史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

73 / 142
第73話  一影九拳集結

 梁山泊と闇で起こった抗争の最前線、そこにある闇側の施設。

 武闘系秘密結社といえど裏社会に影響力が強く、資金面においても充実している闇の施設は最新鋭のセキュリティーに守護された近代的なものだ。

 だが如何に最新のセキュリティーといえど、この施設においてそれは飾り以上の価値を持ちえない。何故ならばここに滞在している者たち自身が、どんな防衛システムにも勝る鉄壁の守護者となるからだ。

 そしてこの施設において未だ嘗て数度しか起こっていない異常事態が発生している。もしも心あるものが見れば、これからなにが起こるのだろうと戦々恐々とし、下手すれば遠い国外に逃げ出しかねない。

 〝一影〟風林寺砕牙。

 〝妖拳の女宿〟櫛灘美雲。

 〝拳魔邪神〟シルクァッド・ジュナザード。

 〝拳聖〟緒方一神斎。

 〝笑う鋼拳〟ディエゴ・カーロ。

 〝殲滅の拳士〟アレクサンドル・ガイダル。

 〝拳を秘めたブラフマン〟セロ・ラフマン。

 〝拳帝肘皇〟アーガード・ジャム・サイ。

 〝拳豪鬼神〟馬槍月の代理を務めている魯慈正を含めれば一影九拳が一堂に会している。

 これまで定例の九拳会議でも一影はほぼ欠席、他の者にしてもモニターを使っての参加だったのが、今回は十人全員が直接の参加だ。

 もはやそれは天変地異の前触れといっても過言ではない。事実この十人が本気になれば国の一つや二つは容易く吹っ飛ぶ。

 

「来たようじゃな」

 

 美雲が呟く。他の者達はなんの反応も返さない。ここに集った者達は全てがその武術における最強の達人たち。

 であれば美雲が言わずとも、なにかが来たことくらいはとうに分かっている。

 美雲の言葉の正しさを証明するかの如く、部屋の壁が粉々に粉砕された。壁を壁とも思わず、真っ直ぐ建物を直進してきたのは人越拳神・本郷晶。

 この場に列席するべき一影九拳、その最後の一人だ。

 一影からは追って沙汰するため部屋の前で待機と伝えられているはずだが、彼の人越拳神ともあろうものが己の弟子に関わる重大事にそんな指示を守るはずがない。

 

「我が弟子が……叶翔が撃たれただと?」

 

 サングラスの奥にある鷹の眼光がその場に集った者全員を貫いた。

 人越拳神・本郷晶からは怒気に交じって殺意すら放たれている。だが一影九拳たちはその殺意を涼やかに受け流した。

 本気ではない人越拳神の殺意に恐れおののくような半端者は一影九拳には一人もいない。

 

「ええ、残念ながら」

 

 本郷の怒りの問いかけに答えたのは拳聖・緒方一神斎だった。

 動の気を極め過ぎたことで、戦いでは神話で語られる狂戦士のような戦いをする緒方だが、平時においては温和な人間だ。

 緒方の冷静な態度、それに叶翔が撃たれただけで死んではいないことから、本郷は僅かに殺意を収める。

 

「翔には銃口の向きから銃弾を躱す術を叩きこんでいた。拳魔邪帝、お前ならば知っていよう。何故、翔は撃たれた?」

 

 一影九拳だけが集まったこの会議において、事態の全貌を知る人間として、そして次期一影九拳の一人として、例外的にクシャトリアは列席を許されていた。より正しく言えば一影直々に列席するよう命じられていた。

 人越拳神を相手に事実をオブラートに包むなど不要。そもそもそういった気遣いを求める人ではない。

 クシャトリアは淡々と事実をありのままに語った。

 

「叶翔くんは梁山泊の白浜兼一に敗れた後、フォルトナの私兵の残党が白浜兼一に照準しているのを発見。白浜兼一を守ろうと飛び出した風林寺美羽を守るため、自分の身を盾にしたんです」

 

「……お前ほどの男がその場にいて防げなかったのか?」

 

「防げましたよ。ですがフォルトナの私兵が最初に狙っていたのは白浜兼一。助ける義理はないと見過ごし……対応が遅れました」

 

「翔の容態は?」

 

「梁山泊の岬越寺秋雨と馬剣星の二人が手術に協力してくれたこともあって、どうにか命に別状はなく済みました。今は眠っていますが、直に目を覚ますでしょう。目覚めてからでなければ100%とは言えませんが、恐らくは後遺症は残らないかと。

 本郷殿。元はといえば翔くんが風林寺美羽を庇うことに咄嗟に思い至らなかった私の過失です。処分はなんなりと」

 

「いや、感謝する。お前がいなければ、我が弟子は死んでいただろう」

 

「………………」

 

 あの人越拳神が礼を言ったことに、クシャトリアは目を丸くする。

 ちらりとクシャトリアが他の者達を見れば緒方も驚いているようだった。ジュナザードは仮面のせいで表情は分からず、こんな時でも構わず果物を食べている。

 美雲は相変わらずの無表情で冷酷な顔だ。

 

「非情なる拳、それが闇の資質」

 

「あの男はやはり一なる継承者としては不適合だった」

 

「何……?」

 

 翔を侮辱する言葉を吐くセロ・ラフマンと魯慈正に、本郷は収めていた殺意をまた放ちだす。

 だがその殺意を浴びても二人が発言を撤回することはない。

 

「だから言ったろう。初めからわしの弟子を一なる継承者へ選んでおけば良かったのじゃ。人越拳神、お主は師としてまだ未熟じゃな。体を鍛えるのは上手くても、心を作り上げるのがなっておらぬ」

 

「同志諸君。仲間割れはよしたまえ」

 

 弟子の心を自分の思うが儘に作り変えようとする櫛灘美雲、弟子の心の自主性を尊ぶ人越拳神。同じ闇にあって二人の思想は水と油だ。

 一触即発の雰囲気を、静かに風景画を描いていたアレクサンドル・ガイダルが諌める。

 思想こそ対極だが本郷にせよ美雲にせよ喧嘩っ早い人間ではない。寧ろ達人たちの中では比較的理性的な部類だ。アレクサンドルの諌めで拳をひこうとするが、そこへ更なる火種を投じる者がいた。

 

「カッカッカッ! 仲間割れじゃと? わしら九拳はみな一様に己の武術こそ最強と思っとるわい。闇として纏まっているのは謂わばこれ、ただの不可侵条約。仲間としての結束など、端からないわいの」

 

 今日ジュナザードが食べているのは葡萄だった。しかもよく見ればあの葡萄は黒い真珠と呼ばれるピオーネである。

 どんな時であろうと果物を忘れず、果物を食べ、味を楽しむ。人格的には史上最悪であるが、そのフルーツに対しての姿勢はクシャトリアも敬意を表さずにはいられない。流石は自分の師匠である。

 この会議が終わったら自分も未知の珍味探しでもしてみようか、とクシャトリアは会議とはまるで関係ないことに思いを巡らせる。

 

「静まれ」

 

 と、クシャトリアが果物のことを考えている間に会議は一段落していたようだ。

 一影の鶴の一声でこれまで不穏な会話をしていた九拳たちが口を閉ざす。ただひとり、果物を頬張っているジュナザード以外はだが。

 

「叶翔の今回の失態、責任は重い。が、彼以上に一なる継承者になるに相応しい素養の持ち主は他にはいない。よって叶翔は一時的にYOMIリーダーの称号を抹消、YOMIからも除名する。一なる継承者の計画についても一旦凍結する。異論はないか?」

 

『………………』

 

 ジュナザードが葡萄をごくんと呑み込み、今度はどこに持っていたのかパパイヤを咀嚼し始める。

 会議場にジュナザードがパパイヤを食べる音だけが響く。誰も異論を唱えない。叶翔の師である人越拳神ですら無言だった。

 反論はないと確認すると一影は「鍛冶摩」を呼べと近侍に命じる。

 暫くすると筋肉質で隻眼の青年が一影の前に現れた。彼こそ鍛冶摩里巳、闇の一影が一番弟子だ。

 

「お呼びでしょうか一影様」

 

「当面の間、お前がYOMIの取り纏めをやれ。闇の思想を徹底的に叩き込むんだ」

 

「はっ。仰せとあらば」

 

 鍛冶摩が臨時リーダーの就任を受け入れる。そもそも彼に師匠の命令を拒む気など最初からありはしなかったのだろう。

 叶翔はリーダーの座を一時剥奪、一なる継承者の計画も凍結。ただし頃合いを見計らって元の地位に戻すことはありえる。妥当といえば妥当な裁定だろう。

 公平な判断故に誰からも文句はなく、一影九拳が集結した会議はそこで終わった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。