第二学年初の模擬試験召喚戦争は、Cクラスの勝利で幕を下ろした。
平賀を打ち取って戦争に勝利した小山達ではあるが、今回はあくまでも模擬であるため設備交換や戦後処理があるワケでもない。とりあえず代表同士二、三言交し合って、それで終わりだ。
「それじゃあ今回はありがとう」
「えぇ、こちらこそ。いい経験になったわ」
「……Fクラスには気をつけろよ」
「気が向いたら、頭の片隅に置いておくわよ」
平賀の忠告を軽く流す素振りを見せながらも、小山は自分なりに対Fクラス戦を想定した作戦を考え始めていた。いくらFクラスが格下とはいえ、彼らには不確定因子が集まりすぎている。
まずは保健体育において無敵の強さを誇る
彼は他教科に関してはFクラスでも下位レベルの点数しか取れないが、こと保健体育については間違いなく学年最高点を保持している。おそらく彼に対抗できるとすれば、Aクラス所属の工藤愛子くらいのものだろう。彼女も一応保健体育を得意としている生徒だ。……実技が得意っていうのは冗談だと信じたい。
次に、実力的には学年次席とも噂される姫路瑞希。
振り分け試験の際に体調を崩したとかなんやらで点数を失い、結果的にFクラスに配属されてしまった不運な生徒だ。身体も弱いし、あの薄汚れた教室ではさぞ辛かろう。だが、そんな彼女も戦争という場においては脅威でしかない。ほとんどの教科が300点を超える怪物っぷりは、生徒達を恐怖のどん底に陥れることだろう。
そして観察処分者である吉井明久……はおいといて。
最後に、Fクラスの勝利の鍵を握ると言っても過言ではない生徒、坂本雄二。
かつては神童と呼ばれて町内で名を馳せていた彼の頭脳は、たとえ不良に成り果てて勉強を疎かにしているとしても未だ健在だ。臨機応変な対応力に誰もが一目置くほどのカリスマ。そして何よりも仲間からの信頼を勝ち取る行動力。そのすべてにおいて彼はずば抜けているといって良いだろう。小山の彼氏である根本恭二でさえも警戒をしているほどである。油断すれば、敗北は必至だ。
(これはしっかりと作戦を立てておかないとね)
よし、と拳を握り込んで頷くと、勝利の余韻に浸る仲間達の方に向き直って作戦会議の開始を呼びかける。
「皆、勝って嬉しいのは分かるけど、来たるFクラス戦に向けて作戦会議を――――」
「テメェ黒崎! あの時お前が新野とイチャついていなけりゃもっと早く戦争が終わったんだよ!」
「何言ってんだよ進! そもそも進が最初っから遊撃班として敵陣に突っ込んでりゃさらにスムーズに勝てたんじゃないか!」
「言い争いはやめるヨ二人とも! ワタシから言わせてもらえバ、どっちもアホで決着ネ!」
『お前にだけは言われたくねぇよこの味音痴!』
「いい度胸だコラ私に喧嘩を売るとどうなるかその身体に刻み込んでやるヨォオオオオオオオ!!」
「わーん! 三人とも落ち着いてくださーい!」
「…………」
なんだこれ。
非常にいい気分で仲間達の方を向くと、何やら黒崎と波多野、そしてシェリルが長箒を手にちゃんばら……いや、あの目はマジだ。おそらく結構ガチな感じで仲間割れを開始していた。さっきまで手を取り合ってDクラスと戦っていた彼らの面影はどこかへ逃げ去ってしまい、残るのは背後に闘気を浮かべながら箒をぶつけ合う馬鹿三人と涙目で彼らを止める苦労人新野、そして我関せずといった感じで黙々と参考書を捲る野口だ。ちなみに小山は騒ぎに介入することさえままなりませんです、はい。
あまりにも唐突な出来事にしばらく思考能力を放棄していた小山だったが、これ以上放っておくわけにもいくまいと判断。一応の事情を把握すべく、なんとか彼らを止めようとしている新野から話を聞くことにした。
「すみれ。この馬鹿三人は何が原因で喧嘩を?」
「あ、友香さん! ちょうど良かった波多野君達を止めてください!」
「いや、だから、理由を――――」
「そこの三人! それ以上の横暴は我らが友香さんが許しませんよ!」
だから話を聞きなさいよこのパパラッチ娘!
叫びだしたくなる衝動をなんとか抑え込む。いけない。ここで怒ったらいつもの私じゃないか。少しは成長したところを見せないと、クラス代表としての威厳がなくなっちゃう!
ふぅー、と大きくを息を吐き、できるだけ柔和な笑みを浮かべるように心がけつつ優しく言葉をかける。
「いったい何があったの三人とも。よかったら一回箒を置いて、詳しく話を――――」
「あぁん!? お前には関係ないだろこの長身女!」
ビキ、と小山の額に青筋が浮かぶ。
「ま、まぁそんなこと言わないで、事情だけでも――――」
「そうだぜ代表! これは俺達の喧嘩だ。何気に茶道部所属なギャップ系女子は黙っておいてもらおうか!」
手元の机に若干のヒビが入った。
「し、シェリルはそんなこと言わないわよね? 友達だもんね――――」
「ごめんヨ、ユーカ。これは真剣勝負なのデ、短気なユーカに介入されるわけにはいかないネ!」
「…………へぇ、そう」
ゆらり、と何かが小山の背後に浮かぶ。オーラとも覇気とも知れないソレはどこか修羅の形を表しているようにも見えるのだが、気のせいだろうか。彼女の後ろで冷や汗流しながら「ひぃぃ!!」と新野が恐怖しているけれども、彼女の様子に四人が気づくことはない。三人は喧嘩を続け、小山は一人ゆっくりと力を溜めている。
――――そして、小山が動いた。
彼女は実にスムーズに三人に近づくと、まずは無言で波多野の襟首を両手で掴む。
「な、なんだよ小山。今はお前の出る幕じゃ――――」
「誰が……」
そのまま身体を捻りながら波多野を引き寄せ、膝の屈伸を利用しつつ腰を落とすと、
「誰がっ、長身女よぉおおおおおおおおおおお!!」
双手背負いで彼を全力で床に振り落とした。
バキィ! というけたたましい音と共に床に亀裂が入り、波多野の身体がゴムボールのようにバウンドする。そのまま数回跳ね続けると、彼は床にうつ伏せになった状態で物言わぬ骸と化した。もはや呻き声すら出せない様子ですっかり消沈してしまっている。
目の前で行われた惨劇に、シェリルと黒崎の顔に恐怖の二文字が躍った。
『ひ、ひぃぃいいいい!?』
「……さぁて、二人とも?」
『は、はいっ!』
二人に背を向けたまま放たれる彼女の言葉に、もはや反抗の意思を見せる余裕さえ失った様子の黒崎とシェリル。地獄の底から這い上がる亡者の如き声で語りかけてくる小山を凝視しながら、為す術もなく直立不動を維持することしかできない。段々と汗の量が増えていくことに気づきながらも、彼女が放つ威圧感に指先一つ動かすことができなかった。
最後の頼みの綱として、二人はそれぞれの相棒に視線を飛ばすと助けを請う。
「すみれ! お前だけが頼りだ助けてくれ!」
「イヤです。だってトオル君私がせっかく止めたのに聞いてくれませんでしたもん」
「イッシン! 後生ネ一生の頼みヨ助けてチョーダイ!」
「却下」
「即答!?」
「あわわわわ!?」とガクガク震える馬鹿二人を他所に呆れた様子で溜息をつく新野と野口。何気に常識人な彼らにとって黒崎達の境遇は自業自得としか思えないので、変に介入するのはやめる方向で結託したのだ。無駄に止めに入って小山の怒りを買うのは得策だとは思えない。それと、これで少しは反省してくれればなと一縷の望みをかけてみる。
今にも泣きだしそうな黒崎達を見据える小山は波多野の背中を踏みつけると、一切の感情が窺えない無表情で口元だけを異様に綻ばせた。
「三途の川を渡るには、渡し賃がいるらしいのよねぇ……」
「なんで!? なんで今三途の川について話してんの代表!?」
「普通は六文だって言われてるけど、現代通貨に換算するといくらくらいなんだろ」
「知らないネ! ていうか、そんなことわざわざ気にしなくてもいいかラ! とりあえずその握り込んだ拳を下ろすところから始めるヨ! 平和に行こウ! Love and peaceネ!」
「……まぁ、三途の川さえ渡らせなければいいだけの話よね」
『一気に地獄まで落とすつもりだこの人ぉおおおおおおお!!』
「歯を食いしばりなさいっ……!」
『いやぁあああああ!!』
やけに深く息を吸いながら腰を落とす小山。彼女に格闘技の心得は無いはずだが、何故ここまで本格的に正拳突きの構えを取ることができるのか理解に苦しむ。純粋な怒りは乙女の限界を瞬時に破壊したのだろうか。恐るべし小山友香。
彼女の気迫に形容しがたい恐怖を感じた二人は必死に逃走を試みるが、足が床に張り付いたように動かない。最後の望みとして他のクラスメイト達に助けを求めようとするものの、よからぬ気配と危険を察知した彼らは我先にと教室から脱出していた。既に騒ぎの中心にいる六人しかここにはいない。
結果、二人は死刑。
小山の足が床を蹴り、風を切って拳が唸る。
まずは一人目と言わんばかりに黒崎の鼻先へと吸い込まれ――――
「たのもー! Fクラスからの使者として須川亮と坂本雄二が参ったぞー!」
「ほ、ほらユーカ! お客様ネお客様! 対応しなくちゃ駄目ヨ!」
「……ちっ。仕方ないわ……ねっ!」
「ぶげらぁっ!」
突然の来客を好機と捉えたシェリルの機転によって、小山は渋々ながらも黒崎を殴るだけで攻撃の手を止めた。一切の手加減がない右ストレートを顔面に喰らった黒崎は固定式の長机に叩きつけられていたが、彼を心配するものは誰一人としていなかった。ただ、新野だけが若干心配するような目を向けていただけ幸せだろう。ちなみに波多野には意識を刈り取られてから誰も駆け寄ってはいなかった。人間日ごろの行いが大切だということだ。
騒ぎを鎮める尊い犠牲が払われたのを一切無視して、小山は息を整えるとドアのところで何やら顔を引き攣らせている坂本と須川に歩み寄る。
「……それで、我がCクラスにいったい何の御用ですかFクラス代表様?」
「い、いや、その前に色々と突っ込みたいことが満載なんだが……」
「どういった御用ですか代表様?」
「……なんでもない。用件だけ話そう」
死屍累々を地で行くCクラスに何やら近しさと恐ろしさが入り混じったような表情を浮かべる坂本ではあるが、そこはさすがにクラス代表といったところか。すぐに真面目な顔になると、須川を伴ったまま口を開いた。
「Dクラスとの模擬試召戦争お疲れ様。というわけで、次の戦争の準備は万全か?」
「まさかとは思うけど、学年最底辺クラスの貴方達がウチに喧嘩を売ろうとか思っていないわよね?」
「ほぅ。なんだ一応予想はしていたんだな。そこは腐ってもクラス代表と言ったところか?」
「……ウチには優秀な参謀様がいてね」
既に息絶えている死体Aに複雑な感情が入り混じった視線を向ける。そう、アイツは役にはたつのだ。ただ、性格面において若干の難があるだけで、総合的な面から見れば優秀なのだ。……たぶん。
あまりにも情けない側近に不甲斐なさを覚えながらも、ニヤニヤとほくそ笑む坂本の様子を窺う。今彼は「次の戦争の準備」と言った。これは十中八九Cクラスに戦争を仕掛けてくることを指していると見ていいだろう。Dクラスに模擬試召戦争をさせたのは、坂本の指示によるものか。情報収集あるいは戦力の衰弱、そのどちらかが目的だと推測できる。戦争が始まるたびにテストを受けさせられれば、もちろん生徒達は疲労する。直接的な学力では上回っているCクラスといえど、体力勝負に持ち込まれると少々キツいものがある。ただでさえFクラスには体力自慢が揃っているのだし。
内心Fクラスを警戒する小山にあからさまな笑顔を向ける坂本。その隣で黙っていた須川は彼の目配せに気がつくと、ようやく口を開いた。
「えーと、まぁ、俺から言うことは一つなんだが……その前にそこの馬鹿を起こしちゃくれねぇか?」
「波多野を? 別に構わないけど……」
依頼の真意を測りかねるままに波多野を蹴り起こす。
「ほら、起きなさいバカ」
「いたっ……お前人を起こすのに頭蹴るなよ頭を」
「顎蹴り上げられなかっただけでもマシと思いなさい」
「……次蹴ったらその着痩せした胸揉みしだいてやるからな」
「っっっ!? ば、バカ! 変なこと言ってないでさっさと須川君と話してきなさい!」
何故かねっとりとした性的な目を向けてくる波多野に全身が粟立った。胸を隠すように両腕を交差させ、彼を睨みつける。突然のセクハラに心臓が高鳴り、顔は自分でも感覚的にわかるくらい真っ赤になっている。今の発言によって昨日の更衣室ハプニングを不意に思い出してしまったのはここだけの秘密だ。
そう、あんな全裸に近い自分を彼に見られたなんて、そんなこと……。
「…………うぅ」
「なんでまた顔赤らめているんですか友香さん」
新野の指摘が今だけは恥ずかしい。放っておいてくれと内心懇願する小山。
一人羞恥心のスパイラルにすっかり嵌まり込んでいる小山を尻目に、須川と波多野の会話が始まった。
「なんだよ亮。お前がCクラスに来るなんて珍しいな」
「いやいや、お前はさっき気絶していたから知らないかもだけど、俺達はCクラスに宣戦布告に来たんだわ」
「え……うぁ、なんだよせめてもうちょっと日が経ってから来いよ。こっちは今日戦争したばっかだってのに」
「すまんすまん。でもさ、まさかお前からそんな弱気な発言が飛び出るとは思わなかったな」
「……なんだと?」
どこか挑発するような須川の台詞に波多野は眉を顰める。口元はヒクヒクと引き攣り、どこからどう見ても苛立っているようだ。あんな小さな挑発に乗せられ始めている波多野に一抹の不安感が浮かび上がってくる。まさか……これは最悪の事態にもつれ込むのではなかろうか。
小山の心配を他所に、須川は大仰に肩を竦めると、
「『面白いことが好き』なんて言っておきながら、連日の戦争を嫌がってんだぜ? 結局普通の騒動を避けようとする一般人の考えじゃねぇか」
「これに関してはクラスが掛かっているからな。俺の独断でそう易々と決めていいもんじゃないんだよ。そりゃあ俺だって戦争はしたいさ。もっと召喚獣だって使いたい。でも、さすがにクラスをわざわざ危険に晒すのはちょっとばっか早計にすぎると思うわけだよ」
「はぁ……つまりは、アレだな。お前はこう言いたいわけだろ?」
瞬間、須川の目がキラリと光ったように見えた。まずい、と小山が言葉を挟もうと口を開けるが、一歩間に合わない。どこか勝ち誇るように八重歯を見せつけながら、須川はできるだけ感情を込めた調子で波多野の地雷を思いっきり踏み抜いた。
「CクラスじゃFクラス相手に負けちまうと思って、ビビってんだろ?」
「…………」
「ほら、なんか言い返してみろよ」
「……お」
「お?」
ピク、と波多野の肩が上がり、全身が怒りに震え始める。拳は既に握られていて、後ろから見ていても分かるくらいに力が込められていた。プルプルと小刻みに身体を震わせている波多野の表情は、今まで見たことがないくらいに怒りに染まっていた。
(あ、これはもう手遅れだわ)
一年間彼と共に過ごしてきた小山だからこそ分かる。今の状態の波多野はキレる一歩手前だ。こうなった彼を止めることは小山にすら不可能といって良いだろう。なんだかんだで自己顕示欲が強く負けず嫌いな波多野は、ちょっとした挑発や侮辱に対して過剰な怒りを見せてしまうことが多々ある。それこそ、自分で神経質と認めている小山にも引けを取らないほどに。
はぁ、と額に手を当てて大きく溜息をつく。ふと背後を向けば、悪友達も小山と似たような表情を浮かべていた。だが、呆れたように顔を引き攣らせながらも、小山達はどこか嬉しそうに肩を竦める。
波多野は何気に短気で、その怒りは誰にも止めることはできない。だが、彼が怒るときは決まって――――
「俺達のクラスを舐めてんじゃねぇぞ、この野郎!」
――――大切な仲間達を、馬鹿にされた時だ。
目を吊り上げて激怒する波多野に苦笑しつつも、彼の隣に並ぶ。多少は我慢して黙っていたが、さすがに自分のクラスが馬鹿にされるのは我慢ならない。ここはせめてもの抵抗として、能動的に戦争を起こしてやろう。
ちらと隣に視線を向けると、少々冷静になった波多野がばつが悪そうに小山から視線を背けていた。口をとがらせてそっぽを向いている辺り、頭に血が昇っていた自覚はあるのだろう。
やれやれ。
軽く息を吐くと、後頭部の辺りで手を組んでぼんやり突っ立っている坂本に指を突きつける。
「我々Cクラスは、Fクラスに対して試験召喚戦争を申し込むわ!」
「いいのか? 俺達はただの雑魚なんだろう?」
「雑魚だろうがなんだろうが関係ない。貴方達はCクラスの誇りにかけて、絶対に倒してみせる!」
「……開戦は明日の昼休み。せいぜい頑張るこったな」
「減らず口ね。そっちこそ、ハッタリかましてんじゃないわよ」
「どうだかな。ま、ご想像にお任せするよ」
軽く鼻を鳴らして教室を出ていく坂本。彼の後を追って須川が教室から姿を消すと、残されたCクラス六人は顔を見合わせて同時に拳を突き上げる。
「絶対勝つわよ!」
『おぉーーーっっ!!』
すべての威信とプライドをかけた戦いが始まろうとしていた。