史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第74話  殺人拳と活人拳の差

 一影九拳会議が終わった後、集まった九拳たちは一部を除き各々の拠点へ帰って行った。

 特に美雲、アレクサンドル、アーガード、セロ・ラフマン、ディエゴには、これから弟子を使って行われる梁山泊側への仕掛けの準備もある。一影九拳は暇ではないのだ。

 そんな中、会議に列席していたクシャトリアだけは一影から内々に呼び出しを喰らっていた。

 

「会議中じゃなくて、他の九拳の方々がいなくなってからということは内密の話ですか?」

 

 面倒事の予感を感じて憂鬱になりながらも、一影を前にそんな態度を表に出す訳にもいかない。対外的には真面目な表情でクシャトリアは尋ねた。

 一影はどっしりと座ったまま、静かな双眸を向けてくる。心を読むことに関しては既に妙手クラスの鍛冶摩の師だけあって、その表情からはなにも読み取ることができない。

 息遣いが聞こえる、瞳が微かに揺れ、心臓が動いているのも分かる。確かな血肉をもつ〝人間〟であるのは間違いない……間違いないのだが、どうにも非人間めいたプレッシャーを感じてしまうのは一影の心が完全に閉ざされているからだろうか。

 

「DオブDでは御苦労だった。フォルトナのことは残念だったが、君が動いてくれたお蔭で被害を最小限に抑えることができた」

 

「それは闇にとって叶翔くんを撃たれたことは対して損失じゃないということで?」

 

「死んだならまだしも、彼は生きている。ならばどうということはないことだ。寧ろ彼が闇人となる上での欠陥を露呈させたのは幸いだろう。欠点を知らずに欠点を克服させることはできないのだから」

 

「欠点、ですか?」

 

「そうだ」

 

 叶翔が身を挺して庇ったのは風林寺美羽。一影の、風林寺砕牙の実の娘だ。一影にとって謂わば叶翔は実の娘を守った娘の恩人とすらいっていい。

 だが一影は娘の命を守った叶翔の行為を『闇人としての欠陥』で片づけた。

 完璧なる閉心術で隠蔽された一影の心は、恐らくは彼の実父である風林寺隼人をもってしても見抜けはしまい。だからクシャトリアも淡々と語る一影の真意がどういうものなのかはさっぱり分からなかった。

 

「成程。風林寺美羽(・・・・・)の命を守ったことは間違いだったと、そう仰るわけですね。風林寺砕牙殿(・・・・・・)

 

 敢えてクシャトリアは一影を本名で呼び、どこか挑発めいた口調で言う。自分でやっておいて冷や汗ものだが、殺されはしないという確信がクシャトリアにはあった。

 これまでの一影の指示の傾向から判断するに、その根底にあるのは最小の犠牲をもって事を収めることである。

 元々は梁山泊の一員として活人拳を志していただけあって一影は必要のある殺しであれば、老若男女問わず容赦なく殺戮するが、逆を言えば必要のない殺しは決してやらない。

 そしてこの場においてシルクァッド・サヤップ・クシャトリアを殺すことは、確実に一影と闇にとって大きな損失。必要があるどころか、不利益となる行為だ。

 クシャトリアの考えは正しく、一影は何もすることはなかった。だがクシャトリアの挑発にも一切反応することもなかったが。

 

「そうだ」

 

 一影は迷いなく自分の娘を見殺しにしていた方が正解だったと言う。その瞳に揺れるものはなにもない。

 

「命を張って守ることが殺人拳として必ずしも不正解とは言えん。武術の伝承のためであれば、時に殺人拳であろうと己の身を挺してなにかを守るということが必要となるだろう。

 しかし風林寺美羽は梁山泊長老の孫娘。YOMIのリーダーが命を張って守るべき者ではない。彼の行為は一影九拳全ての継承者となる者としては不適格な行いだ」

 

「………………」

 

 もしもこの場にいたのが自分ではなく、梁山泊の風林寺隼人であればどういうリアクションをしただろうか。激怒するか悲しむか、それとも別のことか。

 どちらにせよ数分後にはこの部屋は跡形もなく滅茶苦茶になっていることだろう。

 

「……では、本題に入りましょう。一影、よもや貴方ほどの御仁が人を労うためだけに呼んだんじゃないでしょう。なにか厄介ごとですか?」

 

「君は話が早くて助かる。他でもない叶翔のことだ。今回の失態で彼を一時的にYOMIから除名し、一なる継承者の計画を凍結したが……君の意見を聞いておこう。他に彼以上に一なる継承者に相応しい弟子はYOMIにいるか?」

 

「いません」

 

 即答した。緒方と一緒にYOMIの御守もやっているクシャトリアは、YOMIの構成員を全員その力量から趣味嗜好に至るまで把握している。だからこその断言だった。

 美しき翼を持つ者(スパルナ)。叶翔以上に一なる継承者になるに相応しいだけの素質の持ち主はいないと迷いなく告げる。

 

「それは一なる継承者になれるだけの素養を持つ弟子はいます。美雲さんが強く推してる千影然り、他の九拳の方々のYOMI然り。ああ、だけど鍛冶摩くんは難しいですね。彼、才能ありませんから」

 

「ああ、そうだ」

 

 自分の弟子を「才能ない」と断言されたにもかかわらず、一影はなんら反論することはなかった。

 鍛冶摩里巳は強い。一影が暫くの間の代行に過ぎずともYOMIリーダーを任せたのは、それが務まるだけの実力あってのこと。断じて一影の意向を傘に着てのものではない。

 しかしながら彼には才能というものがこれっぽっちもなかった。はっきりいってその凡才っぷりは梁山泊の白浜兼一と同等クラスだ。

 

「梁山泊のように達人全員が平行してみっちり修行をつけるなら別かもしれませんが、一影九拳は纏まりがない上に多忙な人ばかり。だからどうしても修行密度がバラけてしまう。

 翔くんは器用なのでそのあたり上手くやれてましたが、鍛冶摩くんの才能じゃ翔くんと同じことは無理でしょう。彼は魂をすり減らすほどの修行がなければ、たった一つの技すら身に着けることはできないのですから」

 

「分かっている。だからこそ私も鍛冶摩を一なる継承者に推薦したことはなかった。では他の弟子は?」

 

「……一部、翔くんを上回る部分がある弟子はいます。千影であれば技術、コーキンでいえば情報収集力、ボリスならば冷静さといった具合に。しかし総合的に見て叶翔以上の素養をもつ者はいません」

 

「ありがとう、もういい」

 

 クシャトリアですら分かっていることを、一影が分からない筈がない。

 となるとこれは念のための確認作業だったのだろう。

 

「一時的に一なる継承者の計画を凍結させたが、いずれは計画を再開することとなるだろう。だがそうなった時に叶翔に仕込んでいた武術のキレが落ちていては問題だ。

 かといって計画が凍結している以上、直接の師たる本郷以外の九拳に叶翔の育成をさせるわけにはいかない。クシャトリア、君はシラット以外の武術についてもそれなりに精通していたな?」

 

「翔くんが武術のキレを落とさないよう修行を見てやれと?」

 

「叶翔一人でも自主練習はできる。だが間違った動きを覚えないようするには、やはりその武術を知る者が近くにいた方が良い。それも本郷が納得するだけの実力者が。君ならば合格だろう」

 

「…………一影、本来であれば無手組の長である貴方にこんなことを言いたくはないのですが、今でさえスケジュールがきつきつなのに、更に仕事を増やすのは時間的に無理ですよ」

 

 荒涼高校への潜入、ジュナザードの代理としての仕事、YOMIの御守り、自分の修行、リミの修行。ここに叶翔の修行が加われば、もう眠る時間をゼロにするしかないだろう。

 今でさえ替え玉や代理人を駆使してどうにかやっているのだ。いくら達人の体力が常識外れだからといって、これ以上仕事をすれば死ぬ。

 

「寧ろ仕事を減らして下さい。荒涼高校への潜入は白浜兼一についての情報は粗方入手したので良いでしょう。あとYOMIの御守り役も緒方がいるんですし、そちらに一任するという方向で……」

 

「悪いが却下だ。YOMIの弟子たちを荒涼高校へ送り込み、活人拳に圧力をかけるという計画。YOMI幹部であれば万が一のこともないはずだが、彼らは些か常識性に欠ける節がある。念のため君には今暫くはあの高校へいて、彼等をそれとなく監視して貰いたい」

 

「うっ」

 

「それに拳聖にはボリスのことなど独断専行を行う節がある。彼にもストッパーは必要だ」

 

「ぐっ!」

 

 仕事を減らしてほしいという切実な願いは、一影にばっさりと粉々に切断されて海へ捨てられる。

 呑み込んだ唾の味は何故か塩の味がした。

 

「心配しなくても叶翔にみっちり修行をつけろというわけじゃない。あくまで腕を鈍らせないようにして貰いたいだけだ。それならばそう時間もとられないだろう。引き受けてくれるのならば報酬は弾もう」

 

「報酬? 金ならもう使いきれないほどありますが?」

 

「私の秘伝を三つ伝授する、それでどうか?」

 

「……ほう」

 

 クシャトリアの目の色が変わった。

 無手組が長、一影が極めた武術は我流。その名の通り一影が実戦の中で研ぎ澄ませ、暗鶚の秘術などを取り込んで進化してきたこの世に二つとない武術。

 その秘伝の一つとなれば十億出しても惜しくない価値をもつ。それを三つ。悪い条件ではない。

 

「これだから貴方の部下は止められない。飴と鞭の使い方を良く心得ておられる」

 

「任せたよ、クシャトリア」

 

「お任せを」

 

 仕事が増えるのは負担だが、一影の秘伝三つとなれば等価交換どころかクシャトリアに利益があるくらいだ。

 一影からの任務を引き受けたクシャトリアは退室しようとして、扉の前で足を止めると振り返らずに口を開く。

 

「一影。あの時、俺は白浜兼一と風林寺美羽を見捨てようとしました。あれは闇人として正しい判断だったんですか?」

 

「ああ。糾弾する理由はどこにもない」

 

「ですがそのせいで動くのが遅れて、結果的に翔くんが撃たれました。俺が活人拳だったのなら、迷わずに二人を助けて翔くんが撃たれることもなかったでしょう」

 

「何が言いたい?」

 

「いや、ね。人を壊すことに関して殺人拳は活人拳の上をいきますが、人を守ることに関して殺人拳は活人拳に及ばないと思っただけです。別に大したことではないので気にしないで下さい」

 

 一影が返答することはなかった。

 


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