何故かこんな時間に完成していた……
さて、ダンジョンに降り立った私であるが。
このF級ダンジョンで目撃されている敵性生物はゴブリンと野生の狼程度である。
では、それらは何を餌に生きて、繁殖していっているのだろうか。
その答えは、私の目の前でうにょうにゅと常に形を変えながらゆっくりと移動をしている不定形の謎生物、スライムだ。
ダンジョン内には水が湧き出る場所があり、そこで水分を。
そして、食物は何故か無限に湧いて出てくるこのスライムを食べているとされている。
実際にスライムをお食事中だったなどという目撃例は数多く存在するらしく、当たり前のこととして受け入れられている。
このスライム、栄養がそこそこあるらしく、人が食べても問題が無い。味はお世辞にも美味いと言えたものでは無いが、とりあえず食い繋ぐことくらいは出来るのだ。
スライムはダンジョン内で必ず発見され、またダンジョン外では発見例がほとんど無い。
通説的にはダンジョンが生み出している魔物ということになっている。
戦闘力に関しては皆無であり、襲ってくることも無いのだから不思議なものだ。
で、こういった一連の現象を見て私はふと思った。
これって、体内とかと似たような構造をしていないかと。
詳しくはないのだが、人の体内では数多の細菌が身体に良い役割をもたらしたり、悪影響をもたらしたり、またそれらを退治するための機構が存在している。
例えば、このダンジョンが体内と同じ環境だったと考えよう。
棲みついた魔物は、共生関係にある細菌などと同じ。それらが栄養を補給するためのスライムは酸素を運ぶ赤血球だろうか。死人や倒した魔物をスライムが取り込んでいたなどという話も聞いたことがあるし、どちらかといえば白血球だろうか。
似通っている気がする。
が、そもそもこれが生物だとしたら、消化器官などが無いのもおかしいし、そもそも生物の定義はどんなだったろうか。
確か、代謝(食べる等のエネルギーの流れ)と子孫を残すとかだった気がするが……。
あまり思い出せない。
そう考えると、違うような気もするし、例え合っていたとしてもこれを証明するのは非常に難しい。
もし、これが生物だったとしても、壁を削っても落ちてくるのは石ばかりですぐに再生されてしまうため、臓器の類があるかも分からない。
そもそも、石と完全に同化しているようなものであれば、私に調べる術は無いのだ。
私には前世の記憶という、科学の常識が半端にあることだけが研究への利点であり、前世で研究者だったり科学を専攻していたりした訳でも無いのだ。
お金が急務だったからこうして頭を悩ませているだけであって、本来ならばエルフの長い時間を使ってのんびり手探りでやっていこうなんて考えていたのだ。
いや、だとすると研究所に誘われたのは良かったのか、悪かったのか。
今だけで見ればこうして装備も整えてダンジョンに来ることが出来ているという点では良いが、これが何十年と先になったとしよう。
当然、人であるケンキとエルフの私では時間の流れが違う。
で、研究所発足当初からいるメンバーであるとか、絶対に厄介ごとが舞い込んでくる立場になるだろう。
目先の利益にとらわれて、重大な選択ミスをしたのかもしれない。
でも、エルフの感覚で言えば数十年などあっという間であるが、人間だった前世の記憶で言えば考えるのも馬鹿らしいくらいの年月なこともあって。
その辺りの価値観が混同していて、研究によって前世のことを思い出していたがために目の前にばかり目線が行っていたのかもしれない。
もう少し長期的に見なければ。
ああ、また思考が明後日の方角へ走って行ってしまっていた。
私はひとまず、ダンジョンの壁の土をナイフで軽く削り、小瓶へと回収した。
で、この壁の奥の方にもしかしたら、臓器とかが隠されているのかもしれないと考えると、可能な限り破壊してやりたくなった。
という訳で、ダンジョンの入り口などという何も無い地点で魔力を練り上げる私。
イメージはとにかく細く、そして鋭く。
壁をぶち抜いてその向こう側にあるものまで到達することをイメージし、指先へと風を集めていく。
最初は荒れ狂っていた風は徐々に収束し、球状へ。
その大きさからは考えられないほどの濃密な魔力を保持したそれに、さらに力を籠め、限界まで小さくしていく。
そして、ダンジョンの壁へ向かって、解き放つ!
『バレット!』
銃弾の名を冠すこの魔法は、されど銃弾とは比べ物にならない破壊力を持って壁に着弾した。
ただただ、まるで障害物など無いかのように壁の中へのめり込んでいく風の球体。
土壁が削れることによって生じる土煙すら、その内部の暴風によって取り込まれるせいで、その様子はよく観察することが出来た。
やがて、壁の中を1m程度通過していったところで風の球体は失速していき、やがてパッと消えた。
私程度の実力では精々1mが制御の限界だった。
さて、親指ほどの大きさの穴が開いた壁の中を照らしてみれば、奥までは見えないものの、既に再生が始まっているようだった。
私は急いで、小瓶を穴の入り口に構え、風を動かすことによって消える直前に削られたはずの土を回収する。
ものの1分も経たないうちに穴は完全に塞がれてしまった。
手に入れた土は、見た目は表層の壁の土と何ら変わりが無い。
だが、よーく見てみると僅かに奥の土には魔力が籠っている……ような気がする。
とりあえずと購入しておいたラベルにそれぞれのサンプルの名前を書いて、小瓶に張り付けた。
これで間違えることは無くなるだろう。
所詮研究といえば、資料を集めてのトライ&エラー。
よくよく考えれば考えるほど、即座の金銭獲得には向いていないな。
この土も戻って様々な試行錯誤を繰り返して、ようやく使い物になるかもしれない程度のものだ。
もういくつかサンプルを採取したら一度戻ろうか。
そういえばスライムも気になるし、小瓶に入れれるサイズだけ切り取って持ち帰ろうか。
いやはや、興味は尽きないものだな。
次から次へと調べたいものが出てきてしまう。
その後、私はダンジョンの中間層、深層にて同様にダンジョンの土を。
ついでとばかりにスライムの切れ端を二瓶と、襲い掛かってきた野生の狼の血を一瓶に採取して帰るのであった。
その際、たまたまではあるが、良質な鉄塊を見つけ街に戻るとそこそこで売れたために、お金の心配が少し減ったことをここに追記しておこう。
当然の如く、この世界に精錬技術なんてものは無い
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