史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第59話  二回戦

 叶翔の美羽の誘拐騒動から一夜明け、龍斗は無事にDオブD二回戦の日を迎えることができた。

 美羽が動の気を暴走させ、修羅道に堕ちかけるというイレギュラーはあったものの、それもどうにか兼一の策略……いや、あれを策などと高尚な言い方をしていいのかは大いに疑問なところであるが、それは兎も角。兼一のショック療法により美羽の心を戻すことにも成功し、叶翔を退かせることもできた。

 あれだけ美羽に執着していた翔がここまできて大人しく退くとは考えられない。大方この日になにか仕掛けてくるつもりだろう。

 叶翔のことといい懸念事項は多いが、ともあれ今は目の前の試合に集中するしかない。龍斗としては万が一のために、まだDオブDの試合に残っておきたいところだった。

 

「龍斗様。足の方は大丈夫ですか?」

 

「ああ。特に後遺症は起きていない。全て元通りだ」

 

 リミが腰を折り、心配そうに龍斗の顔を覗き込む。

 クシャトリアのツボ押しにより一時的に動くようになった両足だったが、一夜明ければ完全に元の役立たずに戻っていた。そのため龍斗は一度はお別れした車椅子を再び自分の足とすることになった。

 そのことを不満に思う筈がない。そもそもあれは一時の奇跡のようなもの。魔法が解ければ元に戻るのはお伽噺でもお約束だ。だが一度回復した両足で歩く感触を味わってしまうと、こうして車椅子に戻ってしまったことが酷く憂鬱に感じてしまう。

 リミの手前、そんなことはおくびにも出さないが。

 

(いや、悩んでも仕方ない。兼ちゃんみたいに前向きに考えよう)

 

 クシャトリアの力あってこそとはいえ、一度は両足が動くようになったのだ。足が動かないのは静動轟一による体内の気の著しい乱れ、だと原因も既に分かっている。

 ならば後は……せめて静動轟一の気をコントロールするだけの術を練ることができれば、今度はあのツボ押しによる一時的な回復ではなく、完全に快復させることも不可能ではないはずだ。

 

「また龍斗様の足が動かなくなっちゃったのは残念ですけど、何事もないなら良かったです。二回戦! リミ、龍斗様の手を煩わせるまでもなくサクッサクッとドバーって倒しちゃいますから、龍斗様は大船に乗った気でいて下さい!」

 

「……やけに元気だね。まさか二回戦の相手が誰か忘れたのかい?」

 

「ほぇ。相手?」

 

 その時、コロシアムの観客たちの喧騒を貫くように実況のジェノサイダー松本の声が、マイクにより何倍にも拡大されて轟く。

 

『二回戦! 第一試合! チーム・ジェミニと並び今大会優勝候補の一角! 〝拳聖〟緒方一神斎と〝拳魔邪帝〟シルクァッド・サヤップ・クシャトリアの弟子二人! 次代の闇を担う最精鋭二人組ッ! 紹介しましょう、チーム・ラグナレク!!』

 

 ディエゴ・カーロの口利きがあったのだろう。望んでもいないというのにド派手な紹介と、それに負けないくらいド派手な爆竹が鳴り響いた。

 しかし次の対戦相手が誰なのか、リミと違いしっかりと覚えている龍斗としては、この派手さは自分達の冥福を祈る鎮魂歌にも聞こえた。

 

『そしてぇえええッ! それと対するは自称・北斗神拳伝承者! 世紀末からやってきた救世主! ケンシロウだぁぁあああッ!!』

 

 龍斗たち以上にド派手な花火をあげて、どこかで見たような恰好をしたどこかで見たような男がゆっくりとリングに歩いてきた。

 歩く、ただそれだけだというのに、そこに王者のような威風を感じるのは彼の強さ故だろうか。

 ジェノサイダー松本の紹介でやっと思い出したのか、リミが顔面を蒼白にしてケンシロウを凝視していた。

 

「りゅ、龍斗様ぁぁああ! リミたちあれと戦うんですか!? あれと!?」

 

「大船に乗ったつもりはどうしたんだい?」

 

「大船程度じゃ五秒で沈んじゃいますって! ケンシロウですよケンシロウ!! 師匠からは無理ゲーな相手との戦いは避けるようにって言われているし、ここは棄権しちゃいましょうよ。命あっての物種ですお!」

 

「ふーっ。君にしては妥当な判断だ」

 

 逃げることを臆病者のすることだとただ謗る者がいるとすれば、その者は臆病者にすら劣る愚か者だ。

 戦いにおいて『逃げる』ことは立派な戦術の一つ。勝てない相手と戦えば華々しく玉砕することはできるかもしれない。けれどそれで人生は終わり。生きていればあったかもしれないチャンスを全てふいにすることになる。

 しかし勝てない相手から逃げることで、自身の出血を防げば、或は逆転の機会を得ることができるかもしれない。

 ケンシロウなんてふざけた名前を名乗っている相手だが、その実力はおふざけでもなんでもなく本物の達人。弟子クラスの龍斗とリミが五百人いても敵わぬ怪物だ。

 故に棄権という選択肢は最善の策といえる。だが戦いというのは残酷なもので、最善の行動をとりたくてもとれない状況というものがあるのだ。

 

「リミ、言い忘れていたが一つ拳魔邪帝殿から伝言がある」

 

「師匠から?」

 

「もしも試合結果が二回戦脱落以下なら無人島三か月だそうだ」

 

「え、えええええええええええ!! 三か月もあの島に放り込まれたら、人間の言葉忘れちゃいますって!」

 

「嫌なら勝つしかないな。それと三回戦まで進めば三日の休みをくれるらしい」

 

「三日の休み!? そ、それは嬉しいですけど、でも対戦相手がアレだし」

 

 リミはチラっとリング上でポキポキと拳を鳴らす世紀末救世主(自称)を流し見する。

 三か月の無人島生活など絶対に嫌だし、三日間の休みは絶対に欲しい。けれどあのケンシロウと戦って勝つ見込みは皆無。そんな逡巡がリミの脳裏を駆け巡っているのだろう。

 その気持ちは分からなくもない。だが、

 

「心配するな。勝ち目はある」

 

「け、けど相手は達人ですよ?」

 

「僕のことが信じられないのか?」

 

「――――――!」

 

 拳魔邪帝クシャトリアは達人の例にもれず、色々と常識外れな人だ。一方で達人の中では常識的でもある。

 そのクシャトリアが、だ。達人級と戦って倒せなどという無茶を通り越して無理な課題を弟子に与えるだろうか。

 答えはNOだ。龍斗の師である拳聖もそうだった。修行や組手などで無茶苦茶な課題を出されることもあったが、一度たりとも絶対に不可能な――――無理な課題を与えることはなかった。

 

(それに僕の予想が正しければ、あのケンシロウの正体は――――)

 

 大会主催者であるディエゴ・カーロの黙認。わざわざクシャトリアが暗にこのケンシロウを倒せと命じた理由。それらを繋ぎ合わせれば大体のところは読めてくる。

 とはいえこのことはまだ確信のないことなので、リミには言わない。そちらの方がクシャトリアにとっても良いだろう。

 

「行くぞ」

 

 覚悟を決めると、龍斗はハトが豆鉄砲を食らったように呆然としていたリミに声をかける。

 

「は、はい! リミはいつでもどこでもフォーエバーで龍斗様を信じてます。リミの命、龍斗様に預けちゃいますね。きゃっ!」

 

「…………はぁ」

 

「別にアレを倒してしまっても構わんのだろう? キリッ! き……決まったお……」

 

「猛烈に棄権したくなってきたんだが……」

 

 これから達人級と戦うというのに、このマイペースさと能天気さ。ある意味、この天然っぷりこそリミの最大の才能なのかもしれない。

 龍斗は何故か戦う前からどっと疲労感が伸し掛かってくるのを感じて空を仰いだ。

 リミに車椅子を引かれ、自称世紀末救世主と相対する。

 

「…………………」

 

 ケンシロウを名乗る男は、龍斗とリミを水面の如き瞳で見下ろす。

 気配を呑み込んでいるせいで、達人を前にしたプレッシャーは感じていない。

 

『それではDオブD第二回戦第一試合、スタァァアトォォォオ!!』

 

 実況の合図で龍斗とリミが同時に動き出す。

 コロシアムの玉座ではディエゴ・カーロの隣にいる『クシャトリア』が静かにそれを見下ろしていた。

 


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