史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第65話  田中勤

『一回戦のチーム・ラグナレクの激闘! 我らが我流Xの戦いの興奮の冷めやらぬ中の二回戦! 第四試合は前夜祭で飛び入り参戦してきた今大会のダークホース! 新白連合!』

 

 実況解説者のジェノサイダー松本の声が会場中に響くと、新島を先頭に新白連合の面々がコロシアムの前に来る。

 無論コロシアムの前に来たからといって新島は戦わない。新島春夫は人外の宇宙人だが、その戦闘力は決して人外ではない。YOMIどころか、そこいらのチンピラとまともに殴り合えば十秒たらずで撃沈するだろう。

 だがなにも強さとは腕っぷしのみではない。オーディーンやスパルナなどといった屈指の強さがないにも拘らず、彼が新白連合の総督の地位についていられるのは、彼の奇妙なカリスマと優れた眼力、頭脳があるからだ。

 その頭脳は達人をもってして『世が世なら軍師として名を轟かせた』と評されるほどのもの。総大将の中には自ら前線へ赴くことで兵を鼓舞するタイプもいるが、彼はまったくその逆。自分自身を最も安全な所に置き、そこから配下の将兵に指揮を出すタイプだ。

 

――――ただし、時と場合によっては臨機応変に前線に赴くことが出来るというのも、彼が軍師として優れる所以であるが。

 

 そんな彼がわざわざ戦わないのにコロシアムの前まで出てきた理由は一つ。

 新白連合の敵を見定めるためだ。

 

『そぉぉぉぉしてぇえええッ! 新白連合と対するは一回戦にて対戦相手を指先一つでダウンさせた謎の男! 年齢19歳既婚者のスーパーサラリーマン! 天地無真流! 田中ァァアァァア勤ゥゥゥゥウウウウウウウウウウウ!!』

 

 余りにも容貌が地味なせいか、なにかと派手な新白連合の入場と比べれば歓声はまばらだ。

 しかし何処からどう見ても平凡なサラリーマンにしか見えない男、田中勤はまるで心を揺らすことなくコロシアムに立った。

 

(あれが、新白連合……)

 

 田中にとって、本来この戦いは不要なものだ。

 元々田中はこの大会に栄誉を求めて参加したのでもなければ、賞金目当てに来たのでもない。田中の目的は唯一つ、嘗て〝拳聖〟の武術的狂気の犠牲となり殺害された師〝御堂戒〟の仇討だ。

 この大会に来たのも、一影九拳の一人が大会に列席し、拳聖の弟子が選手として参加するという情報を入手したからに過ぎない。

 だが大会にいた一影九拳は拳聖ではなく笑う鋼拳ディエゴ・カーロ。拳聖の弟子は確かに参戦していたが、田中の目的はあくまでも拳聖。その弟子に手を出すつもりはないし、用もなかった。

 拳聖の弟子を人質にとって拳聖を引きずり出す、なんて下種な策謀が脳裏を掠めたことはある。しかし田中勤とて腐っても武人。仇討という師の志した活人拳とは真逆の道を行き、師の顔に泥を塗ってしまっているのに、これ以上流派を穢すことは出来なかった。

 ともあれ拳魔邪帝クシャトリアより『拳聖はデスパー島』にいないという情報を聞き出すことはできたのだ。拳聖のいない島にもはや留まる理由はなく、無理して仕事を休んで来ているので、本来ならばすぐにでも大会を棄権し日本へ戻るべきだ。

 だがそうしないのは明日の試合を棄権しない、という条件でクシャトリアから情報を聞き出したからである。

 次期一影九拳最有力候補、ジュナザードの後継者とも目される男と交わした約定を破るほど田中は命知らずではない。

 それに一人の武術家として興味もあった。

 新白連合、DオブDの前夜祭にて無謀にも飛び入り参加してきた日本の不良集団。将来達人にも到達しうる器を秘めた原石たち。

 彼らが果たして闇の殺人拳の申し子たち、YOMIと対峙できるのか否か。

 己も活人拳の弟子として、いや活人拳を志していた者として一度その実力を見ておきたい。

 

『ふふふふっ。これはこれはまた面白いカードだ。う~ん、彼はもう棄権するから私はノータッチだったんだが……成程。彼も味な真似をする……。

 よぉぉぉし! たった今、この試合のルールが決まったぞ! 試合ルールはバトルロイヤル! 全員で戦って、相手のチームを全滅させた方が勝利! VSケンシロウやVS我流Xと同じルール。楽しんでくれたまえ』

 

「ほう……」

 

「っ!」

 

 田中にとっては予想内のことだったが、新白連合にとっては予想外のルールだったのだろう。

 代表して総督の新島が、審判でもあるディエゴ・カーロに確認をとる。

 

「ケケケケケ、ミスター・カーロ。分かってんのか? バトルロイヤルルールってことはつまり、俺様達の有利ってことなんだぜ?」

 

 DオブDは本来1チーム五人までだが、飛び入り参加の新白連合は特例で全チームメイトの中から五人を選別することができる。

 兼一と美羽は梁山泊チームという括りなので、新白連合の主戦力となるのはフレイヤ、トール、武田、キサラ、ついでに宇喜田の五人。

 対する田中勤は単独での出場。彼一人で参戦してきている。そうなると戦いは1対5の新白連合有利の形となるのだ。

 新白連合にとっては喜ばしいことだが、主催者のディエゴ・カーロは闇の武人。薄気味悪すぎて手放しに喜べたものではない。裏があると勘ぐるのは当然のことだ。

 

『ふふふふっ。当然! 私が君達を依怙贔屓しているわけじゃあない! 私は生まれながらのエンターテイナー! 笑う鋼拳ディエゴ・カーロ!

 とんがり耳。私が君達有利なルールにしたのは、そっちの方が面白そうからだよ。……さぁ、選抜した五人をリングへ送り出せ』

 

「……チッ」

 

 新白連合は兎も角、田中には選別すべきチームメイトなどはいない。自分一人で堂々とリングへ上る。

 一方の新白連合はどうももめているようだ。耳をすませば、田中にも彼等のやり取りが聞こえてくる。

 

「ど、どういうことじゃな~い。闇の達人が僕たち有利なルールにしてくれるなんて。……ハッ! まさか改心して味方になったとか?」

 

「いや、ないだろ。宇宙人、お前はどう思う?」

 

「……可能性として一番ありえるのは、あの田中勤って奴が五人を相手に出来るだけの実力者って線だ。俺様の新島アイでも正確な強さは判別できなかったし、前回の試合で指一本で敵を撃沈させたことといい、かなりの使い手なのは間違いねえ」

 

「なんじゃと!? わしら五人を?」

 

「ともすればあの田中勤もオーディーンやチーム・ジェミニと同じYOMIなのかもしれないな」

 

「け、けどよ。どっちにせよ棄権って選択肢がねえ以上、普通に五人選んで戦うしかねえんじゃねえか」

 

「宇喜田の言う通り、確かに他に選択肢はない、か」

 

 新白連合は悩みに悩んだ挙句、結局フレイヤ、トール、キサラ、武田、宇喜田の最もベターな五人を送り出す決断をした。

 そう、如何な名軍師といえど他に選択肢などないのならば残された選択肢を選ぶしかない。

 

『若き魂をぶつけ合え! 第四試合開始!』

 

 審判ディエゴ・カーロの合図で試合が開始する。

 相手が弟子クラスだというのと、クシャトリアから『稽古でもつけてやってくれ』と頼まれていたこともあり、田中は自分からは動かず出方を伺う。

 新白連合の五人も余りにも自分達有利の状況過ぎて、どう動いたものかと迷っているようだった。すると、

 

「うぉおおおおおおおおおおお!!」

 

 新白連合の五人から一人、宇喜田が猛然と突進してきた。

 

『こ、これはぁああッ! 新白連合の宇喜田選手がまさかの単騎突撃!! どうする、田中勤!』

 

「やめろ! 宇喜田、無茶だ!」

 

「心配すんな武田! この田中って野郎が雑魚なら俺がこのままリングから突き落とす! 強くても隙くれえは作ってやる! その隙にお前たちが――――」

 

「ふっ!」

 

「ぶひょえぁ!?」

 

「宇喜田ァァアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 あの巨体に組まれても面倒なので、田中は軽い一本貫手を喰らわせた。

 宇喜田は奇妙な断末魔をあげてリングに沈む。威力を抑えての貫手なので命に別状もなく後遺症も残らないはずだ。

 戦いに巻き込まれては危険なので、田中は宇喜田を抱えリングの端へと寝かせておく。

 

「さ、次の方どうぞ」

 


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