決戦当日。
打倒Bクラスを掲げるCクラスとFクラス。教室の距離的に行動を抑制されやすいCクラスは大半がFクラスの教室に移動している。現在Cクラスに残っているのはごくわずか。余談ではあるが、波多野も残留部隊に配備されている。
畳と卓袱台が目立つ旧校舎の古い教室。その前方で古びた教卓に手を付いた坂本雄二が雄々しい表情で戦前演説を始めていた。
「皆、今回の戦争は、俺達Fクラスにとっても負けられない正念場だ。Aクラス戦を前にした最大の壁とも言えるだろう。俺達だけではゆうに勝つことも難しい。作戦だけでどうにかなるのかすら分からないほどの相手だ」
学年最低……いや、もしかしたら文月学園史上最低とも揶揄されているFクラス。もはや擁護できない程の問題児が群を為すこの集団が、優等生クラスであるBクラスに勝利することはおそらく難しいだろう。かつて神童と謳われた坂本の頭脳があれば可能性はあるかもしれないが、それでも勝率はかなり低い。余程のラッキーが訪れない限り、敗色濃厚だ。
だが、仲間達を前にする坂本の顔には、心配の色は微塵も感じられない。
「だが安心してほしい。今回の俺達は一人じゃない。どこよりも頼りになる、Cクラスの面々がついている!」
『おぉー!』
左手を広げて小山達の方を指し示す坂本。応じるようにFクラスから歓喜の声が上がるが、注目されることに慣れていないCクラスメンバーはどこか居心地悪そうに頬を掻いている。成績はいたって普通で、周囲からは『長所も短所もない凡庸なクラス』と呼ばれているCクラス。そんな彼らにとって、相手がたとえ最底辺のFクラスであろうが持ち上げられることは嫌な気持ちはしない。むしろ気恥ずかしい気持ちになってしまう。
「こ、こんなこと言うのもなんだけど、妙に恥ずかしいね……」
「こんなに純粋な憧れの視線とか向けられるの何年ぶりでしょうか……」
野口と新野も小山と同じように顔をやや赤らめて居心地が悪そうに視線を泳がせている。なんだかんだ言って人に褒められることに慣れていない自分達がやるせなく思われるが、そんなCクラスの面々も嬉しさを隠すことなく賞賛を受け入れている。Fクラスとの調和が目下の懸念材料だったのだけれども、心配はいらないようだ。
偶然にも同じタイミングでこちらを向いていた坂本と目が合い、お互いに力強く頷きを返す。大丈夫。この2クラスなら、負ける気は全くしない。
軽く教卓を叩くと、坂本は今回の作戦について軽く説明を始めた。
「作戦……といっても大したことじゃない。戦争ってのはようは物量戦だ。いくら点数で劣っていようが、数で押せば勝利は決まったも同然だ」
「じゃが、BクラスはワシらFクラス十人分程の点数を持っているはずじゃ。数で押すとは言っても並大抵の事ではないと思うのじゃが……」
「そこでCクラスの出番だ。俺達はCクラスの生徒を軸にして、いくつかの小隊に分かれてBクラスの下っ端どもを潰していく。根本とその親衛隊以外を全滅させりゃあ上出来だ」
「Cクラスを中心にすれば大丈夫か。それに、俺達には姫路がいるしな」
「そのことなんだが……今回、姫路は防衛部隊に入ってもらう。遊撃隊には参加しない」
「瑞希が防衛? 火力的に大丈夫なの?」
怪訝な顔をする島田だが、彼女の心配ももっともだ。Fクラス最大火力を有する姫路が戦闘に参加しないとなると、大幅な戦力ダウンは避けられない。おそらくはCクラスも含めて最高成績保持者である彼女の火力を補うとなると、相当な工夫が必要となるはずだが……。
島田の疑問に、坂本はニッと八重歯を見せる。
「島田。良いことを教えてやる。成績の差が戦力の決定的な差になるわけじゃないんだぜ?」
「なによそれ。点数が高いに越したことはないでしょう?」
「まぁ見てろって。今回のキーマン共は俺達の期待以上の働きをしてくれるはずだ」
「そういえばキーマンって誰なんですか? 土屋君と須川君は遊撃隊に参加するみたいですし、野口君も新野さんも教室に残っていますけど」
「情報漏洩が怖いからあまり言いたくはないんだけどな。まぁ、一人はそこのCクラス代表様だ」
「友香ちゃん……ですか?」
「今回は俺が合同クラスの代表として出ているから、小山は遊撃隊長だ。突破口を開くメインウェポンとして働いてもらう」
Cクラス代表、つまりはCクラス最高成績保持者である小山が主力になるというのは納得がいく。姫路を欠いた構成で遊撃を成功させるには必要不可欠な人材なのだから。
しかし、小山を主力とするのなら、姫路を軸に突撃した方が成功率が高いのではないかという声も出る。当然ではある。一騎当千の武将がいるだけで、周囲の士気は向上するものだ。メリットデメリットを鑑みても、そちらの方が圧倒的にメリットが大きい。
だが、坂本は首を振る。
「姫路は戦力が大袈裟すぎて対策を取られやすいからな。具体的に言えば、弱みを握られて脅迫紛いに行動を制限されるかもしれない。姫路に頼るのも作戦としてはいいかもしれないが、姫路が行動不能になったせいで作戦が止まっちまったら元も子もないんだよ。考えうる限りの可能性は潰しておくに越したことはない」
「じゃあ誰が瑞希の穴を埋めるっていうのよ」
「分からないのか? いるだろ、FクラスとCクラスのエースとも言える究極の馬鹿二人が」
「……まさか」
「そのまさかさ」
心当たりを思い出した島田の頬が引き攣るのを見て心底楽しそうに口元を吊り上げる坂本。そんな光景を眺めながら、自分もまったく同じ二人を思い出したであろうことに少々苦笑を浮かべてしまう。隣を見れば、姫路も引き攣った笑顔で困ったような顔をしていた。互いに目を合わせると、揃って嘆息。
つまりは、そういうことだ。
「Bクラス戦に関して言えば、あのコンビが最強だろうな」
「だが、進はともかくとして吉井はどうなんだ? あいつは学年最低レベルの成績だが……」
「須川。明久の真価は点数じゃない。あいつの役職を言ってみろ」
「役職って観察処分者……あ」
「そういうことだ。マトモに試召戦争もやったことがないBクラスを相手に、明久が負けるわけがない」
教師の雑用を任される観察処分者は、事ある度に召喚獣を用いるために一般生徒に比べて遥かに卓越した操作能力を持つ。学年ではワーストクラスに成績が低い彼ではあるが、こと操作能力の話になれば右に出る者はいない。そして、対する波多野も操作能力が高いわけではないが、突発的な行動力に定評がある。あの二人ならば、きっと想像以上の働きをしてくれるはずだ。
ようやく皆が納得したのを確認した坂本は、満を持して言い放った。
「あんなクソみたいな代表は、速攻で潰してやろうじゃないか」
☆
午前十時。
Bクラス対CクラスFクラス連合の試験召喚戦争が幕を上げた。他のクラスが授業を受けている中、Bクラスの教室、そして旧校舎のFクラス教室から生徒達が次々と廊下に飛び出していく。新校舎と旧校舎にクラスが分かれている為、主となる戦闘場所は校舎を繋ぐ渡り廊下だ。Bクラスの作戦が分からないクラス連合の基本指針は突撃であるから、Bクラスの先遣部隊は連合を渡り廊下で待ち受けることになる。
――――はず、なのだが。
「いくらなんでも、防衛部隊の人数が少なすぎやしないか……?」
目の前に広がる光景に思わずと言った様子で呟いた須川。彼が漏らした言葉に、小山は隣で頷きながら同じことを考える。
人数では連合に劣っているBクラスだが、個々の能力は両クラスよりも秀でている。Fクラス五人分以上の成績を保持するBクラス生徒にかかれば少人数で遊撃隊を撃退することも可能ではあるのだが、渡り廊下で小山達を待ち受けていた生徒はたったの5人。50人生徒がいるにもかかわらず、この数はある意味異常だ。逆に連合クラスの遊撃隊も80人と馬鹿みたいに多いのだが……この人数差で凌げるとでも思っているのだろうか。
「何か策があるのかもしれないわ。気を付けましょう、須川君」
「合点だ」
こっそりと耳打ちすると、秀吉率いる第一部隊を先頭に渡り廊下へと進軍を始める。Bクラス生徒達の背後にライティングの森川先生が控えているのを確認すると、小山は一人ほくそ笑んだ。自分が得意とする科目、英語ライティング。相手がいくらBクラス生徒だとはいえ、互角以上の勝負ができるはずだ。
『試獣召喚』
第一部隊に続いて、遊撃隊が次々と自身の召喚獣を喚びだしていく。点数差も数で押せば怖くない。そう言い聞かせ、突撃の指示を出そうとしたところで、小山はふと気が付いた。
気が付いてしまった。
相手方の召喚獣。西洋甲冑や武者鎧など見ただけで強いと分かる強固な武装に身を包んだ彼らの召喚獣。しかし、自分達との違いは少しの点数差と装備の豪華さだけだ。
……と、そう思っていた。
小山は目を見張る。
五体の召喚獣の左手首に光る、金色の腕輪に視線を捉えられたまま。
『Bクラス 5人 VS Cクラス40人&Fクラス40人
英語W 平均412点 VS 平均124点&平均67点』
「か……各自散開――――ッ!?」
「遅いわよ、Cクラス代表さん!」
条件反射で声を上げ、各人に逃走を支持する。だが、約80人が列をなす廊下は鮨詰めにも近い状態で、全員が回避運動を行うことができない。一点集中作戦が、いきなり裏目に出たのを理解する小山。
無様に逃げ惑う連合クラスを前にして、Bクラス生徒達は各々いやらしい勝ち誇った笑みを浮かべながら、召喚獣の左腕を掲げる。
「ここで、散ってもらおうか!」
烈風、光線、濁流、閃光、弾丸。
五種五様の『能力』が、発動と同時に渡り廊下の遊撃隊を片っ端から呑み込んでいく。