史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第61話  鏡写し

 ケンシロウ――――に変装している拳魔邪帝クシャトリア。拳魔邪帝の一番弟子である小頃音リミ。二人による組手は押すリミと、それを悉く受けるクシャトリアの構図が出来上がっていた。

 勿論クシャトリアが本気であればリミなどは0.01秒で蒸発している。こうして勝負……いや組手になっているのはクシャトリアの側が憑逆回帰組手により自分の実力を弟子クラスレベルまでセーブしているためだ。

 だとしてもこの会場にいる殆どの人間はそんな事情などは知りもしない。達人相手に必死に喰らいつくリミは今や会場中の視線を集めていた。

 車椅子を破壊されたことで、自分の足を失った龍斗は離れた位置から師弟の戦いを眺めていた。

 リングの中にいながら戦うでもなく、地面に座り込んでいる自分は傍から見れば酷く滑稽だろう。

 

「…………あの動き」

 

 しかしジェミニのレイチェル・スタンレイは兎も角、龍斗にとって会場の観客などは限りなくどうでもいい存在だ。

 龍斗が注意を払い視線を向けているのは、ただひたすらにクシャトリアとリミの組手とは名ばかりの実戦だった。

 防戦主体といえクシャトリアは一切攻撃に回ることがないわけではない。リミの動きが乱れれば容赦なく鉄拳という名の鞭で鼻っ面を叩いていく。だがクシャトリアの弟子であるリミは流石に愛の鞭を受け慣れている。鉄拳を喰らっても、我武者羅に喰らいついていく。

 その構図に龍斗は覚えがあった。

 

(あれは確か僕が静動轟一のため〝動の気〟の解放を行った時のことだ)

 

 静の気と動の気を同時に解放する、気の扱いにおける禁断の技――――静動轟一。それを修得するには必然的に静の気と動の気、二つの気を解放できることが前提条件としてある。

 仮に片方の気しか解放できていないのに、静動轟一を使用すれば運が良くて不発。最悪の場合だと体内の気のバランスが崩れ暴発しかねない。

 龍斗の基本的なスタイルは静のタイプだが、静動轟一を修得するため拳聖より動の気の解放についても教わっている。

 自分の感情を爆発させて戦うリミと、その爆発を引き出そうと絶妙な加減を加えながら攻撃するクシャトリア。

 全く同じものというわけではないが、龍斗もこのような組手を闇ヶ谷で拳聖としたことがあった。

 

(…………成程。僕の車椅子をこれ見よがしに破壊したのはリミの怒りを煽るため、ということか。よくよく考えればリミもそろそろ気の扱いについて覚えてもいい段階だな)

 

 リミの実力は既にYOMIの幹部たちとそこそこ戦えるレベルに達している。伸びしろはまだまだあるので、もう少しすれば完全に肩を並べるまでになるだろう。そうなればやはり気の扱いについてもある程度は知っておかなければならない。

 だが動のタイプは爆発力は高いのだが如何せん扱いが難しい。動の気を極めた挙句に感情のリミッターが外れっぱなしになり、敵と見れば襲い掛からずにはいられない狂戦士と化した武術家も少なくはないのだ。

 よって動のタイプの解放を修めるにはリスク承知で薬物などを用いた危険策か、段階をおって解放する安全策があるわけであるが、どうやらクシャトリアは安全策の方をとっているらしい。

 リミはいつも師匠は鬼だのなんだのと言っているが、拳魔邪帝クシャトリアには最後の最後のラインではやはり優しさがあるようだ。

 

「――――呑気に観戦していていいのかな?」

 

「っ!」

 

 背後から鈍器で殴られたような打撃を喰らう。

 試合をする人間しか入ることのできぬこのリングで、龍斗を後ろから攻撃することができる人間は一人しかいない。

 

「拳魔邪帝……クシャトリア殿。いつのまに」

 

「クシャトリア? 知らないなぁ~。誰だい、それ」

 

 わざとらしく誤魔化すクシャトリア。

 龍斗は自由に動く首をさっきまでリミとクシャトリアの戦っていた方向に向けた。そこにもうケンシロウのコスプレをしたクシャトリアの姿はなく、郵便ポストのように微動だにせず棒立ちしているリミだけがいた。

 つい数十秒前までは猛火の如き猛攻をしていたというのに、ピクリとも動かず、完全にリングの景色と同化してしまっていた。あれならば精巧なマネキンと言われたら信じてしまうかもしれない。

 

「彼女をどうしたんですか?」

 

「リミはノルマをこなした。だからこっちが終わるまで暫く眠って貰っている。ほら。ずっと倒れていると敗者ということで片づけられるかもしれないから、ちょっとだけ手を加えたが」

 

 この人であれば人一人を立ったまま気絶させるなど児戯のようなものだろう。特に驚くには値しない。

 それよりも気になるのは言葉の前半だ。

 

「ノルマをこなした、と言いました。ならばこの試合はこれまででは? てっきり私はご自身の修行のためにこの大会を利用したのだと思いましたが」

 

「やはり君は頭の回転が良い。その思慮深さ、うちの弟子にも見習ってほしいものだよ。だが」

 

 ゾクリ、と龍斗の背筋に寒気が走った。

 

「だからこそ考えが足りない」

 

 なんの技法もなく、無造作に繰り出された蹴りはしかし、下半身が付随で車椅子もない龍斗にとっては回避不能の攻撃だった。

 朝、朝食をとることがなかったのは幸いだっただろう。もし朝食をしっかり摂取していれば、今頃リングに胃の中のものを吐き出していたに違いない。

 腹を蹴り飛ばされた龍斗は咳き込みながら、自分を蹴った拳魔邪帝クシャトリアを見上げた。

 

「なにを、なさるのですかっ!」

 

「武人同士が対峙しているならやることは一つだろう。戦いだ」

 

「戦い……? しかし私は」

 

「緒方から君のことも頼まれているからな。うちの弟子と同じく君にも稽古をつける。ああ当然のことだが、君の方がノルマをこなせなければ試合は君たちの負けということになる」

 

「――!」

 

「さぁ組手だ。立て、立って掛かってこい」

 

 半身不随の車椅子生活を与儀なくされた人間に対して、クシャトリアはそんな無茶を言った。

 龍斗は立ち上がらない。否、立ち上がることが出来ない。

 そもそも立てるなら最初からとっくに立ち上がっている。好き好んで車椅子生活をする者などいるわけがないのだから。

 

「やれやれ。掛かってこないのか? 私はこうして立っているのに(・・・・・・・・・)

 

 クシャトリアが自分の顔に手をかけると、その面貌を別の面貌にしていたマスクをベリッと剥がし取った。

 マスクだけではない。全身を覆っていた変装用の皮が剥がれ全く別人の姿がそこに現れる。

 最初は下らないコスプレを止めて、正体を現したのかと思った。だが違う。ケンシロウの中から現れたのはクシャトリアの浅黒い肌ではなく、東洋人らしい黄色い肌だった。

 色素を失った白髪とは対照的な黒髪、同年代と比べ頭一つ分は高い身長、理知的な眼鏡、ローマ数字のⅠを刻んだ手袋。

 その人間を朝宮龍斗は誰よりも知っている。嘗て何気なく鏡を見れば、そこに必ず映っていた人間だ。

 

「僕、だと……?」

 

 白浜兼一に敗れる前、ラグナレクのリーダーだった頃の朝宮龍斗が目の前に現れた。

 理性ではそれがクシャトリアの変装に過ぎないということは分かっている。だというのに歯はがちがちと震え、視線は過去の自分から離れない。

 

「静動轟一!」

 

 そして過去の己は、過去の己と同じように、今の自分になる原因となった技を発動した。

 

 


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