史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第81話  フェイク

 シルクァッド・サヤップ・クシャトリアの急襲と、殿を務めた逆鬼師匠。そして女スパイが隠れ潜んでいるという山へ急ぐ剣星と兼一。

 だが兼一が女スパイが隠れているらしい山小屋に到着すると、懸念されていた別働隊の姿はどこにもなかった。

 兼一は恐る恐る周囲をキョロキョロと見回すも、やはり近くに人影はない。もしかしたらクシャトリアが師匠二人を抑えているうちに別働隊が女スパイの所へ向かう、なんてただの考えすぎだったのだろうか。

 

(本当に、そうなのかな)

 

 武術家として、というより小中高で苛められてきた『いじめられっこ』の本能というべきものが、ここいら一帯から危険な臭いをかぎ取っていた。

 ゴクリと唾を呑み込む。本音を吐露すれば今すぐにでも逃げ出したいが、あの山小屋に助けを待っている人がいる以上、逃げるという選択肢はない。それは馬師父も同じだろう。

 

「馬師父……」

 

「行くね」

 

 馬師父も怪しさは感じているようだが、やはりここに突っ立っている訳にもいかない。山小屋の前へ行くと、そのドアを軽くノックした。

 山小屋の中で張りつめる気配。中にいるであろう人物が、ノック音に警戒しているのだろう。

 

「……誰っ!」

 

「心配しないで下さい! 僕たちは梁山泊……貴方を助けに来た……味方ですっ!」

 

 敵と間違われて発砲でもされたらたまらない。兼一はこちらが味方であると告げる。

 闇にスパイとして潜り込むくらいだ。闇の敵対勢力である梁山泊の存在も女スパイは知っていたらしく、はっと息を呑む声が聞こえた。

 

「梁山泊? まさか、あの? 本当に?」

 

「なにしているね! 兼ちゃん!」

 

「師父!? な、なにか僕、不味いことしちゃいましたか……?」

 

 嘗てない勢いで激昂した師父に、兼一は慌てた。

 

「不味いね! もう滅茶苦茶不味いね! ここはおいちゃんが『お嬢さんを助けに来た、もう安心ね』と優しく告げて、女スパイどんにフラグをたててキャーキャーされるパターンね! これがNTRというやつかね!?」

 

「え、いや僕はそんなつもりじゃありませんよ! 僕には美羽さんというものが……じゃなくて、さっきの深刻そうな顔はそんなこと考えていたからなんですか! こんな時くらい真面目にやって下さいよ!」

 

「おいちゃんは真面目ね! 真面目にエロく生きているね」

 

「そういうのを不真面目っていうんですよ!」

 

「…………あの、お取り込み中のところ悪いんだけど、貴方たちがあの梁山泊なの?」

 

「あ」

 

 山小屋のドアを開けて、引き攣った顔の女スパイ。

 キャリアウーマンを思わせるスーツは、どことなくくたびれている。端正な顔立ちにこびり付いた隠しても隠しきれぬ疲労感が、これまでの彼女の苦難を想像させた。

 そんな女スパイは明らかな疑いの目を馬剣星と白浜兼一の二人に向けていた。

 苦難の果てにやっと来たと思った味方が、わけのわからない口論をし始めたのである。しかもそれが帽子を被ったいかにも胡散臭そうなおっさんと、極普通の高校生な兼一では疑いたくもなるだろう。

 

「そうね、お嬢さん。梁山泊が一人、馬剣星ね。女スパイどんを助けにきたね」

 

「馬剣星!? あらゆる中国拳法の達人っ! それにそっちの子供……どこかで見た覚えがあると思ったら、梁山泊の史上最強の弟子!」

 

「い、いやぁ。それほどでも……」

 

 兼一は照れ臭そうに頭を掻いた。

 師匠の七光りだということは理解しているが、それでも面と向かって史上最強などと言われると照れてしまう。

 

「照れてる場合じゃないね。逆鬼どんが拳魔邪帝を足止めしている間に急ぐね」

 

「誰のせいで無駄な時間をとったと」

 

 兼一の抗議は当然のようにスルーされた。だが師父の言うように急いだ方がいいのは確かだ。

 一番恐ろしいクシャトリアは逆鬼師匠が相手取っているとはいえ、こんな人気のいない山で達人に囲まれるなど悪夢以外のなにものでもない。

 

「おう。どうやら無事に救出できたみてえだな」

 

「逆鬼師匠!?」

 

 女スパイを連れて逃げようとしたところで、逆鬼師匠が追い付いてきた。ジャケットのボロボロさが激戦の凄まじさを物語っている。

 

「ったく。ちっとばかし手間取っちまったぜ。あの野郎……」

 

「倒したんですか?」

 

「いいや、一度は追い詰めたんだけどな。まんまと逃げられっちまった。ったく逃げ足の速ぇ野郎だぜ」

 

「逃げた……?」

 

 クシャトリアが逃げ出したことではなく、逆鬼師匠から逃げることに成功したという実力に舌を巻く。

 やはり拳魔邪帝なんてとんでもなさそうな異名をもっているのは伊達ではないのだろう。梁山泊でも凶暴性にかけて並ぶ者なしの逆鬼師匠から逃げるなど、並みの達人に出来ることではない。

 

「おい兼一、なんか失礼なこと考えてねえか?」

 

「め、滅相もありません!」

 

「チッ。まぁいい。それより剣星、そっちのねーちゃんが闇から逃げ出したっつう女スパイか」

 

「――――逆鬼どん。昨日、逆鬼どんが飲んだ酒の銘柄はなんだったね?」

 

「あ?」

 

 女スパイに近づこうとしていた逆鬼師匠が、止まる。馬師父は鋭い眼光を逆鬼師匠へ向けて、まるで敵の前にいるかのような剣呑な気を放っていた。

 兼一は良からぬ気配を察して逆鬼師匠から後ずさる。

 

「ど、どういうことですか師父?」

 

「逆鬼どん。歩幅がいつもより1.23㎜狭いね。顔にある古傷も、ほんの数㎜だけ上にずれてるね」

 

「おいおい。んなの単なる見間違えだろ。んな小ぇことで疑うのかよ」

 

「疑うね。赤の他人ならいざしれず、逆鬼どんは梁山泊で共に武を高め合う掛け替えのない友! 見間違えるはずなどないね」

 

「…………ふ、ははははははははははははははははははははははははははは!!」

 

 逆鬼師匠が、いや逆鬼師匠の皮を被っていた者がべりべりと変装を解く。その中から現れたのは浅黒い肌をした白髪の男。

 忘れるはずがない。DオブDの前夜祭で見たシルクァッド・サヤップ・クシャトリアその人だ。真っ赤な目が兼一と女スパイ、そして馬師父の三人を睨む。

 

「よくぞ見破った。流石は梁山泊」

 

「流石なのはそっちね。おいちゃんの良く知る逆鬼どんだから看破できたものの、これが全くの赤の他人だったら完全に騙されていたところね。ところで本物のシルクァッド・サヤップ・クシャトリアがここにいるということは、逆鬼どんと戦っている方は――――」

 

「あっちは俺に変装した俺の部下だよ。今頃逆鬼至緒は俺の部下二人に足止めを喰らっている頃だろう。30分は来れない」

 

「十分ね。……兼ちゃん、女スパイどんを連れて先に逃げるね」

 

「わ、分かりました」

 

 自分がここにいても何の役にも立たないことは兼一も分かっている。

 兼一は女スパイの手をひいて、山を全速力で走り下りて行った。

 


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