史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第62話  ミラーマッチ

『おおっ! これはどういうことなのか!! 北斗神拳伝承者ケンシロウ選手が自分の顔に手をかけたと思えば、中から現れたのは対戦相手である朝宮龍斗選手の顔!!

 こ、これはまさか朝宮龍斗選手は双子武術家だったのかぁあああ! それともプロジェクトなんたらで作られたクローンなのかぁぁあ!?

 と、兎に角! とんでもないことが起こりました!!』

 

 勿論龍斗には双子などいないし、ましてやクローン人間を作られた覚えはない。目の前の朝宮龍斗はただのクシャトリアの変装だ。

 朝宮龍斗――――に擬態したクシャトリアが発動させたのは静動轟一である。

 内側に呑み込む静と外側へ爆発させる動。青と赤、守と攻、水と炎。本来相容れるはずのない気が混ざり合い、危険な鬼気が立ち上っているのを龍斗は間近で感じている。

 唾を飲み込み、驚愕を露わにする。

 なにもクシャトリアが静動轟一を使ったことに驚いているのではない。クシャトリアは静の気と動の気の二つを同時に極めた達人。静動轟一を発動することなど容易いことだ。

 問題なのはクシャトリアがいとも平然と静動轟一を発動させ維持し続けていることだ。

 

(こんなことが、出来るのか……?)

 

 静動轟一が禁忌とされるのは一重にその危険性故。

 確かに静動轟一を使えば一時的に爆発的な戦闘力を得ることができるが、その代償に使い続ければ肉体と精神が崩壊していくというリスクを背負う。そのことは身をもって体験した龍斗は身に染みて理解している。

 不幸中の幸いにも精神が崩壊して廃人になることこそなかったが、肉体の崩壊により体内の気が乱れ、こうして両足で歩くこともできない無様な姿を晒すことになったのだ。

 だというのに静動轟一を発動して既に1分以上経過しているというのに、クシャトリアに肉体や精神の崩壊が始まる予兆は見受けられない。

 

「よもや完成させたというのですか、静動轟一を!」

 

 クシャトリアはかねてより静動轟一に対して並々ならぬ関心を寄せ、熱心に拳聖と共同研究に勤しんでいた。龍斗の足の治療も静動轟一を完成させるためのデータ収集という意味合いの方が強かった。

 静動轟一なんてハイリスクな技、到底完成できるようなものではないと龍斗は思う。しかしシルクァッド・サヤップ・クシャトリアは十代後半から二十代前半そこそこで既に一影九拳と肩を並べるだけの強さに到達した天才。

 クシャトリアであれば禁断の領域を踏破し、禁忌をただの奥義に落としかねない。

 

「いや」

 

 だがクシャトリアは首を横に振ってそれを否定する。

 

「静動轟一の気をコントロールすることは出来たが、流石に静動轟一なんて猛獣が子猫に思えるくらいのじゃじゃ馬を抑え込むだけの器を作ることは不可能だった。

 スペックは十分でもハードの方が追い付いていかないんだな、これが中々。一応達人といっても人間であることには変わりないわけだからね。人間である以上、限界はある」

 

 だから静動轟一を完全にするには人間を超えて神に至らなければ、とクシャトリアは付け加えた。

 それは果たして天上の神々を指して言ったのか、それとも彼の師匠のことを言ったのか。

 付き合いの長くない龍斗に推し量ることはできなかった。

 

「まぁコントロールはできるようになったんだ。達人の俺ならば1分……いや3分か。大体それくらいはノーリスクで発動させ続けることができるだろう」

 

「……既に貴方が発動してから3分以上経過していますが?」

 

「早合点するな。あくまで本気で発動させた場合の話だよ、三分っていう時間制限は。

 組手にあたって気の方も弟子クラスレベルまで抑え込んでいるから、このくらいなら何時間発動させてようと達人の肉体は壊れたりしない」

 

 そう言うとクシャトリアは〝眼鏡〟を外すと、右腕を上に左腕を下に……以前の五体満足だった頃の朝宮龍斗と全く同じ構えをとった。

 構えだけではない。静動轟一を常時発動している以外は気配から目つきに至るまで『朝宮龍斗』そのものだ。

 突然夜空に浮かぶ月が二つになった気色の悪い感覚。いや月が自分なせいで余計に気分が悪い。自分と全く同じ人間が目の前にいるというのは、想像以上に気分が悪くなるものだ。例えそれが変装だと分かっていても。ドッペルゲンガーを見た人間はこんな気分になるのかもしれない。

 

「さぁ。ミラーマッチだ、朝宮龍斗。これは嘗ての君自身の強さ・実力だ。これを倒したその時、君は嘗ての自分を超えた証を手にすることができる」

 

「……!」

 

 話が終わると静動轟一を発動したクシャトリアが突進してくる。動の者のような獣染みた突進。でありながらその周囲には頑強な制空圏が発動している。

 これが静動轟一の厄介なところだ。静と動の融合により気が高ぶるだけではない。静の気と動の気の短所を潰しあい、長所を前面に押し出してくる。

 兎に角、クシャトリアは本気だ。完全に実力を『朝宮龍斗』にしたまま、一切の慈悲なく襲い掛かってきている。その目には確かな殺意が宿っていた。

 

「くっ! 車椅子がなくとも、私とて拳聖様の弟子!」

 

 足を使わず両腕の筋力のみで体を支えると、横に体を投げ出す。

 龍斗がさっきまで倒れていた場所に落石のような突きが突き刺さった。もし龍斗が回避していなければ、今頃自分は串刺しにされていただろう。

 

「足の力は腕の三倍というが、だとすれば腕の力を三倍にすれば腕を足代わりにすることができる。流石は緒方、弟子をよく仕込んでいる。だが下半身の力なしに勝てるほど、嘗ての君は脆弱だったのか?」

 

「――――!」

 

 今日この時ほど過去の自分が弱ければ良かったと思ったことはない。

 車椅子になってからバランス感覚など伸びたところも多いが、全体的には下半身が使えなくなったせいで弱体化している。例え車椅子があったとしても、嘗ての五体満足の、しかも静動轟一を発動している己に勝つことはできなかっただろう。

 ましてや車椅子なしでは万に一つの勝機もありはしない。ならば勝つためには、

 

(そういうことか。貴方は私に両足を自力で動かせるようになれ、と)

 

 どうせ自分の考えていることなどお見通しなのだろう。クシャトリアがニヤリと頷いた。

 

(静動轟一は体内の気の著しい乱れが原因。それを聞かされてから、僕は車椅子に座ったままずっと静動轟一をコントロールする気を練っていた。

 そして昨日、僕は拳魔邪帝殿の手を借りてとはいえ一時的にだが両足が動かすようになった。あれは秘伝のツボみたいな便利なものを押されたんじゃない。恐らくは私の気の練りを外側からフォローされたのだ……。

 とすれば私は既に他人の力を借りたといえど静動轟一の気のコントロールに成功している。あれを自分だけの力で出来れば)

 

 朝宮龍斗は再び地面に両足をつけて歩くことが出来るようになる。

 いきなりこの土壇場で無茶と思わないでもない。だが龍斗は常識的に考えて無茶な速度で制空圏を体得して目の前に現れた『まったくもって才能のない幼馴染』を知っている。

 ならば少なからず才能に恵まれた自分が弱音をあげることなど出来るはずがない。

 

「はぁああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 五臓六腑から息を吐き出し、大気中の空気を限界まで呑み込む。

 乱れた己が体を、己の力をもって征服し、龍斗は地面を踏みしめた。

 

「立ったか」

 

「はぁはぁ……お蔭さまで、どうにか」

 

 失われていた感覚が戻っている。脳から命令を送れば足が当然のように動く。まだ本調子とはいかないが、どうやら静動轟一の気のコントロールに成功したようだ。

 今の自分であれば、いける。

 

「静動轟一!!」

 

 己を一度壊した禁忌の技を発動させる。

 以前はこれのせいで醜態をさらしたが、静動轟一の気のコントロールを身に着けた自分であれば30秒間は均衡状態を維持することができるだろう。

 だがそれを超えた時は即ち死。よって30秒で決着をつける。

 

「はっ――――!」

 

「いいぞ、来い」

 

 クシャトリアが演じているのは朝宮龍斗だ。ならばわざわざ動きを確認するまでもなく、自分の頭脳はその動きを知り尽くしている。

 眼鏡をとり観の目を全開にして、龍斗は信じるに足る必殺必中の突きを繰り出す。

 

「グングニルッ!」

 

 北欧の主神が担う槍は、嘗ての自分の盾をすり抜けその体に突きを叩きこんだ。

 かつての自分は足掻くも、もはや勝敗は決している。完全に万全の体に戻った今の自分が、過去の自分に敗れる道理などありはしない。

 

「ふっ」

 

 拳打を浴びたクシャトリアは後方へ飛んだ。

 傍目にはボロボロの状態のクシャトリア。だがボロボロに見えるのは演じている外面だけだろう。中身のシルクァッド・サヤップ・クシャトリアという達人には欠片もダメージなど通ってはいない。

 だがこれが組手である以上、勝敗は決したといって良かった。

 

「ノルマ達成だな。これで緒方に貸しを一つ作れた。…………それじゃポチッとな」

 

 特撮物の怪人の末路のように、過去の朝宮龍斗の体が爆発した。

 もくもくと上がる黒煙。取りあえずこれは二回戦突破ということでいいのだろう。

 

「Zzz……」

 

 リングで派手な爆発音が響いたにも拘らず、呑気に寝入っているリミを見て、龍斗はこれで三十七回目の溜息をついた。

 


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