無意識な梅が二時間でやってくれました。
〇月◇日
この世界に暦という概念は無いが、四季はある。
そのため、凡その間隔上で日付を入れることとした。
あくまで、覚えであって、大した意味は無い。
ダンジョンから帰ってきて始めにしたことは研究所へ足を運ぶことだった。
使い勝手の良い魔道具なんかがあれば、借りていきたかったからだ。
なんだかこのままズルズルと引き込まれていきそうだが、無い袖は振れないもので、気になることを調べるためにも行かなければならない。
最悪経費とかで落ちないだろうか。
教えられた場所へと行くと、まあ普通の一軒家の建物だった。
研究所にはどう見ても見えないと思っていたが、中に入ると継承権が無くとも貴族様の立てた建物であったと思い知らされた。
扉も、ノックしても誰もいないというのに空いていて不用心かと思えばそういう訳でも無い。
内側を見ると何やら複雑な魔法陣が描かれていたのだ。専門では無いため、推測であるが、おそらくこの場所を教えられた者にしか、この扉を認識出来なくなる魔法だろう。
某魔法使いの活躍する学園モノでも似たような魔法が存在したが、便利な魔法として行きつく先は同じということだろうか。
中に入ると外観からは想像が付かないほど、広い空間が広がっており、高価と思われる魔道具や、真新しい机、そして真っ白な連絡板と書かれたいわゆるホワイトボード、そして様々な資料と試料。
真新しい匂いがして、出来たばかりなんだなというように思う。
立地としては街の中心にほど近い、それなりに良い場所。
私が泊っている、安くて最低限の部屋割りのある宿からは徒歩20分。
近いのか遠いのか何とも言えない距離だな。
まあそんなことはどうでも良いのだ。
いや、せっかくだから忘れぬように、研究所の位置をこの研究日誌にも書いておこうか。
どうせあのタイプの認識阻害は、許可された人間によって知らされなければ、認識出来るようにならないのだ。
とにかく、私はいくつかの魔道具を見繕って、ただそのまま持っていくのは拙いと思ったため連絡板に借りたい旨を記入しておいたのだ。
今日は自身の力だけで出来る簡易的な検査をしよう。
で、宿に戻ってきて、採ってきたサンプルを取り出す。
皆、見た目はただの土であるが、やはりというかどの位置で採取した土も壁の奥から採取したものには微量ながら魔力が宿っており、表層のそれには魔力が無いことが分かる。
何となく、深層に近い部分から採取した土の方が魔力の保有量は多いような気がするが、流石にこれほどの微量な魔力の多寡を感じ取るのは個人の力では難しい。
これはあの魔道具を借りてきてから調べるとしよう。
さて、魔力が含まれている土であることは分かったが、それが生物に由来するものなのかはイマイチ分からない。
例えば、ミスリルなど。この世界には魔力を保有する無機物だって存在する。
だが、異なる地点において、壁の奥からのみ魔力を含んだ土を採取することが可能ということはやはり、何らかの条件はあって、ダンジョンは成り立っているのだろう。
それを解明したい。
〇月▽日
前述の翌日のことだ。
再び研究所へと足を運ぶと相も変わらずもぬけの殻であった。
しかし、連絡板を見るとそこには、追記がされており、持ち出す備品の名前を紙に移し、キチンと返すならば、何を持って行っても良いと書かれていた。
追記の横には頭文字でも取ったのか、『K』と書かれている。ケンキか。
ちなみにこの世界にしっかりとした文字の文化は存在しない。
これは共通語なんていうものにも当てはまる不思議であるのだが、魔力を通して、自身に意味が分かる文章を書けば、それはそのまま相手に伝わってしまうのだ。
魔力万能説がまた一歩前進してしまった。
そんな訳で、私がこの研究日誌を日本語で書こうと、英語で書こうと、私がそれを文字として認識さえしていれば、身体から漏れ出る余剰魔力だけで、十分に万民が読める文章として成り立ってしまうのだ。
故に識字率は最高であるが、文化としては最低なのである。
原始人でも、少しは独自の形態を築き上げていたのではないだろうか。
話がだいぶ逸れてしまった。
魔道具を借りてくることが出来たため、再度魔力量の調査を行った。
結果は私の想像通り。深層に近い箇所のサンプルの土の方が僅かながら、保有魔力が多かった。
最も、最初よりだいぶ魔力も抜けてしまい、もう数日もすればこのサンプルは使えなくなってしまうだろうが。
そして、借りてきたもう一つの魔道具は、現代で言うところの遠心分離機だ。
簡単に言えば、物質をガチャガチャのカプセル程度のこの魔道具の中に入れ、魔力を注ぐことで、魔力が強烈な渦を作り出し、中のものを魔力への親和性毎に分離するというものだ。
これを壁の奥から採取したサンプルに使用したところ、土は二層に分かれた。
まず、9割以上を占める魔力を全く含まない土の層。
そして、微量ながら魔力を占める残りの5%未満の層。
こちらはよく見ると何となく茶緑色のような色をしている。
要するにこちらのほんの少しの層がダンジョンの本体になるのではないだろうか。
私の仮説のようにダンジョンが生物であるとするならば、これはその生物の表皮か、それとも内皮の一部なのか。
対象実験のためにいちおう表層の土も分離するが、分かれるまでも無く、土のままだった。
もう少し奥まで掘ればもしかしたら、何か別のものが現れるのかもしれない。
だが、それは難しい問題であった。
ダンジョンには自己修復機能がある。もちろん実力者を探せば、私が穿った以上の深さまで掘り進めることも出来るだろう。
しかし、それを依頼するのに一体どれほどの対価が必要になるのか。
そもそも、その先を見れば本当に新しい発見があるのか。
ダンジョンの正体の有名な噂話には魔力が形成した異界への門だというものがある。
もし、本当にそうだとしたら。
そこに穴を穿てば、自分は二度とこちらの世界に戻ってくることが出来なくなるのではないだろうか。
そんなリスクを負ってまで、協力してくれる人がいるのだろうか。
そもそも、私が調査したのはたった一つのダンジョンだけだ。
世界にはいくつものダンジョンがあり、それらが全く同じである保証などどこにも無い。
せめて、三つ四つ、通常に考えれば十は別のダンジョンからサンプルを取り寄せる必要がありそうだ。
私には科学の常識という武器があるが、その仮説を証明するのは一筋縄ではいかない。
まあ、焦ることは無いのだ。
私には時間があるからこそ、こんなことを行っている。
十のダンジョンから、それぞれ十のサンプルが必要ならば、何年もかけて、集めていけば良いのだ。
私はこれらのサンプルを小瓶に戻した。
可能であれば、顕微鏡みたいなもので細かく観察したいところだが、そういった魔道具があるとは聞いたことが無い。
無ければ作れば良いなどと言うかもしれないが、私に顕微鏡の仕組みの知識は無いし、錬金術の知識も大して持ち合わせていない。
この世界には謎が満ちている。
一日二日で解明できるはずも無いのだ。
まあ、気長にやっていこうではないか。
小瓶の中は静止した世界だろうか。
生き物がいないならば、そこに変化は訪れない。
しかし、その小瓶の小さすぎる変化に、私は気が付かなかった。
その変化は確かに迷宮の正体に近づくためのものであったが、この頃の私には、知識も道具も経験も、それに気付くには何もかもが足りていなかったのだ。
掲示板とかやってみたいの
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