史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第60話  回帰

 達人級と弟子級による戦い。大人と子供――――いや天地ほどの差がある武術家同士による試合。

 勝ち目などあるはずがない。弟子の上の位階に妙手があり、達人はその上にある領域。万人が相応の努力と時間があれば到達できるのが妙手であれば、達人とは才能ある者が無限の努力を重ねた果てに辿り着けるか辿り着けないかという人外の領域。

 故に朝宮龍斗と小頃音リミに最初から勝機などありはしなかった。だからこそDオブDの観客たちが楽しみにしているのは、若者たちの魂を削りあう死闘ではなく、達人が若者をその力により蹂躙するという図式。戦いの興奮ではなく、処刑を愉しむため観客たちは目を輝かせていた。

 けれど観客たちの予想とは裏腹に、朝宮龍斗と小頃音リミは達人級であるケンシロウ(仮)とそれなりの戦いをやっていた。

 

「どういうことなんじゃ」

 

 観客席の更に上の階にある玉座にて、リングを睥睨するフォルトナが疑問を漏らす。

 

「拳聖と拳魔邪帝の弟子というだけあって、あの眼鏡の少年と奇天烈な恰好の少女は素晴らしい素養をもっているようじゃが、彼と戦えば一瞬で蒸発するじゃろうし……。やはり手加減しているのかのう?」

 

「………………」

 

 フォルトナはリミの師である〝クシャトリア〟に声をかけるが、クシャトリアは黙したまま何も語ることはなかった。

 自分の弟子が達人と戦っているのに、まるで他人事のように平然としている。

 

「はーはははははははははははっ! 違いますよ、フォルトナ殿! 彼は手加減なんてしていません。あれは演じているだけです」

 

 答えないクシャトリアに代わって、ディエゴが――――観客には聞こえないようマイクを切って――――口を開いた。

 フォルトナが興味深げに「ほぉ」と唸る。

 

「演じるとな?」

 

「左様。ケンシロウ――――あれの中身の彼は芸達者な人物でして、武術のみならず医術や隠密術など様々なことに精通していましたね。中でも彼が得意とするのはアレ、変装術ですよ」

 

 ディエゴ・カーロは姿形どころか声までそっくりに再現している『ケンシロウ』を指さした。

 フォルトナは日本の漫画については良く知らないので、指をさされたところでアレが本物に似ているのか似ていないかなど分かりはしないが、ディエゴ・カーロが自信をもって断言するなら似ているのだろうと判断する。

 

「外面は兎も角、中身の彼が演じているのは『過去の彼』本人! 達人といっても最初から達人だったわけではない。私が嘗て力ない赤子で、未熟な弟子クラスだった頃があるように。彼にもそんな時代があった。

 彼はそんな過去の自分を自分で演じることで、自分の実力を妙手一歩手前の弟子クラスまで落としている。あれならそれなりに素質ある弟子二人掛かりで挑めばそこそこは戦えるでしょう」

 

「成程のう。そんなことが……。てっきりただ手加減しているだけと思っていたのじゃが、一影九拳というのはわしの想像を容易く超えるのう。あいや、彼はまだ一影九拳じゃあなかったかのう」

 

「ははっ! ま、彼が演じれるのは過去の自分だけじゃありませんがねぇ」

 

「…………」

 

 二人の会話を流し聞きながら、玉座に座る〝シルクァッド・サヤップ・クシャトリア〟はリングを見下ろす。

 リング上では丁度、ケンシロウの拳がリミに炸裂したところだった。

 

 

 

「こほっ、はぁ……はぁ……」

 

 ケンシロウ(仮)に殴り飛ばされたリミは、上手く受け身をとって消耗を最小限に留める。

 クシャトリアの修行の根幹は一に組手、二に組手、三に徹底的に組手の兎にも角にもの組手中心。その組手で毎回のようにクシャトリアに吹っ飛ばされていたお蔭で、受け身に関しては梁山泊の白浜兼一ほどではないにしてもかなりのレベルに達していた。

 リミは土埃を払いながら立ち上がった。リミが吹っ飛ばされている間も、ケンシロウは龍斗の制空圏を犯そうと猛攻をかけている。自称龍斗様の嫁、龍斗様の守護神のリミとしては見過ごすことはできない。

 

「うおぉぉりゃぁああ!」

 

 相手が格上であることなどの恐怖を、愛の力で平然と乗り越えると雷光染みた飛び蹴りを浴びせる。

 女性故の非力さを補うため、速度という長所を活かすため、これまで脚力や足腰に重点を置いてきたリミの飛び蹴りはシンプルであるが弟子クラス相手には必殺の威力をもっていた。

 その飛び蹴りをケンシロウは一瞥することもなく、制空圏によっていなしてしまう。

 

「うそっ!」

 

「スローすぎて欠伸がでるぜ」

 

 蹴りをいなしたケンシロウは逆にリミの足首を掴むと、まるで風車のように振り回し、鈍器代わりに龍斗へ叩き付けた。

 リミに対して辛辣な態度をとり続けていた龍斗だったが、自分の身を守るためとはいえ、自分に対してストレートな好意をぶつける相手を殴ることもできず結果として防御が遅れる。強烈な衝撃を横合いから受けた龍斗は、車椅子の身であるため碌な受け身もとれずに地面に投げ出された。

 龍斗と同じように地面に倒れ、まるで嗚咽のように車輪を回す車椅子。ケンシロウはそれを躊躇いなく踏み潰した。

 

「……どうした? 得意の制空圏を張らないのか?」

 

「くっ……!」

 

 制空圏もなにも、半身不随の龍斗は車椅子がなければ碌に動くことも儘ならない。

 龍斗の実力なら、並の相手ならそんな状態でも倒せてしまえるだろう。されどケンシロウに変装した彼は並の相手とは対極に位置する怪物だ。

 

「龍斗様の車椅子の仇ぃーーーー!」

 

 愛する人の足であった車椅子が無残にも砕かれるのを見て、一気に怒りを爆発させたリミが背後より奇襲をかける。

 嵐のような拳打。ケンシロウに変装している彼は、龍斗から意識を外して鉄壁の制空圏をもって防いだ。

 リミはただの怒りに任せて我武者羅に四肢を振り回しているわけではない。怒りに身を任せながらも、その動きにはクシャトリアが骨の髄まで教え込んだシラットの色が色濃く出ていた。

 それを見てケンシロウに変装している彼は口元を綻ばせ、

 

「アタァ!」

 

 慈悲の欠片もなく、背中に肘鉄を喰らわせた。リミは重力に引っ張られるように、地面に叩き付けられてしまう。

 これがボクシングなどの試合などなら、ダウンすればもう攻撃されることはない。しかしDオブDは大会形式をとっているものの、その在り方は限りなく実戦そのもの。殺し合いの場で倒れるというのは命取りになることだ。

 そのことを知っているためリミは急いで立ち上がるが、ケンシロウが予想された追撃をしかけてくることはなく、寧ろ立ち上がるのを待っていたように腕を組んでいた。

 

「もしかして……」

 

 ことここに至ってリミは漸く気づいた。

 リミの組手の相手は主にクシャトリアだが、当然リミと特A級のクシャトリアでは勝負になどなるはずがない。そこでクシャトリアが行っているのが実力までも他人に変装することで、己の実力を弟子クラスや妙手レベルまでセーブする憑逆回帰組手。

 ケンシロウの動きはその組手をやっているクシャトリアとそっくりなのである。

 

「まさか、ケンシロウの正体は師匠……?」

 

「ふっ」

 

 これまでの仏頂面から一転、愉快な笑みを浮かべる世紀末救世主。これまで一緒に修行してきたリミには、その笑みが師匠のものだと直ぐに分かった。

 その笑みは紛れもなく肯定の意思表示。けれどケンシロウに化けたクシャトリアが拳を下ろすことはなかった。

 

「俺は北斗神拳伝承者ケンシロウ……だが仮に俺の正体がお前の師匠だったとしたならば、お前の師匠がこうしてここにいる意味は理解しているな?」

 

 ゴクリと、リミは多量の唾を飲み込んだ。相手がクシャトリアだった以上、これはリミにとってもう試合ではなく組手だ。つまりは修行の一貫。

 相手がクシャトリアである以上、相手をノックダウンさせて勝利なんていうのは夢のまた夢の更に夢の彼方。100%有り得ないことだ。

 よってリミが二回戦を突破する方法は唯一つ。クシャトリアの設定しているノルマをクリアすることのみ。

 

「正体が師匠だったのは驚きましたし、これが修行だっていうのもなんとなく分かりましたけど……龍斗様の車椅子の仇は討たせて貰うお!!」

 

「やってみろ」

 

 拳魔邪帝クシャトリアの弟子クラス時代と、拳魔邪帝の弟子。両者は慣れた雰囲気で激突した。

 

 

 


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