パーティから追放された天才神官の私はチヤホヤされる為に女の子になりました。 作:節山
「よっ……と……狭いな……」
迷宮第二層、入り組んだ通路の一部にぽかりと空いた四角い穴へと俺――ロフトは身をよじらせる。
迷宮の中でも、この手の人工的な造りになっている部分は隠し部屋や隠し通路……と言って良いのかアレだが、ともあれ、通気口や下水道のような道筋が多い。
今回の調査でジョーやカリカを連れてこなかったのもこの為だ、あいつら無駄に身体がデカくて通れないからな。
と、体をよじりながら穴を奥まで進んでいくと、やがて一つの部屋の床下へと辿り着いたようだ。
道を塞ぐかのように格子がかけられているが、そこは斥候、腰から取り出した糸鋸で格子を切り、取り外し、顔を出す。
石造りの小さな部屋には、どことなく禍々しさを感じさせるいくつかの武器・防具、それに呪いか何かに使うであろう書物が置かれ、床の一部に怪しげな魔法陣が描かれている。
入口はこの床に空いた穴……恐らく下水道とは別にあるようだが、扉には何やら妙な色に輝く魔石がぶら下げられており、不思議な魔力を放っている。
恐らくは幻惑の魔術か何かで入口を隠しているのだろう。
「これだけだと人間の気の狂った魔術師の拠点、って可能性も無きにしも非ずだな……悪魔……悪魔か……」
悪魔、人と神に抗い邪悪な術を扱う魔の者。
そんな悪魔が迷宮に出た、という噂だったが――依頼を思い返すうち、天才神官を自称する一人の痛い男の姿、それから同じく天才神官を名乗る自信に満ちた女の子の姿を思い返す。
まさか、まさかだけどなあ……
なんとも荒唐無稽な予想と、嫌な予感を感じながらも、再び部屋を見回すと、俺は溜息を吐いて独り言ちる。
「ま、本当に悪魔が出たとしても……あいつなら大丈夫か、性格は最悪だけど実力は本物だもんな」
そう、相手が悪魔なら猶更――あいつが負けるということは、俺には到底想像できなかった。
――――――――――――――――――――
腹立たしい。
眼前で私を睨みつける悪魔、ミキシンにモーニングスターを構えて見せながら、私は内心どうしようもない怒りを感じていた。
この私が、あんな三流悪魔に後れを取るとは!
確かに?天才といえども、後れを取ることはある、不意を突かれることもある!油断することもある!天才だからといって万能ではない!
だが、だからと言って、あんなクズみたいな雑魚悪魔に不意を突かれて、あまつさえ無様にも操られる、などということがあって良いのか!?いや、良くない!
私の実力がこの程度だと勘違いされたまま逃げられては堪ったものではない!
奴には私の実力を心底から理解させてやらねばならない!全ては私の納得のために!
と、ミキシンに不敵な笑みを浮かべて見せると、先程私に叩かれたことが屈辱だったのもあるのだろう、ミキシンはギリリと歯を食いしばりながら言う。
「神官の少女如きが……くく……私の本気の姿を見ても余裕でいられるかなぁ!?」
そう言うと、ミキシンは自らの体を変質させる。
めきめきと音を立て、頭からは黒々とした角が生え始め、肌は血のような赤に染まり、背中からは漆黒の翼が姿を現した。
その赤黒く、盛り上がった肉体は、正しく悪魔そのもの、先程まで端正で紳士的な武具屋の店主としての姿を見せていたとは信じられないほどだ。
「ジャッ!」
本気の姿を露にしたことで、何やら自信を得たのだろうか、掛け声と同時に、ミキシンは激しく床を蹴り、私に迫る。
馬鹿め。
私は間抜けな悪魔に向けて、一つ呪文を呟いた。
「プロテクション」
「がっ……壁かっ!くそっ!この程度……」
突撃をプロテクションで防がれながら、尚も力を込めるミキシンだったが、私はそんな悪魔の眼前にモーニングスターを掲げ、また呟く。
「ブレス!」
「あっ……がああああああ!」
瞬間、広間に光が溢れ、ミキシンは目を抑えてのたうち回る。
神聖術は神の与えし光の術。
神の子たる人間には癒しの力足り得るが、既に命を失い、邪神の眷属に落ちたアンデッドには身を焼く炎となる。
そしてそれは、悪魔も例外ではない。
「対魔の力というやつだ。悪魔、吸血鬼、屍鬼、幽鬼、そういったものに特別大きなダメージを与える、それが神聖術だよ。勉強になったかな?三流悪魔くん?」
「ぐぬっ……き、貴様……アアッ!」
ブレスのダメージから回復したのか、こちらを睨みながら、ふらふらと立ちあがろうとするミキシンだったが、その前にモーニングスターの打撃を横合いから思い切り叩き付け、また転げる。
痛みに転げ周り、這いずりながら苦しそうに胃液を吐き出すと、ミキシンは、焦ったような表情で叫ぶ。
「はっ……が、うぐ、頭が割れる……馬鹿な……こ、こんな少女の細腕で……何だ……その、武器は……!」
「神聖武器だよ、悪魔、そこのリガスの爪と同じ、祝福のかかった武器だ」
尤も、リガスの爪にかかっているのが精神異常軽減という回復・補助的な効果なのに対して、私のモーニングスターに込められたものは単純明快、対魔特攻だ。
前述した邪悪に属するものを相手にした際、神の祝福がより強く相手に伝わり、その身を滅ぼす。
だって私にはリガスみたいな精神異常も無ければ、そうそう油断して大怪我をするなんてことも無いからな、守りの力より邪悪をブチ倒す力を込めた方が向いている、というものだろう!
「神官とは闇を打ち払い、祝福で以て人を癒す者!その中にあって天才と呼ばれる者は何か!?そう!絶対に邪悪に負けない最強神官ということさ!」
「なっ……にを……ふざけたことを!」
ミキシンが激高して叫ぶと、辺りに紫がかった靄のようなものがかかり、体を覆い隠し――いや、違う。
見回すと一つ、二つ、三つ、私を取り囲むようにして、いくつものミキシンの姿が現れていた。
ほほう、と、感心して唸る私に、靄の中からミキシンの得意気な声が響く。
「ふふ……ははは!これぞ幻惑魔術!私は本来、肉弾戦などではなく知略と魔術を駆使して戦うタイプなのだよ!君とは違ってね!」
「はっ!私が知的じゃないような言い方は止めてもらおうか!」
「やかましい!私の罠にまんまとハマった間抜けの分際で!」
言うと、靄の中からいくつもの火球が飛び出し、私に襲い掛かる。
火球をひらりと躱す私だったが、連続して氷の塊に、風の刃と、様々な魔術による攻撃が襲い掛かった。
私はプロテクションを張り、矢継ぎ早に飛んでくる魔術を防ぐ。
なるほど、どうやら無暗に突進するのは危険だと踏んで、魔術による遠距離戦に切り替えらたらしい。
確かに狡猾、どうやら失敗から学ぶ程度の知性はあると見える。
「壁を張ったとて!無駄なこと!」
声と同時に、先程とは逆側から、続いてまた別方向から、と、連続して多方面から魔術が飛んでくる。
私はそれらを避けるが――流石に全部は無理だ、火球が一つ、私の背中にぶつかり、爆ぜる。
「かっ……!」
「ふ、はは!当たった!当たったねぇ!やはり人間なんて所詮はこの程度だ!」
靄の中からミキシンの嘲笑う声が響く。
どうやら私に一発攻撃を当てたのが余程に嬉しいらしい。
上機嫌な様子で笑いながら、尚も言葉が続く。
「さあ、どうする人間?命乞いをすれば、また私の人形にして命だけは助けてあげるかもしれないよ!はは!額を床にこすりつけてその高慢ちきな顔を涙で濡らす姿を見せてくれ!」
「は、私が命乞い……命乞いだと?貴様みたいな三流の悪魔に?」
全く、度し難い馬鹿悪魔、雑魚、阿呆、救い難い能無しだ。
最初から貴様が勝てるチャンスなど無かったとも知らず、調子に乗った口を。
私はまた、にこりと笑みを作ってみせると、体から神聖力を引き出す。
あの時は使えなかった、最初にこの首飾りの呪いを解こうとした時は。
だが今の私なら、バジリスクを、アンデッドを、メタルスケルトンを倒してレベルの上がった今の私なら。
「我が神よ、天上のギアナ神よ、願わくば我が身に掛けられた悪しき呪いをほどきたまえ――ディスペル!」
「っ!」
眩い光と共に、解呪の術が発動する。
呪いや魔術を打ち払う神聖術、しかし今回の対象はこの首飾りではない、打ち消すのは――
「私の……幻惑が……!」
光に照らされ、辺りにかかった靄が瞬く間に解け、ミキシンの虚像が消え失せていく。
残ったのはさっきまでの広間と、ぽつりと立つミキシン本人だけ。
「くっ……だがまだ……!」
「そうはいくか!」
「うぬっ!」
慌てて再度、術をかけるべく魔力を込めるミキシンだったが、術が発動するよりも早く、私が奴に向けてモーニングスターを思い切り放り投げる。
なんとか躱したミキシンだったが、幻術の発動は停止させざるを得ない、そこで――
「ホーリーブロー!」
「おがぁっ!?」
一足飛びに飛び込んだ私の正拳、いや、聖拳がミキシンの腹に食い込む。
このホーリーブローも拳に神聖術を込めて殴るだけ……要は人間相手では普通のパンチにしかなり得ないのだが、悪魔相手なら効果抜群だ。
膝から崩れ落ちるミキシンの頭に、もう一度ホーリーブローを叩き付けると、私は傍に落ちたモーニングスターを拾い、言う。
「はっ、残念だったな悪魔」
「うぐ……こ……この……」
「貴様の敗因は三つ……一つに私を、私のパーティをナメたこと!二つ、私がメタルスケルトンを倒して成長していたこと!」
息を切らせながら、縋るような眼でこちらを見上げるミキシンに、私は躊躇なくモーニングスターを振りかざし、言う。
「そして最後は――装備のセンスが悪いことだ!私は!最初から貴様の店の装備なんか気に食わなかったんだからなぁ!!」
「いやっ、き、君だって着てたじゃないかあああああ!!!!!」
絶叫と共に、私は思い切り神聖モーニングスターを振り下ろすと、鈍い音と同時にミキシンの頭が迷宮の床にめり込んだ。
いや、だって、本当に私は最初からダサいと思ってた!最初から罠だってわかってたんだ!だから騙されてない!私は騙されてないぞ!
そうとも、私は全く悪くない!
そんな思いと共に、私は諸々を思い返して羞恥で赤くなった顔を指で覆い隠すのだった。