史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第58話  躊躇

「………………」

 

 クシャトリアの眼下では動の気を暴走させる美羽と、それを止めようとする兼一、そして美羽の暴走を歓迎しつつ兼一の奮戦を嘲笑う翔の三者三様の体をなしていた。

 負傷している兼一では動の気を暴走させている美羽に勝つことはできない。いや、そもそも暴走していない状態の美羽に勝てないのに暴走状態の美羽に勝てるはずがないのだ。

 だから兼一が美羽を倒して止める、という結末は先ずあり得ない。故にこの戦いがどう転がるかは風林寺美羽が暴走状態から立ち直れるかどうかにかかっている。

 もしも美羽が暴走から立ち直ることができれば、兼一と二人で叶翔に勝ち目も出てくるだろう。逆に立ち直ることができなければ、

 

(その時は史上最強の弟子の躯がデスパー島の土に還り、無敵超人の孫娘が闇の空に舞うことになるだけだ)

 

 太極図などが白の中にも黒があり、黒の中にも白があることを示すように人間の善悪は表裏一体。

 多くの人を救った善人が些細な切欠で悪へ堕ちることがある。多くの人を危めた悪人が些細な切欠で改心することがある。

 そして風林寺美羽は梁山泊長老の孫娘であり、闇の無手組が長たる風林寺砕牙の一人娘。活人拳から殺人拳に堕ちる素養は十分にあるのだ。

 

「どちらに転ぶにしても俺は手出しはできないが……そうさな。ここは龍斗くんの手前、白浜兼一くんの応援をするとしようか」

 

 クシャトリアは近くの木になっていたリンゴをとりながら、完全に観戦モードとなる。

 弟子の戦いに師匠は出ない、これは梁山泊も闇も変わらぬ武術家の鉄則だ。別に兼一と翔はクシャトリアの弟子ではないが、かといって弟子の戦いに達人が出張るなど大人げないもいいところだ。

 それに自分にも一人、招かれざる客が来ている。彼の相手をしてやらなければならない。

 

「そこに隠れている奴」

 

「…………」

 

「用があるのならば出てきたらどうだ? それとも黙って監視しているだけが望みかな。一つ忠告するが俺を監視したいのなら、あと数百mは離れておいたほうがいい。その距離で俺を監視したければ、せめて達人クラスにはなって貰わなければ」

 

「やはり次期一影九拳と噂されるだけありますね。私程度の隠伏では拳魔邪帝の半径10mに立ち入ることすら出来ませんか。やはり達人級の壁は大きく厚い」

 

 そう言って姿を晒したのはスーツに眼鏡をかけていたサラリーマン風の男だった。

 なんの変哲もない電車にでも行けばそれこそ幾らでもいるような無個性な人間。だが日常的姿の男が非日常的な場所にいるのは、これ以上ないほどにミスマッチだった。

 大会主催者側の一人であるクシャトリアは、このサラリーマン風の男を知っていた。

 名は田中勤、天地無真流というチーム名でDオブDに参戦した選手の一人である。

 

(いや)

 

 チームというのは不適切な表現だったかもしれない。

 なにせ天地無真流のメンバーは田中勤ただ一人だけ。一人だけの参加者をチームとは言えないだろう。

 

「昼の試合は見事な内容だったよ。自分より遥かに体格で勝る相手を、少し寝れば元気になるよう加減した上で、一本貫手で鎮圧するなんて弟子クラスにはそうそう出来ることじゃない。

 昨日の試合でも予測はついていたが、君は既に弟子クラスの壁を越えて妙手になっているね?」

 

「やれやれ。察しが良いのは気配に対してだけじゃないんですね。仰った通り若輩の身ですが妙手を名乗らせて貰っています。ああ、年齢は十九なので二十歳未満っていうDオブDのルールには違反してませんよ。なんなら会社……は不味いので戸籍でも調べてください」

 

「19で妙手、それに会社か。生き急いでいるな。それとも…………死に急いでいるのかな?」

 

「っ!」

 

 田中勤の顔が強張る。恐らく無意識のうちにとったであろう構えは天地無真流のものだろう。

 その構えをクシャトリアは他で見た事があった。

 闇の一影九拳が一人、拳聖・緒方一神斎。彼と組手をした時に似たような構えで向かってきたことがある。緒方の使う緒方流古武術は様々な古武術を混合し再構成した流派。そして緒方が武術を収集する方法はクシャトリアのような金で買収するなんていう穏便なものではなく、秘伝をもつ武術家と死合いをした上で奪いとるもの。

 緒方が天地無真流の動きを取り入れているということは、つまりはそういうことなのだろう。

 

「……拳魔邪帝クシャトリア。貴方は拳聖・緒方一神斎と盟友であると聞いた。その貴方に聞きたい。緒方一神斎はどこにいる?」

 

 田中勤の瞳、そこにあるのは緒方一神斎への殺意――――だけではなかった。

 間違いなく緒方一神斎を殺したいとは思っているが、同時にそのことを迷ってもいる。

 

「師匠の敵討ちが目的か?」

 

「ええ。我が師・御堂戒は奴の武の探求により殺された。その仇を、弟子としてとらねばならない」

 

「……俺は御堂戒という武術家は知らないが、君の中にある迷いから推測するに活人拳の武術家だったのかな」

 

「――――――」

 

 濁りのない真っ直ぐな目。それを肯定の意思表示だとクシャトリアは受け取った。

 

「よくドラマなんかで『復讐なんて死んだ人は望んでなんかいない』って説教するパターンがあるが、実際に望んでるか望んでないかなんて遺書があるわけでもなし。分かるわけがないわけだ、が。

 君の方は少し事情が異なるな。人を活かすと書いて活人拳。活人拳を志す武術家が己の復讐を弟子に望むわけがない。つまり君の復讐は正真正銘『死んだ人は望んでない』わけだ。迷いの種はそれか」

 

「やれやれ。一影九拳には驚かされることばかりですよ。まさか初対面でそこまで見抜かれるだなんて。

 否定はしません。貴方の指摘されたことは概ね正解です。しかし人間、頭では分かっていてもどうしようもならない感情というのもあるんですよ」

 

「人間は理屈の生き物じゃないからねぇ~」

 

 まったく理屈の通用しない生物(ジュナザード)に常識の通用しない修行をさせられ続けてきたのだ。

 人間の感情の前に理屈がどれほど容易く流されるかは承知している。

 

「話を戻します。緒方一神斎の場所を教えて貰いたい」

 

「いやだ」

 

「……!」

 

「緒方のいる場所を話したら情報漏洩になるしねぇ~。それとも力ずくで聞き出すか?」

 

 田中勤は19歳でありながら妙手の域に達した武術家。このDオブDに集った武術家は例外を除いて全てが弟子クラス。間違いなく彼は今大会最強の男だ。

 だが強いといっても所詮は妙手。仮にも特A級の達人の端くれであるクシャトリアと戦った場合、その勝敗などもはや論ずるにも値しないことだ。

 田中勤もそれは理解しているようだ。眼鏡をクイッと上げて、

 

「いえ。止めておきます。貴方と戦えば私は死ぬでしょう。私が命を懸けて戦うべきは緒方一神斎。貴方ではありません」

 

「いい判断だ」

 

「では代わりにさっきと比べれば些細な質問を一つ。緒方一神斎はこの島に来ていますか?」

 

「ふむ」

 

 このくらいの質問であれば教えても特に問題にはならない。だがDオブDのトーナメント表を思い出し、少しばかり温情を見せることにした。

 

「教えてもいいが一つだけ条件がある」

 

「拳魔邪帝の出す条件、なんだか悪魔の取引をしている気分ですよ。して条件とは?」

 

「明日の試合。君と新白連合の試合を棄権しないことだ」

 

「……そういうことですか。分かりました、では失礼します」

 

「緒方がいるかいないかは聞かなくていいのか?」

 

「もう必要なくなりましたよ。緒方一神斎がここにいない以上、私がDオブDに参加している理由はない。だから貴方がただ奴がいないと言っていれば、私は明日の試合を棄権していたでしょう。逆にいるのならば、潜入のためまだトーナメントに残っている必要がある。

 わざわざ私がDオブDの試合に残るようにしたこと。それが奴がこの島にいないなによりもの証明ですよ」

 

「ふ。頭の回転も悪くない。明日の試合は頼んだよ。そうさな、先達者として稽古でもつけてやってくれ。勝つか負けるかは任せる」

 

「YOMIと敵対する新白連合に肩入れする理由を聞いても?」

 

「倒すにしても敵が弱すぎても話にならない。そういうことだよ」

 

 新白連合は粒は揃っているが、現段階ではチーム・ジェミニ。レイチェルとイーサンのチームには敵わない。あの二人と試合をすれば下手すれば殺される可能性もある。

 それよりかは田中と戦って負けるか、次の試合に出場困難になる程度に痛めつけられたほうが死なずにすむだろう。

 

「これが最後の温情だ。だがもしこのDオブDが終わっても、こちら側に来ようとするならば……」

 

 その時は明確なるYOMIの敵対者としてクシャトリアも相応の対応をとることになるだろう。

 


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