翔は聞く耳もたないだろう。

 だが叶翔がYOMIのリーダーであろうと、一影よりYOMIの目付け役を任されているクシャトリアに逆らうことはできない。それに何故かは知らないが叶翔はクシャトリアに気を許しているようであるし、彼が止めれば叶翔は一旦手を引くだろう。

 一縷の望みにかけて、暗に翔を止めるよう促すがクシャトリアは首を横に振るう。

 

「俺はYOMIの目付け役であってリーダーじゃない。彼が闇に仇なす行為に及ぶつもりなら止めるが、この段階で無敵超人の孫娘を抑えることは闇にとって利益にならないこともない。なにせ彼女は風林寺一族と……いや、これは君に話すことでもなかったか。

 そもそもあれは弟子同士の戦いだ。弟子同士の戦いに師匠は出ない、これは活人拳・殺人拳問わず達人の鉄則のようなものだ」

 

「分かりました」

 

「りゅ、龍斗様? まさか止めにいくんですか!? いやいや、龍斗様が強いのはリミ百も承知してますけど、叶翔はヤバイですお! どのくらいヤバいかというと目の前でロリを傷つけられた一方通行くらいヤバいんですよ!」

 

 訳の分からない例えでリミが制止に入る。彼女の言う通り叶翔が危険な男などということくらい龍斗とて承知している。

 だが武術家には退きたくても退けない時というのがあるのだ。あの日の駄菓子屋にいた一人として、彼女を闇の空へ行かせるわけにはいかない。

 

「無謀だな。万全ならいざしれず、叶翔は車椅子に乗ったままの君が勝てるような相手じゃない」

 

「勝てはせずとも足止めくらいにはなるでしょう」

 

 十分……いや五分でも三分でもいい。ただなんとしても兼一が駆けつけるまで翔の誘拐を阻止する。

 しかし龍斗が車椅子をひこうとすると、クシャトリアが行く手を遮るように前に立つ。

 

「邪魔をするんですか?」

 

「言っただろう。弟子クラスの戦いに師匠は介入しないと」

 

 クシャトリアの指が龍斗の足に触れる。瞬間。

 

「――――ッ! ――――ッ!?」

 

 声にならない激痛。足の骨という骨が粉々に潰されて硫酸を流し込まれたような……もはや形容することの難しい痛み。

 時間にすれば僅か十数秒。されどその十数秒の激痛は龍斗にとっては数時間にも感じられた。痛みのせいで目を大きく開かせながら、龍斗は肺の息を吐き出した。

 

「な、なにをなされたのですか? 」

 

「う、嘘……。龍斗様、足が……?」

 

「足? なっ! これは――――」

 

 痛みのせいで気付くのが遅れた。

 半身不随になって動かなくなった足。だがその足が今はしっかり朝宮龍斗の全身を支え、しっかりと地面を踏みしめている。

 

「立った! 龍斗様が立った!」

 

「少し静かにしてくれリミ。それより拳魔邪帝殿。これは一体?」

 

「静動轟一を研究していた過程で発見したツボをつき、一時的に乱れた気を整えた。あくまで一時的なもの故、回復したわけじゃない。だが十分か二十分くらいは元のように立って動けるだろう」

 

「弟子の戦いには介入しないのではなかったのですか?」

 

「戦いには介入しない。師が弟子にするのは弟子の戦いを代行することではなく、弟子が万全の力を発揮できるよう戦う前に仕上げることだ。こちらはやることはやった。後は自分でなんとかするといい」

 

 といっても俺は君の師匠ではないが、とクシャトリアは付け加えた。

 正直ありがたい援助である。感覚すら喪失し、ハリボテのようであった足。それが今ではしっかり自分の足だという実感がある。

 叶翔との戦力差は足が動く程度で埋まりはすまいが、これで戦いにはなるだろう。

 

「うー。龍斗様、そんなにあの女のことが大切なんですかぁ。あんな女、翔の好きにさせれば――――」

 

「いいのかリミ。彼が美羽を連れ去ったら、彼女は闇にくるわけで。YOMIにいる龍斗とは急接近することになるわけだが」

 

「よっしゃあ! さっさと誘拐犯を妨害しましょう龍斗様! 例え世界中が敵に回ってもリミは龍斗様の味方ですよ!!」

 

「…………拳魔邪帝殿」

 

「実力は保障する。実力は」

 

「ご助力感謝します」

 

 クシャトリアの言う通りリミは実力の方は大したものだ。手綱を握れるかどうかは不安だが、戦力と考えていいだろう。

 龍斗はベランダを飛び降り、叶翔を妨害しに急いだ。

 

 

 

 DオブD一回戦終了後の夜。新白連合の武田、フレイヤ、トールは明日の試合のため調整をかねて練習をしていた。

 我流Xにケンシロウ(仮)は異次元の住人なのでおいておくにしても、世界中の弟子クラスが集まる大会だけあって参加者は一筋縄ではいかない者ばかり。

 特にラグナレク第一拳豪オーディーンのいるチーム・ラグナレクは確実に強敵だ。なにせリーダーであるオーディーンは我の強い七人の拳豪たちを実力で従えていた怪物。車椅子に乗っていたとしても油断していい相手ではないことは、今日の試合結果が証明している。

 それにオーディーンだけではなく共に参戦していた小頃音リミというのも中々に厄介な使い手だ。そのためこうしてコンディションを整えていたのだが、

 

「どうしてこんなことになるんだか」

 

 武田たちの目の前にいる空色の髪の優男。それはいい。顔も名前も分からない赤の他人にいちゃもんつけて絡むのは全員卒業している。それがただの通りすがりだというのならば、例え空からいきなり飛んできたとしても問題ではないのだ。

 問題なのは男に抱かかえられ気絶している少女。それは確認するまでもなく風林寺美羽その人だった。

 

「何者かは知らないが今直ぐハニーを放したたまえ。さもなければ誰であろうと容赦はしない!」

 

 明確な敵意を込めて睨む武田、そしてトールとフレイヤ。元八拳豪二人と達人に弟子入りした武田。その三人の敵意を浴びている男はしかし、まったくといっていいほどに自然体だった。

 立ち振る舞い一つとって隙がない。三人は同時に「この男、できる」とその強さの底知れなさを感じとった。

 

「ふーん。誰かと思ったら虫と一緒にいた新白なんたらとかいう連中じゃん。美羽はこれから俺と闇の空へ行く。本当にこの人のことを想うなら邪魔をするな」

 

「だまらっしゃい! 夜中に女子を抱かかえた優男がいたのなら、わしルール的に97%そいつは悪人決定なんじゃ!」

 

「トールの言い分はさておき、見知らぬ男に連れ去られようとする知人を見過ごすことはできん」

 

 トールは隆々たる筋肉を漲らせ、フレイヤは杖を構える。武田もまたボクサーの魂である拳を握り締めた。

 

「やれやれ。美羽の知り合いだから見逃してやろうと思ったのに」

 

 男の纏う気配が変わる。周囲の気温が一気に氷点下まで下がったような悪寒。しかし、

 

「そこまでだ、叶翔。彼女を闇に連れて行くというのなら私が相手しよう」

 

 殺気を掻き消すように放たれた鋭い声。武田、トール、フレイヤの視線が『聞きなれた声』に一斉に振り向いた。

 叶翔がニヤリと獰猛に笑う。

 

「「「オーディーン!」」」

 

 三人の視線も気にせず、朝宮龍斗は叶翔の眼前に立った。

 ラグナレク第一拳豪オーディン、YOMIがリーダー叶翔。月明かりの下で二人は相対した。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。