史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第93話  謀略

 犬でも猫でも、なんなら狸でもゴリラでもコブラでもいい。なにかしらのペットを飼っている人間は、当然の如くペットを世話する責任が生じる。

 餌を与え、粗相の始末をし、散歩に連れて行き、なにか病気になったら動物病院に連れて行く。飼い主がするべき義務を適当に列挙すればこんなところか。

 そしてペットを飼っていた経験がある者ならば分かるだろう。家族で旅行に行く際、ペットを連れて行くことは特別な宿泊施設でもない限り不可能だ。かといって人間ならまだしも、ペットを一匹で家に放置するわけにもいかない。

 そういう場合、大抵は親戚や友人などに、一時的にペットの世話を頼むものだ。

 言うまでもなくクシャトリアはペットなど飼ったことはない。そんな暇があれば自分の修行に精を出しているだろう。

 しかしペットではないが、弟子をとってはいる。ペットと弟子。まるで共通点のない二つだが、それに対して責任と義務が生まれるという点では同じだ。

 そしてクシャトリアは一影九拳の本郷晶より、ペットならぬ弟子を預かっている所だった。

 

「クシャトリア先生ー! 学校止めさせられたって本当ですか? 先生も大変ですね。汚職とかやっちゃいました?」

 

 デスパー島で銃撃を受け重傷を負った叶翔。常人であればリハビリに三か月はかかるとまで診断されたそうだが、伊達に一なる継承者に選ばれてはいない。

 暗鶚の血族であり、幼き日より人越拳神の修行を受けていた翔は、僅か二か月で全快どころか元のポテンシャルを完全に取り戻していた。

 今も準備運動に足を使わずに崖を登らしているのだが、無駄口を叩く余裕すら見せる始末だ。

 リミならば無駄口どころか悲鳴をあげているだろうに、この辺りは武術に浸かっている年季の差が如実に表れているといっていい。

 クシャトリアは崖を歩きながら、口を開く。

 

「ああ。汚職はしてないが似たようなものだ。生徒の一人に俺が影で人をぶっ殺してきたのがばれちゃってね。新白連合、元々はただの不良の集まりみたいなものだったそうだが、その情報力は侮りがたいものがあるな。特に総督の新島春夫。彼にはある意味で風林寺美羽並みの煌めく才を感じる」

 

「新島? 誰です、それ?」

 

「君も一度見てるだろ。君との試合を棄権しに白旗あげにいった男だよ」

 

「あぁ。あの宇宙人面した奴ですか」

 

 溢れんばかりの才能をもつ叶翔は、自分に劣るその他大勢の名を覚えない悪癖がある。

 ただ頭そのものの出来はトップクラスなので、新島の特徴的な顔そのものは記憶していた。

 

「けどあれが俺の片翼――――美羽並みの才能っていうのは解せませんね。あれ、踏みつぶせば簡単に潰せそうでしたけど」

 

「悪い癖だぞ。武術的才能で劣る人間は、凡人とイコールじゃない。君は呂布が武勇で孔明より強いから、呂布の方が孔明より偉大だなんて言うつもりか?」

 

「いやぁ。流石にそうは言いませんけど、それじゃあの宇宙人もどきは孔明ですか?」

 

「孔明かどうかはさておき、妙に高い求心力といい判断力、それに知略。生まれた時代が違えば、一国の元帥になってもおかしくはない逸材ではある。

 新白連合が曲がりなりにもラグナレクやYOMIとの戦いを通して組織を保っていられるのは、総督の新島春夫の影響が強いだろう。そもそも彼がいなければ新白連合は影も形もなかったわけであるし」

 

「ということは、その宇宙人を消せば新白連合は崩壊するわけですね」

 

 翔の目に危険な光が宿る。美羽を庇ったことの罰で、リーダーから降ろされYOMIからも除名された翔に、新白連合と事を構える理由はない。

 ただどうやったら組織を潰せるかどうかという方向に頭が回転してしまうのは、リーダーだった頃の名残だろう。

 

「いいや。新白連合は名前の通り『新島春男』と『白浜兼一』が主柱になって誕生した組織だから、片方の大黒柱が生きているうちは、弱体化することこそあれ完全に崩壊することもないだろう。大黒柱が両方折れれば終わりだが」

 

 新白連合には新島春男と白浜兼一以外に幹部もいるが、誰も彼もリーダーになりうるほど飛びぬけている人間はいない。

 二人が同時に組織から消えるなんてことになれば、恐らく組織は自然消滅することだろう。

 

「ワンマン組織の弱点だな。こういう組織の場合、初代がどれだけ組織を発展させるかじゃなく、二代目以降がどういう組織にするかで長生きするか決まるものだ。あ、それと楽そうだから重り追加ね」

 

「ぬ、おわぁ!」

 

 新たに10㎏の重りを追加され、翔がバランスを崩す。ここは崖であり、既に地上からは20mは離れている。落下すれば死は免れない。それでも叶翔に緊張はなく、直ぐにバランスを取り戻して崖登りを再開する。

 翔が崖を登り終えるのに、それから十分もかからなかった。

 準備運動を終えたことで、早速だが技の修行に入る。とはいってもクシャトリアがさせるのは既に覚えている技の復習だけで、新しい技を教えることはない。クシャトリアが一影に命じられたのは、あくまで叶翔の修めている武術が劣化しないよう維持することなのだから。

 ただ叶翔の才能は他のYOMIと比べても頭一つ飛びぬけている。空手と比べれば、他の九つの武術に比重は置かれていない筈なのに、彼が修得した技は殆ど劣化していなかった。恐らく師の本郷晶が自主練習を命じていたのだろう。

 

「そういえばクシャ先生。貴方の弟子、リミはどうしたんですか? 姿が見えませんけど」

 

 修行を一通り終えて小休止していると、翔が純粋な疑問の表情で訪ねてきた。

 リミが今どこでどうしているか。YOMI幹部なら簡単に予想がつくことであるが、YOMIを除名された翔には、そういった情報も入ってこないのだろう。

 

「リミは任務中だよ」

 

「へぇ。珍しいですね。いつもはクシャトリア先生もついていくじゃないですか」

 

「リミも緊湊だ。任務の一つや二つ一人でこなして貰わなければ。それに相手は新白連合。失敗しても死ぬことはない」

 

「新白連合……また奴等がなにかしたんですか?」

 

「なに。ちょっと闇の重要情報が入ったバックアップディスクをもって逃亡中でね。リミにはそれを回収するよう命じておいた」

 

「わりと重要そうな任務じゃないですか。それ」

 

「そうでもない」

 

 新白連合の所持しているバックアップディスクが、唯一残った証拠能力ある情報ならば、一影九拳クラスが赴く価値があるのだろう。

 ただクシャトリアは新島春男という男の頭脳を高く評価している。あれほどの頭脳の持ち主が、たった一つのバックアップディスクを頼みとするだろうか。

 答えは否だ。バックアップディスクそのものが囮、もしくはバックアップのバックアップが無限に存在する可能性もある。

 それが分かっているからこそクシャトリアが直々に赴くことはないし、他の一影九拳も出張っていないのだ。

 

「それにもう闇と梁山泊の戦いは、情報云々でどうこうなるような次元じゃなくなっている」

 

「〝落日〟は近いと?」

 

「ああ。美雲さんあたりは残る一つの懸念事項が解消されれば、即座に動くことを進言するだろう」

 

「なんです、その懸念事項って?」

 

「それは秘密だ」

 

 櫛灘美雲が『久遠の落日』を実行する上で、取り除くべきイレギュラーと認識している存在。それは誰であろう、クシャトリアの師匠ジュナザードである。

 血みどろの闘争と混沌をなによりも好むジュナザードだ。場合によっては梁山泊と闇、どちらにも属さぬ第三勢力となって暴れる危険性すらある。

 思い通りに動かない最強戦力など不要。櫛灘美雲であればそう考えるだろう。

 

「尤もいずれ解消するさ、その問題も」

 

 既に美雲はジュナザードを粛清するための布石をうっている。上手く事が運べば無敵超人とジュナザード、闇における最大の障害を同時に葬ることも可能だろう。

 師匠を殺すための謀を巡らしていると、クシャトリアのケータイが振動する。

 

「もしもし……」

 

『あ、師匠ー! 聞いてくださいよ! 実はリミ、ディスクを奪うことは成功したんですけど、なんかデブにディスクを握りつぶされちゃって……』

 

「明日の修行、七割増加な」

 

『ひっ!』

 

 リミの仕上がりもそれなりだ。動の気にも慣れてきたことであるし、そろそろ解放を施してもいい頃合いかもしれない。

 それにリミは静の気にも素養のある武術家。ハイブリット型の達人となれるよう、静の気の修行についてもつけるべきだろう。

 最低でも『気の解放』が出来る様になれば、落日を生き延びる確率もぐんと上がる筈だ。

 


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