史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第85話  奥義ラッシュ

 不気味なまでの静けさが場を支配する。

 静の気とも動の気とも、静動轟一の気とも異なる別種のオーラに、空間そのものが戸惑っているかのようだった。

 

「これは……驚いたね」

 

 馬剣星をもってして、月並みな驚きすら出てこない。それだけクシャトリアの奥義は常識的に有り得ないことだったのだ。

 静動轟双。静の気と動の気を同時に運用するハイブリット型、それを突き詰めたクシャトリアが編み出した奥義。相反する気を融合させることなく同時発動する荒業だ。

 言うは易しだが、実行するのは至難に更に至難を重ねた無理難題だ。

 

「あのYOMIの子達が使った静動轟一は原理としては単純。静の気と動の気を同時発動する……ただそれだけ。だけど拳魔邪帝クシャトリア。その技はそれと似ているようで別物ね」

 

「――――クッ。一目で技の性質を完全に看破されるなんて、この奥義を編み出した者として少しショックだ」

 

「世辞はいいね。技の性質を看破できても、技を再現するのはおいちゃんには到底不可能ね。例えるならば一つのグラスにワインとジュースを注ぎながら、カクテルにすることなく別々に存在させ続けるようなもの。

 正直一人の武人として、どういう原理で技を作り出しているのか興味津々ね」

 

「なに。静の気と動の気は砂糖と水じゃない。元々静の気と動の気は相容れないもの。無理に混ぜ合わせようとすれは反発しあい、それ故に肉体を壊す。ならその反発を利用すれば、理論上は混ぜずに同時発動するのも不可能ではなくなる」

 

 静動轟一が赤と青を混ぜ〝紫〟という色を生む禁忌であるのならば、静動轟双は赤と青を一つの場所に両立させる秘技だ。

 尤も原理として単純な静動轟一と比べ、静動轟一をコントロールできるほどの気の扱いができ、更に静の気と動の気を同レベルかつ高度に極めなければ発動は土台不可能。ほんの僅かでも静と動どちらか一方に傾き過ぎれば、バランスが崩れ技は不発に終わるだろう。

 そのため弟子クラス時代から両方の気を磨き続けたハイブリットタイプ以外には、例えジュナザードであろうと発動不可能なオンリーワンの奥義たりうるのだ。

 

「ただし二つの気を混ぜ合わすことで途轍もない爆発力を生み出す静動轟一と比べれば、効果の程は劇的と言えるレベルじゃない。

 だがこの技が静動轟一より優秀な技たりえるのは、使用の際にデメリットが皆無ということでね」

 

「!」

 

 発動すれば肉体と精神の崩壊を孕む静動轟一に対し、静動轟双は静の気と動の気を融合させてはいないのでそのようなリスクは存在しない。

 リスク皆無の強化技。自画自賛になるがクシャトリアはこれほどに素晴らしい奥義もないと自負していた。

 

「――――ここからが本番だ。悪いが俺も梁山泊の豪傑と二対一は御免蒙る。これで終わらせて貰う。動の気掌握、静の気掌握。続いて流水制空圏発動」

 

「……長老の秘技。秋雨どんの言ってた通りね」

 

 音もなく立っていた場所より消失すると、次の瞬間にはクシャトリアと剣星は200m離れた岩の上で拳撃を交わしていた。

 直接の干渉があったわけではなかったが、二人の達人が死闘を繰り広げるには10mはある巨岩は脆すぎた。戦いの余波を受け巨岩が崩れ、周囲の木々が粉々に飛び散った。

 

「こぉぉああああああああッ!」

 

「ほっ、せっ――――」

 

 マグマのように強烈でありながら、スナイパーの狙撃の如き正確無比な猛攻。剣星は経験に裏打ちされた〝勘〟を最大限に活用し、攻撃を捌いていくが明らかに押されていた。

 これこそが静と動の気を同時発動することによって齎される、パワーとコントロールを完全に両立させた戦い方。

 拳魔邪神ジュナザードすら持たぬ、拳魔邪帝クシャトリアだけの力だ。

 

「どらぁあああああああ!」

 

 遂にクシャトリアの蹴りが防御を掻い潜り、剣星の脇腹に直撃する。だが流石は剣星。小躯を補うため硬功夫の修行をよく積んできた肉体強度は鋼のそれ。直撃を受けながらも、致命的なダメージを負うことはなかった。

 なによりも馬剣星の瞳は、傷を負いながらも真っ直ぐにクシャトリアを捉えたままだ。攻撃を受けた時も、今この瞬間も『静動轟双』の打開策を思考し続けているのだろう。

 彼もまた静のタイプを極めた武人なのだと、クシャトリアは改めて思い知らされた。

 

(やはり梁山泊の豪傑は曲者揃いだ)

 

 静動轟双の力で現状クシャトリアが優位だが、僅かな気の緩みが死に直結するのが武人の世界だ。

 何度かアケビやホムラとの組手では使用した〝静動轟双〟だが実戦での使用はこれが初めて。まだ予期せぬ危険や弱点がないとも限らない。ここは優勢のうちに、リスクを冒してでも勝ちを急ぐべき時だ。

 クシャトリアはここに自分が収集してきた数々の奥義を解放する。

 

「――――行くぞ」

 

 先ずは一つ目。シラットの次に長く触れてきた武術たる櫛灘流柔術。

 嘗て櫛灘美雲より伝授された技をここに晒す。

 

「櫛灘流、千年投げ」

 

 クシャトリアより発せられる二つの気が、やがて粘土細工のように固まり、空中に巨大な幻影を映し出した。

 幻影として闘神の如く投影されしは拳魔邪帝クシャトリアが影。だがその影は影にあってマヤカシに非ず。

 千年投げという名の通り、闘気によって具現化した手が、地面より無数に生え、それが意思をもつかのように馬剣星へと殺到していく。

 

「ぬっ、……むっ!」

 

 クシャトリアのそれは美雲のものよりは劣るが、千年投げは櫛灘流が奥義の一つ。馬剣星をもってしても軽口を叩く余裕すらなく、幾千もの手を回避することに努める。

 もしも一度でも手に捕まえられれば、抵抗する余地なく投げ殺される。柔術家の仲間がいるだけあって、そのことを即座に理解したのだろう。剣星の頬には僅かに冷や汗が流れていた。

 

「まだまだ――――ッ!」

 

 クシャトリアの奥義ラッシュは終わっていない。

 千年投げは強力な奥義だが、一対一での戦闘ではなく、どちらかといえば多対一での殲滅奥義。それを敢えて初手にて使用したのは、必殺を期待してではなく囮としての効果を求めてのこと。

 櫛灘流の奥義の次は、他の武術家より吸収し、クシャトリア自身が作り上げた奥義をもって。

 

七つに踊る化身(ヴィシュヌ・アヴァターラ)

 

 これまで巨大な幻影として投影されていた(ビジョン)が消失し、変わりにクシャトリアの前面に円を描くように六体の残像が出現。

 そして出現した残像が本体と同時に機関銃めいた突きを乱射した。本体と残像で都合七人による連撃。一つ一つが致命傷となりうる飛礫を受けきりながら、剣星はクシャトリアの目に危険な色が宿ったのを見る。

 

「我流、玄武爆」

 

 これまでで最大の破壊力を秘めた奥義は、静かな言葉と共に解き放たれた。

 四神が一つ、玄武。神獣の暴威を具現化した攻撃は、闇の無手組が長たる一影――――風林寺砕牙の奥義である。

 雷鳴を思わせる爆音。果たして嘗て梁山泊の一員だった男の奥義は、梁山泊の豪傑を屠るには十分すぎる威力をもっていた。踏みとどまることすら許さず、剣星の体が吹き飛ばされる。

 

「これで止めだ――――!」

 

 並みの達人なら先程の技で十中八九死んでいるが、相手は梁山泊の豪傑。念には念を入れて、駄目押しの一撃を喰らわせに行く。

 殺すには正にうってつけ。邪神ジュナザードの秘奥をもって、ここに梁山泊が一角を土へ還す。

 

転げ回る幽(ハントウ・グルンドゥン・プリン)――――ぬっ?」

 

 だがクシャトリアが奥義を使おうとした瞬間、唐突に体内の静の気と動の気が消滅した。

 

「なに、が……?」

 

「思った通りね」

 

 してやったりといった風に、にやりと笑うは防戦一方だった馬剣星。

 

「静動轟双、確かに高度な技ね。けど高度な技にはそれ故に弱点があるもの。お前さんがおいちゃんを殴りつけた時、経絡をついて体内の気を乱させて貰ったね」

 

「――――なっ! しまった、静動轟双は!?」

 

 これが片方の気だけを使う武術家や、静動轟一であればなんともならなかっただろう。

 しかし静動轟双は静の気と動の気の絶妙なバランスで初めて成り立つ奥義。体内の気を乱されバランスが狂えば、たちどころに技が解除されてしまう。

 そして突然に気を解除されたクシャトリアは無防備。剣星にとっては絶好の好機に他ならなかった。

 雷光にすら映る速度で馬剣星がこれまでのお返しとばかりに、己の奥義を解放する。

 もし無防備のままに剣星の奥義を受ければ挽回は不可能。手段を選んでいる余裕はなかった。

 

「浸透水鏡双掌ッ!」

 

「静動轟一!」

 

 剣星が奥義を使って少し遅れて〝静動轟一〟が発動する。静動轟一の爆発力で、全力で回避行動をとるクシャトリアだが――――時既に遅い。剣星の奥義は後ほんの数㎜の所まで迫っていた。

 クシャトリアで炸裂する爆薬。湖を干上がらせるほどの双掌打が、クシャトリアの外面と内部を同時破壊していった。

 それでも静動轟一で獲得した運動力を使って、完全にやられる前にどうにかして衝撃から逃れることに成功した。

 

「はぁ……やはり、梁山泊と戦うのは……これだから……」

 

 肩で息をしながら馬剣星を睨む。

 浸透水鏡双掌。馬剣星の奥義だけはある。ただの一撃で形勢を覆されてしまった。命に別状もなく後遺症も残りはしないが、一週間は動くことも儘ならなくなる。そういう一撃だった。静動轟一を用いて回避していなければ、確実にそうなっていただろう。

 しかし対峙する馬剣星もまた満身創痍。一影の奥義を喰らったのだから、それも当然といえるだろう。

 同時に確信する。互いに残る手は一つのみ。次の交錯で戦いは決着する。

 故にクシャトリアと剣星は、互いに最大の奥義を繰り出した。

 


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