『天国』に到達したプッチ神父。
彼を倒せてしまった、空条承太郎の話。

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題名通りの話です。


承太郎が娘を守れずプッチを倒した話

 

 

 

ケープ・カナベラルにて。

 

 

止まった時が動き出す。『星の白金』の拳がDIOの暗黒の遺産を粉々に打ち砕いた。これで何もかもが終わると信じたままに。

 

頬に血飛沫がかかる。それは目の前の神父の血でも、空条承太郎自身の血でもなかった。『ダイバー・ダウン』によって潜航し、傷を肩代わりしたナルシソ・アナスイのものでも無い。

 

 

 

ーー青ざめたな。

 

 

過去に、怨敵が刃の雨を降らされた時の言葉を思い浮かんだのは、何故だったろうか。

 

 

『メイド・イン・ヘブン』を発現し、しかし尚、ジョースターの血統に打ち負けたプッチ神父の顔は、悔恨に歪んだまま。事切れている。 

 

ぞくりと悪寒が走る。鏡を見ずとも、自らの血の気が引いている事が分かった。

その、口惜しみと怒りの形相にではない。

 

 

神父の口は歪んでいた。三日月のように。

にたり、と。

 

横など見たくは無かった。見ないままで居られるならばどれほど幸福だったか。

 

それでも、見なければならなかった。

起きてしまった事を。

自らの、罪と罰を。

 

 

 

一つ、二つ、十。

 

それ以降は、数える気にもならなかった。

ナイフの針山。針山となっているモノが自分の娘だと認めたくなくなる程の惨状。

 

何か備えはしてないだろうか。

服の下に何かを忍ばせたりは?

『糸』によるガードは?

 

出来るわけも無い。光の早さにまで加速したそれに、対応する事など出来るはずも無い。その暇も無かった。では、尚更治療をしなければ。

 

抜いてはいけない、出血が酷くなる。

ではどうする?まずは止血を。服を破って、包帯の代わりに。どうあろうと間に合いそうにない。息が無い。心肺蘇生を。

 

 

…ただ二人、生き残った仲間達。

少年、エンポリオ・アルニーニョと女傑、エルメェス・コステロが止めるまで、承太郎は無駄な蘇生を繰り返していた。

 

 

彼程の聡明な脳髄が、そも、息絶えているというシンプルな事実を拒んでいた。

恣意性をもって、必死に。

 

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

 

エルメェスは、犯した罪は罪であるとして、刑務所に自ら戻っていった。

最後に言った、徐倫とここに戻りたかったという言葉が忘れられない。

 

 

エンポリオ少年は、身寄りのないままにさせる訳にも行かず、空条家に引き取られる事となった。

幽霊の家具は、財団の協力もありながら、少しずつ持ち込まれている。

 

 

承太郎は、今日も座っている。

そのソファベッドを揺らす事も無く。ただ俯いて。休暇を取ってからは、ただ諦念と無力感に囚われている。

 

 

このままでいる事など誰も望まない。

自分自身さえも。

それでも今は、これしか出来なかった。

 

娘に想いを寄せていたというアナスイが生きていたならば、彼を何と言っただろうか。

守れなかった事を、見殺しにした事を責めたのだろうか。鬼畜だと責め立てたろうか。

 

ふと。あの決戦の最中に彼が言った言葉を思い出す。

 

 

(…ああいう事だったならば、あの時、もう少し丁寧に返答しておくべきだったのだろうか)

 

 

ああ、そうだ。いつだって、後悔だ。

いつだって、何かが終わってしまってから、ああではなかった、こうではなかったと考えばかりが及ぶ。

最早無駄でしか無いとは分かっているのに。

 

 

無駄でしかない。分かっている。

それでも、考えてやまない。

 

あの時、娘を救えばよかったのにと。

 

あの一瞬で、娘を助け、神父を打破する事が出来たとは到底思えない。

そのまま自分が殺され、皆殺しにされていただけかもしれない。

 

だが、もしも。あの時助けていたならば。

間に合う事があったなら、今は無かったのではないか。この現在は、存在してくれなかったのではないのか?

 

 

(あの時。私は本当に、あのナイフに気付いていなかったのか?)

 

 

考えてやまない。あの時本当は、助ける事が出来たのではないか。その後はどうであろうと、助ける事だけは、少なくとも。

 

 

考えて、やまない。

 

『あの時、気付いていながら、神父を斃す事を優先したのではないか?』

 

 

あの瞬間でなくては打倒は敵わず、世界を救う事が出来ないとわかって居たから、娘を見捨てたのではないのか。

 

真実、見殺しにしたのではないのか。

世界を救う為に。自分が助かる為に。

 

 

(……)

 

 

答えは無い。当然だ。

それを答えられる者は、何処にも居ない。

刹那の一瞬を見られた者は、プッチと自分しか居らず、プッチはこの手で殺したのだ。

 

 

他は皆、捉えられていない。

 

エルメェスは、少し恨めしいような眼でこちらを見る事もあったが、しかしどうしようも無く、ただ泣いていた。

 

エンポリオは、殊更に彼を責める事はしなかったし、寧ろ、あの時仕方がなかったと慰めるように話してくれた。

 

 

誰も、彼を責めはしなかった。

それが彼にとっては何よりも辛かった。

 

 

 

(……私は…)

 

 

自分の娘の顔が、片時も離れない。

覚醒している時は勿論、睡眠の時も。

彼の目の下にはくっきりと隈が出来ている。

 

 

父親らしい事は何一つしてやれなかった。

愛も与えず、言葉も伝えず。愛していた事は間違いない。だが、勝手に想うだけの愛など、子供に通じるものか。

 

でも、だから。少なくとも、これだけはと。

ただ守る事だけはしてやろうと思っていた。

血統の呪いから、ジョースターの宿命から。

苦しみの連鎖からだけは、と。

 

だが結果はどうだ。この通りのザマ。

結局、何も出来なかった。

 

 

(…何がしたかったんだ)

 

 

 

自死は、一瞬だけ考えた事がある。

だが、直ぐに考える事をやめた。

 

それもまた、誰も望まない事をわかっていたし、何より彼女を犠牲にしてまで助かった命を無為に捨てる事など、彼自身が許せない。

 

 

…否。そんなものは言い訳に過ぎなかった。

 

 

 

(そうだ、私は……)

 

 

そう。きっと、彼は。

 

唯一まだ残っている、生きている娘を。

彼の記憶の中にだけ存在する、空条徐倫を生かしていたいだけなのだ。

最早記憶にしか残らない、幽かな彼女を。

 

その記憶の中の彼女すら、朧だ。

自分に笑ってくれた事はこんなにも。

こんなにも少なかっただろうか?

 

助ける事も、笑わせる事も、愛を与える事も。自分が世界より大切だと思っていたものに自分は何をしていたのだろう。

何も、していなかったのだろうか。

 

 

(……)

 

 

虚脱と虚無感が、ひたすらに彼を襲う。

 

窓から空を覗き見る。

忌々しいまでの快晴だった。

しばらく、晴れるらしい。

 

 

日の目を避けるように。

彼はまた、ゆっくりと俯いた。

 

もう、それしか出来なかった。

 


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