史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

76 / 142
第76話  合否

 龍斗の障害克服、史上最強の弟子と史上最凶の弟子の激闘と敗北、デスパー島陥落、叶翔の被弾、YOMIのリーダーの交代。

 両手の指だけでは足りないほど多くのことがあったDオブDだが、一か月も経てばその記憶も色あせ、負った傷も癒え過去のものになっていく。

 季節は3月。仄かな風が芽吹き、多くの若者たちが門出をきる直前。桜は桃色の芽を出し、桜が並ぶ公園では桜の花びらとよっぱらいオヤジの演歌がオーケストラを奏でる。

 学生にとっては次の学年へ進級する狭間。卒業生にとってはキャンパスライフを控えた春休み真っ盛り。

 梁山泊の史上最強の弟子こと白浜兼一も、傷をいやし今は来るべき戦いへ向けて厳しい修行の中にいることだろう。新白連合総督の宇宙人……もとい新島も情報収集に余念がなく、他の者も修行に勤しんでいる。

 そして武術家でも部活動に所属しているわけでもない者は、存分に休暇を満喫していることだろう。

 だが世の中には例外もいるわけで、

 

「うぉぉぉぉおお! 今頃兼一くんやハニーはYOMIとの戦いへむけて修行しているっていうのに、どうして僕らはこんな所で呑気に勉強しているじゃな~~~い!!」

 

「畜生……。キサラと猫パークにいく約束だったのによぅ」

 

「ははっ。このザマァ。テメエがリア充ぶろうなんざ一兆年早いんだよ宇喜田。フラレっちまえ」

 

「なんだと筑波!! フラれることすらできねえ癖に偉そうに。お前は一人でゲームのキャラに欲情してやがれ」

 

「ンだとゴラァ! 俺は兎も角、俺のゲームを馬鹿にするのは許さねぇぞ! 赤セイバー最高だろうが!!」

 

「ざけんな! 赤とか論外! セイバーは青一択だ!!」

 

「宇喜田ァアアアアアアアアアア!!」

 

「そこの三人。黙らないと退学にするぞ」

 

「「「はい、すみません」」」

 

 久方ぶりに〝内藤翼〟の姿となったクシャトリアは、絶海の孤島でもたった十人ぽっちの教室でも騒がしい三人を注意すると嘆息する。元気なのはいいがその元気を少しは勉学にも向けて欲しいものだ。

 どうして武田、宇喜田の新白連合の将軍たちに筑波を加えた三人が、春休みなのに修行するでもなく学校の教室で勉強しているか。それには込み入った事情がある……わけではなく、単に成績がレッドゾーンなせいで補習を喰らっているだけだった。

 最終学年である三年生でありながら補習という状況が示す通り、クシャトリアの「退学にするぞ」とはブラフでもなんでもない。補習の態度が悪ければ本当に退学にしてしまえるのだ。

 

「三人とも……。自分たちの置かれた状況が分かってるのか? これは最後のチャンスなんだぞ」

 

「い、いやぁ。今頃他の皆が修行して着実に強くなっているのに、自分はこんな所でなにしてるんだろと思ってしまいまして」

 

 武田が苦笑いしながら頭をポリポリと掻く。その顔にあるのは焦り。もっと強くならなければ、という武術家ならば誰しもが一度はもつ感情だ。

 彼の裏ボクシング界の破壊神に教えを授けられた彼は、DオブDにおいても新白連合随一の活躍を見せた。クシャトリアは岬越寺秋雨とやりあっていたので見ていないが、力を抑えていた田中勤にそこそこ喰らいついてもいたらしい。

 しかし叶翔、オーディーンといった明らかな格上たちや、そんな格上たちと戦い勝利した白浜兼一の存在が、彼の闘争心に火をつけたのだろう。

 クシャトリアもその気持ちは同じ武術家として良く分かる。良く分かるが、それとこれとは別問題だ。

 

「長期休暇中に武術に専念したいんなら、これからは出席くらいはちゃんとすることだ。ああ、退学届出すのなら今すぐに武術の修行に行ってもいいが」

 

「い、いえいえ。そりゃボカァ、ボクシングで身を立てていく所存ですけど、やっぱり高校くらいは卒業しておきたいなぁと」

 

「だったら今は勉強に励むしかないな、残念だけど。というわけで武田、ナポレオンが制定した史上初の本格的な民法典はなんだ?」

 

「出師の表」

 

「阿呆。それは諸葛孔明が劉禅に出した上奏文だ」

 

 何故か自信満々に答えた武田の珍解答をばっさり切って捨てる。

 あまりの珍解答にナポレオンが綸巾と羽扇を装備しているカオスな絵面が浮かんだ。

 

「はぁ。これ昨日教えたところなんだがな……。仕方ない。宇喜田、答えろ」

 

「ブック・オブ・ナポレオン!」

 

「全然違う。じゃあ筑波」

 

「死海文書」

 

「死ね!」

 

 それからも他の補習喰らった生徒に同じ問題を投げかけるも法の書だの、五輪の書だの全く意味不明の解答ばかり。

 あまりに散々たる有様にもはや溜息すら出てこなかった。荒涼高校がド底辺の偏差値だということは承知していたが、その中で更にド底辺がここまで酷かったとは流石に想定外だった。

 

「ったく。こんなんで明日のテスト大丈夫なのか。明日のテストでもしアレな点数とればこれだぞこれ」

 

 クシャトリアが首を切るジェスチャーをすると、この界隈で恐れられた不良たちも顔を真っ青にさせる。

 高校へは潜入で入っているだけといえ、クシャトリアにもプロとしての矜持がある。教師として潜入したのであれば教師としての職務は全うせねばならない。

 さしあたってこの補習生を無事に明日のテストを突破させることが、クシャトリアの責務なわけだ。といってもクシャトリアに出来ることはそう多くない。出来ることといえば明日のテストを突破できるように、

 

「……地獄の勉強をさせるしか、ないなぁ」

 

 まともな方法で突破させられないのなら、まともじゃない方法を使うだけ。

 言い聞かせて駄目なら叩いてみろ。多少非人道的なやり方を使っても、後でやばい記憶だけ消せば問題にもなるまい。

 クシャトリアは哀れな子羊たちを見渡してニヤリと嗤った。

 

「ちょ、内藤先生。なにか物凄くいい顔してるんですけど、地獄の勉強ってただの猛勉強ですよね? なんかジェームズ志馬大先生がかなりヤバい修行を僕にさせる時と同じ顔なんですけど、それ」

 

「ははははははは。大丈夫だよ。諺にもあるだろう。聞かぬは一生の恥、痛みは一日の恥と。さぁ、勉強を始めよう」

 

「ぎゃぁあああああああああああああああああああああ!!」

 

 その日、補習室に不良たちの断末魔が響き渡ったという。

 

 

 

 

「武田50点、宇喜田53点、筑波57点……」

 

 不良たちは緊張した面持ちでクシャトリアの言葉を待っている。

 テストの合格点は60点。60点とっていれば文句なしに合格突破だったのだが、補習生でこの三人だけが後一歩及ばない50点。

 ここで恩情をかけて合格とするか、冷酷無情に不合格と切り捨てるか。それは全てクシャトリアの一存にかかっている。

 

(合格か不合格か。結果だけで判断するなら不合格だが、補習前だったら10点だってとれなかっただろうし……)

 

 未来ある武術家に汚点をつけるのも気が進まなかった。

 それに下手に不合格にして一念発起して武術に専念されても、それはそれでYOMIのためにはならないかもしれない。

 

「ま、努力の甲斐はあるにはあったか」

 

「っ! それじゃあ!」

  

「合格だ。明日からは存分に武術の修行に励むと良い」

 

「よっしゃあ! これで僕たちも高卒だ!」

 

「おう! 俺も柔道家として箔がつくぜ!」

 

「へっ。漸く存分にエロゲが出来るな」

 

「アホか。卒業なんて出来るわけないだろう」

 

「「「へ?」」」

 

「これ退学回避のためのテスト。お前たちは退学を回避しただけ。そもそも週四日で休んでるような残念極まる出席日数で卒業できるわけないだろう。ドゥー・ユー・アンダー・スタン?」

 

「ということは……」

 

「四年目の高校生活頑張れよ」

 

 やることをやり終えたクシャトリアは荷物を片づけていく。補習で時間をとられてしまったが、クシャトリアは他にもやることが山積みなのだ。

 男どもの無念の雄叫びを聞き流しつつ、クシャトリアは去って行った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。