史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第77話  予感

 四月になり荒涼高校も新学期になった。

 その偏差値の低さから不良の巣窟とまで揶揄される荒涼高校には、その看板に相応しい柄の悪い新入生が毎年入学してくる。今年もその例に漏れず少なく見積もって新入生の一割は、中学時代に不良グループにいた連中だった。

 尤もここ最近は新白連合が荒涼高校に睨みをきかせている甲斐あって、不良生徒による問題行動は格段に抑えられているといっていい。

 なにせ新白連合で――――本人は認めないかもしれないが――――総督に次ぐ或は比肩するだけの権威をもつ白浜兼一は元いじめられっ子。しかも根っからのお人好しときている。新白連合の構成員がカツアゲなどといった弱者を虐げる行為をするはずがなく、また連合に所属しない不良たちも新白連合を敵に回すことを恐れて、そういった行動を大っぴらにすることはできない。

 中には新白連合なんぞ知ったことかとばかりに暴れまわる命知らずもいるが、そういった連中は連合の精鋭たちによって物理的に身の程を知ることになる。

 だが今年は例年とは少し違っていた。

 

――――YOMI幹部たちの荒涼高校への潜入作戦。

 

 これには大まかに分けて三つの目的がある。

 一つ目には武術漬けで世間知らずのYOMIたちに、俗世間というものを学ばせること。学校とは社会の縮図であり、未成年が社会を知るには学校が最適だ。

 二つ目には活人拳勢力の弟子集団(と闇では思われている)新白連合の者達に闇の殺人拳を啓蒙すること。

 そして三つ目はYOMIを史上最強の弟子の近くに配置することで、梁山泊に精神的プレッシャーをかけることだ。

 DオブD優勝、叶翔撃破、デスパー島陥落。

 手を出したのは闇からだったといえど、梁山泊はいささか以上に暴れすぎた。

 もはや両勢力の激突は不可避。YOMIの荒涼高校への侵入は、謂わば開戦を告げる一番槍だ。

 

――――そうして彼らは送り込まれた。

 

 潜入するメンバーに選ばれたのはレイチェル・スタンレイ、イーサン・スタンレイ、ボリス・イワノフ、ティーラウィット・コーキンの四人。

 年齢も高校に侵入するには、それなりに社交性も備えているためベストな人選といえよう。彼らは留学生という名目で堂々と新白連合の喉元に近づくことに成功した。

 そしてもう一人。

 クシャトリアは飾り気のないスーツを着込んだ『内藤翼』としての姿で、荒涼高校の階段を登る。最後の階段を登り終えて屋上へ出ると、ただっ広い屋上の片隅でひっそりとメロンパンを頬張る少女が一人。

 レイチェルたち四人は留学生という形で荒涼高校に侵入を果たしたが、もう一つ怪しまれずに学校へ入る方法がある。

 一年に一度、学校が最も多くの新顔を迎え入れる行事。即ち入学式。

 櫛灘千影。今回の潜入組の最年少で日本人である彼女は、飛び級した天才少女という触れ込みで十四歳でありながら荒涼高校へ潜入していた。

 

「千影」

 

「内藤先生。なにか御用ですか?」

 

 YOMIの幹部たち全員はクシャトリアが荒涼高校に教師として潜入していることを知っている。

 だがクシャトリア=内藤翼であることは、彼等がYOMIであることと違い一応は秘密事項だ。誰かの目が光っていることを警戒した千影は、わざと兄弟子にするものではない冷淡な反応をした。

 

「……昼休みにこんな所で一人で食事か。もしかしてクラスメイトと上手くいっていないのか?」

 

「あの人たちが鬱陶しかったので、一人で食事を食べれる場所に来ただけです。他意はありません」

 

「天才少女は大変だな」

 

「私は天才なんかじゃありません。ここの生徒のレベルが低すぎるだけです」

 

「……否定できないのが悲しいね」

 

 荒涼高校生徒の知識量が平均的高校生と比べて著しくアレなのは、この一年間、補修組の面倒を見てきたクシャトリアは良く知っている。

 鳴くよウグイス織田信長と答えられた時は驚いたあまり教室を半壊しそうになったくらいだ。

 

「ちなみになにがどう鬱陶しかったんだ? 今の俺は一応この学校の教師であるし、なにか問題が発生しているなら改善させることも吝かじゃない。美雲さんにも頼まれているし」

 

「5544518474828282×827387981だの894789729827÷398279827598272はなんだだの、こんな簡単な問題を解かせて解いてみればなにが面白いのか凄いと褒め称える。意味が分かりません」

 

「お前にとって簡単でも、他の人間にとってはその計算を暗算でやるのは難しいということだ」

 

「……48465416416411641÷106834521057は?」

 

「453649.40037081856」

 

「簡単じゃないですか。他のYOMIでもこれくらいは簡単にできますよ」

 

「あー、だから全員が優れたIQをもっているYOMIを基準にしちゃいけない。極普通の一般人は君や他のYOMIたちと比べ遥かに劣ったIQの持ち主ばかりなんだから。

 俗世間の……いいや世間一般の常識、世間一般の当たり前。それらを学ぶこともお前や他のYOMIに命じられた任務の一つ。これもまた修行と思い励むしかないな」

 

「意味不明な連中に意味不明な質問をされる現状を改善してくれるのでは?」

 

「任務続行に致命的な障害が発生するほどの問題ならいざしれず、それくらいの問題は自分で対処しろ」

 

 人間は飽き易い生き物。今は上野動物園にパンダが来た感覚できゃーきゃー騒いでいても、そのうち別のブームを見つけて流れていくだろう。

 クシャトリアの見立てでは荒涼高校の生徒が別のなにかに夢中になって、天才少女に飽きるのは後一か月かそこいら。一か月も同じ学校で勉強していては、天才少女の存在は珍しいものから日常的なものとなる。

 もっともそれはクラスメイトだけで、櫛灘千影が学校中の日常になるまではもう二か月はかかるだろうか。

 

(ま、変なことにはなっていないようでなによりだ)

 

 新白連合が睨みを利かせている影響で荒涼高校の治安は良くなった。だがカツアゲや暴力などの事件が完全になくなったわけではない。

 人間というのは自分達にとって当たり前でないものや、特に秀でている者、目立つ者などを排斥する傾向がある。有り体にいえばいじめの対象とする。

 もしかしたら千影がそういうものの対象でないかとひやひやしたが、どうもそれは杞憂だったらしい。

 

(世間知らずの千影のことだ。不特定多数の悪意に晒されたら、相手をうっかり殺しちゃうかもしれないし)

 

 別に殺しを否定するわけではないが、校内で殺人沙汰などを起こされては隠蔽が面倒だ。

 梁山泊との本格的な戦争状態に入ったせいで、闇の国家機関への影響力も曖昧になっていることだし、下手したら逮捕なんてことになりかねない。

 

「こんな下らない所で学ぶことになんの意義も見出せません。早々に史上最強の弟子を始末するのでは駄目なのですか?」

 

「史上最強の弟子の首級を誰が獲るかは九拳の間で揉めに揉めていてね。自分の弟子に史上最強の弟子の称号を与えたい師は多い。美雲さんもその一人だ。

 議論は続いているが、最終的には順番で一人ずつ戦いを挑んでいく形になるだろう。誰が先になるかは分からないが」

 

「そうですか」

 

「それに順番が守られるかどうかも不明だ」

 

「?」

 

 一影九拳の我の強さと唯我独尊っぷりを良く知るクシャトリアは、一影九拳全員が議論で決められた決定に大人しく従うなんて思えない。

 本郷晶、アレクサンドル・ガイダル、セロ・ラフマンあたりは兎も角として、ディエゴ・カーロ、緒方一神斎、そしてジュナザードあたりはどう動くがさっぱりだ。

 クシャトリアは嘆息しつつ鞄から蜜柑を取り出すと、千影にぽんと渡した。

 

「これは……?」

 

「温州蜜柑。美雲さんの所じゃどうせ砂糖なしのカステラだとか、アンコなし餡蜜とかしか食べてないんだろう。良かったら食べるといい」

 

「……感謝致します、クシャトリア兄」

 

 千影はマスコット、ボリスは教師の言いつけを100%遵守する模範生、コーキンは寡黙なイケメン、レイチェルは相変わらず、イーサンはその不思議な魅力でクラスメイトから人気を獲得しているらしい。

 一時はどうなるかと思ったが、各々どうにかやっているようでなによりだ。

 その時、ケータイに一通のメールが届く。

 

「……そうか。アレクサンドル殿が仕損じたか」

 

 つい先日あったロシアの女議員の暗殺任務。闇は九拳が一人、アレクサンドル・ガイダルを派遣した万全の布陣をもって臨んだ。

 それが失敗した。梁山泊の岬越寺秋雨と逆鬼至緒の二人によって。

 これからも闇は闇排斥派の人間を殺そうとし、梁山泊はそれを妨害しに動くだろう。

 

「…………俺の任務とも、そろそろぶつかるかもしれないな」

 

 嫌な予想だけは意地悪く当たってしまうだけに、クシャトリアは自分の懸念に憂鬱になった。

 


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