パーティから追放された天才神官の私はチヤホヤされる為に女の子になりました。 作:節山
「ははははは!ざまぁないね!あのクソ悪魔のみじめな顔ったらなかったよ!」
夕暮れに照らされる街角の酒場、仕事帰りの人々や冒険者で賑わうそこで、私は上機嫌になりながら酒を流し込む。
悪魔ミキシンと名乗る男を退治した後、私達は奴をふんじばって突き出した。
迷宮の中での事件に対しては、国の方でもそれ用の部隊というものがいるので、そこに引き渡した形だ。
今頃は牢屋の中でマズい冷や飯でも食わされていることだろう!はは!ざまぁ!
「悪魔の不幸で酒が旨いとはこのことだね、奴もこんないたいけな美少女にわからされるとは思ってもみなかったろう!」
「そうだね……」
私が爽快に笑い飛ばしてみせると、しかし、対面に座るリガスはどこか浮かない様子だ。
先程から食事に手を付けようとしないし、酒も飲んでいる様子はない。
別にこいつが凹もうが何だろうが知ったことではないが、めでたい席でこういう表情をされるのもケチがつくというものだ。
私は一つ溜息を吐きながら、やれやれといった調子でリガスに問いかける。
「なんだなんだ、リガス、元気が無いじゃないか、もう少し明るい表情をしろ!メタルスケルトンの方だって依頼大成功だったんだぞ!」
「それはそうだけど……」
悪魔の方で上書きされてしまったが、メタルスケルトンの方も三体分の素材を納入できたことでかなりの金にはなった。
冒険者ランクが上がるとこういう稼げる依頼も受けられるのが嬉しいところだ。
ずっしりとした銭袋の重みに私が悦に浸っていると、リガスがポツリポツリと語り出す。
「今回は俺のせいでカミラさんに迷惑かけちゃって……悪魔の策を打ち破る為とはいえ、女の子の服をまた剥いちゃったし……」
何か気にしているとは思っていたが、やっぱりそういうことか。
リガスはどうにも責任感が強い、というか真面目だ。
そのあたりは今までパーティを組んでこなかったせいもあるのだろうか。
迷宮内での冒険で自分一人に責があることなど、そうはあるまいに。
私は俯くリガスの頭をぱしんと叩き、明るく告げる。
「馬鹿め、リガス!気にしすぎだ!別にお前のせいじゃあるまい!」
「でも、俺があの店を勧めなければ……」
「は、それを言ったら私があの店でまんまと装備を買わされたのが悪……いや違うだろう!売りつけた悪魔が悪い!私のせいじゃない!」
「それはそうだけど……」
「だろう!?悪いのは悪魔だ!私達じゃない!はい復唱!自分は悪くない!」
「じ、自分は悪くない」
「そうだ!私は悪くないぞ!だろう!ふふん!」
私は酒に酔って浮かれた頭でそう叫ぶと、満足してまたジョッキの酒をぐいっと飲み干す。
リガスも私の言葉で少し元気が出てきたのだろうか、まだ少しばつの悪そうな笑みを浮かべながらも、同じように酒を口に運んだ。
「それに、だ、あんなクソみたいなセンスの悪い装備は破って正解だったともさ、やっぱり神官はしっかりとした法衣でなければ!」
「そう言ってもらえると有難いけど……」
「うむ、貞淑で清純な乙女であれば裸を見られたことで純潔がどうこう、とかなるかもしれないが、私はおと……ンンッ!ゴホッ!いやっ、私も乙女だがな!?そこはそんなに気にしないというか!?」
思わず口を滑らせそうになりながらも、私は誤魔化すように、新たに買った法衣をさらりと撫でてみせる。
結局あの新しい装備は破ってしまったので、私もヘムロック魔道具店で新たな装備を買い求めることにしたのだった。
なんと店主の爺さんは今日まさに私ぐらいの少女用の神官装備を仕入れたところだったという。
最初から私があの店に買いに行くことを見越していたかのような采配で、正直ちょっと気味が悪いと思った。あの爺さんはそういうところがある。
とはいえ、流石にヘムロック爺さんと言うべきか、品としては良い物だ。
デザインは私が最初に着ていた初心者用の法衣に近いものながら、魔術耐性と自動回復の祝福がかかっており、軽めの魔術なら弾くことも出来るだろう。
後衛としての生存力が求められる神官にとっては最適な装備だと言える。
まあ私は割と前衛にも出るタイプだが……と、私がまた酒を一口、飲み込むと、それまで黙って野菜をポリポリとつまんでいたトゥーラが、不意に口を開いた。
「あの、い、良いですか?私もその……カミラちゃんに聞きたいことがあるんですけど……」
「おやおや、何だい?ふふん、頼られすぎて困ってしまうな!だがそう!私は天才!知りたいことがあるなら何でも答えてあげようじゃないか!」
「その……リガスさんって、狂戦士なんですか……?」
「あっ」
「あ」
忘れてた。
そういえばトゥーラ、こいつ新しい杖の性能のお陰か、レベルアップしたせいか、ともあれ石化したまま意識を保つことが出来るようになったらしい。気が狂っている。
それで助かったのも事実なのだが、同時にリガスが理性を失って暴れる様も見られてしまった。
思わず私はトゥーラの肩を掴んで、顔を近づけながら語り掛ける。
「いいかい、トゥーラ、これは私達だけの秘密だよ?もし言ったら……」
「ふぇっ……い、言いませんよ……!私だって、お二人が凄く良い人なのは知ってますし……私はずっと二人と冒険したいですもん……」
「そっか……助かるよ、ありがとう、トゥーラさん」
トゥーラが少し照れくさそうにそう呟くと、リガスもほっとしたように返す。
人を信じるのが早すぎないかリガスよ。
とはいえ、トゥーラの方もこの件を他の人間にバラしたところで何も得することは無い筈だし、そうそうバラされることも無いだろう。
もしバラしたら今後一生教会を利用できないくらいのことはさせてもらうが。
「ま、いずれにせよ、今日の冒険は大成功といったところでな!今日の成果に乾杯!」
私は改めてそう言うと、酒の入ったジョッキを突き出し、三人で杯を突き合わせる。
「乾杯!」
色々あったが、万事順調!何も無く終わった良かった!というものだ!
私は酒をぐいと飲むと、安心した気持ちに大きく息を吐き出すのであった。
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夜、誰しもが寝静まり、宿屋の一室に月明かりが差し込む中、こんこんと軽く戸を叩く音が聞こえて、私は目を覚ました。
頭が痛い。酒を飲みすぎたかもしれない、神官なのに。
いやでも楽しい時には酒を飲んでも良いというか、別にギアナ神は酒を禁じるタイプの神ではないし、問題は無い筈だ。
とはいえ、頭が重いのはいただけない、ううんと唸りながら顔を上げ、眠気と怠さに目をこする私の頭に、またこんこんというノックの音が響く。
「はいはい、全く、なんだい、この天才神官様を叩き起こすような真似をして……」
私はのそりと起き上がると、半ば寝惚けた状態のまま戸を開ける。
と、そこに立っていたのは、少女となった私と殆ど変わらないくらいの身長の男性、けれども紛れもなく優秀な斥候であり、Aランクの冒険者でもある少年。
ロフトが目の前に立っていた。
「悪いな、寝てたか?」
「ん……ふぁ……なんだロフトか……こんな夜更けに天才神官様を叩き起こして何の用だい?」
「いや……」
そう呟くと、ロフトはまじまじと私の顔を眺める。
はて、なんだ?少し前の、カシミールだった頃の私ならともかく、今の私は別にそこまでロフトと接点を持っていない筈だが……
確かに今回は迷宮で少し話したがそのくらい……はっ、いやだが、ロフトも年頃の少年だ、同年代かつ天才で美しく、更には優秀な冒険者の女性がいたら惹かれるのも道理なのでは……?
つまり私のことなのだが!いやだが、悪いなロフト!私はあくまで男!いかに今の外見が絶世の美少女となっていたとしても貴様の思いに答えてやることは出来ないのだよ!
ふふ、私の顔と胸をしげしげと眺める、いかにも思春期と言うべき視線には申し訳ないが!な!
と、私が髪を掻き上げながらふふんと鼻を鳴らすと、私の胸を見つめていたロフトが視線を上げ、口を開く。
「なあ、カミラちゃん?」
「ふふん、なんだいロフト?いかに私が天才美少女といえど、残念ながら君とは」
「お前、カシミールだろ、うちのパーティの」
「…………人違いです!」
全身から汗が噴き出すのを感じながらも、私はバタンと勢いよく戸を閉めた。