史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第66話  流星

 新白連合のフレイヤ、トール、キサラ、武田の四人が緊張した面持ちで田中を見る。いきなり仲間を瞬殺されて動揺しているのが丸分かりである。

 だが若いながら伊達にDオブDに飛び入り参加してきたわけではないらしい。仲間が瞬殺された動揺から即座に立ち直ると、田中を囲むように構えた。

 

(やれやれ。一時はどうなるかと思ったけど、これで軌道修正できたかな)

 

 田中にしてもいきなり宇喜田を瞬殺してしまったのは想定外のことだった。クシャトリアより依頼されたのは二回戦を棄権しないことだが、新白連合の若者たちに稽古をつけることも頼まれている。

 19歳の若輩者とはいえ、田中勤は妙手のランクにあって上位クラス、かなり達人に近い位置まで上り詰めている武術家である。弟子クラスが五人束になってかかってこようと、本気になれば瞬殺することは容易だ。

 しかしそれでは意味がない。

 話してみて分かったがシルクァッド・サヤップ・クシャトリアは闇の中枢にいる人間にしては会話の通じる方だ。これからもなにかの機会に情報を聞き出す必要にかられるかもしれない。その時のために余り彼の機嫌を損ねる訳にはいかなかった。

 見たところ彼等の中の四人、特に南條キサラは既に次の段階に進むか進まないかの瀬戸際にある。この試合でせめて一人くらい殻を破らせておけば、クシャトリアも満足するだろう。

 

「……………」

 

 新白連合の四人たちは田中を囲んだまま動かない。大方四対一で襲い掛かるのは武術家としての矜持に傷をつけると考えているのだろう。

 だがそれは不要だ。

 

「気を遣うことはない。四人同時に掛かってくると良い。同じ位階の相手ならいざしれず、私を弟子クラス四人掛かりで襲っても門派の恥にはならない」

 

「それ、どういうこと――――」

 

「そいつの言う通りだ、野郎共~!」

 

 武田が聞き返す前に、新島の叫びがリングに木霊した。普段は宇宙人面で不気味な笑い声をケタケタと響かせる顔も、今はゾンビでも目の当りにしたように真っ青になっている。

 新島は武田たち四人などお構いなしに捲し立てた。

 

「今さっき梁山泊の爺さんに聞いた! そいつ田中勤は……妙手! 俺様は良く知らねえが、弟子クラス以上の使い手らしい! 一対一で勝てる相手じゃねえ!!」

 

『!』

 

 田中勤が弟子クラス以上、達人未満のクラス――――妙手。

 そのことを聞いて四人達から迷いが消え去る。弟子クラスが同じ弟子クラスを複数で襲えば門派の恥になるだろう。しかし位階の上の武人を、弟子クラスが複数で挑んでも恥にはならない。

 

「妙手……志波大先生に達人と弟子の中間だって聞いたけど、まさか僕と一歳違いで妙手クラスなんて凄いじゃな~い。対抗心がグツグツと煮えたぎって来たよ」

 

「ガハハハハハハハ! 妙手だろうとなんだろうと、全世界の太めの男性のために! この分厚い掌をぶち当ててやるわい!」

 

「汗臭いんだよ、アンタ等。……ま、宇喜田の仇はとらせて貰うよ」

 

「バラバラに攻撃するな。呼吸を合わせて同時にいくぞ。如何な妙手とはいえ、四方向からの同時攻撃であれば防ぐのは至難の筈だ」

 

 田中はずり落ちてきた眼鏡をくいっと上げると、四人が攻撃してくるのを待つ。

 ただし今までのように無防備を晒すのではなく、師から教えられてきた天地無真流の構えをとり迎撃準備を万全とする。

 田中勤は妙手で彼らは弟子クラス。戦えば1000回戦って1000回勝利するだろう。しかし1001回目はどうなるか分からない。

 岩をも砕く達人が一瞬の油断で格下に敗北することがある。格下が磨き上げてきた一つの奥義で、格上の命を奪うことがある。

 武術の世界がそういうものであると、田中勤は身をもって理解していた。だからこそ相手が格下だからといって油断もなければ驕りも一切ない。

 

「ジャイアントネコメガエルパンチ!」

 

雷槌(トールハンマー)!」

 

「ダブルトルネードチッキ!」

 

「久賀舘流極意“導父”!」

 

 下方向からは武田のカエルパンチ、上からはキサラの踵落とし、右からはトールの張り手、左からはフレイヤの杖。

 見事な四方向からの同時攻撃。活人拳の武人らしく仲間と呼吸を同一にするのも見事なものだ。だがやはりまだまだ荒削りな所が多い。

 

「トール君だったかな。君は自分のパワーと耐久力に頼り過ぎて、技が大振りになりがちだ」

 

「どすこい!?」

 

「人間、どれだけ肉体を鋼鉄にしようと弾けない技というのがある。それを覚え、必殺の時以外に隙の多くなる大振りの技は控えるようにした方が良い」

 

 同時攻撃を座したまま待つことはない。田中は先ずは右、トールの懐に潜り込むと鳩尾を軽く突いた。

 本気ならば兎も角、手加減した田中の突きではトールの鋼の筋肉を突破することはできない。だが急所が的確につかれたのならば話は別。

 トールが声を出すこともできず地面に沈む。

 

「逃れたか! だが背中を晒したな!」

 

 見なくても制空圏はしっかりと捉えている。背後からフレイヤの突き出した杖が迫っている。

 田中は振り返らないまま杖を掴みとると、思いっきり引っ張った。餌に喰らいついた魚のように、杖を掴んでいたフレイヤは背後から田中の前方に投げ出される。

 形成逆転。田中はこれまた手加減した貫手をフレイヤに突き出した。

 

「君には特に言うことはない。良い師の教えが垣間見える素晴らしい杖術だ。師を信じて教えを乞うていれば、いずれ大成できるだろう。それは君も同じだ、ボクサー君」

 

「うおおおおお! 幻の左ッ!」

 

 強烈な左ストレートに、的確なカウンターを叩きこみフレイヤに続いて武田を一蹴する。

 これで残るは一人だけ。

 

「フレイヤ姉をよくも!」

 

 南條キサラは風を切る羽のように宙を舞いながら、流れるような足技を繰り出してきた。

 見事、と手放しに賞賛したいところだがそれは出来ない。確かにこの動きは見事だが、これはあくまでただの猿真似、模倣に過ぎない。

 武術とは師の模倣から始まるものだが、ただ真似をするだけで、それを自分の血肉と出来なければ猿真似で終わってしまう。

 

「風林寺殿のお孫さんの動きを吸収して再現したようだが………それは君の動きじゃないだろう。他人の動きではなく、自分に最も適した動きでなければ殻を破ることはできない」

 

「がっ!」

 

 軽く呼吸を乱してテンポを代えると、途端にキサラの風を切る羽の動きに乱れが生じる。

 そこを田中は見逃さず、足を掴んで放り投げた。これで四人。田中勤は三度、呼吸するまでに返り討ちにしてみせた。

 

「終わりかい? ………………ん?」

 

 全員軽く気絶させて止めにしようと近づこうとした時だった。遥か上空から悲鳴のようなものが轟いてくる。

 ふと田中が空を見上げると、デスパー島の対空防衛システムが作動してミサイルが発射された。

 

(梁山泊のお歴々が動き出した? いや、それにしては……あれは!?)

 

 よく目を凝らせば、何かがこのリングに落下してきている。会場中に響き渡る悲鳴――――否、歌声を奏でダークフォールしてくるのは人間だ。

 余りにも小さすぎてミサイルは目標を補足することなく上空へ消えていく。

 そしてその人間が防衛システムを抜けた瞬間、ギリギリのタイミングでパラシュートを開いた。急激な落下の勢いが、パラシュートが急激に減速。

 単身でミサイルを掻い潜る無謀をやってのけた人間は、見事にリングに着地するとパーフェクトな受け身をとって転がった。

 

「ジ~ク」

 

 その男は立ち上がり、

 

「フ」

 

 ポーズを決めると、

 

「リ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ト~~オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 雄叫びとも歌声ともとれぬ極声を、コロシアム全体にまで轟かせた。

 


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