史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第56話  介入

 黒虎白竜門会との試合で傷ついた体を押して、美羽を攫った叶翔を追った兼一だったが早くも障害にぶつかっていた。

 叶翔の親衛隊である勢多と芳養美。この二人が翔を追いかける兼一の前に立ち塞がったのである。

 

「翔様は虫けらと仰ったが、話とは違い猛火のような男だ」

 

「だがここから先は行かせはしない」

 

「くっ……!」

 

 人越拳神・本郷晶の弟子たる叶翔の親衛隊だけあって、二人が使う武術もまた空手だ。

 ただ同じ空手といっても勢多の方は手技、芳養美の方は足技を主体としている。

 この全く同じであるというわけではないというのが厄介なところで、空手は空手でも動きに差異があるため、同時に襲い掛かられるとどうにもタイミングを誤ってしまうのだ。

 せめて体調が万全ならどうにかなったかもしれないが、ダメージの残る今の兼一では二人を同時に相手にするのは難しい。

 

「そらぁ!」

 

「っぁ……っ!」

 

 これまで必死になって平常心を保ち制空圏を維持していた兼一だったが、勢多の強烈な手刀に体を浮かせられる。

 梁山泊でこれでもかというくらいに足腰と受け身を鍛えてきたお陰で、地面に大の字に倒れるという無様を晒すことはなかったが、腕が電撃でも浴びたように痺れてしまっていた。

 防御して尚もこれだけの破壊力。もし直撃していれば先ず間違いなく内臓までダメージが達していただろう。

 これだけの実力をもちながらYOMIの幹部ですらなく、リーダーの親衛隊に過ぎないというのだから如何にYOMIという組織が底知れないかが分かる。

 

「ほぉ。やるじゃないか。あれを受けるなんてな。今日の試合で満身創痍なのにやるものだ」

 

「出来れば一介の武人として万全の貴様と死合ってみたかったが、これも我等が主君たる翔様の意志。悪く思うなとは言わん。ここで沈んで貰う」

 

 勢多と芳養美がじりじりと距離を詰めてくる。このまま一気に決着をつける気だろう。

 

(どうする……?)

 

 彼らの技の破壊力は未だ痺れの残る自分の腕が証明している。

 それに二対一、負傷中と不利な要素が目白押しだ。ましてや相手は殺人拳。これまでのような喧嘩ではなく、本気で白浜兼一という人間を殺しに来ている。

 いつもなら戦略撤退を考えるべきところであるが、今度ばかりはそうもいかない。

 叶翔が連れ去ろうとしている女性は風林寺美羽。白浜兼一にとっていつか守ってあげたいと思った女性。ここで自分の命を惜しんで逃げてしまえば、もう兼一は武術家でいることはできない。

 

(二人に手間取っているわけにはいかない! こうなったら例え危なくても、強引にでも突破する!)

 

 勢多と芳養美は強敵であるが別に必ずしも倒さなければいかないわけではない。兼一にとって一番重要なのは美羽を取り返すこと。敵を倒すことは二の次、三の次だ。

 そして短期決戦を挑もうにも、この二人はそう楽々と倒れてくれるような相手ではない。だとすれば倒すのではなく、あくまでも突破することだけに集中する。

 

「づぁ!」

 

「せぁッ!」

 

(――――来る!)

 

 二人が必殺の一撃を繰り出そうとした瞬間、兼一もそれと合わせて肉体を動かし、

 

「ストリートでならしたこのリミの実践的なキックッ!」

 

「ぼぎゃへぇらぁ!?」

 

 寸前。稲妻のように飛来してきたゴスロリ少女によって、芳養美は顔面を蹴り飛ばされて吹き飛んでいった。

 跳躍の勢い+重力+キック力の合計分の威力を喰らった芳養美は、回転をしながら樹木に激突して動かなくなる。明らかに人体の構造的に不味い倒れ方をしているが、呼吸はしているので生きてはいるのだろう。

 兼一は余りのことに声すらなく、見事な不意打ちをかましたゴシックロリータなファッションの少女を見る。

 

「やっほー。龍斗様の幼馴染。リミお姉さんが助けにきてあげたよ」

 

「き、君は龍斗と一緒にいた!?」

 

 まさかの援軍に兼一は目を白黒させる。お姉さんと言う割りに年齢は離れていなさそうだが、このあたりはノリというやつだろう。

 龍斗の近くにひょこひょこ着いているのを見た以外は特に面識のない相手であったが、何故か知らないが兼一は妙なシンパシーを抱いた。なんとなくこの少女とは話が合う気がする。達人の被害者的な意味で。

 

「お、お前は小頃音リミ!」

 

 相方を失った勢多は怒りを滲ませながら、ゴスロリファッションの少女――――小頃音リミを睨みつけた。

 

「拳魔邪帝殿の弟子がどういうことだ。よもや拳魔邪帝殿は我々を邪魔しに」

 

 勢多の声には怒り以外にもどこか恐れのようなものがある。

 

(拳魔邪帝って、もしかしなくても前夜祭にも出席していた人、か)

 

 シルクァッド・サヤップ・クシャトリア。自分の師である香坂しぐれに一撃与え、アパチャイが梁山泊に来る切欠となった出来事にも関わっていた人物。そしてなによりも長老が危険と言った男。

 というと小頃音リミ、彼女はクシャトリアの弟子ということになる。

 

「君、如何して僕に加勢を?」

 

 クシャトリアが闇の武人だというのならば、その弟子であるリミも当然闇側の人間ということになる。

 闇側の人間が梁山泊の弟子である自分を助けYOMIのリーダーを妨害する理由はどこにもない。

 

「ふっ。あの風林寺美羽が闇に来ちゃったらリミが困るのよ。龍斗様の幼馴染はさっさと翔を追って。ここはリミがなんとかしてやんよ」

 

「……恩に着る」

 

 まだ事情は良く分からないが、この状況では味方は誰であろうとありがたい。女性を殿にして先に進むのは気が引けるが、彼女の強さは試合で見ている。

 兼一は翔を追って全力で地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 叶翔の強さは理解していたつもりだったが、こうして敵として対峙すると感じるプレッシャーは並大抵のものではない。

 相手は自分とそう年の違わないで弟子クラスの武人に過ぎないというのに、まるで達人を前にしているかのようだ。

 

「オーディーン、なんでここに?」

 

「試合では兼ちゃんと話すばかりで禄に再会を喜ぶこともできなかったが、久しいじゃないかフレイヤ、トール。それに……」

 

「?」

 

 龍斗の目が色黒のボクサーで止まる。

 

「…………すまないが君は誰だ?」

 

 色黒ボクサーがずっこける。しかし龍斗も悪気があったのではない。

 本当に頭に該当する人物がいないのだ。どこかで見た覚えはあるのだが、それすら思い出せない。

 

「武田! 元ラグナレクの突きの武田一基! チーフだからって忘れるなんて酷いじゃな~~い!!」

 

「ああ。バルキリーのところの技の三人衆の一人か。確かラグナレクを脱会して新白連合に入ったんだっけね」

 

 元拳豪であり押しも押されぬラグナレク幹部だったフレイヤやトールと違い、武田は現在の実力はどうであれラグナレク幹部に仕えていた腕っ節に過ぎない。

 龍斗はラグナレクのリーダーであったが全ての構成員の名前を覚えていたわけではなかったので、武田のことはうっかり記憶から抜け落ちていたのだ。

 

「まぁ再会を祝うのは後にしよう。そもそも祝うような間柄でもなし。――――下がっていろ、叶翔は私が相手をする」

 

 いつでも仕掛けられたにも拘らず叶翔は龍斗たちのやり取りを眺めたまま動こうとはしなかった。

 強者故の余裕か、それとも興味本位か。どちらにせよ龍斗のやることは変わらない。

 

「へぇ。オーディーン、君って静動轟一の後遺症で半身不随になったって聞いたけど治ったのかい?」

 

「完治したわけじゃない。拳魔邪帝殿により一時的に動くようになっただけだ。しかし君を止めるには十分すぎるだけの時間は貰った」

 

「……ふーん。じゃあ俺を止めるのはクシャトリア先生の意志?」

 

「いいや、私の意志だ」

 

「だろうね。あの人が本気で俺を止めるつもりなら、とっくに俺は寝かされてるはずだし」

 

 叶翔が美羽を決して傷つけないよう丁寧に地面に降ろす。

 フレイヤ、トール、武田の三人と対峙しながら降ろすことのなかった美羽を降ろす。それは叶翔が朝宮龍斗を敵になる相手として認めた証左だった。

 龍斗も眼鏡を外し、自身の制空圏を完全にして叶翔に対抗する。

 

「念のために言っておいてやる。YOMIのリーダーとしての命令だ。そこを退け、オーディーン。さもなければ死ぬぞ」

 

「断る」

 

 叶翔がYOMIのリーダーで、朝宮龍斗がYOMIの一幹部などもはや関係ない。

 目的が食い違い譲れぬものがある以上、それはもうリーダーと幹部ではなくただの敵と敵だ。

 叶翔と朝宮龍斗。白浜兼一が過去に乗り越えた壁と、これから乗り越えるべき壁がここに激突する。

 


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