「ほな、お先失礼します〜」
「あ、東條さん。もし良かったらこれからご飯でもどう? ご馳走するわよ? おめでたい日だもの」
「あー……ごめんなさい、先約が」
「あら残念。でも仕方ないか、金髪の美人さんによろしくね。──でも一言だけ。おめでとう!」
「ありがとうございます」
巫女服から着替え、ウチは神社をあとにする。すっかり冬の気配も消え去り、梅雨入り直前のふんわりした空気に包まれるこの季節が、実は好きだったりする。……最近は、暑すぎて気が滅入る事も多いが。
夏至の近い長い陽も、すでに建物の影に身を潜めてしまっている。
「…………」
残り少なくなっていた備蓄を補充しようかと考えたが、『今日は寄り道も買い物もせず、一目散に帰ってくるように』と同居人に釘を刺されていた事を思い出す。従わなければ、どんなペナルティが待っているか分からない。
「一週間掃除当番……ゴミ出し……洗濯物担当……どれも嫌やなぁ」
買い物も今日必須という訳ではない。ウチは大人しく自宅へと足を向けた。
「──ただいま〜」
玄関の電気を点けると、綺麗に揃えられたヒール。やはり、もう帰ってきているようだ。
つい最近管理職に昇進し、仕事も責任も増えたはずなのに。こうして早い時間に帰ってこられるのは稀なはすだ。
「ウチは高校からなーんも変わらず、巫女見習いなのになぁ」
と、危うく卑屈になりかけてとどまる。『今を全力で駆け抜ける』というのは、あの頃も今も変わらないのだ。
それに今日は自分にとっても特別な日。あまりマイナスな事を考えていては、鋭い同居人に勘繰られてしまう。
ウチはかぶりを振って、リビングへのドアに手をかける。
「ただいまー。言われた通り真っ直ぐ帰ってきたで、絵里ち──」
──パパパァンッ!
耳を突き抜ける破裂音。何が起きたのか、理解するのにしばらくかかった。
頭上から垂れる色とりどりのテープ、鼻を刺す火薬の匂い、そして、同じ体勢の八人の人影。
『ハッピーバースデー!』
一斉に唱和された声で、ようやく我に返った。
「み、みんな⁉︎ どうしてここに……⁉︎」
「希ちゃんのお誕生日だから!」
両腕を広げて答えたのは穂乃果ちゃん。何度か穂むらには顔を出しているが、ハツラツとした笑顔はずっと変わっていない。
「穂乃果はいっつもヒマしてるから大丈夫だけど、ことりちゃんとか真姫ちゃんは大変だったんだって〜」
「ヒマしてるのはあなたが不真面目だからでしょう。おじさまの味を超える和菓子を作らなければならないのに、負担を増やしてどうするんですか!」
「お説教する海未ちゃんには、もう和菓子作ってあげないもーんだ!」
「なっ……そういう姑息な手段に出るのは卑怯ですよ!」
「ま、まあまあ。二人共その辺で、ね? 今日は希ちゃんのお祝いで集まったんだから」
穂乃果ちゃんも海未ちゃんもことりちゃんも、なんも変わらんなぁ。……変わらなすぎやん?
「希、おめでと。今日の為にわざわざ非番取ってきたんだから、感謝しなさいよね?」
「真姫ちゃん、お休みの日はいっつも凛かかよちんの家来てるもんね〜」
「て、適当な事言うんじゃないわよ!」
「でも本当だよ? 三人でやるミニ演奏会、いつも楽しみなんだぁ」
「花陽まで……」
この三人も、相変わらず仲良しやんなぁ。大人になった今でも、微笑ましくてずっと見てられるわ〜。
「──あ、にこっち。来月出す新曲のCD、サイン付きでくれへん?」
「……私に対する第一声がそれかい。てゆーか、そういうのは自分で何とかするんじゃなかったの?」
「それはそれ、これはこれ」
「…………。まあいいけど」
「わーいありがとにこっち。お礼にワシワシしてあげる」
「やめんか! こっちも少なからず育ってるのよ!」
「──こーら、やめなさい」
にこっちににじり寄っていると、肩に優しく手が置かれた。
「……サプライズの計画したのは、絵里ち?」
「発案だけね。穂乃果に相談して、そこからは全部お任せ。まさか全員集まれるなんて、私も思ってなかったわ」
迷惑だった? と訊かれる。
「んふふ、ぜーんぜん」
絵里ちもずるい。
「久しぶりにみんなに会えて、何だか昔に戻ったみたい。ありがとね、絵里ち」
「私は何もしてないわよ。お礼なら、予定を合わせてくれたみんなに、ね?」
絵里ちは、苦労を表に出さない人。優しい人。ウチはよく知っている。
「うん、せやね」
「──そういえば、まだ言ってなかったわね。希、お誕生日おめでとう。これからもよろしくね、私の大切な人」