CクラスとFクラスによる試験召喚戦争は、クラス代表の相打ちによって前代未聞の引き分けという結末を迎えた。勝ちでもなく負けでもないその結果に両クラスは動揺を隠せないでいる。設備交換や様々な交渉が行われるはずの戦後対談を前にして、会場として宛がわれたCクラス教室内は異様な騒がしさに包まれていた。
CクラスとFクラス、総勢百名ほどが輪を作る中央で代表格のメンバーが向かい合う。Fクラス側は坂本雄二に吉井明久。対するCクラス側は小山友香に波多野進だ。引き分けと言う結果を前にして、彼らはどのような判断を下すのか。
「まぁとにもかくにも、だ。今回の試験召喚戦争は代表相打ちによって引き分けっつう結果に異論はないな?」
「えぇ。その点に関しては事実だしね。正直悔しいにも程があるけれど、相打ちだもの」
「いやー、でもホント危なかったよー。ここで負けなくて良かったぁ」
「お前は何もしてないだろ、吉井」
「あはは、それは言わないでくれると助かるかな」
「……アンタ達、少しは場の雰囲気に合った緊張感ってものを持ちなさいよ」
「言っても無駄だろ。馬鹿は死んでも治らん」
『誰が馬鹿だ! 馬鹿って言った奴が馬鹿なんだぞこのバーカ!』
「ほらな?」
「波多野……アンタがなんでCクラスなのか偶に本気で不思議だわ……」
坂本の挑発に吉井と二人して叫び声をあげる副代表のあまりの情けない姿に額に手を当てて顔を顰める小山。一応今回の戦争における立役者のため本来ならばクラスを上げて讃えるべきなのだろうが、当の本人がこの調子ではあまり褒める気も起きない。いや、小山的にはよくやったと思っているし、絶体絶命の大ピンチに追い込まれた時に見せた真剣な表情はカッコよかったと心の底から――――
「どうした小山。急に顔を赤くして」
「なっ、なんでもないわよ! ちょっと戦争後で全身が上気しているだけ!」
「え、なんだよ。もしかして興奮してんの?」
「アンタは黙ってろ!」
「ひでぇ!」
相も変わらず調子に乗ろうとする馬鹿を一喝の元に黙らせると、火照った顔を冷ますべくぶんぶん首を振ってから改めて坂本に向き直る。
「そ、それで、今回は引き分けだけど、戦後交渉はどうするの? 私達に挑んで来たんだから、一応考えはあったんでしょ?」
「あー、それなんだが……この戦争はCクラスに対する牽制が目的だったから、特に要求することはないんだ。しいて言うなら、互いに不干渉を貫きたいってくらいだな。俺達の方から要求することはねぇよ」
「はぁ……なんか拍子抜けね。Fクラスの事だから『設備を寄越せ!』とでも言ってくるかと思ったのに」
「Aクラスの設備を手に入れる予定があるのにCクラスの教室を貰っても意味ないだろ?」
「どこから湧いてくるのよその自信は」
「自信なんてねぇよ。ただ、俺達には確信があるだけさ」
「……意味わかんない。バッカじゃないの」
「最高の褒め言葉をありがとう」
ニヤリと口元を吊り上げて不敵な笑みを浮かべる坂本を見て小山は呆れの表情を隠そうともせず肩を竦める。バカと天才は紙一重だとはよく言われるが、かつて神童と呼ばれていた目の前のFクラス代表はまさにその諺を体現しているなぁと思う。頭が切れて行動力のあるバカとか危険物以外の何物でもない。
再び溜息をつく。
Fクラスから要求することはほとんどないらしいから、今度はCクラスが考える番だ。戦争が引き分けで終わった以上、こちらにも何かを要求する権利がある。たとえ向こうが何もしなかったとしても、できることなら最大限手を打っておくに越したことはない。保険はいくらかけてもかけ足りないものなのだから。
さてどうしよう。うんうんと唸りながら首を傾げる小山だったが、彼女が頭を悩ませるのとほとんど同時に副代表波多野がふと口を開いた。
「聞きたいんだけどさ、坂本達は次にどこのクラスを狙うつもりなんだ?」
「……唐突だな」
「ちょっと気になってさ。Cクラスに仕掛けたんだから次はBクラスだと思うんだけど、どうなんだよ」
「馬鹿正直に教える利益が全くないな」
「まぁそりゃそうだけどさ……でも、利益がゼロってわけでもないぜ?」
「何?」
思わせぶりな波多野の発言に坂本が思わずといった様子で眉を顰める。次に狙うクラスを言う場合に発生するのは「自分達の目的及び戦略がバレる」というデメリットだけのはずだ。波多野が胸を張って言うほどに高いメリットがあるとは到底思えない。坂本はそれを分かっているから首を傾げたのだろうし、現に小山も波多野の真意が掴めず疑問符を浮かべている。先程から対談にすら参加していない吉井に至っては理解することを諦めて呆けている始末だ。さすがに吉井程ではないとしても、波多野の考えていることがまったく予想できない事実は小山としても変わらない。
三人の視線が波多野に集中する。
「俺達Cクラスはこの後Bクラスに試験召喚戦争を申し込む。そしてこれはあくまで俺の予想だけれど、お前達FクラスもBクラスに試験召喚戦争を申し込むつもりでいたはずだ」
「それは、えっと……」
波多野の質問を向い合せに聞いていた吉井が慌てた様子で坂本に視線を送る。クラスにとって重要、機密情報と捉えても良い質問内容だから、迂闊に答えても大丈夫かどうかを確認しているのだろう。自分があまり頭を使う役柄ではないと自覚している吉井が坂本に意見を求めるのは極々自然だ。
だから坂本は軽く溜息をつくと、あくまでも牽制状態を崩さずに答える。
「仮にその通りだったとして、お前達Cクラスが俺達にどういう利益をもたらしてくれるって言うんだ?」
「そうだな……。まずはその前にたとえ話なんだけど……強大な敵がいたとして、一人で敵わない場合に坂本はどうする?」
「どうするってお前、そりゃあ仲間を募って多対一に持ち込む――――」
はた、と坂本の動きが止まる。
ニィ、と波多野の口元が吊り上る。
状況についていけていない吉井と小山は二人の様子に首を傾げながら場の行く末を見守っていた。
参謀同士の会話が……終着点を迎えつつある。
「波多野、まさかお前……」
「……あぁ、おそらくは坂本の思っている通りさ」
「何よ波多野。もったいぶらずにさっさと言いなさいよ!」
「分かってるよ。分かってるからヒス起こすなって」
「ひす?」
「明久。場の空気が壊れるからお前はちょっと黙ってろ」
若干一名が戦力外通告を受けて落胆しているが、そこはおいといて。
おそらくは考えを察して度肝を抜かれたような表情で固まっている坂本と置いてけぼりをくらって苛立っている小山の方を向くと、周囲で様子を見守っているCクラスFクラス全員に聞こえるように声を張り上げて、波多野は盛大にこう宣言するのだった。
「Bクラスを倒すために、俺は今この場を借りてCクラスFクラス連合軍の結成を宣言するぜ!」
『……はぁっ!?』
波多野と坂本を除いたその場にいる全員から驚きの声が上がる。それもそのはず。教室の設備を争う試験召喚戦争において、クラス同士が連合軍を組んで一つのクラスに勝負を挑むなんていう事は前代未聞だからだ。それはクラス代表である小山にとっても同様で、そもそも原則として有り得ない提案を言ってのけた目の前に大馬鹿野郎に対して言い知れない驚きと呆れを覚えている真っ最中である。今すぐにでも叫び倒してやりたいくらいだ。
だが、周囲が騒々しくなる中で一人だけ冷静なまま思考を続けていた坂本が落ち着いて質問を続けていく。
「試験召喚戦争の規則として、多対一は大丈夫なのか?」
「校則の第一章には『原則としてクラス対抗』とは書かれているが、別に複数クラスでの対抗戦が駄目なんて書かれていないよ」
「そりゃそうだが、相手はBクラス単体だろ? 多勢に無勢で戦争自体が成り立たないんじゃないか?」
「こっちは二つともBクラスにとっちゃ下位クラスだぞ? それに、用心深いAクラスが相手ならともかくBクラス代表はあの根本恭二だ。俺達みたいな雑魚連合軍の戦争を拒否するなんてアイツのプライドが許さないだろうさ」
「学園から許可が出るとは思えないが」
「出るさ。『勝利のためには手段は選ばない』、『時には集団で対抗する』なんて戦争の基本だし、何より『成績下位クラスが協力して成績上位クラスに立ち向かう』なんて世間様にとっちゃ熱い展開以外の何物でもないだろ? 話題作りにもなるから、スポンサーへのアピール代わりにきっと了承してくれる」
「……勝率は?」
「俺とお前が考えて吉井率いるFクラスの行動力と小山率いるCクラスの団結力があるんだぞ? 勝てない道理がどこにある」
「馬鹿だなお前」
「よく言われるさ」
嘆息気味に漏れる坂本の言葉に満面の笑みで答える波多野。どこまでも純粋でどこまでも子供じみた笑みを顔全体に貼りつけた彼は周囲を見渡すと、意気揚々といつもの台詞を言い放つ。
「だって、そっちの方が何千倍も面白いじゃんか!」
――――あぁ、やっぱ進はバカだ。
思わず溜息が零れる。もうかれこれ一年間彼の友人として行いを見てきたわけだが、彼が持つ年齢不相応の好奇心と行動力にはいつも呆れさせられる。後先考えずに面白さを求めるためだけに重点を置いて行動するから、その後の尻拭いで苦労するのはいつも小山の方なのに。毎度毎度謝罪巡りに奔走する自分の気持ちにもなってほしいところだ。いい加減に胃がストレスで破れるのではないかとたまに本気で心配になる。
(……でも、私は――――)
立ち上がって生徒達を説得している波多野に視線を向ける。楽観的で直情的で、その場の勢いで突っ走る猪みたいな馬鹿野郎。いつも小山に迷惑をかけてばかりいる問題児。それでもたまに凄い洞察力と頭の回転を披露して周囲を驚かせ、Cクラスを引っ張ってくれるよく分からない参謀役。最後には毎回小山を支えてくれる副代表。そして、かけがえのない親友。
考え、理解し、決意した。彼女の中で答えが定まった。
揉みくちゃにされながらも必死に訴えを続ける問題児に視線を向けたまま、小山友香は一人の女性として彼への想いを自覚する。
(私は、そんな貴方が大好きです)
勝とう。絶対に、根本率いるBクラスを倒すんだ。
胸に秘めたほんのちょっとの感情を内心に押し留め、少し頬を染めながら。
小山は場の収拾を付ける為にとりあえず声を大にして叫ぶことから始めた。
うぉー!