クシャトリアと兼一が秋雨の経営する接骨院で再会してから、時間は数時間ほど遡る。
前日に裏社会科見学があったからといって、次の日の学校が休みになる筈もなく、山を脱出した翌日には兼一はいつも通り学校へ登校していた。
そして学校が終わると暇だったので美羽と一緒に新白連合に顔を出してみたのだが、そこで宇宙人の皮を被った悪魔こと新島に捕まったのだ。
「よう、大将。土砂崩れに巻き込まれたり、敵の達人を捕虜にしたり昨日は災難だったそうじゃねえか」
「新島。なんだか今日は厭に邪悪な顔付だな。あと何処から嗅ぎ付けたか知らないが捕虜にしたんじゃない。入院しているだけだ」
兼一と新島の付き合いは新白連合の誰よりも長い。なにせ中学時代からの悪友だ。
そのため非常に不本意ながら新島の様子の変化も分かってしまう。本当に不本意だが。大事なことなので二回言いました。
「ケケケケケケケ。実は闇に潜入していた俺様の諜報員が耳よりな情報をキャッチしてな」
「諜報部ってそれロキじゃないか! 第四拳豪の!」
「20号さんもいますわね。あ、この餡蜜煎餅美味しいですわ」
「ケケケケケ。人材を適材適所に振り分けて使い尽くすのも将の務めってやつさ」
新島の持つコンピューターには黒服の男たちに囲まれ孤軍奮闘するロキと20号が映っていた。
第四拳豪ロキ。言うまでもなくキサラやジークと同じくラグナレクの中心人物だった一人だ。いや参謀であった彼は、事実上チーフの龍斗や第二拳豪のバーサーカー並みの強権をもっていたといっていいだろう。
そんな彼もラグナレク壊滅後、探偵事務所を開いていた所を新島の紹介で谷本コンツェルンの探偵部に雇われ、今では立派な新島の手駒だ。
しかし彼が新白連合に齎した情報は貴重なものばかりで、ロキの能力の高さを伺わせる。
そもさん。ロキはこの悪魔的頭脳をもつ新島を、純粋な知略で上回ったこともある数少ない一人。そして龍斗が参謀として任じた男でもある。
能力が高いのは当たり前かもしれない。
「それで新島。耳よりな情報ってのはなんなんだ?」
「新島? 新島大魔王様だろうが……と、いつもなら言うところだが、今回は事が事だ。いいか? これは冗談でもなんでもねえぞ。実はな、ロキによればYOMIだけじゃなく闇の達人が一人この学校に潜入してるらしい」
「なっ!」
「……本当ですの?」
衝撃的過ぎる情報に兼一どころか、あの場馴れしている美羽ですら表情を強張らせた。
「冗談でもなんでもねえって言ったばかりだろ。こいつはガチだ。で、その潜入している達人っていうのがまたヤバい奴らしくてな」
「どんな人なんだ?」
「シルクァッド・サヤップ・クシャトリア。次期一影九拳最有力候補とか言われてるらしい怪物だ」
「――――!?」
今度こそ兼一は美羽と二人して絶句する。
拳魔邪帝クシャトリア。言うまでもなく昨日の裏社会科見学で死闘を繰り広げ、今は岬越寺接骨院で入院中の人物だ。
「そ、それは確かなのか!?」
「ロキは仮にも俺様にちょこっ~と劣る頭脳の持ち主だぜ。ガセネタを掴んだりしねえよ」
「そんな……。だけどもし本当だとしたら、一体クシャトリアさんはどういう風にして潜入してるんだ? 僕は学校であの人の姿を見たことないぞ」
「闇にはルパン三世もかくやって言う凄ぇ変装技術があるらしい。それで別人に成りすましてるんじゃねえか?」
「!」
「ケケケケケケ。その驚きよう、心当たりがあるようだな」
「……ああ」
二日前での裏社会科見学。あの時、クシャトリアは自分に変装した部下を足止めに使い、自分は逆鬼師匠に変装することで女スパイを始末しようとした。
あの時はクシャトリアが変装したのが馬師父の良く知る逆鬼師匠だからこそ、変装を見抜くことが出来たが、もしそれが全くの赤の他人だったとすれば、或は馬剣星ほどの達人の目をもってしても正体を見抜くことはできなかったかもしれない。
「ま、となると問題は拳魔邪帝が誰に変装しているかってことだが。誰か怪しい奴に心当たりはあるか?」
「いや、僕には特に。美羽さんは?」
「うーん。そのような方に覚えはありませんわね」
「ま、そう簡単にボロを出すわけもねえか」
情報は得られなかったというのに、新島は特に残念がる様子もなく、手で持っているコンピューターに情報を入力する。
「ちっとばかし手間だがこうなりゃ学校の全生徒の身元を洗うしかねえな」
「大変そうだな。でもそれで分かるのか?」
「もといる別人に成りすますより、架空の人物を作り上げてそいつに変装した方が色々と楽だからな。そうなると怪しまれずに学校に入ってこれた今年の一年の中に、身分や経歴を偽造した奴がいるはずだ。そいつを――――」
「やぁ皆。ちょっと遅れて悪かったじゃな~~い」
「ったくよう。なんでこう補習ってのがあるんだよ。一日六時間授業で終わりでいいじゃねえか」
新島が言い切る前にドアががたっと開き、武田と宇喜田の二人が入ってくる。
宇喜田は補習授業についてぶつぶつ文句を言っていたが、なんだかんだで休まずに出席するあたり、余程留年が堪えたのだろう。
兼一は密かに自分は勉強を頑張ろうと決意した。
「やぁ。兼一君、ハニーと宇宙人となにを話しているんだい? 少し気になるじゃな~~い」
「あ、武田さん。実は新島と学校に潜入している闇の達人について話してたんですよ。……新島?」
「……………」
新島の様子がおかしい。目がチカチカと点滅しながら、頭のアンテナが怪しげな電波を飛ばし、口はパクパクと魚のように動いている。
様子がおかしいというよりは、様子が人外のそれと化していた。
やがて新島が真剣そのものの目つきで武田と宇喜田のいる方へ振り向く。
「なぁ武田、宇喜田。お前たちの補習担当教師の名前は……〝内藤翼〟だったな?」
「そうだけどよぉ。それがどうしたんだ?」
「内藤翼は確か去年の途中から荒涼高校に転勤してきたんだったな?」
「お、おい新島! まさかお前――――」
兼一の問いに答えることはなく、新島はずかずかと黒板の前へ行くと、チョークでデカデカと『内藤翼』と書いた。
武田と宇喜田は突然のことについていけず目を白黒させていたが、兼一は背中にナイフをつきつけられたような悪寒を覚えていた。
「なぁ。武田に宇喜田。翼を英語にしたらどう読む?」
「バード!」
「馬鹿、武田。そりゃ鳥だ。翼はウィングゼロ・カスタムのウィングだろ」
武田の珍解答は無視しつつ、新島が翼の下にカタカナでウィングと書く。そして内藤の下にはカタカナでナイトウと書いた。
繋げて読むとナイトウ・ウィング。DQNネームだと思ってしまったのは兼一だけではないはずだ。
そしてナイトウとウィングから其々矢印をひいて交差させると、ウィング・ナイトウと書き直す。なんとなくお笑い芸人の芸名のようだと思った。
「で。このナイトウから一文字消せば……こうなる」
新島が黒板消しで『ウ』の字を消すと、ウィング・ナイトというSFアニメのロボットの名前みたいなものが残った。
直訳すれば翼、騎士。繋げるのならばさしずめ翼の騎士と読むのが適当だろうか。
「そしてこの文字をティダート王国の公用語、つまりインドネシア語に訳すと……まさかの」
ウィングは翼という意味をもつサヤップへ。ナイトはインドにおける身分階級のうち王族・武人階級を現すクシャトリアへと書き直された。
二つの単語を繋げて読めばサヤップ・クシャトリア。翼もつ騎士。
「そ、そんな。まさか……」
「単なる偶然って可能性もあるが、俺様は9割方正解だと睨んでるぜ」
「!」
「内藤翼の正体は闇の武人、シルクァッド・サヤップ・クシャトリアだ」