史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第79話  策

 闇から情報をもって逃げ出した女スパイを抹殺せよ。

 この指令そのものは特に珍しいものでもない。闇人の一人として、これまでクシャトリアは多くのミッションをこなしてきた。その中には暗殺や粛清といった『殺し』を擁する任務も当然のようにある。

 だが今回はターゲットの保護に乗り出した相手が問題だった。

 

「梁山泊が、動いただと?」

 

「はっ!」

 

 情報を報告しにきたアケビが、跪いて返事をする。梁山泊参戦、その報告を聞いたクシャトリアは露骨に顔を歪める。

 思い起こすのはいつかの刀狩りとDオブDでの死闘。

 達人となり正式に闇に迎えられてから、クシャトリアは梁山泊の豪傑のうち二人と戦ったことがある。

 一人は香坂しぐれ。兵器の申し子と謳われる香坂流武器術の継承者。まだ三十路にも達しない妙齢の女性でありながら、特A級の達人に名を連ねる女傑だ。

 もう一人は岬越寺秋雨。哲学する柔術家。武術のみならず医術、学術、芸術までも極めた才気煥発の偉人。

 両名ともに一影九拳に匹敵、凌駕するほどの実力者たちだ。

 だとすれば他の達人たちも、その二人と同格、または凌駕するだけの実力者と見て良いだろう。

 

「どうやら国連が、梁山泊と縁の深い警視庁の本巻警部を通じて助力を頼んだようです」

 

「本巻警部?」

 

「闇排斥派に属する一人です。階級は警部ですが、叩き上げのベテランで警視庁内部での人望もある……少々厄介な男です。殺しますか? 住所や家族構成などの調べはついていますが?」

 

「一影から受けたのは女スパイの抹殺だ。他の誰かを殺害する命令は受けていない。殺すべき時が来たら闇が動くだろう。それに仮に殺すとしてもスパイを消してからだ」

 

「……はっ。出過ぎた発言をしました」

 

 しかしあの梁山泊が重い腰を上げるとは、その女スパイは余程の情報を闇から盗み出したのかもしれない。と、そこまで考えたことでクシャトリアは己の思考の的外れさに気付く。

 梁山泊は重い腰などではない。こと人の命が関われば梁山泊の腰は酷く軽くなる。そう、地球の裏側で自分達がいなければ死ぬ人間がいるのであれば、梁山泊は迷いなく飛んでいくだろう。

 女スパイの盗み出した情報が重要なものかそうでないかなど、梁山泊にとっては関係ないのだ。

 

「それで梁山泊は誰が来た?」

 

「ケンカ100段・逆鬼至緒。あらゆる中国拳法の達人・馬剣星の二人です」

 

 梁山泊について調べていたホムラが、アケビの報告を引き継いで言った。

 

「二人……!? 難敵だな。難敵が二人で……最悪といったところか」

 

「だいじょーぶですよ、師匠! リミ、そのりょーざんぱくなんて良く知りませんけど、師匠ならちょちょいのちょいで楽勝ですお!」

 

「無理」

 

「え、えぇー!」

 

 リミの脳天気な声援をばっさり切り捨てる。

 ケンカ100段・逆鬼至緒は彼の人越拳神・本郷晶の最大の好敵手であり、同等の実力を持つとされる最強の空手家。そして馬剣星は九拳が一人、馬槍月と共に中華最強の武人と歌われた豪傑。

 その実力が特A級にあることは疑いようがない。

 

「ぐ、師匠でも無理なんですか!? いつものように無敵のシラットでなんとかしてくださいよォーーー!」

 

「だから無理だ。俺一人で逆鬼至緒か馬剣星のどちらかを相手をすることは出来る。だが仮に俺と梁山泊の豪傑一人の実力を互角と仮定しても、あちらにはもう一人豪傑がいるんだ。1の力と2の力、どちらが強いかなどリミでも分かるだろう?」

 

「でもでも。こっちにはアケビ氏とホムラ氏いますしおすし!」

 

「アケビとホムラが二人掛かりでも、梁山泊の豪傑一人を道連れにすることも出来ないよ」

 

 クシャトリアの側近であるアケビとホムラはそれなりの実力をもつ達人だ。けれど梁山泊や一影九拳と戦える程の実力にはない。

 時間稼ぎに徹して十分保つかどうかといったところだろう。二人掛かりで三十分といったところか。

 

「…………」

 

 クシャトリアに『勝てない』と断言されたアケビとホムラは黙ったままだ。

 表情に変化はない。彼等も達人、自分の実力については正確に把握している。自分が梁山泊の達人と挑めばどうなるか、分からないなんてことはないだろう。

 

「だが、そうさな。俺の師匠なら例え相手が特A級二人だろうと大した障害にもなりはしないだろう」

 

「師匠の師匠ってあの不思議な雰囲気の人ですよね? そんなに強いんですか?」

 

「ああ、強い。師匠は俺が本気で恐れる二人のうち一人にして、最も恐怖する男だ」

 

 拳魔邪神シルクァッド・ジュナザード。特A級の達人を超えた超人の領域にある最強の武人の一角。無敵超人と互角ともされる実力をもってすれば、相手が特A級二人であっても圧倒することができるだろう。

 そしてシルクァッド・サヤップ・クシャトリアが自由を手にするには、梁山泊の豪傑二人を単独で屠る怪物を殺さなければならない。クシャトリアは改めて師匠という壁の高さを確認して、憂鬱な気分になった。

 

「成程。リミが師匠のこと恐がるのと同じ気分ですね。理解したお。……あれ? それじゃあ、もう一人師匠が恐い人って誰なんですか? あの櫛灘美雲って人ですか?」

 

「違う」

 

 櫛灘美雲は一影九拳でも上位の実力を持つ武術家だ。90歳を超えて20代の艶を保っている姿は妖怪とすら言っていいだろう。

 だが彼女はクシャトリアにとって恐怖の対象たりえない。彼女と一緒にいて感じるのは恐怖ではなく安らぎだ。

 シルクァッド・ジュナザードが若き日のクシャトリアに拭えぬ恐怖を刻んだのならば、櫛灘美雲は忘れえぬ愛情を注いだのだろう。

 今になって客観的に考えると、美雲がクシャトリアにしてくれたことはそれほど大それたことではなかった。、逃げ場所のない地獄に叩き落されたクシャトリアにとって、櫛灘美雲の傍にいる時が唯一安らげる時間だった。

 

「俺が師匠の次に恐ろしいのは〝一影〟だよ」

 

「……? あの紳士っぽい人ですか? そんなに恐いイメージはなかったんですけど」

 

「いいか? 完全に制御された暴力というのは、時に無秩序な暴力より恐ろしいものなんだよ」

 

「そういうものなんですか?」

 

「そういうものなんだ。とまぁそんなことよりも、今はミッションをどうするかだな。どうも梁山泊は弟子を連れているようだし、今日はリミにも働いて貰うぞ」

 

「ブ、ラジャーだお!」

 

 敵の戦力は特A級の達人二人に弟子クラス一人。対するこちら側の戦力は特A級の達人一人に通常の達人二人、あとは弟子クラス一人。

 純粋な戦力でいえば敵の方が上だ。まともにぶつかり合っても勝ち目はない。ならば、

 

「策を弄するとしよう」

 

 力で勝てないのならば頭脳で補う。それが戦いというものだ。

 


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