史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第90話  切っ掛けは突然に

 人間関係において他者とのコミュニケーションというのは必要不可欠なことだ。

 シマウマにしてもライオンにしても草食動物、肉食動物問わず哺乳類というのは大抵群れをつくる生き物である。群れという集団があれば、その集団を統括するリーダーが存在し、群れ同士のコミュニケーションが行われるようになるのも当然だ。

 そして現代において最も巨大な群れを作った生物がなんなのかと言うと、勘のいい人間ならば察せるだろう。他ならぬ人間だ。

 社会や国家。果ては下町のジジババによるゲートボールクラブに至るまで。人間は巨大な群れの中に更に小さな群れを作り、その群れの中にまた小さな群れをという具合に、もう群れ群れな生物といっていい。

 特A級の達人という人間の常識を置き去りにした魔人達ですら、梁山泊や闇という集団に属しているのだから、人間の群れを作る習性は筋金入りといっていいだろう。

 人間は一人では生きていけない。学校の先生やお父さんお母さんに爺さん婆さんドラマに漫画にアニメ。○○は復讐なんて望んでない、復讐はまた新しい復讐を生むだけだ、とかいうのと並んで使い古された台詞の一つだが、こうやって冷静に考えるとある種の真実があるのだろう。

 つまりなにが言いたいかというと、どんな組織でも『ほうれんそう』は大切だということだ。なにせ食べれば超人的パワーが発揮される。

 

「それでこうして電話に出ているということは無事なんだな?」

 

『……はい。梁山泊の連中が山の方へ行っている間に、どうにか意識を取り戻し脱出を。しかし拳魔邪帝様が土砂崩れに巻き込まれているなどとは夢にも思わず……』

 

「いい。あれは九割方俺の失態だ」

 

 病室にあった黒電話でクシャトリアはアケビと連絡をとっていた。

 闇への報告の前に、現状を正しく把握するため先ずは自分の部下に連絡をつけておかなければならない。

 

「で。ターゲットだった女スパイはどうなった?」

 

『……我々も追撃はしたのですが、既に国連の闇排斥派の手に渡った後で。スパイが国連に保護された以上、我々の情報力だけでの追撃は不可能でしょう。ですから』

 

「任務失敗、か」

 

『………………』

 

 そもそも闇は女スパイを殺したいのではなく、女スパイの持っている情報を消したかったのだ。

 国連に保護された時点で彼女の持っていた情報は敵に渡っているだろうし、もはや彼女を殺すことは報復以外の意味を持たない。

 そしてここでまた使い古された台詞の一つの登場だ。復讐は何も生まない。

 女スパイを殺すことに何の利益もないのなら、これ以上彼女を追うのは時間の無駄というものだ。

 

「ふふっ。これまで多くの任務をこなしてきた。中には一国の国家元首の暗殺、誘拐もあったし組織一つの壊滅もあった。だが初めてだよ。この俺が任務を果たせなかったのは」

 

『申し訳ありません、邪帝様。全ては我々の――――』

 

「いや、俺の失態だ。お前たちは俺の指示に従い、逆鬼至緒の足止めという役割を果たした。役割を果たせなかったのは馬剣星を殺せなかった俺だけ……いや、女スパイ確保を命じていたリミもだな。よし、リミの修行メニューを厳しくしよう」

 

 これ以上、修行を厳しくすればリミの生存率がまた著しく下がるような気がしないでもないが、きっと大丈夫だろう。

 クシャトリアは小頃音リミの図太さを信じている。

 

「……それと潜入任務の件だが」

 

『それについては邪帝様が眠られていた間は、ホムラが変装して代わりを務めていました。今も学校でしょう』

 

「ならいい。尤もそろそろお役目御免が近づいていそうだがな。ホムラはそのまま代理を続行、アケビはリミに修行をつけておいてくれ。いつもの五割増しで」

 

『はっ!』

 

 アケビへの連絡を終えれば、憂鬱になる上への報告をやらなければならない。

 黒電話のダイヤルを回してとある電話番号へとかける。更にそこから多くのものを経由して、闇の中枢部へと伝播が届く。

 

『クシャトリアか?』

 

 まだ一言も発していないのに、受話器から一影の冷淡な声が響く。どうやら受話器越しの気配だけで誰だか察してしまったらしい。

 

「御久しぶりです、一影。御多忙とお見受けするので単刀直入に報告しますが――――」

 

『任務失敗の件についてか?』

 

「流石に耳が早い。ええ、その通りです。それでですね、実は紆余曲折あって梁山泊で治療を受けたわけですが、紆余曲折の説明は必要ですか?」 

 

『いや、不要だ。大体の予想はつく。梁山泊の流儀は分かっているつもりだ。君が梁山泊の治療を受けたからといって、君を裏切り者扱いなどはしないから安心してくれ。

 これからいよいよ〝落日〟も迫ってきている。君ほどの人材をつまらぬ理由で切り捨てるほど私も愚かではない』

 

 本当にトップが敵の事情に詳しいと、説明に余計な手間をかけずに済んで良い。

 底知れぬ恐さはあるが、ジュナザードが予測不可能な天災なら、一影の方は闇の長として目的が定まっている分、敵対しない限りは殺されないという安心感がある。

 仕事をこれでもかというくらいに押し付けるのは止めて欲しいが、ジュナザードと比べれば一兆倍はマシな上司だ。いやジュナザードと比べる方が間違いかもしれないが。

 

「てっきり任務失敗のペナルティーがあると思ったんですが、まさかの全くの無罪放免ですか?」

 

『今回は相手が悪かった。私の聞いた話によれば梁山泊は馬剣星と逆鬼至緒の二人を駆りだしたのだろう? 梁山泊の豪傑二人と対するには一影九拳が二人は必要。ガイダルの一件で分かっていたはずなのだがな』

 

「共同任務なら是非とも美雲さんでお願いします」

 

『考えておこう』

 

 珍しく鉄面皮の一影が苦笑した。

 そんなに可笑しいことを発言したつもりはないのだが、何か妙なところでもあっただろうか。クシャトリアは頭を捻って考えるが、答えが出ることはなかった。

 

「それともう一つ。岬越寺秋雨に潜入の件を感付かれました。まだ証拠まで掴んでいないと思いますけど、90%以上当たりをつけてますよ」

 

『……ふむ。彼なら気付くのも無理ないだろう』

 

「そろそろ潮時では? 白浜兼一君の情報については報告し終えていますし、今更監視の必要もないでしょう。YOMIの潜入も一時はどうなるかと思いましたが、今ではそれなりに馴染んでいますし」

 

『教師生活は辛いか?』

 

「――――いえ。まぁああいうのも、悪くはない、と思いますよ」

 

 生徒としてではなく教師の形とはいえ、もう一生緑のないと思っていた高校に通えるのは悪くない気分だった。

 まるで失ってしまった青春を取り戻すようで、潜入関係なく学校行事を楽しんだこともあっただろう。だが、

 

「如何せん他の仕事が多くて……正直スケジュールが厳しく……」

 

 ここ一か月のクシャトリアの平均睡眠時間は脅威の一時間足らず。徹夜が五日間続くこともざらにある。

 如何に人知を超えた達人といえど疲労はするのだ。というより達人の体力がなければ、クシャトリアはとっくに過労死していただろう。

 

「アケビとホムラも頑張っていますが、そろそろ限界です。他に回してください」

 

『私もなんとかしてやりたいのは山々だが、笑う鋼拳と殲滅の拳士の両名がビッグロックに収監され一影九拳も人手が不足していてな。

 だが確かにそろそろ潜入任務の意味は消失しつつある。そうだな、もう一つなにか切欠があれば君は休職という形で荒涼高校から撤退して貰おう。それでどうか?』

 

「分かりました」

 

 一影との連絡を終える。憂鬱だった闇への報告だが、一影の恩情で特に問題もなく終わってなによりだ。

 クシャトリアが受話器を置くと、丁度病室のドアが開いた。

 

「あ、クシャトリアさん。目が覚めたんですね」

 

「どうもですわ」

 

 恐る恐る病室に入ってきたのは兼一と美羽の二人だった。学校帰りなのか二人とも着ている服は荒涼高校の制服である。

 

「……兼一君に……風林寺美羽。成程もうこんな時間か。何か用か?」

 

「今日は尋ねたいことがあってきました」

 

「尋ねたいこと?」

 

「貴方が内藤先生なんですか?」

 

「――――――」

 

 余りにも真っ直ぐなストレートがど真ん中に吸い込まれていく。

 切欠があれば潜入任務から撤退させる。そう一影に言われたのはついさっきだが、流石にこうも早く切欠が訪れるとはクシャトリアも予想していなかった。

 

 


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