ベタベタで全く変化のない刑事ドラマでは、犯人が刑事に追い詰められるというシーンが99.9%の確率である。
追い詰められた犯人の行動パターンとしては抵抗する、逃げようとする、人質をとる、自殺しようとするなど様々だが、これも95%ほどの確率で御用となる。偶に残りの5%くらいの確率で、犯人が自殺に成功したりするものの、それは非常に稀な例だ。
しかしいざ自分が犯人と同じような立場になってみれば、余りにも簡単に逃げられそうなもので拍子抜けだった。
「…………」
兼一はどこか申し訳なさそうに、けれど真っ直ぐにクシャトリアのことを見ている。その様子からして岬越寺秋雨からクシャトリア=内藤翼と教えられたようにも見えない。
そうなるとソースは梁山泊以外の、さしずめ新白連合あたりだろう。
クシャトリアの脳裏に新白連合の総督、あの宇宙人と悪魔を融合させた生命体の顔が浮かぶ。
(さて、どうやら白浜兼一君はまだ半信半疑。完全に疑ってはいないようだ)
白を切ることは簡単に出来る。ただ白を切りとおしたところで、一度生まれた疑問を解消するのは難しい。こうなるともう潜入の目的、史上最強の弟子と新白連合の調査という仕事をこなすのも難しくなるだろう。
それにそもそも調査の仕事は粗方完了しているのだ。無理に潜入を続ける理由もない。
「ばれちゃ仕方ない。そうだよ、兼一君。確かに俺は内藤翼という名前で荒涼高校に潜入していた。内藤翼としての経歴は殆ど真っ赤なウソだよ」
『!』
名前以外は、とは言うことはなかった。
それなりに見知った教師が闇の達人で、しかもそれがクシャトリアだったことに兼一と美羽も驚きを隠せないようだ。身が強張り緊張しているのが手に取るようにわかる。
白浜兼一が感情を表に出し易い人間なのは知っていたが、風林寺美羽の方も案外と表情に出るタイプのようだ。
クシャトリアの上司である一影こと風林寺砕牙が、常にポーカーフェースなのとは対照的である。
「ど、どうして潜入なんてしてたんですか!?」
「別に答えても構わないが、少しは自分で考えたらどうだい? 特に複雑怪奇な事情があるわけじゃない。十分に予想はつくはずだ」
「……転入してきたYOMIのバックアップとか?」
「惜しい。今年からそれも仕事に含まれたが、俺が教師として潜入したのは去年。まだ梁山泊と闇の抗争が本格化する前だ」
「うっ」
わりと自信があったのだろう。自分の答えをばっさり切り捨てられた兼一は、心にダメージを受けていた。
どんなプレッシャーにも負けずに命懸けで戦ったと思えば、些細な事でショックを受ける。つくづく精神的に強いのか弱いのか分からないタイプだ。
お蔭で調査の際どう報告すればいいか苦労したのも良い思い出である。
「梁山泊と闇の抗争前。内藤先生、いいえクシャトリアさんが転勤してきたのは時期的にはまだラグナロクが存在していた頃だったですわね……」
美羽は形の良い顎に指を当てながら熟考する。美羽の脳内では幾つもの推測が飛び交っているのだろう。読心術を会得したクシャトリアには、美羽が多くの可能性を展開しているのが分かった。
やがて一つの結論に達した美羽が面を上げる。
「潜入の目的は兼一さん、ですわね?」
「ふっ」
見事な答えにクシャトリアは口端を釣り上げた。
「ぼ、僕が目的ってどういうことですか?」
「いいですか、兼一さん? 闇が梁山泊を倒し、最強の看板を奪い取るには師匠だけではなくその弟子も倒す必要がありますわ。それは兼一さんも知っていますわね?」
「はい。だからこそこうしてYOMIと戦ってきたわけですから」
叶翔、ボリス・イワノフ、ラデン・ティダード・ジェイハン、イーサン・スタンレイ。当時まだYOMIではなかった朝宮龍斗と谷本夏を除外すれば、白浜兼一は既に四人のYOMIを撃破している。
だがまだ全員のYOMIが倒されたわけではなく、これからもYOMIは兼一の首級を狙い続けるだろう。
「ですが兼一さん。兼一さんが来るまで梁山泊にはそもそも弟子がいなかったんですの。私はお爺様の孫娘ですが、梁山泊の弟子というわけではありませんですし。
倒すべき弟子がいなければ、例え闇が梁山泊から最強の看板を奪いたくとも、真の意味で勝利することはできませんわ。だからこそ梁山泊と闇が争うことは、これまでありませんでしたわ。けれど――――」
「僕が弟子となったことで、状況が変わった?」
「中々の名推理だよ、風林寺美羽。流石は学校一の優等生」
わざとらしくクシャトリアはパチパチと拍手する。
「美羽、君の言う通り潜入の主な役割は、梁山泊の一番弟子〝白浜兼一〟の調査だ。白浜兼一が梁山泊の弟子として相応しい人物か、正式な弟子として迎えられているのか、YOMIと戦える程度の実力はあるのか……。それを見極めるために、俺は荒涼高校で君たちに近づいたんだよ。
兼一君がラグナレク第一拳豪オーディーン、朝宮龍斗くんを撃破した段階でYOMIに機が熟したと報告したのも実は俺だ。他にも色々と調べさせてもらったよ」
「い、色々……?」
「例えば小学四年生の時、体育の授業中に――――」
「あー、あー!! ストップ! それ以上は止めてください!」
「他にも君の父親が妻に送ったラブレターの内容とか、君の母親が夫へ囁いた愛の言葉とか、君の妹が胸を大きくするために怪しげな呪文を唱えたこととか……」
「なんでそんなことまで知ってるんですか!?」
「不眠不休の調査の成果だ。闇の情報力にかかれば、家庭のプライベートだろうと政治家の裏金ルートだろうと簡単に暴き立てられる」
「ごめんなさい。闇を舐めてました」
兼一は底知れない闇の組織力に戦慄していた。
実のところここまで細かく調査できたのは、クシャトリアのパシリ根性による無駄な頑張りの成果なので闇の情報力は余り関係ない。
ただわざわざ訂正する義理もないので、クシャトリアは勘違いさせたままにしておいた。
「ま、君にばれてしまったから潜入任務もこれで終わりだ」
置いてあった手甲を装備し直すと、クシャトリアはすたすたと病室を出ていく。
負傷は完全にひいていないが、処置の方は完璧に施されている。三日もあれば戦いに支障がない程度には回復するだろう。
故にもうここに留まる理由もない。
「闇へ、戻るんですか?」
「君はこちら側の人間、俺はあちら側の人間。ならあちら側へ戻るだけさ。
梁山泊には叶翔君の治療に俺の治療と恩は出来たが、その代わり君の命は守り通したし……ま、貸し借り無しのイーブンとしよう」
荒涼高校に戻ることはないと思うと、らしくもない寂しさに襲われる。けれどそんなものはとうの昔に死んだ感情だ。
当たり前の感傷を振り払うと、当たり前ではない闇の底へと戻っていく。
「クシャトリアさん! その、もし良ければ梁――――」
「洞窟で言っただろう。一度落ちればもう二度とは戻れないと」
差し伸べされた手を振り払う。十年前には欲しくて欲しくて溜まらなかったものだが、今のクシャトリアには必要のないものだ。
シルクァッド・サヤップ・クシャトリアは殺人拳を担う闇の武人。活人拳側に戻ることはない。
「一年とちょっとだったが、教師生活も悪くなかったよ。あと武田、宇喜田、筑波の留年三人組にちゃんと勉強しろと伝えておいてくれ」
最後にそれだけ言って、クシャトリアは光に背を向けると、自分のいるべき場所へと戻っていった。
このssを見た皆様。本日0時よりFate/stay nightの一時間スペシャルです。私のssのことなど忘れて、是非生で見ましょう。私も忘れます。